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河内孝著『次に来るメディアは何か』(ちくま新書)

Tsuginikurumedia
次に来るメディアは何か

 河内孝(かわち・たかし)著『次に来るメディアは何か』(ちくま新書、2010年1月10日発行)を読んだ。
 「今、『ニュース・コンテンツを供給する』側の既存メディアと、インターネット上で情報を集積し配給するグーグル、ヤフーなどアグリゲイターとの利害対立が、急速に高まっている・・・既存のメディア産業はコーナーに追い詰められ、従来のやり方では生き残れなくなっている」。こうした状況の中、日本のメディアが生き残るための手段として、河内氏は、「メディアコングロマリット化」という方向性を提示する。

 西正著『2011年、メディア再編―地デジでメディアはどう変わるのか』(アスキー新書、2007年7月25日)、境真良著『テレビ進化論―映像ビジネス覇権のゆくえ』(講談社現代新書、2008年4月20日)、猪熊建夫著『新聞・TVが消える日』(集英社新書、2009年2月22日)、佐々木俊尚著『2011年新聞・テレビ消滅』(文春新書、2009年7月20日)。テレビ、新聞などの近未来を論じるマスメディア論は、だんだん「再編、進化」から「消滅」へと、絶望的な論調になってくるが、河内氏の著書は「メディアコングロマリット化」という極めて現実的な近未来のメディアのあり様を示した点で刺激的だった。
 
 第一章「アメリカ新聞界のカタストロフ」では、はじめに、アメリカ新聞界の苦境と、新聞産業を救済しようという動きを伝える。そして、ニューズ・コーポレーションを率いるルパード・マードックの決断を紹介する。
 「数年かけて新聞紙から撤退して、電子版に移行する。その前提としてインターネット・アグリゲイター、消費者へのニュース提供を有料にする。ニュース・ビジネスをデジタルに特化しても、きちんとした利益が挙げられるような体質にする」というものだ。
 しかし、「WSJの有料化の成功は一般化できない。同紙の経済・金融に特化した内容もさることながら、100万人と言われる契約者の多くが金融ビジネス関係者で、会社が費用を負担している」という分析もあり、電子版、有料課金が新聞業界全体を救う解決策とは見られていないようだ。

 本書は、デジタル時代に合わせてニュージャーナリズムが誕生しつつある状況も紹介する。しかし、こうした事例が出てくる背景には、人件費の安さと新しいビジネスを育てようとする投資家集団の存在がある、と河内氏は指摘する。だから、ニュージャーナリズムがすぐに日本にも生まれるということには必ずしもならないということだ。

 第二章「化石のような日本メディア界」では、日本のメディア界を変えるきっかけとなる動きに焦点を当てる。地上波テレビのデジタル化と情報通信法の施行などだ。

 「まず地上波のデジタル化によって、日本に割り当てられた電波の中で、一番使い勝手のよいVHF帯を使っている地上波テレビ放送局を、UHF帯に引っ越しをさせる。そのあと空いた周波数を使って、携帯電話の移動体通信や、さまざまな『テレビジョン以外の放送』を行えるようにする」。道路に衝突防止の仕組みやさまざまな情報流通網を築くITS(次世代道路交通システム)、発電所、事業所、家庭の間をインターネットで結び、効率的な給配電調整を行う「スマートグリッド計画」、先端医療機関と全国の病院をつなぐ「E−医療システム」。学校、研究施設をつなぐ「E−教育システム」などだ。
 「これらの計画がすべて実現した場合、電機、情報、通信メーカーを中心とした産業需要は、5年間で200兆円に達するという」。テレビ放送の引っ越しによって、これだけの産業効果が生み出される。
 そして、「世界市場に挑戦しない、『ぬるま湯』につかったままのテレビ、映画などコンテンツ・ソフト制作業界に刺激を与えて、積極的にコンテンツ・ソフト制作に打って出るよう促す。そのための武器(ムチ)が検討中の『情報通信法』」だというのだ。

 情報通信法は「放送法、電波法、電気通信事業法というふうに9本もの法律で縦割りに規定してきた法体系を、コンテンツの制作、番組編成やネットワークなどの伝送サービス、送信設備、電話回線などの伝送設備(インフラ)というふうに、横割りにして機能別(レイヤー別)に法体系を組み替えてみよう」というもので、「法案が成立すれば、いずれメディアの世界には通信キャリアー、商社、金融機関、電機メーカーなどが参入してくるであろう」と河内氏はみる。そして、「彼らが資本・人材・技術を提供し、放送・出版・映画・新聞社などが持つノウハウを組み合わせて相乗効果を目指す、産業複合体(メディア・コングロマリット)が生まれるだろう」と予測する。

 この議論を深める前に、第三章「メディアコングロマリットの光と影」でアメリカのメディア・コングロマリットの歩みをフォローする。
 河内氏はアメリカの先例から日本が学ぶべきこととして、「子会社間で共通する管理部門の一元化など、非情なまでの合理化の徹底」、「一つのコンテンツをシームレスに拡大再生産していく『ワンコンテンツ、マルチユース』の戦略設定のノウハウ」、そして、「グローバル展開能力」を挙げる。
 ただ、メディア・コングロマリットがあまりにも多分野に拡散し、弊害も目立ち始めたため、今後はメディア機能の合理的統合に特化した「メディア・インテグレーター」が主流になるという見方を河内氏は示す。

 クライマックスが第四章「“次に来る”メディア産業図」だ。
 欧米のメディア・コングロマリットを相手にしたメディア戦争に勝ち抜くためにはまず必要なのが「戦略的なコンテンツ制作」。「コンテンツが世界市場に通用する魅力を持っているかどうかを把握する情報収集能力、とぎすまされた感性、さらにそれを売りまくるプロモーション能力が決め手になる」という。その意味で、「国際舞台で闘ってきたメーカー、金融、商社の資本と人材が入ってくるメディア・コングロマリット化は日本のソフトパワー戦略上、有効に機能するだろう」。
 第二に必要なのが、「およそ先端産業とは思えぬメディア産業界の前近代的な体質を改善すること」だ。

 メディアはどう再編されるか。
 具体名が出ていて生々しい近未来予測。でも、全くの絵空事とも思えない。
 メディア・コングロマリットの一角に、製作プロダクション、芸能プロといわれる下請け制作会社から発展したグループが食い込むという予想が一番面白かった。

 インターネットという社会を変える新しい通信技術と、100年に一度といわれる不況を背景にして、メディアの再編は不可避なのかもしれない。また、そうしたシナリオが描けない限り、マスメディア業界が国際舞台に躍り出ることもないのだろう。

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