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大光院(太田市)

 太田の観光地で最も有名な大光院に行った。
 太田市のホームページによると、大光院は、慶長18年(1611)春、徳川家康によって一族の繁栄と始祖新田義重を追善供養するために開かれた浄土宗の寺で、開山には芝増上寺の観智国師の門弟で四哲の一人といわれた呑龍上人が迎えられた。
 大光院に入山した上人は、看経・講義・説法などに力を尽くしたため、上人の徳を慕う学僧が大光院には多数集まり、周辺農民も上人の教えを受け入れたので、寺運は栄えた。一方、乱世後の人心は乱れ、天災等の影響で生活は困難を極めていたため、捨て子や間引きなどの非道が横行していた。上人は、その非道を憂い、捨て子や貧しい人々の子供を弟子という名目で寺に受け入れ、寺の費用で養育した。このため、「子育て呑龍」と呼ばれた。
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 案内板によると、吉祥門は元和元年(1615年)に中門として建立されたと伝えられている。名前の由来について次のような言い伝えがある。この山門が上棟された日に大阪城が落城し、徳川方にとってめでたく記念すべきことであったので、徳川家康により吉祥門と名付けられたという。
 吉祥門は間口3間、奥行き1間の切り妻造り、桟瓦葺である。比較的簡素にできているが、瓦の葺き替え・袖垣の修理のほかはほとんど当時のまま保存され、古式をよく残している。大光院創建期の姿を伝えているといわれる本堂内陣・大方丈、小方丈・庫裏とともに、太田市における数少ない近世初頭の建築物として重要なものである。
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 左手の開山堂は昭和9年の築造。
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 正面の本堂は創建以来の建物。
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 太田市には「上州太田七福神」めぐりコースがあり、大光院には弁財天が祀られていた。
 古来インドで水の神として祀られ、水の演でる調べから音楽芸能の神として、またよどみなく流れる水の姿から流暢な弁舌才智を司る神として信仰されている。七福神中唯一の女神である。

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