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川場村・吉祥寺その2

 吉祥寺は出逢いの寺と呼ばれている。
 「河波姫」と源頼朝が再開した里にある寺ということで、そう呼ばれるようになったらしい。
 この寺に河波姫伝説が残っている。
 源頼朝の重臣、波多野四郎の娘に、後の「利根局」がいたという。源頼朝が流されていたとき、親と共にと頼朝に仕えていた。清々しく、きらきらした陽に照らされた川波のような眼をした娘だとして、頼朝がその娘を「河波姫」と名づけた。
 やがて河波姫は身ごもるが、源氏の血を正統に受け継ぐ子(後に九州豊後大友一族の祖となった大友能直)と知れれば命が危ないと判断した頼朝は、相模国の近藤能成のところに河波姫を嫁がせ、「いつの日か、必ず源氏の世にしてみせよう。そのときを待っていてくれ」と約束した。
 1192年、頼朝は鎌倉に幕府を開き、見事、源氏の世にせてみせた。翌年、上野国にでかけ、武尊山に焦点をあわせ、馬を駆ると、目の前に真っ白な由利の群落が広がってきた。そこには百合の花を手にした河波姫がいた。
 河波姫は源氏の旗印である「白」にその復活の願いを込め、利根に百合を植えていたのだった。
 河波姫と頼朝が再び出逢ったこの里はいつしか「川場」と呼ばれるようになったという。
 
 拝観券のデザインに使われていた「河波姫」は相当な有名人だったのだ。
 吉祥寺には古月庵という店もあり、薬草茶を無料で提供していた。
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