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上州七福神めぐり~クルマで7つのお寺を回る・その2 正円寺(福禄寿)~珊瑚寺(恵比寿)

 下仁田から前橋まで高速で一気に移動した。
 前橋市の正円寺(しょうえんじ)から榛東村の柳沢寺(りゅうたくじ)までは情報をカーナビにすべて入れた。どのお寺もカーナビがないと、とても行けないような場所にある。

 北関東自動車道駒形ICをおりて、正円寺(前橋市堀之下町155)に向かった。近づいてから狭い道に入るが、すぐには見つからない。
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 行きすぎて戻ったりして、ようやく見つけた。狭い車道から脇道に入った奥に正円寺はあった。13時44分。

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 説明書きによると――。
 正圓寺
 名称 山号 施無畏山 「無畏を施す」即ち、心に安らぎを与えることを本誓とする「聖観音」を本尊とすることに由来する
 院号 延命院 「子安延命地蔵尊」を古代本尊とすることに由来する。
 寺号 正圓寺
 本尊 聖観世音菩薩 地蔵菩薩(古代本尊)
 霊場 上州七福神(福禄寿尊天) 新上州観音(第32番)
 古墳 寺域北の小山は「前方後円墳」で、全長約65メートル、高さ約7メートル。竪穴式石槨と横穴式石室が確認されている。6世紀中頃の築造と推考され、幕末直前頃に盗掘されたらしく、副葬品は皆無であった。遺骨5体が確認されたことから「五霊大明神」とも呼ばれたこともあり、明治維新後は神社として扱われた。古墳頂上の後円墳のみ(約80坪)は寺の管理を離れ、大胡神社所有となった。
 花木 五尺藤(1本)明治初期からの古木、枝は約50平方メートルの棚に伸び、垂れ下がる花の長さは過去160センチメートルを超えたことがある。
 ぼたん藤(1本) だるま藤(約20本) 椿(約30銘柄) 桜 約40本のソメイヨシノ(群馬緑の百選に選ばれた)
 「萩の門」
 当時の山門は棟木が萩の木と考えられ、「萩の門」の名がある。
 古来、上泉町以東は大胡城の所領時代が長く、また正圓寺も大胡城の鬼門に当たる応昌寺の末寺で、大胡城との関係は深い。
 大胡城は廃城となった後、前橋藩のものとなり、建物は取り壊されたり移築された。その北門(裏門)が正圓寺に移されたとされている。
 この様な門の型は「薬医門」と言われ、室町時代初期の建造と推定される。平成9年に大改修を行った。

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 お地蔵様。首のないものも。

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 もうひと組のお地蔵様。

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 静かな境内。

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 宝船。

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 福禄寿は福(子孫繁栄)、禄(財産)、寿(健康長寿)の三徳が揃ってこそ人は幸せという古代中国の道教が起源の福の神。

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 もう少し近づいて。

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 さらに近づいて。この像は自慢の髭に触っているが、ポーズはいろいろあるようだ。

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 北へ向かう。赤城大鳥居を過ぎて、最近まで富士見村石井1227だった前橋市富士見町石井1227の珊瑚寺(さんごじ)へ。

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 14時27分、珊瑚寺に到着。
 寺にあった説明書きによると、古くは石井山三光院三錮寺と言い、大同2年(807年)=別の場所には大同元年(806年)と言う説明もあった(筆者注)=日光山を開いた勝道上人によって開創された。その後約400年近い間無住寺で荒れ果てていたが、正治年間(鎌倉初期)になって、梶原影時の一族(影時の女と伝えられる)が尼僧になり、勝道上人の旧地を慕い、源頼朝及び梶原影時父子の霊を慰めるためにここに移り住んだ。以来、約240年間尼僧がここを住寺していたので、尼寺として広く知られるようになった。
 永享年間の末の頃に、八崎城主の長尾影仲が、子持村の雙林寺を開創した月江上人を伴い遊化した折り、当時尼寺として知られていた古跡寺であることを知り、私財を投じて諸堂を再建した。その後、上人の門徒が相続をし、およそ30年間にわたって禅門の風(禅宗)を唱えたが、これらの僧はいずれも他の寺に移り、再び無住寺となって荒れ果ててしまった。
 文明年間(1469~1486年)になって義貫和尚(27世)が天台宗に改め寺名も珊瑚寺とし、現在に至っている。
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 ここもお寺にお願いして、恵比寿様を拝ませてもらった。
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 各お寺では焼香の準備をしてくれた。線香で行う場合と抹香で行う場合があったが、仏様とのコミュニケーションを取る方法として一般的なのだろうか。葬儀や亡くなられた方の仏壇の前でしかしか焼香はしたことがないもので…。
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 七福神の中で唯一日本の神様が恵比寿様。もともとは漁師の神様。後に庶民の間で豊作の神、福の神として信仰されるようになった。網を使って一気に漁をするのではなく、つり竿を持ち鯛を抱える姿は、暴利をむさぼることのない清い心を表しているとも言われる。

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 このお寺はかつて七福神すべてを祀っているともされたという。

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 そのためか、池には七福神が勢ぞろいしていた。

 前橋市の2つのお寺をめぐり、残る七福神めぐりのお寺は3つに。

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