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石川遼気分でゴルフ~ヌーヴェルゴルフ倶楽部(千葉県大網白里町)

 ヌーヴェルゴルフ倶楽部(千葉県山武郡大網白里町金谷郷3151-1、0475・70・2001)でラウンドした。10人参加の小コンペ。3組目、師匠のKさん、ゴルフ歴1年の女性、Uさんと回った。
 食事代、パーティーの食べ物代を含めても2万円を切る料金なのに、コースも食事も良く、すばらしいゴルフ場だった。
 何よりも良かったのが、グリーン。ホームページによると、「アメリカンスタイルのグリーンには、千葉エリア初の高速グリーン『ペンA-1』を採用」とのこと。
 刈り高9mm、スピード9フィート。
 1時間前にゴルフ場に着き、しっかり練習したが、滑るように転がるグリーンに感動した。
 浮間早朝ゴルフは、高麗グリーン、しかも整備前の状態なので、強く打たないと入らない。
 打ち出しさえしっかりすれば、まっすぐ転がる。芝の摩擦で止まったりしない。全米プロなどで石川遼のラウンドを食い入るように見たが、まっすぐ打ち出せるように何度もフォームをチェックした後、小さい振り幅でロングパットを決めていた。このグリーンはそんなプロの気分を味わえる。

 レギュラーティーのコースレートは69.4。アウト(パー435454344)が3059ヤード、イン(パー454344354)が3094ヤード。
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 アウトスタート。1番ミドル(344ヤード)はドライバーで残り80ヤード。距離があまりないコースなので、ドライバーがうまく打てると石川遼気分でアプローチできる。SWで2オン。2パットでパー。幸先よし。
 2番は、打ちおろしのショート。レギュラーティーはどこにあったのだろう。みなフロントティー(130ヤード)で打っていた。アゲインストの風なので9Iで打つとはるかにオーバー。3オンになってしまい、+2。
 3番ロングはD→5Wで残り140ヤード。パーオンを狙ったが左に引っ張るような打ち方をしてしまいOB。打ち直しはバンカーに入れたりして、+4。
 3ホールで+6。あっという間にボギーペースになってしまった。
 しかし、今日は多く叩いた後に粘りがあった。4番ミドルでパー。
 5番ロングの+2の後も6番ミドル、7番ショートと続けてパー。8番ミドル+2の後、9番ミドルもパー。
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 9番のパーは、一打目を右林に。左にPWで出した後、7Iがまっすぐにピンへ。3番のアイアンミスを修正できた。林に入れたのにパーをとれたのは大きかった。無理をせずに、フェアウエーに戻してからリカバリーという冷静なゴルフができたのは大変な進歩(笑)。

 気分良く昼食に。
 昼食はバイキング形式だが寿司はその場で握り、天ぷらはその場で揚げてくれる。
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 おいしい! 寿司、天ぷらばかりを食べた。

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 アウトはボギーなし。パーがダブルボギーかという波の大きなラウンドだった。インはそうはパーはとれないだろうから確実にボギーをとっていき、できれば43を出して、初の90切りをしたかったのだが・・・。
 インの方がフェアウエーが狭いホールが多く、11番ロングはドライバーでOB。+2。
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 12番ミドルはドライバーを左に打って、崖の下からSWでリカバリー。PSで3オン。その後ロングパットでパー。これも9番と同様、だめだと思ったホールでのパー。
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 このゴルフ場の一番面白いホールは16番ショートかもしれない。176ヤードで池越え。さらにグリーン右にも池は続く。左はバンカー。 
 ここでバンカーに入れてしまったのは残念。
 しかし師匠はピンの左にオン。
 驚いたのは前半固くなって調子が出ず、9番のバンカーでは脱出に6打もかかって苦戦していたUさんが後半は挽回(アウト64、イン54)。このホールでは池を越え、ラフでボールを弾ませ、グリーンを転がして1mにつけたこと。バーディー。
 この組は師匠のKさん(アウト45、イン43)はもちろん、Uさんも待っている間に風船を手の間に挟んでフォームを矯正するなど、ゴルフに一途の人ばかり。他人が打つ前にプレッシャーを与えるような発言をするようなことはなく、とても気持ち良く回れた。グリーンもいいし、雰囲気もいい。最高のゴルフだった。

 18番はそれまで確実に入れていた1mのパットを外した。自己ベストタイと思った瞬間、力が入った。
 今日の結果はアウトが0+2+4+0+2+0+0+2+0=+10で46。パット数は222222121。
 インが+1+2+0+1+2+0+1+1+2=+10で46。パット数は121221112。
 パットが冴え、パーを7つも取れた。

 コンペは10人中7位。新ぺリアでパーをとったところがことごとく隠しホール。HDCPが13.2になってしまい、グロスでは3位だったが、7位になってしまった(^^ゞ
 HDCP13は名誉かもしれない。
 しかし、今日のゴルフはまだまだつまらないミスが多かった。これを直せばまだまだスコアは良くなると感じた。次のゴルフの予定(9月23日)まで、みっちり練習しよう。

 クルマで行かなかったので、ゴルフ後は生ビールを飲めた。ゴルフは電車がいいかな・・・。

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石ばし(東京・江戸川橋、うなぎ)

 うなぎはぜいたくな食べ物なので、今まではどこの店であろうが、うなぎを食べるだけで満足していたような気がする。
 うなぎのおいしさを追求したくなり、東京の老舗、石ばし(東京都文京区水道2-4-29)に行った。

大きな地図で見る

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 メニューにあった説明。
 石橋
 石ばしは明治43年、故根本良により創業。
 戦前は江戸川(現在神田川)の中之橋の袂に店を構えておりました。
 昭和20年の東京大空襲により一帯は焼け野原になり、戦後場所をこの地に移し、今に至っております。
 建物は戦前の材料を使っている個所もあり、玄関の煉瓦塀は空襲にも耐え、 今では石ばしの顔にもなっております。
 
 静岡県産吉田町の鰻を使用、すべて目方の違いでお選び頂いております。
 蒲焼きは捌いてから目方に振り分け串打ちをし、一旦白焼きをします。
 蒸し器に入れて待つこと1時間、身が柔らかくなったことを確認し、備長炭で蒲焼きにし、輪島塗りの重箱に収まります。
 このようにすべての工程にはお時間をいただきます。
 御予約の際、御注文を確認することを御考慮下さいませ。
 『串打ち3年、裂き8年、焼きは一生』と鰻料理は奥深いものです。
 余裕を持ってお越し下さい。
 いつも御贔屓にありがとうございます。
 鰻のあれこれ・・・
 鰻の料理法
 鰻には蒲焼・白焼きなどがあり、関東と関西ではまず料理法が違います。
 関東では、背開き→素焼き→蒸し→焼き(淡泊で柔らかい)
 関西では、腹開き→素焼き→焼き(パリっとして香ばしい)
 蒲焼は元禄時代初期、関東では背開きにして竹串を打ち、素焼きにして、何回も裏返した後、蒸し器に入れて蒸してから、タレを付けて焼いたのが始まりとされています。一方関西では腹開きにして、5~6尾を一緒に金串を打ち、タレをかけながら焼き上げ、頭と尾の部分を切り落とし、食べやすいような大きさに切ったのが始まりとされています。
 関東の背開きは腹切り(切腹)に通じる事から忌み嫌われたといわれます。
 鰻・蒲焼きの名前の由来
 『う』が長くなった形に似ているから、ではなく鰻の胸のところが黄色みをおびていることから『胸黄』が『うなぎ』に
 転化したのが由来、『蒲焼き』は鰻を縦に串刺しにして丸焼きにしていた形が蒲の穂に似ているのが由来です。
 鰻の栄養分
 鰻の脂肪量は100g中24gと多めです。魚類に含まれる脂肪の成分は不飽和脂肪酸でコレステロールを抑制する効果があります。
 またエイコサベンタエン酸などの血液中の中性脂肪やコレステロールを抑える成分も含まれています。うな重のカロリーは493cal.一食分としては低カロリーです。
 土用の丑 
 土用の丑に鰻を食べるのは江戸期の学者、平賀源内がある鰻屋に看板を書く事を依頼された時、『本日土用丑の日』と大書きしたところ大いに当たったからという一説があります。鰻はビタミン含有量が多く、1年で最も暑気が強い土用の頃鰻を食べれば夏負けしないといいます。 
 しかし『石ばし』は土用の丑は鰻の供養の日としお休みになります。 
 夏よりも・・・1年中で脂が乗っている鰻の旬は冬の時季になります。

 うな重(香物。肝吸い付き)は特上(3800円)、上(3000円)、並(2500円)、蒲焼重(3800円)。
追記2015.10.16)うな重の特上が5000円、上が4000円、蒲焼重が5000円に。

 この日は、ゆっくりうなぎを楽しもうと思い、「8000円より」のコース(「1万円より」のコースは白焼きが追加になる)を頼んだ。
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 トップバッターは大好きなざる豆腐。
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 突出し。
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 刺身(鯛、マグロ、甘エビ)。刺身は、料亭に卸している神楽坂の魚屋から仕入れているという。
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 鰻茶碗蒸し。香りが良い。
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 うざく(うなぎの三杯酢和え)。
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 老舗の座敷はいい。ゆっくりと時間が流れる。
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 うな重(香物・肝吸い付き)。うなぎは柔らかく、上品な味。
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 デザート。

 いくつかの老舗のうな重を食べ比べてみたいと思った。値段は高いようだが、それだけの価値は感じた。

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築地銀だこ、特賞『銀だこ家族だんらんセット』当たる!

