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小栗康平監督「埋もれ木」

 小栗康平監督の「埋もれ木」を前橋市の郡馬会館で開かれた完成披露試写会で観た。
 群馬を舞台にした「眠る男」以来9年ぶりの作品だという。
 小栗監督はパンフレットの前文でこう書いている。
 「画像は感覚に訴える。言葉と比べればもともと論理性を優先していない。その分だけ、見る人の印象といったところへまぎれて、なにがいいのか悪いのかを、私たちは確かめ合えないでいる。画像の中心がTVに移り、映画の商業性ばかりが強調されていくと、映像はどうしてもわかりやすいものへと流れがちになる。(中略)『埋もれ木』では、見えていることと、見ようとしていることが、ないまぜになっている。結果として、映画にある程度の抽象性が入ることを避けられなくなった」
 その通り、ストーリー展開が楽しい映画ではない。しかし人の内面を描いた抽象画を鑑賞するように、心象風景として絵を追っていけば、なかなか楽しい映画である。
 しかし、なぞのマーケットがあったり、突然ミニストップが出てきたり、この人たちは何をしているのだろうと意味を考え始めると、映画の展開に遅れをとることが多かった。

 フィルムでなくHD(デジタルハイビジョン)カメラで撮影したというが、暗い場面もうまく表現できており、フィルムに負けない奥行きがでているのには驚いた。

 主役の女性が輝いていた。良い女優に育ちそうな雰囲気があった。

 テーマは「夢がなければ、思いがなければ生きていけない」。
 小栗監督はパンフレットで「硬直しているように見える目の前の現実を、変わることの出来る『やわらかなもの』として見つめ直し、夢、思い、といった心の力を信じよう」と言う希望のメッセージであると説明している。
 私は、寝ているだけで存在感のある男が出演していた「眠る男」のほうが強い印象を受けたが、テーマとしては眠る男より膨らんだのかもしれない。
 本筋とは関係ないが、主人公の母親(田中裕子)が、愛想の悪い女子高生の娘を指して「おまえも高校生のときはあんな感じだったのか」と批判する夫に向かって、「私はかわいかった。あなたってかわいそう。妻の一番かわいいときを知らないのだから」という台詞がなんとなくおかしかった。
 小栗監督が上映前の挨拶で言っていたように、「ぼやーっと」観たい映画だ。

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