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カウントダウン2006in群馬県庁

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 大晦日の夜。県庁が一変した。
 午後7時過ぎ、県庁を訪ねると、ふだん、静かに物産展などが開かれている1階県民ホールでCOUNTDOWN DANCE BATTLEが繰り広げられていた。
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 華やかなダンス。
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 32階展望ホールは「癒しの空間」に。朗読劇団モナリ座が朗読劇を演じていた。
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 シルク・イルミネーションも飾られ、良いムード。夜景を楽しむカップルも。
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 31階には白いお願いだるまが。
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 入り口付近は大勢の人。はずれなしの福引に列ができていた。
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 県議会1階では「あこーすてぃっく ぱふぉーまんす らいぶ」。こちらはほんわかムードのナツメロやアニメなどのライブが年明けまで続く。このとき歌っていたのは40代のヨロコンデ、なかなか良い味を出していた。
 カウントダウンイベントは午前1時まで続くが、年明けは家で迎えようと思い、午後8時過ぎに家に帰った。

 県庁の建物は少し立派過ぎると思っていたが、こうした使い方をするならば、なかなか良いスペースかもしれない。
 1階は午後5時以降はビアホールにして毎日パフォーマンスを繰り広げてくれると嬉しいのだが。


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ポトフ(自炊)

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 う~寒い。
 今日の自炊は「ポトフ」。
 作り方(2人前)は「はじめての洋食」(主婦の友社)を参照した。
(1)玉ねぎ(小2個)、にんじん(1本)、セロリ(1本)を大きめに切って(玉ねぎは皮をむいて先端と根を切り落とし、丸ごと、にんじんは皮をむいて太い部分は半分に、細い部分は乱切りに、セロリは筋をとり5-8cmの長さにして)鍋に入れる。ベーコン(150g)を一口大に切って加え、チキンブイヨン1個、粉こしょう小さじ1/3、ローリエ1枚と水4~5カップを加えてふたをし30分ほど煮る。
(2)ここでじゃがいも(2個、皮をむいて丸ごと)を加え、弱めの中火で10分ほど煮る。
(3)キャベツ(1/4個、芯をつけたままくし形に切る)、ソーセージ(4本)を最後に加え、さらにふたをして10分煮る。仕上げにスープの味をみて、物足りなければ塩を加える。器に盛って、粒マスタードを添える。

 野菜のうまみが出て、とてもおいしい。簡単なので冬の間は作りたいと思う。

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さばのみそ煮(自炊)

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 久々の「本格的な」自炊だ。
 さばのみそ煮は臭みもなく上手にできた。白髪ねぎを添えると、味が引き立つ。
 作り方(2人前)は「はじめての和食」(ナツメ社)を参照した。
(1)さばの半身1枚を食べやすい大きさに切り、皮に包丁目を入れて熱湯にくぐらせる。氷水につけて霜をふる。
(2)長ねぎ(1本)は4cmの長さに切る。
(3)鍋に水(3/4カップ)、酒(大さじ2)、砂糖(大さじ11/2)を入れて煮立て、さばを皮目を上にして入れ、ひと煮立ちさせ、しょうゆ(大さじ1/2)を入れる。
(4)みそ(おおさじ2)とみりん(おおさじ1)を合わせ、鍋の煮汁を少し加えてときのばすようにする。しょうがの薄切りと長ねぎ、みそを鍋に加える。弱めの中火で紙の落しぶたをして10分くらい煮る。
(5)器にさばとねぎを盛り煮汁をかけ、白髪ねぎを飾る。

 

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NHKドラマ「クライマーズ・ハイ」

 横山秀夫のベストセラー「クライマーズ・ハイ」がドラマ化された。
 12月10日の前編に続き、17日、後編を見た。
 なかなか良い出来ばえだった。佐藤浩市の熱演に引き込まれた。
 報道現場の男たちの熱い戦いと企業組織の中での葛藤、家族とのコミュニケーション。150分の作品だが、原作の雰囲気がうまく伝わっていた。
 1985年8月12日、群馬県の地方新聞社・北関東新聞社の遊軍記者・悠木和雅(40歳)は仕事を早めに切り上げて、販売局員の安西耿一郎とともに谷川岳の衝立岩(ついたていわ)に向かう予定だった。しかし、突然飛び込んできた日航機墜落の一報。デスク年次でありながら県警クラブのキャップ時代に新人記者を自殺に追いやったことから遊軍記者を続けていた悠木は日航全権デスクを任される。
 一方の安西は約束の日にくも膜下出血で病院に運ばれ植物状態に。「下りるために登るんさ」。そんな安西の言葉に引っかかりながら、全権デスクを務める悠木に、次第にその意味がわかってくる。
 登山者が極度の興奮状態になり、恐怖心がなくなることを「クライマーズ・ハイ」という。悠木は日航機墜落事故と向き合うなかでクライマーズ・ハイを味わっていたのかもしれない。 
 17年後、悠木は安西の一人息子、燐太郎と衝立岩に再度チャレンジする。谷川登山と日航機事故が交錯しながら、悠木を取り巻く人間模様が浮かび上がってくる。