 築地銀が7月21日(火)より7/31(金)まで実施した『涼風 夏のねぎだこキャンペーン』で、特賞の『銀だこ家族だんらんセット』を私の母親が当てた。
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 勝負強い(笑)。
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 YAMAZENたこ焼き器SOPX-1180、ネタさし、千枚通し4本、油さし、「銀だこ職人の技を伝授! だれでもおいしく焼ける焼き方DVD」、銀だこオリジナル特製ミックス粉430g、タコ400g、天かす60g、紅しょうが50g、銀だこソース7袋、かつお節2g3袋、くし2本入り7袋、舟7枚が1か月後に送られてきたという。
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 まずはDVDを見た。
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 職人の手早い動きを見て感じをつかむ。
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 はみ出た具を中に包み込む技が一番大事なようだ。
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 油を穴の1/3まで入れる。
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 ネタさしに仕込んでおいたネタを鉄板の穴が半分程度埋まるまで入れる。
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 鉄板の穴にたこ、天かす、しょうが、ネギの順にまんべんなく入れ――。
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 再度ネタさしでネタを鉄板いっぱいに入れる。
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 5分以上しっかり時間をおいて少し固まってきたらひっくり返す。鉄板の串ガイドに沿って縦と横に切る。2時に方向に千枚通しを刺し、手首を返すと焼けたネタが上がってくるので、そこに余ったネタを詰めていく。形を整えて丸く収める。
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 全部ひっくり返し終わった後、表面が白くなっているたこ焼きを順番に下にするようにして転がす。
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 千枚通しで表面を押し、へこまなければできあがり。
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専用の銀だこソース、かつお節をふりかけて出来上がり。
 「皮はパリッと、中はトロッと、たこはプリッと」した、店で食べる銀だこそのまま!
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 母親の強運に感謝。<(_ _)>

 「築地銀だこ」を展開する株式会社ホットランドは、本社が群馬県桐生市広沢町4-2430(0277・53・5255)にあり、東京本部が東京都中央区銀座2-16-7(03・3524・9860)にある。

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ノーザンカントリークラブ錦ヶ原ゴルフ場なの花コース

 ノーザンカントリークラブ錦ヶ原ゴルフ場なの花コースでラウンド。
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 イン12番からスタートする変則コース。続けてアウト、イン11番まで続けて回るスループレーだった。8:33スタートで、13時過ぎまで昼食がとれないので、しっかり朝ごはんを食べ、水も水筒二つを用意した。
 実は、昨年夏も回ったコース。今回は、バックティーであるBLUEティー(アウト2978ヤード、イン3115ヤード)でラウンドした。
 12番ロングはドライバーはうまく打てたにもかかわらず、9Wを打ち損じ。SWは左に。フェンス裏に行き、ワンペナルティー。その後SWの寄せはグリーンオーバー。64度LWでようやくオン。いきなり+3。
 15番ミドルも6Iが左の林の中に。Sで出し、9Iで打つが池に。64度で再び池に。再度64度でオン。+5。
 調子に乗れなかったが、18番ロングはドライバー→9W→SWで3オン。1パットでバーディー。ここからスコアがまとまってきた。
 船に乗って向こう岸に渡り、アウトスタート。3番は池に入れたりして+4だったが、あとはインの10番、11番も含め、ボギーが6回、パーが3回、ダブルボギーが1回と安定。なんとか100を切れた。
 スコアはインが12番から+3+1+1+5+1+2-1。10番から0+1で+13で50。パット数は222222112。
 アウトが+1+1+4+0+1+2+0+1+1=+11で46。パット数は222131112。
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 グリーンは狭くオンは大変だが、ラインは難しくなく、パットはまずまずだった。

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陣馬山その5 藤野駅まで

 陣谷温泉を17時過ぎに出た。ふつうは下山してから温泉なのだが、陣馬山は陣馬の湯につかってから、さらに歩かなければならない。
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 途中の陣馬登山口バス停まで30分。藤野駅まで60分。
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 17:30、陣馬登山口バス停に到着。ここで下りは終わるので山歩きは事実上終了。
 予想通りバスはあまり走っていなかった。土曜日は16時48分に乗れないと、18時40分までバスがない(写真をクリックすると大きな写真が表示されます)。
 藤野駅まで歩いた。舗装された道を歩けばいいが、歩道がないところもある。注意が必要。
 山歩きをすると平地は何でもない。
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 トンネルをくぐって18時に藤野駅に到着。
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 藤野駅の時刻表(写真をクリックすると大きな写真が表示されます)。

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陣馬山その4 陣馬の湯 陣谷温泉(相模原市藤野町)

 陣馬の湯 陣谷温泉(神奈川県相模原市藤野町栃谷1778、042・687・2363)にようやく到着した。この宿を選んだのはなんといっても檜風呂に入りたかったから。いろいろ温泉に行って分かったが、石造りの露天は安っぽい作りのところも多いが、檜風呂は間違いが少ない。
 日帰り入浴料金は1000円だが、2000円で部屋も使えるという。2000円を払って、入浴後、体を休めた。
 るるぶ.comによると日帰り入浴は11~16時とあったが、だいたいの目安のようだ。事前に連絡をしておけば柔軟に対応してくれる。
 泉質などは湯舟に表示なし。るるぶ.comには「鉱泉」とあった。楽天トラベルによると「アルカリ単純泉」不覚にも聞き忘れた。
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 檜風呂は気持ちよかった。

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陣馬山その3 下山~温泉の案内に惑わされるな!

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 歩きやすい下山路。
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 12:55、分岐に。右へ行くと栃谷・藤野駅の方向へ。
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 明王峠、景信山方面は左。こちらを行って、奈良子峠経由でも陣馬の湯に行ける。
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 栃谷まで2km。
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 足の長いクモに何度も出合った。踏みそうだが、クモは結構足が速い。
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 途中、ベンチもあった。
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 13:41。別の方向が「まき道」。どちらでも大丈夫なようだが、まき道ではない方を通った。
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 本来の道とまき道が出合ったところあたりにあったのがこの看板。「姫谷滝見露天風呂」「釜めし」「近道」。
 こんな文句を見たら、近道に行きそうだが、事前に2年前の8月17日にこの看板に従って近道を行ったところひどい目にあったという下山リポートを読んでいた。
 「段々と細道となり、足幅ギリギリの所なども出現。もちろん踏み外せば下へ真っ逆さまの場所」「途中、草に覆われて道が見えない場所も…」
 この方は道から足を踏み外し、怪我をしながらも、なんと姫谷温泉にたどり着き、そこに入っている。
 しかし、姫谷温泉はおそらく、この看板を置いた張本人なのだ。これは行き過ぎた宣伝で、ほとんど犯罪行為だ。すぐに看板は撤去すべきだ。
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 正規の案内板はこの私道についてはまったく無視している。藤野駅方面に向かう。
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 14:03、頂上から2.3Kmまで来た。もう少しだ。
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 14:10民家と畑が見えるところまで来た。
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 「陣馬の湯」の正規の案内も。
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 ところがこのあたりから正規の案内なのか、陣渓園の案内なのか紛らわしい案内が。
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 陣渓園への案内に従うと、舗装道から再び山道に。
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 しばらく歩き、舗装道に戻る。14:27。陣渓園の案内。案内に従い、行ってみたところ陣渓園はあったが、行こうと思っていた「陣谷温泉」は矢印と反対の方向だったので、また、この案内の場所まで戻り、陣谷温泉を目指した。しかし、陣馬の湯全体を案内して、3つの宿の位置を地図で明らかにするのがふつうだと思うのだが・・・。
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 道を戻る途中、あの、姫谷温泉の看板も見つけた。有料の日帰りで24時間、本当に入れるのだろうか。旅館にチェックイン後に24時間入れるところはあるが、ちょっと疑わしい。
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 さらに戻ると、目的の陣谷温泉に到着。14:40。
 後でわかったが、栃谷尾根を下り、民家に出てから舗装道をそのまま歩けばまず陣谷温泉に着く。この有利な立地にはない二つの温泉宿が、登山客を引こうと案内表示を出して、客を混乱させていたのだ。
 そんな姑息なことをしていたら客は来なくなると思う。まずは陣馬の湯として正しい道を案内。陣谷温泉あたりで三つの旅館の案内をすればいいではないか。こんなことをしていると、陣馬の湯全体の評判は間違いなく落ちる。

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陣馬山その2 山頂

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 頂上に、ほとんど字が消えかけている陣馬山の案内板があった。
 陣馬山(じんばさん)について
 陣馬山は、東は東京都八王子市上恩方町、西は神奈川県藤野町佐野川宇和田峠、南は同町沢井字陣場に接し、標高857メートルで山頂には三等三角点があります。
 陣馬山の名は、戦国時代に北条氏と武田氏が対陣したことから陣張(じんばり)山と言われたものが、後に陣馬山(陣場)と呼ばれるようになったと伝えられています。
 天正年間には、甲斐武田氏の狼煙台があったとのことです。
 360度、まさに十三州の眺望は、昔から展望の山として有名です。頂上附近はカヤを主とした草原で、子供や高齢者でも登れ、交通の便も良く、都心から手軽に日帰りできるハイキングコースとして、親しまれている山です。

 陣馬山から良く晴れた日に見える主な山々
 南から西へ360度順に房総半島・三浦半島・江ノ島・仏果山・大山・丹沢山・蛭ヶ岳・檜洞丸・大室山・道志山塊・富士山・三ツ峠・南アルプスの赤石岳と悪沢岳・滝子山・小金沢山・大菩薩峠と大菩薩嶺・奥秩父の金峰山・北奥千丈岳・國師岳・三頭山・生藤山・鷹ノ巣山・御前山・大岳山・尾瀬の至仏山・燧岳・日光白根山・男体山・女峰山・赤薙山・筑波山・東京都内・横浜市内等が見えます。
 平成13年3月
 神奈川県自然環境保全センター、藤野町役場
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 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、「関東山地の東縁に位置する山で、広く平坦な頂上のため陣馬高原とも呼ばれる。東京都立高尾陣場自然公園、および神奈川県立陣馬相模湖自然公園に指定されており、関東の富士見百景、およびかながわの景勝50選に選ばれている。また奥高尾縦走路、桜の名所の山としても知られる」とのこと。
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 「陣馬山(じんばさん)は、東京都八王子市と神奈川県相模原市(旧:相模湖町)の境界にある標高855mの山。従来は陣場山の字が使われた。・・・『陣馬』の字が使われるようになったのは、1950年代に京王帝都電鉄(現:京王電鉄)が、観光地として売り出すために山頂に白馬の像を建て『陣馬高原』と名付けてからである」。
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 富士山が見える方向。夏はなかなか見えないという。冬になると展望がとてもよくなると売店の人が話していた。
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 売店は二つもある。ひとつが富士見茶屋。山菜うどん(550円)、おでん(6品450円)、けんちん汁(550円)などがおいしそう。
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 もうひとつが清水茶屋。おしるこ(350円)、ところてん(250円)、冷やしうどん・そば(550円)、なめこ汁(200円)、おでん(400円)、陣馬そば(550円)などメニューは多彩。お酒(柚子ワイン450円、陣馬山地酒400円、缶ビール500ml
550円、350ml400円、ビンビール650円)も置いている。
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 おしるこを食べた。
 山頂にトイレはあるが、水場は無い。ウィキペディアによると、「小屋の営業も昼間だけで、平日の営業縮小や休みもある」。
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 ずいぶんのんびりした。12:52下山路に。栃谷・藤野駅の方に行き、栃谷尾根経由で陣馬の湯を目指す。

