出井伸之著『日本大転換~あなたから変わるこれからの10年』(幻冬舎)
ソニー元会長の出井伸之氏が著した『日本大転換~あなたから変わるこれからの10年』(幻冬舎、2009年9月20日発行)を読んだ。出井氏は「はじめに」で、「現在は、20世紀を支配した産業構造が限界を迎え、21世紀型産業構造の創出が始まりつつある“時代の変革期”だ。私たちはこれまでの秩序、産業構造をリセットして、未来に向けたビジョンを再定義しなければならない」と訴える。
出井氏の時代認識は基本的に、『100年デフレ~21世紀はバブル多発型物価下落の時代』(日経ビジネス人文庫)を著した水野和夫氏と変わらないようだが、クオンタムリープ(「非連続の飛躍」という意味)という企業を興すなど、「だから、何をしなければならない」という部分が具体的で面白かった。本書の提案はまさに、われわれ日本人がすぐに取り組まなければならないテーマだろう。
出井氏は日本の金融界・産業界の遅れを危惧する。
「90年代初めからのバブル崩壊で、日本の金融産業は一気に内向きになり、アメリカとイギリスを中心に世界の先進諸国が金融資本主義の果実をむさぼる間、日本は『失われた10年』を過ごすことになる」「IT革命に続く世界の流れにも完全に後れを取った」「世界が好況に沸くのを尻目に、長期にわたって日本は『負け』を味わうことになり、2000年代の日本は先行きの見えない不況の中を迷走することになった」「大量生産型の産業資本主義が骨の髄まで染み付いた日本の企業は、なかなか発想を切り替えることができなかった。欧米向けの自動車や電化製品をつくる先進国輸出型産業をひたすら続け、手をこまねいているうちに金融資本主義そのものがクラッシュした、というのが今ある状況だ」。
アメリカの複数の投資ファンドの「日本には投資のチャンスがない」との声を紹介、日本は「要らない国」になりつつある、と指摘する。しかし、出井氏は、日本には、まだ、「アジアに貢献してゆく」道があるという。
出井氏は、「日本がアジアとともに発展していくためには、越えるべき課題がどういうもので、また実際にそれをどうやって越えていけばいいのか、腰を据えて考えていかなければならない」として、課題を挙げる。
第一が、アジアの絶対的貧困である。
「アジアに決定的に不足しているのは、人間生活を支える基盤。・・・日本がアジアに対して最も貢献できるとすれば、このインフラ整備という分野ではないか」「インフラといっても、・・・20世紀型の都市基盤ではない。安価で能率のいい新興地域や農村地域にも対応できるインフラである」。
第二が、地球温暖化問題である。
「CO2の排出量を日本の高度な技術力、システム統合力で可能な限り抑えていく」「具体的には、・・・太陽エネルギー、風力・水力エネルギー、あるいはバイオマスや地熱、海洋温度差を利用した次世代エネルギーを創出する」「それをアジアにまだまだ多く残る無電化地域に利用していく。循環型社会実現のシミュレーションとして、自然を生かした代替エネルギーによる村・街づくりを具体化する」。
そして、「今後、50年の環境変化に耐えうる実験都市を建造し、21世紀型都市モデルとして内外に打ち出していく」ことを提言する。「要するに、循環都市として機能していた江戸の21世紀バージョンをつくるということだ」。
構想はどんどん膨らむ。
「まずメインプロジェクトとして、東京をはじめ全国の主要10地域に、・・・環境配慮型のモデル都市をつくる。さらに、コミュニティ・プロジェクトとして、地域別にその土地土地の特色を生かしたユニークな街をそれぞれ10つくる。たとえば、高齢者向け仕様にデザインすれば、高齢者対策につながる」。
出井氏はグローバル展開に必要なのはローカル性だという。「ローカルな閉鎖域で醸造された独自の文化は、世界に躍り出たときに、逆に普遍的な価値を有する」として、日本の江戸時代を「『閉鎖性』の強みを国家レベルで発揮した好例」として挙げる。「3000万人の人口で自給自足体制を成立させていた江戸から私たちが学ぶべきことは少なくない」。
「『内側を見直す』といっても、それはこれまで日本が取ってきた内だけを見て外を見ないという視野狭窄の態度とは根本的に違う。グローバルに変わる世界を意識しながら、これまで目を向けなかった方向に視点をシフトするということだ」「危機の時代、日本の答えは、もしかすると『後ろ』にあるのかもしれない。前だけを見て必死に走ってきた日本は立ち止まって、自ら歩んできた道を振り返ってみる必要がある」。
グローバル化が必要な時代だからこそ、没個性にならぬよう、内側や後ろを見ることが必要なのかもしれない。
出井氏のツイッター論が面白い。「個人個人の意見はバラバラだったり、凡庸だったりしても、それがあるマスを形成したときに、一つの穏やかな思潮をなすようになる」「私たちに問われているのは、情報が急速度で拡散していく中で、逆にそうした情報をいかにして求心力に変え、新しい構造、次なる秩序を作り出すか、ということになる」「ツイッターに見られる現象が『エンドユーザーズ・イノベーション』、すなわち利用者が起こす技術革新だ」「アメリカはグーグルやユーチューブ、アイフォーン、ツイッターを次々に世に送り出し、エンドユーザーズ・イノベーションの環境を提供してきた」。
出井氏は問う。「たとえば今、同じお金をかけてつくる商品として、1000万台のテレビと、25本の映画なら、どちらを選ぶべきだろうか」。
「日本の企業はこれまで1000万台のテレビの方を選んできた。20世紀はそれが正解だった。しかし、現代の経済システムの中では、25本の映画を選択する方が正解だ」「数本のヒットが出れば、地球の人口の半分に当たる30億人が見るだろう。映画の波及力は、テレビ1000万台に勝るのだ。さらにユーチューブの世界となれば飛躍的な波及力を持つだろう」。
ユーチューブの時代には「コンテンツをつくる力は、若い世代からどんどん現れるだろう。そうした流れを利用しながら、さまざまな付加価値をつくることができる。ベンチャー企業にとっても、グローバル企業にとっても大きなチャンスである」。
“江戸の復権”、“グローカル”、”エンドユーザーズ・イノベーション”。21世紀型産業構造のキーワードが印象的だった。
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