 原作に、悠木のデスクワークのシーンがある。
 「まずは不必要な部分をばっさり切った。次いで、危ない箇所を削り、前後を繋げながら文章を整えていく・・・中略・・・最上級の抜きネタに贅肉はいらない。骨格だけをひたすら際立たせるのだ」
 ドラマはまさに削り込んだ原稿のようだった。悠木の子供の頃の体験、安西が倒れた理由、個々の記者のエピソードなどはドラマでは描ききれなかったが、かえって、切れ味鋭いストーリーになったような気がする。久々に良いドラマを見た。
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群馬県立土屋文明記念文学館(群馬町)

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 群馬県には前橋文学館(前橋市千代田町3-12-10、027・235・8011)、竹久夢二伊香保記念館(伊香保町伊香保544-119、0279・72・4788)、徳富蘆花記念文学館(伊香保町伊香保614-8、0279・72・2237)、田山花袋記念館(館林市城町1-3、0276・74・5100)、鬼城草庵(村上鬼城資料館、高崎市並榎町288、027・326・9834)、生方記念文庫(沼田市上之町199、0278・22・3110)、三国路紀行文学館(みなかみ町猿ケ京温泉1175、0278・66・1110)など多くの文学館があるが、群馬県の文学の全貌を知りたければ県立土屋文明記念文学館(群馬町保渡田2000、027・373・7721)に行くのがいいだろう。
 群馬町出身の土屋文明の遺族から寄贈された文学資料をもとに、最初は群馬町が文学館を造ろうとしたらしいが、最終的には群馬県立となった。萩原朔太郎、田山花袋あたりならば受験勉強で名前くらいは知っていると思うが土屋文明となると、本当に文学を勉強した人しか知らないのではないか。そんな名前が冠せられているため、余計足が遠のきそう(一般の人はそうでもないか・・・。私は文学館が苦手なので)だが、収蔵している資料は14万点と充実している。このうち12万点の書籍、雑誌は館の中ならば閲覧できる。群馬県の文学を研究したい人には貴重な文学館なのだ。
 萩原朔太郎など他の文学館で扱う文学者の資料も多数収蔵しているのだから、他の文学館とジョイントで企画展をするなど、もう少し、土屋文明色を薄くしてもいいような気がする。
 文学にそんなに関心のない人は、イタリアンレストランもあるので、散歩がてら訪れ、資料室で読書でもしたらいいのではないか。
 

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御堂山(下仁田町)

 夏は生い茂るイバラに苦戦するが、冬は枯れて登りやすくなるという御堂山(みどうやま)に登ることにした。
 朝7時前橋スタート。国道245号線沿いの西牧(藤井)関所跡のわきに登山道入り口がある。8時15分スタート。
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 ↓林道を20分ほど歩いた後、道は険しくなる。岩が多い。
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 ↓9時25分、じじ岩、ばば岩と御堂山への分岐点に到着。
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 ↓ばば岩。本当に魔法使いのおばあさんのように見える。
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 ↓じじ岩。頑固そうだ。
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 さらによく見ると――。
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 ↓子泣き爺(こなきじじい)ではないか!
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 私が「子泣き爺岩」と命名する。
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 分岐点に荷物を置いて、15分ほど歩くと、じじ岩、ばば岩の近くまで行ける。
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 ↑そこから見える荒船山がきれいだ。
 分岐点に戻り10時5分御堂山山頂に向かう。ほとんどまっすぐ上に登る場所も多く、息が切れたが10時35分頂上に着く。
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 御堂山の頂上は標高878m。高くはないが、妙義山が目の前に見える。絶景。
 休憩して11時下山開始。12時10分には関所に着いた。
 下山後、下仁田温泉・清流荘に行った。露天なので湯につかるまで寒かったが、山登りの後の温泉は最高だ。今日も脚は痛まず、極楽、極楽。


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群馬県立日本絹の里(群馬町)