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陣馬山(じんばさん)その1 山頂まで

 高尾山から2つの山(城山、景信山)と4つの峠を越えると、陣馬山(じんばさん)がある。高尾山の公式ホームページによると、「陣馬山から高尾山まで縦走すれば、7時間にも及ぶトレッキングになります」という。一度、縦走したいと思ったが、今回はまず陣馬山に登ることにした。下山ルートの途中には温泉(陣馬の湯)もある。

大きな地図で見る

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 8時50分高尾駅北口発のバスに乗る。40分で終点の陣馬高原下に着いた。運賃は540円。
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 飲み物は自販機で買える。
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 案内図(写真をクリックすると大きな写真が見られます)を確認して、9:35スタート。
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 古い民家を左手に見て歩き始める。
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 ヤマアジサイ。つぼみから開花まで、いろいろな状態が1カ所で確認できた。
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 つぼみが緩み始めた段階。宇宙人が笑っているよう。
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 さらに緩み――。
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 変身!
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 すっかり開花。ヤマアジサイは登山道の周りに咲き乱れていた。
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 みずひきそう(水引草)。
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 渓流沿いを歩く。水の流れる音に癒される。
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 アオムシ発見。
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 10:00、陣馬山新ハイキングコースの入り口に着く。
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 頂上までの近道。和田峠まで車道を歩くより、この道を通った方が自然と触れられる。
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 歩きやすい道が続く。
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 ヤマアジサイと渓流。
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 行き止まりも表示するなど親切な案内版。
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 10:58、和田峠からの道と合流。
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 11:10、頂上に到着。白馬の像。
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 昭和44年9月の建立。

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浅間隠山(浅間隠温泉郷口)

 浅間隠山は2005年4月30日、二度上峠下登山口から登った。
 今回は浅間隠温泉郷口から登る。
 上毛新聞社の「群馬の山歩き130選」によると二度上コースのコースタイムは2時間30分。これに対して浅間隠温泉郷口のコースタイムは4時間30分。同書は「二度上コースの往復では時間的、体力的に不満である向きには、最適である」としている。
 ただ、山と渓谷社の「群馬県の山」(2005年3月1日初版第1刷)は、二度山峠のコースのみを紹介。「吾妻町の浅間隠温泉から登るコースは荒れているので一般向きではない」と書いている。
 登ってみて、「荒れている」という記述が何を指しているのか分からなかった。古くからの温泉のある側から4時間半くらいかけて登っておりる方が楽しいと思うし、事実そうだった。浅間温泉郷口からのルートがもっとポピュラーになるといいと思う。
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 三鳩樓を9時前に出たが、間違って国道をしばらく走ってしまい、浅間隠温泉郷の入り口まで戻ってきた。
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 9:30に浅間温泉郷の入り口から、温川温泉・浅間隠山方面に向かう。ちゃんと表示があった。
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 通行止めのようだが――。
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 登山客はバーを手で開けて中に入る(入ったら閉める)。
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 すれ違いのできない狭い道が続き(この点は一般向きではないのかもしれない)、9:45に登山口に到着。
 クルマが20台くらいとめられるスペースがある。しかし、ほかのクルマは1台しかとまっていなかった(帰りに乗っている人たちに会った。ヤマメ釣りに来たという。水が冷たかったとのこと)。
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 9:50スタート。
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 沢を4回ほど渡る。
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 11:20、シャクナゲ尾根。
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 笹が多くなってくる。
 この先で、動物が走り去るのを見た。鹿ではなかった。子熊だったら大変だ。怖い。鈴を持っていかなかったので、コップなどを鳴らしながら歩いた。
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 熊に出合わずよかった。
 12:07、頂上に着く。今日はなぜかとても苦しかったが、頂上に立てば疲れはとれる。
 宿に用意してもらったおにぎりを食べる。
 途中、誰にも会わなかったが、頂上は人がいっぱい。浅間隠口から登る人はやはり少ない。
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 浅間山。浅間隠山は360度の展望。すばらしい景色だ。
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 榛名山、赤城山方向。
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 12時50分下山開始。
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 15時に駐車場に到着。すれ違いのできない道をおりる。

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 下山後、温川温泉でゆっくり(入浴料500円)。下山したところに本物の温泉があるとうれしい。
 二度上コースだと、帰り道にあるのは、日帰り温泉施設ばかりだ。
 浅間隠山+浅間隠温泉。最高の組み合わせだ。

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鳩ノ湯温泉 三鳩樓=三鳩楼(群馬県吾妻町)

 午後2時ごろ、川越市を後にして群馬県に向かった。目的地は浅間隠温泉郷の鳩ノ湯温泉。三鳩樓(群馬県吾妻郡吾妻町本宿3314、0279・69・2421)に宿泊する。

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 浅間隠温泉郷は鳩ノ湯温泉のほか、温川温泉薬師温泉がある。
 鳩ノ湯温泉だけは入ったことがなかった。
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 午後5時ごろに到着。さっそく、露天に入った。
 その昔、傷を負った鳩が自然に湧き出る湯に浸かって傷を癒していたことから、鳩ノ湯と呼ばれるようになったと伝えられる。
 泉質は炭酸含有塩類泉(三鳩樓のパンフレットによる)。風呂場にあった表示では「ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩温泉。
 泉温は42℃。天候によって無色透明から乳白色、青、黄と湯の色を変えるという。この日は黄色っぽかった。
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 内湯。檜の板でふたをしている。江戸時代(1741年)より、温泉効果、檜の効果を大切にするため、ふたをする伝統だという。
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 板は重く、はずすのは大変だが、入るところだけふたを取ればいいのかもしれない。
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 夕食。

 旅館というより民宿に近い。宿泊費は1泊2食で1万円。素朴で家庭的な宿だった。
 豪華な料理と至れり尽くせりのサービスというのが温泉旅館の一つのイメージだが、こうした素朴で、温泉をゆっくり楽しむような宿は嫌いではない。
 あす、浅間隠山に登るので、すぐに寝た。

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川越市その4 陶路子(とろっこ、甘味・喫茶)

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 陶器の店、陶舗やまわの中にある甘味処に入った。陶路子(とろっこ、川越市幸町7-1、049・226・1065)。

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 NHK朝の連続テレビ小説「つばさ」で、陶舗やまわの外観がヒロインつばさの家「甘玉堂」として使われたという。
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 メニューはさつまいもミニ懐石 1890円、クリームあんみつ 680円、おしるこ(おさつもち入り) 680円、お抹茶(菓子付) 630円、さつまいもケーキ 470円、冷抹茶 525円、珈琲 470円など。
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 クリームあんみつを頼んだ。北海道産のあずきを使った手作りあん。
 営業時間は、AM10:00~PM5:00。不定休。

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川越市その3 天あさ(天ぷら)

 蔵造りの町並みを歩いていて、おいしそうな天ぷら屋さんを見つけた。天あさ(埼玉県川越市幸町1-3、049・224・9896)

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 この色紙のような宣伝に引かれた。
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 天ぷら定食1260円、天ざる(ぷら)そば1260円・・・。しかもそんなに高くない。
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 天ぷらを揚げるご主人。見ているだけで、おなかがすいてきた。
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 天ざるを頼んだ。天ぷら屋さんの天ぷらだけに、おいしかった。
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 そばもおいしい。

 営業時間は午前11時30分~午後8時。木曜定休。

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川越市その2 川越大師 喜多院

 蔵造りの町並みから南へ10分ほど歩いたところにある川越大師 喜多院(埼玉県川越市小仙波町1-20-1、049・222・0859)に行った。

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 川越大師 喜多院のホームページによると――。
 川越大師喜多院は、仙芳仙人の故事によると奈良時代にまでさかのぼるかもしれません。伝えによると仙波辺の漫々たる海水を法力により除き、そこに尊像を安置したといいますが、平安時代、淳和天皇の勅により天長7年(830)慈覚大師円仁により創建された勅願所であって、本尊阿弥陀如来をはじめ不動明王、毘沙門天等を祀り、無量寿寺と名づけました。
 その後、元久2年(1205)兵火で炎上の後、永仁4年(1296)伏見天皇が尊海僧正に再興せしめられたとき、慈恵大師(元三大師)をお祀りし官田50石を寄せられ関東天台の中心となりました。
 正安3年(1301)後伏見天皇が東国580ヶ寺の本山たる勅書を下し、後奈良天皇は「星野山-現在の山号」の勅額を下しました。更に天文6年(1537)北条氏綱、上杉朝定の兵火で炎上しました。
 慶長4年(1599)天海僧正(慈眼大師)は第27世の法灯を継ぎますが、慶長16年(1611)11月徳川家康公が川越を訪れたとき親しく接見しています。そして天海の意見により寺領4万8000坪及び500石を下し、酒井備後守忠利に工事を命じ、仏蔵院北院を喜多院と改め、又4代徳川家綱公のとき東照宮に200石を下すなど寺勢をふるいました。
 寛永15年(1638)1月の川越大火で現存の山門(寛永9年建立)を除き堂宇はすべて焼失しました。そこで3代将軍徳川家光公は堀田加賀守正盛に命じてすぐに復興にかかり、江戸城紅葉山(皇居)の別殿を移築して、客殿、書院等に当てました。家光誕生の間、春日局化粧の間があるのはそのためです。その他慈恵堂、多宝塔、慈眼堂、鐘楼門、東照宮、日枝神社などの現存の建物を数年の間に相次いで再建し、それが今日文化財として大切に保存されています。
 尚、明治維新の神仏分離令からは東照宮、日枝神社は別管理となっています。
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 山門 (国指定重要文化財)。
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 ”宣伝”は少し控えめにした方がいいのでは・・・。
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 慈恵堂(本堂、県指定有形文化財)。

