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スバルビジターセンター(太田市)

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 太田市は富士重工業発祥の地。大正6年に故中島知久平氏が航空機の研究所を創設したのが始まりだ。
 富士重工業群馬製作所矢島工場にあるスバルビジネスセンター(太田市庄屋町1-1、0276・48・3101)を訪ねた。
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 スバルビジターセンターは平日と第2、第3土曜日に開館しており、事前に見学の申し込みが必要だ。
 開館時間は午前9時から午後5時まで。
 スバルビジターセンターは2003年7月15日にオープン。工場見学などで矢島工場に来訪する人にスバルの歴代の車などを紹介する。
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 1958年3月3日、発売された「スバル360」。航空機技術が随所に生かされた軽量のモノコック構造をユニークな卵型スタイルで包み込んだこのクルマは「世界水準をいくミニカー」と絶賛された。「てんとうむし」というニックネームで呼ばれ、愛される存在だった。
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 1969年8月、スバル360の後継車として発売された「スバルR-2」。新時代のミニ・セダンとして、発売後2週間で2万6000台受注した。
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 1966年、FF(フロントエンジン、フロントドライブ)方式+水平対向エンジンというメカニズムを持つ「スバル1000」が誕生した。
 前輪駆動方式は優れた操縦性と走行安定性を持つことで、技術者の間では注目されていたが、当時の前輪駆動方式はステアリングが重くなる、振動が伝わりやすいことなど技術的問題も抱えており、実用化に成功したメーカーはなかった。
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 1954年、かねて自動車工業界への進出を意図していた富士重工業は、中島飛行機時代の高度な航空機技術を生かして、「スバル1500」(試作時の呼称は「P-1」)を完成させた。モノコックボディやウィッシュボーンタイプの独立式サスペンションなど画期的な先進機構を採用していたが、諸般の事情で発売されず、「幻の名車」として後世に伝えられた。そこで培われたクルマづくりの経験は後の「スバル360」に引き継がれた。
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 スバル360の石膏原寸モデル。
 
 矢島工場は写真撮影禁止のため、紹介できないが、トイレットペーパーのように巻いた自動車用鋼板がプレス、溶接され、だんだんクルマになっていく様子は面白かった。

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