 群馬県立日本絹の里(群馬町大字金古888-1、027・360・6300)に行った。繭や生糸に関する資料や群馬の絹製品などを展示している施設で、絹を使った染織体験などもできる。
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 原則は撮影禁止のようなので、館の人の了解を得て、撮影をした。美術館や博物館はフラッシュ撮影をすると展示物に影響がでるが、フラッシュをたかなければ本来は問題はないはず。誰もが親しめる施設としてマナーを守ったうえで最小限の撮影などは許してもらいたいものだ(展示の説明文などを撮影、後で参照することがよくある)。
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 生まれたばかりのカイコは本当に小さい。これがどんどん育ち――。
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 このくらいになる。
 カイコは家畜化された虫で、えさをやらずに置いていてもそこにとどまっているという。
 最近では遺伝子組み換えなどの実験でも盛んに利用されている。
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 群馬県の繭は中国製品に改良を加えた新品種が多い。
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 「繭糸(けんし)の構造と成分」のパネル展示はためになった。
 絹の材料となる繭糸の成分のほとんどは、フィブロインとセリシンと
 いう2つのタンパク質です。一対の絹糸腺から吐かれた繭糸は2本
 のフィブロインとこれをおおうセリシンでできています。一本の繭糸
 を、アルカリなどで溶かす(精練する)と2本の絹糸に分かれます。
 1本の絹糸は、100本内外の細い糸(フィブリル)からできており、
 フィブリルは、さらに細い繊維(ミクロフィブリル)がたくさん集束し、
 ところどころに細かいすき間を残した微細構造になっています。

 絹糸はノリがなくてもセリシンで接着、長い糸にできるらしい。
 セリシンは肌によい成分であることも分かり、最近注目されている。
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 企画展示室は広い空間が気持ちよい。
 テーマ展「日本舞踊とバレエの舞台衣裳」を開催していた。
 
 開館時間は午前9時半から午後5時まで。火曜、年末年始休館。入館料は一般200円。


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マンモス焼(いわじく・照)

 岩宿文化資料館の駐車場前に、おじいちゃんとおばあちゃんが経営している飲食店「いわじく・照」(0277・76・1849)がある。そこの売り物が「マンモス焼」。
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 鯛焼きのマンモス版だが、ふっくらしていてアンコもおいしい。岩宿に行ったら、ぜひ食べてみよう!

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笠懸野岩宿文化資料館(笠懸町)

 群馬県立歴史博物館に行って、岩宿遺跡を見たいと思った。岩宿遺跡の近くには笠懸野岩宿文化資料館(笠懸町阿左美1790‐1、0277・76・1701)もある。まず、資料館に行った。
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 資料館の展示の仕方や全体のデザインを担当したのは空環計画研究所の田中俊行氏。群馬県の建築物は著名な建築家、デザイナーが関わっているものが多い。
 建物は「3万年前の岩宿旧石器人が飛ぶ鳥をめがけて投じた黒曜石のせん頭器が、時空を漂い巨大いん石となって笠懸野岩宿に落下してきたというメタファー」と田中氏は述べている。
 列柱は付近の遺跡を表現。階段からエントランスに向かって下っていく構造も遺跡を探索する雰囲気を醸し出している。
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 中に入るとマンモスの骨格標本模型がある。岩宿人が暮らした時代の獲物だ。
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 第2次世界大戦の頃まで、考古学者は、発掘を進めて赤土(関東ローム層)が出ると、それ以上掘ることはなかったという。赤土は火山灰が堆積したもの。火山活動が活発だった時代に人は住めなかったと考えられていたのだ。この考古学の常識を覆し、日本にも旧石器時代の文化が存在したことをはじめて明らかにしたのが、岩宿遺跡だ。
 岩宿遺跡は、群馬県新田郡笠懸町阿左美地内の琴平山・稲荷山という小さな丘陵が接する部分に位置している。1946年、切り通しの道となっていたこの部分を通りかかった相澤忠洋さんが、切り通しで露出していた赤土から、石器を発見。その後も、何度となくその崖を調査し、赤土の中から次々に石器を見つけた。そして1949年の夏、ついに誰が見ても疑いようのない石器を発見し、相澤さんと明治大学が発掘調査をすることになった。調査によって、層を違えて2つの石器群が発見され、少なくとも約3万年前(岩宿I石器文化)と約2万年前(岩宿II石器文化)の時期があることがわかった。
 上の写真は岩宿Ⅰ石器文化の石器(約3万年前)。
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 上の写真は岩宿Ⅱ石器文化の石器(約2万年前)。
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 館では全国の遺跡から出た石器を展示している。
 石器は木や骨の柄に付けて使われていたというが、赤土は酸性のため、木は残っていない。そこで館では柄を付けて展示。当時、石器が使われていた状態を再現している。
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 近くの岩宿遺跡に行ってみた。記念碑しか残っていなかった。
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 近くにある岩宿ドームが、発掘現場の様子を再現している。

 開館時間は午前9時半から午後5時まで。月曜と年末年始休館。入館料は大人300円。
 小学生の団体などに対しては石器製作の体験も受け付けている。その場で依頼はできないが、事前に申し込み、けがをしないような準備(服装など)をしていけば、大人でも石器作り体験ができるという。

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