 客殿・書院・慈恵堂・五百羅漢は拝観料(400円)を払って見学できる。
 拝観時間は、3月1日~11月23日が平日 8:50~16:30、日祝8:50~16:50。
11月24日~2月末日が平日8:50~16:00、日祝8:50~16:20。
 客殿には、徳川家光誕生の間・湯殿・厠(国指定重要文化財)、書院には、春日局化粧の間 (国指定重要文化財)がある。これらは撮影不可。
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 庭園は美しかった。
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 小堀遠州流東好み枯山水書院式平庭「曲水の庭」。
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 慈恵堂(本堂)に繋がる渡り廊下。
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 渡り廊下から見た本堂。
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 多宝塔 (県指定有形文化財)も見える。
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 本堂から見た渡り廊下。その先に轉合(てんごう)の庭がある。
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 大石三石の一つ。信長(上を向いて前進した姿)をかたどっている。
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 秀吉(大きく物欲的)をかたどった大石。
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 家康(時機を伺う姿)をかたどった大石。

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 五百羅漢。
 ホームページによると――。
 川越の観光名所の中でも、ことのほか人気の高い喜多院の五百羅漢。日本三大羅漢の一つに数えられます。この五百余りの羅漢さまは、川越北田島の志誠(しじょう)の発願により、天明2年(1782)から文政8年(1825)の約50年間にわたり建立されたものです。
 十大弟子、十六羅漢を含め、533体のほか、中央高座の大仏に釈迦如来、脇侍の文殊・普腎の両菩薩、左右高座の阿弥陀如来、地蔵菩薩を合わせ、全部で538体が鎮座しています。
 笑うのあり、泣いたのあり、怒ったのあり、ヒソヒソ話をするものあり、本当にさまざまな表情をした羅漢様がおられます。そして、いろいろな仏具、日用品を持っていたり、動物を従えていたりと、観察しだしたらいつまで見ていても飽きないくらい、変化に富んでいます。
 また、深夜こっそりと羅漢さまの頭をなでると、一つだけ必ず温かいものがあり、それは亡くなった親の顔に似ているのだという言い伝えも残っています。
 羅漢(らかん)ってなあに?
 阿羅漢。略称して羅漢という。漢訳は応供(おうぐ)。尊敬や施しを受けるに相応しい聖者という意味です。

 独断と偏見で選ぶ、羅漢ベスト10!
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 経営者羅漢。こういう経営者に会ったことがある。
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 鼻くそほじほじ羅漢(笑)。
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 暗~い羅漢。
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 だめだこりゃ、羅漢。
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 火、消し忘れたかも(不安)。セコム羅漢。
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 合わせる顔がない。絶望羅漢。
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 がははは。馬鹿笑い羅漢。
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 ちょっとだけよ。何見せてるの?羅漢。
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 「ちゃんと揉んでよ」「もう、疲れたよ、おまえ」~夫婦羅漢。
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 世間話羅漢。和気あいあい♪

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川越市その1 蔵造りの町並み

 夏休み。群馬に行こうとクルマに乗ったが午前中から大渋滞。予定を変更、所沢ICでおりて、川越市に向かった。川越市はNHKの連続テレビ小説『つばさ』のロケ地。以前一度訪ねたことがあるが、また、行きたくなった。 
 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、埼玉県川越市は「世に小京都は数あれど、小江戸は川越ばかりなり」と謳われたという。
 喜多院には江戸城の建物の一部が移築されている。松平信綱・柳沢吉保といった江戸幕府の重臣や親藩が藩主を務めた川越藩の城下町でもあり、幕府との関係は深かった。
 まさに小江戸という通称がふさわしい川越市。市街地の一角には、「蔵造りの町並み」が残っており、平成11年12月には国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定された。
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 川越市のホームページによると、「川越市川越伝統的建造物群保存地区は、札の辻を北端とし、仲町を南端とする中央通り沿いの南北約430m、東西約200m、面積約7.8haの範囲で、近世初期以来の十ヶ町四門前の町人地の枢要部を占めている。地区内では江戸時代から蔵造りの町家が一部建築されていたが、明治26年(1893)の大火後、その復興にあたって、商人たちはこぞって防火性能の高い蔵造りを取り入れ、地区内には明治40年(1907)頃までに重厚な蔵造り町家の立ち並ぶ町並みが形成された。さらに、大正以降近代洋風建築や洋風外観の町家等も加わり、各時代の特色を反映した建築が共存するようになった」という。
 市役所に立ち寄り、観光パンフレット「小江戸川越見る遊ぶ」などの資料をもらって、札の辻から歩き始めた。
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 通り沿いには、三十数棟の蔵造りの商家が軒を連ねる。
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 時の鐘。川越市のホームページによると、「時の鐘は、寛永年間(1624年~44年)に川越城主酒井忠勝が、城下多賀町 (いまの幸町)に建てたものが最初といわれています。現在の鐘楼は、明治26年(1893)に起きた川越大火の翌年に再建されたもの。 3層構造の塔で、高さ約16メートル。寛永の創建からおよそ350年間、 暮らしに欠かせない「時」を告げてきた川越のシンボルです。 現在、1日に4回(午前6時・正午・午後3時・午後6時)、蔵造りの町並みに 鐘の音を響かせています。平成8年6月、時の鐘は環境庁主催の残したい『日本の音風景百選』に選ばれました」。

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銭洗い弁天(宇賀福神社、鎌倉市)

 夜も営業を始めたcorretto(コレット、鎌倉市)に行く前に銭洗い弁天(神奈川県鎌倉市佐助2-25-1、0467・25・1081)を訪ねた。コレットのオーナー&ソムリエ、松山さんが、前回訪ねたときに「そこに銭洗い弁天があるんですよ」というから、すぐ近くかと思ったら、15分くらい歩かなければならない距離だった(苦笑)。

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 しかし、予想以上に面白い場所だった。
 鶴岡八幡宮にちょっと寄って、源氏山公園経由で銭洗い弁天に向かった。
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 道路脇のこんなところに?という場所に鳥居とトンネルがあり、そこが銭洗い弁天の入り口だった。宇賀福神社(うがふくじんじゃ)とも呼ばれる。
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 鳥居のトンネルを通過すると――。
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 洞窟がある。
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 洞窟内にある清水で貨幣などを洗うと増えるとされることから銭洗い弁天(弁財天)と言われる。
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 ざるに小銭を入れて洗った。10万円くらい持ってきて洗えばよかった(^^ゞ
 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、この神社は、1185年(文治元年)源頼朝によって創建されたと伝えられる。源頼朝が巳の年、巳の月、巳の夜、夢枕に現れた老人のおかげで、岩から湧き出る霊水を発見したと言われている。そして、社を建てて宇賀福神を祀ったという伝説がある。
 ドラクエの影響か、洞窟でまほうのせいすいを見つけたような気分だった。

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ニンテンドーDSi を購入、ドラクエⅨを楽しむ

 ニンテンドーDSi(新色のレッド)を買ってしまった。ゲーム機を買うのはNINTENDO64以来だ。
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 ニンテンドーDSくらい知らないと世の中から取り残される、と思って・・・というのはウソ。
 「ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人」をどうしてもやりたくなったからだ。
 シナリオ・ゲームデザインの堀井雄二さんにはお会いしたことがある。ファイル何冊にもなる手書きのシナリオをみて、このゲームにかける意気込みを実感した。
 ドラクエはスーパーファミコンで遊んでいたのだが、携帯ゲームプレーヤーのDSのほうがはるかに性能がよく、鳥山明の描くキャラクターのアニメーションが楽しめる。それだけでも満足だ。
 ゲームオタク風の方々の中にはネガティブな評価も多いようだが、ドラクエをやりたくてDSを新たに買った人は相当多いようで、期待に十分こたえるゲームソフトだと思う。
追記)2009.8.16 「戦いのきろく」によると、プレイ時間40時間59分。モンスターのちょうど半分の種類を討伐。収集アイテムはまだ32%。夏休みも終わったので、後はゆっくり楽しもう。
追記)2009.9.1 「すれちがい通信」という機能を使うと、街ですれ違った人が同じドラクエⅨの「すれ違い通信」をしていると、その人のキャラクターをリッカの宿に呼び込める。宝の地図のやり取りもできるという。初めて試してみて、「すれ違い通信」をしている人が多いのにびっくりした。宿泊者リストをみると、ぶんぼ、オヂコ、もさみん、かつや、まさ、はっしー(1階)、ヤスヒロ、ビワっち、ゆここ、なぁ、ウェンディ、シルビー、ふみひろ、ゴンザラ、ミーコロ、ナイン、エニクス、ひろろん(2階)、よわむし、せいそ、ミサヨ、アル、アベル、かがり、ともゆき、コヌマ、ちゃんどら、とおる、トリック、アタッツ(3階)・・・1日でこんなに集まってしまった。やはり若い人が多い街、通勤途上は良く集まる。丸の内では全く集まらなかった(笑)。有楽町から日比谷駅に行く通路でかわいらしい女性とすれ違った。彼女はすれ違い通信をしていたようだ。キャラクター(なぁ)のせりふが「あら?いますれちがったよね?え?ちがう!?きになる♪♪」なんかうれしかった(馬鹿だね(^^ゞ)。地図もたくさん集まった。大いなる星々の地図(Lv99)、残された間の地図(Lv99)、とどろく魂の地図(Lv98)、見えざる光の地図(Lv94)、怒れる星々の地図(Lv90)、見えざる魔神の地図(Lv87)、放たれし闇の地図(Lv70)、残された運命の地図(Lv58)、呪われし運命の地図(Lv55)…。すれ違い通信でなければ手に入らないレベルの高い地図が手に入った。面白い機能。すれ違い通信は隠れたブームなのかもしれない。
追記)2009.9.4 すれ違い通信にはまり、リッカの宿に100人以上の客を運んだ。「嵐の呼び込み師」の称号まで贈られた(笑)。昔は東京の雑踏が嫌だったが(それが普通)、今は雑踏が楽しみ。交通渋滞なども工夫をすれば楽しくなるのではないか。カーナビでアイテムゲットとか。ゲームは本筋を忘れ、入手した宝の地図の攻略にばかり走っている。
追記)2009.9.5  悪い奴がいるらしい。CNET Japanによると、ゲームに悪影響を及ぼす不正に改変された地図が出回っているようだ。
 スクウェア・エニックスによるとによると、8月末時点において、正常なプレイで手に入れられる宝の地図のうち、特定のモンスターの名前がついたものは「バラモスの地図」「ムドーの地図」「ドルマゲスの地図」「竜王の地図」「デスピサロの地図」「ミルドラースの地図」のみ。これ以外は不正なデータ改造で取得されたもののため、こうした地図を受け取った場合はプレイせずに、「どうぐ」コマンドの「たからのちず」リスト上で「すてる」を選んで、破棄することを推奨している。
 そういえば、「オルゴ・デミーラの地図 Lv5」なんてのがある。危ない、危ない。「まるめて、なげすてた」。メッセージで注意を呼び掛けておいた。
追記)2009.9.21 「オルゴ・デミーラの地図 Lv5」をまた入手。本当に危ないのか確かめたくなって、「オルゴ・デミーラLv5の間」に行ってみた。
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 まったく異常はなく、倒すことができた。
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 レベルアップもさせることができた。
 もう正規版が出ているのだろうか?正しい情報を流してほしいもの。
 
 続いて、もうひとつの怪しい「デスタムーアの地図Lv2」。「デスタムーアLv2の間」に行ってみた。
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 こちらも大丈夫。
 すれ違う人を信じてよかった(*^^)v
追記)2009.11.20 誕生日にリッカの宿に泊っているVIPに会うとバースデイケーキなど、プレゼントがもらえた。ゲームでもうれしかった。
追記)2010.1.6 昨年9月1日から始めたすれ違い通信。リッカの宿についに1000人の客を運んだ。当然、「宿王」の称号がもらえると思ったら「特別親善大使」。ちょっとがっかり。次は何人集めれば、どんな称号をもらえるのだろう。1000人ちょうどでやめてもいいとも思ったが、外に出てもまったくすれ違う人間がいなくなるまで、すれ違い通信を続けてみるか(物好き)。

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白骨温泉(5) 湯元斎藤旅館その2;湯元斎藤別館その3

 早朝、湯元斎藤旅館に行った。零時に御婦人湯、殿方湯が入れ替えになっている。
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 湯元館の露天。
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 野天風呂、鬼が城。
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 雨が降っていた。
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 朝食。白骨温泉を使った温泉がゆが出た。温泉のにおいがするがおいしかった。

 渋滞を避け、9時前にチェックアウトして旅館を後にした。
 温泉、料理を満喫した。
 帰りは中央道の東京に入ってからの道が混んでいたので圏央道経由関越道で帰った。12時前に家に到着した。

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白骨温泉(4) 湯元斎藤別館その2

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 夕食。
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 岩魚の塩焼きはよく焼いているので頭からすべて食べられた。
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 おこわ。
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 大ニジマスの冷製。
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 岩魚の刺身。
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 てんぷらなど。
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 ご飯登場。
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 デザートのスイカ。
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 お風呂。
 源泉名:湯元1号
 泉質:含硫黄-カルシウム・マグネシウム・ナトリウム-炭酸水素塩温泉(硫化水素型)
 効能:胃腸病、神経諸系統病、貧血症、婦人病など
 湧出量:毎分110ℓ
 加温あり(41℃)
 落ち着ける良い雰囲気の湯舟。露天はない。

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白骨温泉(3) 湯元斎藤旅館その1

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 湯元斎藤旅館に向かった。白骨温泉の一番奥にある。
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 野天風呂、鬼が城。深夜零時より御婦人湯、殿方湯が入れ替えになる。
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 源泉名:湯元3号
 泉温:35℃ 
 泉質:含硫黄-カルシウム・マグネシウム・ナトリウム-炭酸水素塩温泉(硫化水素型)
 効能:胃腸病、神経諸系統病、貧血症、婦人病など
 湧出量:毎分110ℓ
 加温あり(40℃)
 ぬるめのお湯で、ゆっくり温まれる。
 古来、「白骨の湯に3日入れば3年は風邪をひかない」とも言われた。
 湧出時には透明な温泉が、空気に触れて時間と共に白濁する。
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 温泉卵のにおいのお湯を飲む感じ。まずくはない。
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 湯元館の露天。やはり深夜零時より御婦人湯、殿方湯が入れ替えになる。
 源泉名:湯元1,2,3,4号(混合泉)
 泉質:含硫黄-カルシウム・マグネシウム・ナトリウム-炭酸水素塩温泉(硫化水素型)
 効能:胃腸病、神経諸系統病、貧血症、婦人病など
 湧出量:毎分116ℓ
 加温あり(42℃)
 露天の方がぬるめ。長く浸かっていられる。

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白骨温泉(2) 煤香庵

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 煤香庵(長野県松本市安曇白骨温泉、0263・93・2917)は登山客らが気楽に山歩きの疲れを癒せるようにと作った日帰り入浴と食事(12月~4月末は入浴のみ)ができる施設。
 営業時間は5月~11月が10:00~18:00。12月~4月が10:00~15:30。
 5月~11月が水曜定休。12月~4月は不定休。
 入浴料金は700円(税込)。

 温泉に入った。
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 初めての白骨温泉。見た目は万座温泉に近いが、泉質は異なる。
 白骨温泉は飲むこともできる。
 日帰りなのでシンプルな施設。確かに、登山帰りには気兼ねがなくて便利かもしれない。

 源泉名:湯元5号
 泉温:39.9℃ 
 泉質:含硫黄-カルシウム・マグネシウム・ナトリウム-炭酸水素塩温泉(硫化水素型)
 効能:胃腸病、神経諸系統病、貧血症、婦人病など
 湧出量:毎分102ℓ
 加温あり(42℃)

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白骨温泉(1) 湯元斎藤別館(長野県松本市)その1

 せきざわで席が空くのを待っている間、白骨温泉の主な旅館に電話をかけた。”1000円高速”の渋滞に巻き込まれるのはご免だ。月曜日から1週間、休みをとっているので、あわてて渋滞の中を帰る必要もない。
 しかし、どこも満室だった。諦めかけたが、老舗の湯元斎藤旅館の「別館」に最後の望みを託した。
 登別温泉に行った時も、老舗の第一滝本館系の滝本インに宿泊。第一滝本館の大浴場を何度も利用した。
 湯元斎藤別館(長野県松本市安曇白骨温泉4200、0263・93・2244)も、『湯元齋藤旅館』、日帰り施設の『煤香庵』のお風呂に無料で入れる。別館は意外にノーマークで、その割には泊るとお得なのだ。
 1室、空いているという。1泊2食で2万3000円。別館では一番高い部屋のようだ。しかし、日帰り入浴を受け付けていない老舗の旅館の湯も楽しめるチャンスだ!予約した。
 長野市内からクルマで3時間。
 注意しなければならないのは平成21年5月から平成24年11月末までの予定で、県道白骨温泉線は通年通行に向けての工事をしていること。工事期間中は通行止めで、白骨まではスーパー林道経由になるので、カーナビで行く場合は「乗鞍観光センター」経由でセットしよう。
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 道はすいていて、午後5時ごろ、旅館に着いた。

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 部屋に案内された。立派な部屋だった。
 ホームページによると、 「湯元齋藤別館は昭和8年(1933年)に5代目当主が賓客をもてなす為に湯元別荘として建てられました。木曽、飛騨の匠の入念な技がそこかしこに生かされたお座敷は無垢の材をふんだんに用い、70年の時を経た今、懐かしい空間として古き時代の日本の宿の雰囲気をかもし出しています。 平成7年(1995年)には改修を施し設備を刷新し、客室数11室(和室10室、洋室1室)として心をこめた丁寧なおもてなしを心がけております。 (何分にも古い木造建築ですので、音や声が響き易い点はご了承下さい。)」とのことだ。
 賓客をもてなすための別荘だったのか。豪華だ。(*^_^*)
 お湯について、ホームページの記述を引用しよう。
 「当館のお湯は、白骨温泉に数ある源泉の中でも古来より伝わる2本の自噴泉の1本であります湯元1号源泉を薬師堂の下より引湯しております。 52℃の源泉を250m引湯して浴槽にそそぎこむと40~42℃。ゆっくり入りやすい温度の掛け流しの湯が湯舟に溢れています。 もちろん飲泉も可能ですのでどうぞ飲んでみて下さい。昔から胃腸病に大変効果があるといわれており胃がすっきりして食欲が出たり、便通が良くなることを実感されると思います。 また外傷や手術後の傷も治りが早いです。関節痛、リューマチのお客様は翌朝、節々が楽になるのを感じていただけます。当館には小さな家族風呂があり、ご家族やお体の不自由な方などお気兼ねなくご入浴いただけます。また『湯元齋藤旅館』、『煤香庵』のお風呂を無料で御利用していただいておりますので3店舗の湯に浸かれるのが別館のお客様の特典です」。
 良いところに泊れた、と素直に思う。
 白骨温泉は、草津温泉ハップを白骨温泉の一部施設が使用していたことが2004年6月に発売された週刊ポストの記事で明らかになったことで、名前を知った。温泉偽装問題の端緒となる記事だったが、その後、伊香保温泉で水道水使ったお湯を温泉と称して営業している旅館があることが発覚。温泉偽装問題は群馬に飛び火する。
 とても”他人”とは思えない、白骨温泉だが、こんな事件が起こることが不思議なくらい伝統のある名湯なのだ。
 湯元斎藤旅館のホームページから「白骨の歴史」を引用しよう。
 白骨の歴史について
 白骨の歴史
 鎌倉時代、北陸地方と幕府を結ぶ最短コースとして、この地に鎌倉往還が開かれていました。この頃から白骨には湯が湧いていたと云われることから、その歴史は400年以上にわたることになります。
 湯屋ができたのは江戸時代に入ってからで、以来、明治・大正・昭和と山間のひなびた湯治場として栄えてきました。
 鎌倉住還から湯屋の開設
 北陸地方から当時の政治の中心であった鎌倉を目指す鎌倉住還は、その後も飛騨街道として元禄14年に造られた元禄国絵図に登場するなど、信濃と飛騨を結ぶ道として定着していたことをうかがわせます。
白骨には、この鎌倉住還の頃から湯が湧いていたと言われ、ここを往来する旅人が旅の中休みに湯浴みしていたかもしれません。やがて戦国の世になると乗鞍岳の麓に、武田信玄によって多樋銀山が開発されました。銀山とは言っても主鉱は鉛でしたが、鉄砲が普及しはじめた当時は貴重な軍需物資でした。ここでは鉛の精錬まで行われ、盛時にはかなりの町屋を成していたといわれています。
 銀山から峠を一つ越えて一里半の道のりの白骨温泉では、銀山の傷病者の療養が行われていたことでしょう。そして白骨に初めて本格的な湯屋を作り営業を始めたのは、元文3年(1738年)に松本藩から「白船制札」が下された湯元斎藤旅館の祖先にあたる、大野川村の庄屋であると言われています。
 白骨温泉の謂れ
 ここの地名は、地元に伝わる古文書によると「白船」「白舟」とあります。それは栃の大木を六尺ほどに伐って丸木舟様に彫った「フネ」と称するものを湯槽に用いていたところ、その内側に温泉の石灰分が白く結晶したところからそれを「シラフネ」と呼んだのが由来だと云われています。
明治になり吉田東吾の「大日本地名辞書」が発行されると、そこには「白骨の温泉、白船の湯という。」とあります。
 おそらくこれが白骨の呼称のはじまりであったのでしょう。その後「白骨」の名を広く一般に知らしめたのが、大正2年9月より新聞紙上に連載の始まった、中里介山の小説「大菩薩峠」でした。以来、地元でも「シラフネ」と呼ぶものが少なくなり、いつしか「白骨」の名が定着し今日に至りました。
 小説「大菩薩峠」
 中里介山先生29歳の大正2年(1913年)9月から都新聞に「大菩薩峠」の連載が始まり、同14年1月「無明の巻」からは東京日日、大阪毎日新聞に連載が続きました。そして小説は「他生の巻」で白骨を舞台に物語が展開するのでした。その中に綿々と描かれる白骨の場面は、介山先生が大正14年8月2日にわずか1泊で構想を得たものです。そのとき宿泊されたのが湯元斎藤旅館です。
 「大菩薩峠」の一節に「殊に、龍之介はここへ着くとまず第一に、「これから充分眠れる」という感じで 安心しました」とあります。「他生の巻」における机龍之介の姿は、うちに滞在中の先生のお姿を彷彿とさせるようだ。」と、先代は申しておりました。その後介山先生はなくなられる前年の昭和17年10月11日に再び訪れ、1週間ほど滞在されました。没後10年を迎えた昭和29年7月、東京作家クラブの提案で、白骨温泉旅館組合と諮って文学碑が建立されました。

 煤香庵のお風呂に入れるのは午後6時まで。お茶も飲まずに、すぐに入りに行った。

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せきざわ(長野県小布施町、そば)

 2005年10月、群馬県箕郷町(現在は高崎市)の店を閉店、同年12月長野県の小布施町に新しい店を開いたせきざわ(長野県上高井郡小布施町中松872番地9、026・247・5652)に行った。

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 営業時間開始後すぐに行こうと思ったが遅れて12時15分ごろに。
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 すでに列ができていて、駐車場もいっぱいだった。
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 もうすでに小布施町の人気店になっていたのだ。よかった。
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 1時間ほど待って、入店できた。ロッジ風の店。
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 売りは相変わらず、自家栽培、石臼引き、完全自家製粉。
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 手挽きのそばがき(1000円)。
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 そばは「茜三昧」(生粉打ち、変り、鴨南、1800円)を頼んだ。そば粉100%の生粉打ちそば。
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 そばの実の純白のでんぷんに季節のものを打ち込んだ変りそば。今日は青紫蘇を打ちこんだもの。
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 鴨南。
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 そばがきを練りこんだアイスクリーム、「箕輪の月」。

 そばを最大限楽しませてくれる店、せきざわは健在だった。
 営業時間は昼の部11:30~14:30、夜の部17:30~19:30。
 定休日は毎週水曜日、第二木曜日、毎週火曜の夜の部。

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高井鴻山記念館(長野県小布施町)

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 北斎館で画狂老人の作品を楽しんだ後、高井鴻山記念館(長野県上高井郡小布施町大字小布施805-1、026・247・4049)を訪ねた。

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 東門から入った。
 この記念館は、高井鴻山の隠宅翛然楼(ゆうぜんろう)など、現存する邸宅の一部を修復したもの。もと高井家は、間口30間(54m)奥行き80間(144m)の広大な屋敷に、本宅をはじめ蔵などが軒を連ねていたが、明治11年の火災その他の事情で多くを失った。

 パンフレットに高井鴻山、北斎と鴻山の関係について詳しく記述していた。
 高井鴻山とは・・・ 高井家のルーツから華やかで多彩な生涯
 高井鴻山 (文化3年~明治16年/1806~1883) 鴻山は幕末維新の激動期に、その時局の変化に対応しつつ、陽明学の教え知行合一の精神で"国利民福"の信条をつらぬいた人である。
 15歳から16年間、京都や江戸への遊学で、各界第一人者から多彩な学問や芸術を修め、自由で幅広い人脈を築いた鴻山は、父の死により高井家の当主となってからも、学問思想に情熱を傾け、佐久間象山をはじめ当時の日本史を彩った思想家や文人たちとの交流において、鴻山もまた日本の行く末を憂い、巨万の財力を惜しみなく使い、幕末の変革に関わったのである。
 また、江戸の浮世絵師葛飾北斎など多くの文人墨客を招き、小布施を文化の香り高い地に育み、飢餓には窮民を救い、維新では教育立県を強調し、東京や長野に私塾を開いて教育活動に専念したのである。
 高井家
 高井家は元和年間(1615~24)に浅間山麓の市村より移住。その後、六斎市を背景に北信濃きっての豪農商となり、飯山藩や京都・九条家などの御用達を勤め、小布施を拠点に、信州はもとより江戸、京阪、北陸、瀬戸内までも商圏とする大きな商いを展開した。そして、築いた巨万の財を惜しみなく困窮者の救済に当てた。
 鴻山の祖父は、天明の飢餓に倉を開き窮民を救ったので、その功績が幕府に認められ「高井」の名字と帯刀を許されたのである。
 このように高井家は、大実業家であると共に、慈善家としての家風も受け継ぎ、庶民のリーダーとして社会に深く関わってきた。この家風は鴻山の生き方の根底になっていたといえる。
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 北斎と鴻山 ふたりをめぐる人間模様
 江戸遊学時代に交流のあった画家・葛飾北斎(宝暦10年~嘉永2年/1760~1849)が鴻山を訪ねて小布施へやって来たのは天保13年(1842年)の秋。80歳を越えた老画家が、はるばる小布施を訪れた理由には諸説あるが、天保の改革の過激な取り締まりを避け、北斎芸術の良き理解者であり、経済的な支援者としても頼もしい鴻山のもとへ、身を寄せたと考えるのが妥当であろう。北斎はその後再三にわたって来訪し、鴻山が提供した「碧漪軒(へきいけん)」をアトリエに、数々の肉筆画の傑作や鴻山との合作を残した。鴻山は北斎を師と仰いで尊敬し、北斎は鴻山を「旦那様」と呼ぶ、折り目ある交流が続いたと伝えられている。

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 歩廊。
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 北斎の画稿のコピーが飾ってある。
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 画稿の絵葉書。色の指示などがあって面白い。
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 翛然楼。この建物は、鴻山の祖父作左衛門(宝暦3~文政9・1753~1826)の時代に建てられたものといわれ、鴻山はこれを「翛然楼」と名づけて書斎として使用していた。
 「翛然」とは、「物事にとらわれず思いのままに進退する」という意味がある。中国明時代の文人、陳文燭(ちんぶんしょく)の書斎「翛然亭」にあやかって名づけられたものと推察される。
 鴻山はここで、書画や読書に専念し、あるいは葛飾北斎をはじめ、訪れてくる文人墨客と語り合い、また佐久間象山ら幕末の志士たちと国事を論じたのである。
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 碧漪軒。碧漪軒は、天保13年(1842)、江戸からはるばる鴻山のもとを訪れた浮世絵師葛飾北斎のために、建てられたものである。
 「碧漪」とは、青いさざ波という意味である。室内の床の間落し掛け上部の壁は、貝がらの付着した船板が用いられている。
 北斎はここに滞在して構想を練り、絵の制作にあたったといわれている。
 建てられた当時の場所が明らかではないが、「碧漪軒」と書かれた額が残されている。
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 文庫蔵。鴻山は京都や江戸での修学時代はもとより、小布施に帰ってからも書物の収集に務め、学問に励んだ。
 鴻山の収書は、国学・漢学をはじめ、蘭学・歴史・地理・化学・本草学・生理学・天文学・数学等、学問のあらゆる分野にわたっている。
 この庫は鴻山の書斎「翛然楼」に隣接し、文庫蔵として使用されていたものである。
 ここには、万巻の書物が満たされていたと伝えられるが、明治11年の火災やその他の事情で、一部を残して散逸した。
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 翛然楼は室内も見学できる。写真は2階からみた外の風景。
 幕末から維新にかけて多くの志士が翛然楼へ鴻山を訪ねて国事を論じたとされている。特に佐久間象山とは交情極めて厚く鴻山を月に数度も訪れたといわれている。
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 翛然楼へは、多くの志士が訪れ国事を論じたと言われ、身の安全を考えてとっさの間に逃れる仕掛けを工夫した。一見押入れに見せて中に二重の床板を張りその中にかくれて下におり、逃げ穴を通って本宅と表の座敷へ逃れることができた。
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 正門。
 開館時間は午前9時~午後5時(4~9月は午後6時まで時間延長)。休刊日は年末12月29日~12月31日。
 入館料は300円

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北斎館(長野県小布施町)

 北斎館(長野県上高井郡小布施町大字小布施485、026・247・5206)に行った。

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 パンフレットの説明。
 小布施は、江戸の浮世絵師・葛飾北斎(1760~1849)が晩年に逗留し、画業70年の集大成をはかった特別な町です。
  北斎は80代半ば、郷土の豪商・高井鴻山(1806~83)の庇護のもとに、岩松院や東町・上町祭屋台の天井絵を描き遺しました。 当時の小布施は、繁栄を誇り、北斎をはじめ当代の文人を惹き付ける魅力ある町でした。
  北斎館は、これらの天井絵をおく二基の祭屋台と、長く大切に受け継がれた肉筆画をもって、昭和51(1976)年11月に開館しました。肉筆画を中心に、版本や錦絵など、北斎の画業を広くご覧いただけます。

 画狂老人卍の号で描いた絵も多く、北斎のユーモア、自由な精神が感じられた。

 気に入った絵の絵葉書を買った。
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 西瓜と包丁。おいしそう。
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 菊。立体感がある。
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 富士越龍。九十老人卍筆とあり、絶筆に極めて近い制作として注目されている。

 入館料500円。開館時間は午前9時~午後5時 (4月~9月は午前9時~午後6時)。休館日は12月31日。

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フローラルガーデンおぶせ(長野県小布施町)

 長野市内から30分ほどで行ける小布施町に行った。
 目的は小布施町に移転した群馬のそばの名店、せきざわに行くためだが、北斎館などもあり、自然と文化豊かな町として評判が高い。
 まず、小布施の自然を味わうため、フローラルガーデンおぶせ(長野県上高井郡小布施町大字中松506-1、026・247・5487)に行った。

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 敷地面積は1万5000㎡。
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 手前は店舗。入園料(200円)を払うと、その先にある温室、庭園などを回れる。
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 温室は熱帯の珍しい樹木がたくさんあった。
 ガジュマル。熱帯アジアに広く分布。ガジュマルという名前は沖縄地方の方言で、「絡まる(がまる)」という言葉が訛って出来たと言われている。鳥のフンで運ばれた種が、他の木の上で発芽して、気根を伸ばしてやがて元の木を包みこみ絞め殺してしまう事がある。「締め殺しの木」というニックネームがある。
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 ウスネオイデス。北アメリカから南アメリカの広い範囲に分布。和名「サルオガセモドキ」。葉から空中の水分や養分を取り込んでいる。小さな花が咲く。原産地では、箱詰めにしたときの隙間を埋めるパッキング材に使うこともある。
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 ウツボカズラ。熱帯アジアに分布する有名な食虫植物。袋の開口部から昆虫を誘う甘い蜜を出して、密に誘われて口に止まった昆虫はつるっと足を滑らせて、袋の中の液体で溺れて最後はウツボカズラの栄養となってしまう。
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 タビビトノキ。マダガスカル島原産、和名は「扇芭蕉」。昔、旅人が葉を切り取って、出てきた水を飲んだと言われている。
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 カカオノキ。主な原産国は中南米、東南アジア、西アフリカなど。カカオの花は幹または太い枝に直接咲く。これを幹生花という。幹に果実がつき、種子からカカオをとる。
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 アセロラ。「アセロラ」はスペイン語。別名、「バルバドスチェリー」「西インドチェリー」。アセロラはレモン果汁の約34倍の天然ビタミンC量。老化防止のポリフェノルも豊富。木自体は堅く重厚なので、木工細工に使われたりもする。樹形にも面白みがあり、庭園に植えられるほか、西インド諸島では、生垣として使われている。
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 チューインガムノキ。「サポジラ」。中南米原産で20mになる高木。樹液からチクルというチューインガムの原料がとれるので「チューインガムノキ」と呼ばれている。果実も甘く、ジャムやシャーベットに加工される。
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 庭園は花の名前を個別に紹介しておらず、全体の構成を見てもらおうとしているようだ。
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 のんびりできる。
 開園時間は9:00~17:00(入園受付は16:30まで)。

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善光寺(長野市)

 5時過ぎに起きて、善光寺(長野県長野市元善町491、026・234・3591)に行った。

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 第1駐車場(境内北西)、第2駐車場(境内西)、第3駐車場(境内北東)、第4駐車場(境内西)があり、駐車料金はどこも2時間まで500円だが、せっかく善光寺をお参りするならば、参道を歩いて行きたい。そこで、南にある大本願駐車場(やはり2時間まで500円)にクルマをとめた。
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 善光寺参道(敷石)。正徳4年(1714年)に完成。長方形の石が約7000枚が敷かれている。
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 仁王門。大正7年(1918年)に再建。定額山の額は伏見宮貞愛親王の筆。
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 仁王像は近代彫刻の巨匠、高村光雲と米原雲海の合作。
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 早朝(5時45分)だが、ツアー客もいた。
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 仲見世通り。
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 駒返り橋通り。
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 六地蔵。説明書きによると、「六地蔵は、われわれ衆生が輪廻を繰り返す六つの世界(六道)に現れ、迷いや苦しみから衆生を救ってくださる菩薩です。向かって右から、地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人界・天界の地蔵菩薩です。地獄界の地蔵菩薩が蓮台から片足を踏み出しているのは、一刻も早く衆生を救いに行こうというお気持ちの顕れだと言われています」。
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 濡れ仏(重要美術品)。説明書きによると「享保7年(1722年)に完成した、高さ約2.7メートルの延命地蔵菩薩像です。六十六部(日本全国を行脚する巡礼者)の供養のため、法誉円信が広く施主を募って造立したものです。江戸の大火の火元として処刑され、のちに歌舞伎や浄瑠璃の題材となった「八百屋お七」の冥福を祈り、恋人の吉三郎が造立したという伝説もあります」。
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 山門(山門)。重要文化財。寛延3年(1750年)に完成した、2層入母屋造りの門。
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 本堂。
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 左手に親鸞聖人像。説明書きによると「鎌倉時代、浄土真宗の宗祖親鸞聖人は、越後から東国への旅の途中で善光寺に参詣され、善光寺如来さまの御前に松の枝を供えられたと言われています」とある。
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 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、「善光寺(ぜんこうじ)は、・・・天台宗大勧進と浄土宗大本願からなる両派の仏教寺院」。「日本において仏教が諸宗派に分かれる以前からの寺院であることから、宗派の別なく宿願が可能な霊場と位置づけられている」。
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 善光寺住職は、毎日早朝に行う法要(お朝事)のために本堂へ向かう行き帰りに、参道にひざまずく参拝者の頭を数珠で撫でて功徳を授ける。写真は浄土宗の住職のお上り。
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 写真は天台宗の住職のお下り。最後に数珠で撫でてもらった(^^ゞ。

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長野市でソフトボール合宿

 長野市の松代青垣公園のグランドで二つのソフトボールチームと試合をした。
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 1試合目はコールドゲームで負けてしまったが、最初の打席でサード強襲ヒットで初打点。
 2打席目は先頭打者でレフトの頭越えのホームラン!! 2打点目。
 実はグランドに行く途中、おぎのや長野店(長野県長野市篠ノ井西寺尾赤川2328-2、026・293・2300)を見つけ、峠の釜めしを購入。「パパ、きょうはホームランだ!」と吉野家の昔の宣伝のパロディで言ったのだが、本当に打てた。
 3打席目はフォアボールだがホームに生還。結局わがチームの6点のうち3点に絡めた。

 2試合目は途中出場したがタイミングがまったく合わず2内野フライ。ソフトボールは難しい。
 膝の痛みが癒えず、恐る恐る走ったり、守備をしたりした。十分なプレーはできなかったが、面白かった。
 明日も試合があるが、無理をしたくないので明日は試合には出ず、朝から長野県観光をしようと思う(追記:夜の雨でグランドが使えず結局試合は中止になった)。

 宿泊先のメルパルク長野(026・225・7800)の部屋ではパソコンが使えたので、すぐに「日記」が書けた。

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スヰートポーヅ (スイートポーヅ、東京・神田神保町、餃子)

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 たまに食べたくなるのが、スヰートポーヅ (東京都千代田区神田神保町1-13-2、03・3295・4084)の餃子。

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 お店にある説明。 
 スヰートポーヅ いろいろ
 昭和7年より中国で本格的に天津包子及び餃子の技法を修得し、満州は大連・山県通りにて餃子店を、中国人業者に伍して5年間営業、帰国後、食堂「満州」の名で終戦まで絶大な賞賛を給りました。当時、餃子は未だ一般化されておらず、お客様は中国で生活されたことのある方々や、中国人が主でした。
 昭和30年に、大連時代の店名「スヰートポーヅ」で再開、お陰様で今日に至りました。
 「スヰートポーヅ」は「おいしいポーヅ(包子)」の意味です。


 餃子は「チャオヅ」と呼ぶのが本当でギョーザと云うのは、中国での方言が訛った云い方です。
 広い中国では北と南では食べものも違い、餃子は北部が本場で、揚子江以南には元来無かったもので、南方のソバ、北方の餃子といわれる程北方の代表的な食物です。餃子は日本のお鮨やお餅に相当し、主食ではなく御馳走の部類に属します。冠婚、葬祭、祝節など御馳走を食べる時は必ずといってよい程作ります。正月など日本のお餅同様正月前に沢山作り部屋の外に出し、凍らせて袋に入れて貯え、正月中出して茹でて食べます。そして水餃子には小銭を包み、それを食べ当てた人は、その1年間はよい事が続くと喜ぶ風習もあり、又餃子自体、元宝(中国の古銭)を形どったものでおめでたいものとされています。
 餃子の餃という字は食物を混ぜ合わせて「あん」にする意味で中身の材料には、エビ、ナマコ。椎茸等を入れた高級なものからニラ等の入ったものまで各種バラエティに富んで居りますが大衆に好まれるのは豚肉餃子です。
 餃子は大別して3種類に分けられます。
一、茹でたもの(水餃子)
二、蒸したもの(チャオヅ)
三、焼いたもの(コーテル)
 で中国の人は殆ど茹でたものを食べ、焼き餃子は日本人の好みに合っている様です。多勢の人を接待する時は扱い良いので蒸します。。
 出来上がったものは熱いうちに辛味の効いた酢醤油で召し上がるのが一番おいしく中国ではニンニクの好きな人はニンニクをまるのまま囓じりながら餃子を食べるので、中味には入れません。
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 餃子定食(餃子8個、ご飯、味噌汁、766円)を頼んだ。
 もちもちした感じがたまらない。
 12個(1007円)、16個(1249円)の定食もある。
 水餃子は10個840円、天津包子は5個787円。
 営業時間は(火~金)AM11:30~PM3:00、PM4:30~PM8:30、(土)AM11:30~PM8:30。
 日曜・月曜日定休。

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旬菜楽 トキ(東京・赤坂、家庭料理)=閉店

追記)2014.3.13 そうそう、こちらも閉店してしまった。前の料理人の方が経営しているようだが…。

 高校時代の友人たちと鱧(ハモ)を食べないかと話したのがきっかけだった。それならば、ということで、一人が、鱧のうまい店として、旬菜楽 トキ(東京都港区赤坂2-14-12 川村ビル1F、03・3586・7090)を推薦した。

 店の前に来て思い出した。

 鱧料理がうまい店というから、旅館のようなたたずまいの和食の店かと勝手に思っていたが、以前、会社の後輩と二人で来た現代的な店だった。

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 それ以来、「トキメール」という月替わりのメニューなどのお知らせメールをいただいていた。
 8月2日のメール。
 心配事の多い8月です。
 日本にオバマさんは居ないし、環境汚染を食べてくれる獏(ばく)
 も居ないし、冷夏の日照を助けるハイブリッド技術もないしね~。
 でも気を取り直して、ちょと嬉しいを身の回りに見つけましょう。
 しんどい夏に、皆さまの嬉しいのお手伝いが出来ますように・・・。

 「肉詰めゴーヤーの冷たい煮物」
 「ホットワンタン エスニックソース」
 「京加茂なすの揚だし ぽん酢ゼリー」
 「ハムと夏野菜のゼリー寄せ パセリ風味」
 「夏サンマの肝しょう油付け焼き」
 「海老の唐揚げ 黒酢ソース」
 「骨付き仔羊のカレー風味パン粉焼き ピクルス添え」
 そして淳子のデザートは、夏の定番「桃のコンポート」。
 甘味嫌いにもちょっとヤバイ!旨さデス。

●今月の酒
 愛媛県西条市・石鎚酒造の『石鎚 夏純米』。
 山口県宇部市・永山本家酒造場『貴 発泡にごり』
 新潟県魚沼市・緑川酒造の『緑川 雪洞貯蔵酒 緑』。
 新潟県南魚沼市・青木酒造の『鶴齢 超辛口』。
 夏にかなりヤバイ!お酒を揃えました。お楽しみに。

●今月のミニギャラリー
 『幸福を見つめるコピー』と題した本を上梓したコピーライター
 岩崎俊一さんの仕事の展示です。”あ~、あのコピーね!”という
 業師のキャッチフレーズと本文を、ぜひお手元でお読みください。

●8月のお盆は例年通り営業いたします。
◎8月中は土曜日の予約営業をお休みいたします。
◎ご予約は、<お電話かFAX>で!
メールではお受けしていません。
電話/FAX:03ー3586ー7090

『トキ』(料理人 土岐素子)
〒107-0052 東京都港区赤坂2-14-12 川村ビル1F
5:30 PM~11:30PM(L.O.)/土曜(予約営業のみ)・日曜祝日(休)

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 土岐さんは以前、広告制作の仕事をされていたとのことで、メールコミュニケーションも得意のようだ。

 鱧は7月のメニューで、もう食べられなかったが、「旬をたっぷり 野菜をしっかり」というキャッチフレーズの通り、旬の野菜や魚、お酒を楽しましてくれる。

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 突き出し。

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 有機野菜バーニャカウダ(3人分)。
 右手前が生で食べるカボチャ、コリンキー(南瓜)。
 その上、右がビーツ(赤カブ)、左がニンジン。
 その上が加賀太キュウリ。その上がマスタードグリーン。
 コリンキーの左がグラパラリーフ、マイクロトマト。
 その上がフェンネル(ウイキョウ)。
 その上の紫色の葉がトレビス。

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 バーニャカウダソースのほか、4種類の塩をつけて食べる。
 左からボリビア・アンデスの岩塩、石垣島のサンゴマース、イギリス、マルドンの塩、フランス、ゲランドの塩。

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 イサキのソテー、ピストゥソース。

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 本まぐろのたたき風ステーキ。

 ”家庭料理”といっても旬の素材を使ったひと工夫の料理ばかり。
 営業時間は5:30PM~11:30PM(L.O.)
 日曜・祝日定休。

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師匠の教えの成果・浮間朝練ベストタイ

 伊香保でのS師匠の教えを実戦で試そうと川口市浮間ゴルフ場に。
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 朝6時前に着いたのに受付は大勢の人。「受付終了」の掲示も。
 「もう無理ですか」「微妙なので受付はできないのですが、待たれますか」「待ちます」。
 今日回らないと昨日の練習が生きない。
 結局7時5分ごろ、最終組で回れることになった(寝坊した時は7時ごろに来るのも手かもしれない)。
 今日はSさんの教えがテーマ。
 ①インサイド→アウトサイド→インサイドと打てばきれいなフックが打てる。ボールの横でなく、斜め手前から打つ②ボールを過ぎた先をクラブで掘るような感じで打つとジャストミートできる③クラブは上げたら下ろす。余計なことは考えない――の3点。
 それとパットを相当練習して、ひとつ、つかんだ。「最後のひと押し」が効く。パットはしっかりフォロースルーを。
 今日のグリーンは左(2675ヤード)。 
 1番ミドルティーショット。ドライバーで打ったが当たりが良すぎて奥のバンカーに。
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 最初が肝心。しっかりとボールをとらえ、グリーン近くへ。
 Sのアプローチがショートだったが2パットで+1。
 2番ミドルはティーショットは悪くないと思ったが池に入ったようだ。1ペナルティーで3オン2パット。+1。え
 3番ミドルは前回右の池に入れたホール。9Wは上がりすぎ、130ヤードほど残した。Pでオン。6,7mのパットが入りパー。パット練習の成果。ひと押しで入った。
 4番ミドルはアプローチがうまく行き4,5mに。これが入りバーディー。パットは好調。
 後で分かったが朝のラウンドはグリーン整備をしていない。余計しっかり打たないと入らない。
 5番ミドルはドライバーが飛びすぎ奥の溝に。1ペナルティー。64度はグリーン左に飛んだが、久しぶりに64度でアプローチ。しっかり打ってもブレーキがかかるのが64度の良さ。OKの距離につけ、+1で済んだ。
 6番ショート。右から左のグリーンに打ち、やや大き目でグリーンの左に。植え込みの近くでグリーン近くに寄せるのが精いっぱい。そこからパターで3回打ち(1回はグリーン外からなので記録は2パット)+2。ダボがなかったので、がっかり。この6番からリズムが乱れる。
 7番ミドル。ドライバーは280ヤード飛び、Sで2オン。ところが短いパーパットを外し、3パットで+1。6番、7番が1打ずつ余計だった。
 8番ロング。打球は左に飛び、1ペナルティーの杭ぎりぎり。Sでフェアウエーに出すのが精いっぱい。9WはS師匠の教え通り打てず、短く、8Iでグリーンエッジへ。7Iでパターのように打ったが打ち過ぎ。記録は2パットだが、実質3パットでまたも+2。
 9番ショートはなぜか力が入りすぎ左の池を越えて先へ。バンカー越えはグリーンオーバー。しかし64度のアプローチがうまく行き1パット。短い距離は64度の活用がやはり有効。
 結局、+1+1+0-1+1+2+1+2+1=+8で43。パット数は221112321。
 ベストスコアタイ。+3がなかったのが成果か。次は+2なしで回ってみたい。

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ファーストゴルフ・2時間打ち放題~S師匠の教えを身につける

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 久しぶりにファーストゴルフの早朝2時間打ち放題に行った。伊香保で師匠のSさんに教わった打ち方を試すためだ。70番ゲージ。今日はアプローチではなく、各クラブのスイング練習なので、グリーンが見えない70番でも十分。

 伊香保で師匠のSさんに教えてもらったのは、①インサイド→アウトサイド→インサイドと打てばきれいなフックが打てる。ボールの横でなく、斜め手前から打つ②ボールを過ぎた先をクラブで掘るような感じで打つとジャストミートできる③クラブは上げたら下ろす。余計なことは考えない――の3点。
 これを練習で身につけようと、S→P→8I→6I→4I→9W→5W→Dの順に練習した。
 打ち放題→浮間実戦練習→ゴルフ場ラウンド→打ち放題といったサイクルは効果的かもしれない。
 ボールを上からしっかり叩くときれいに高く打てる。バックスイングを控えめにすると手打ちになることが多いが、しっかりバックスイングをして、そのまま打ちおろすのが、最もミスが少ないのかもしれない。
 あすは浮間に行こう。

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