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港七福神めぐり~新旧のコントラストが面白い その1 宝珠院(弁財天)~熊野神社(恵比寿)~久国神社(布袋尊)~天祖神社(福禄寿)

 東京七福神めぐり、新宿山ノ手七福神めぐりに続く第二弾は、「港七福神めぐり」。ダイナミックに変わる港区の新しいビル街と、古い神社仏閣の対照的な光景が楽しみだ。

 まずは下調べ。港区の中小企業や観光情報に関するホームページ、「MINATOあらかると」に七福神めぐりを紹介するページがある。
 モデルルートは久国神社(布袋尊)→ 天祖神社(福禄寿)→櫻田神社(壽老神)→氷川神社(毘沙門天)→大法寺(大黒天)→十番稲荷神社(宝船)→熊野神社(恵比寿)→宝珠院(弁財天)。

 しかし、スタートは宝珠院と決めた。
 理由の一つは集合場所。何人かでこのコースを回る場合、集合場所が必要だ。宝珠院のすぐ近くにザ・プリンス パークタワー東京(東京都港区芝公園4-8-1、03・5400・1111)がある。1階のロビーラウンジが待ち合わせに最適だ。
 そして熊野神社→久国神社→ 天祖神社→櫻田神社→氷川神社→大法寺→十番稲荷神社の順に回る。
 宝船の神社は珍しい。七福神を参拝し、最後に宝船、というのが楽しいではないか。
 さらに、近くに行きたいお店もある。寛政元年(1789年)創業の更科堀井だ。現代と「江戸以前」を行き帰りした後、老舗の蕎麦を食べる。これはいい企画だ!
 行く前から盛り上がっている。

 ただ、回ってみた時に、「MINATOあらかると」の地図では寺や神社の正確な場所がよく分からず、不便だった。熊野神社でもらった地図(平成15年12月作成)が分かりやすいのでその画像を添付する。
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(地図をクリックすると大きな地図で見られます。印刷はA4横で)。

 それでは、港七福神めぐりスタート!

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 都営大江戸線赤羽橋駅下車。9時17分。
 東京タワーとザ・プリンス パークタワー東京が見える。
 ザ・プリンス パークタワーへ。

 1階のロビーラウンジでのんびり。
 ロビーラウンジで本などを読んでくつろいでいたら、2時間くらいたってしまった。(^^ゞ

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 さっそく外に出ると数分で宝珠院(港区芝公園4-8-55、03・3431・0987)に到着。11時21分。

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 MINATOあらかるとによると、「宝珠院は1685(貞亨2)年、増上寺三十世霊玄上人によって弁天堂の建立と同時に開創されました。公園を思わせる境内は、都心にいることを忘れさせてくれる増上寺周辺の木々に包まれ、中央には弁天池が広がり、散策の疲れを癒してくれます」「朱色の弁天堂のほか、高さ2mもある閻魔大王の木彫りの像(港区指定文化財)が収められた閻魔堂があり、宝珠院の縁日は「お閻魔さま」と呼ばれて親しまれていました」。

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 弁天様について説明があった。
 当院安置
 「開運出世辨才天」
 三井寺の開山智証大師が858年
 竹生島で奇縁に依り彫られその後
 源家に伝わり再興に当り頼朝公深く
 信仰し天下を平定される。
 又徳川家康公も厚く信仰され天下の
 平和を築かれ除波辨才天を改め開運
 出世辨才天と改称されました。古来より
 一心に崇敬拝する者に開運出世巳成金
 福壽円満厄難消滅縁結びの利益を
 授けられ現在港区七福神の一つに制定
 されている。
  各種祈願会・人生相談承ります。
  毎日朝10時より夕方5時まで 緊急は随時
  (予約制ご付き前もって当院寺務所にご連絡下さい)
 
 浄土院 宝珠院

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 『東京七福神めぐり』(東京街歩き委員会、生活人新書)に、より分かりやすい説明があった。少し長いが引用する。
 「住職の行方正明さんによれば、こちらの弁財天の歴史は清和天皇(858~76)の代にまでさかのぼる。三井寺の開山、智証大師が遣唐されて帰朝する際、大荒れだった海が突然凪ぎ、空には弁才天女が現れたという。帰朝後大師は、丹精込めてその尊像を彫刻し、「除波尊天」と名づけた。これが現在、宝珠院の厨子の中に安置されている弁財天だといわれる」「尊像は、貞純親王から源家、北条家に伝えられ、数人の上人の手を経たのち、西誉(せいよ)上人に授けられた。西誉上人は増上寺を建て、以後代々の上人が尊像を伝えてきたとつたえてきたという」「その後、増上寺と縁を結んだ徳川家康も尊像を篤く信仰し、江戸幕府の礎がかなったことから、これを『開運出世弁財天』と名づけた」「しかし、増上寺の中に安置されていては、一般人は直接参詣できない。そこで貞亨2年(1685)、増上寺の外に弁天堂を建立。同時に宝珠院が開創された」。
 
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 『東京七福神めぐり』によると、「千数百年の歴史をもつ弁財天はすでに真っ黒だという」。写真はご前像。
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 港区指定文化財の閻魔大王。
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 本堂。 
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 説明はなかったが、弁財天の化身「宇賀神」が巳(へび)の姿をしている関係で、へびの像があるのではないか。
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 お地蔵様を見ていると周りに東京タワーなどがあるのを忘れる。

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 東京タワーの横を通って桜田通りへ。
 次の熊野神社(港区麻布台2-2-14、03・3589・6008)までは、宝珠院から歩いて7、8分ということだったが、勘違いして飯倉交差点を右に曲がってしまい、時間がかかってしまった。

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 正解は飯倉交差点を左折し、麻布十番方向へちょっと行ったところ。12時15分。

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 MINATOあらかるとによると、「熊野神社は桜田通りの『土器坂(かわらげざか)』の途中にあり、この坂名は、かつて坂下に土器職人が住んでいたことから名付けられました」「東京タワーを見上げるように建っている鳥居をくぐって階段を上がると、右側に手水が流れ、さらに階段を上がった正面に本殿があります」「神社の勧請・縁起はとても古いのですが、1703(元禄16)年の火事で記録が焼失しわからないといわれています」。恵比寿神を祀っている。

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 『東京七福神めぐり』によると、「現在は本堂に合祀されている恵比寿神は、もともとは境内左手にある末社の太田稲荷神社に祀られていた。この社はその名のとおり、太田道灌の守護神で、勝手ヶ原で戦勝した際に鯛を供えて感謝したという。その故事により、人々が祈願成就に土製の鯛を供えるようになり、恵比寿神として信仰されるようになった」。

 飯倉交差点を飯倉片町交差点を経て、久国神社(布袋尊)へ。やや距離がある。警戒の厳重なロシア大使館や麻布郵便局の前を通る。

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 首都高速都心環状線沿いの道を六本木一丁目方向へ。クルマで走っているとあまり気づかないが、ここまで坂が本当に多い。行合坂もどんぶりのような坂。

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 高いビルが見えてくる。

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 アークヒルズ。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、「アークヒルズは、東京都港区赤坂一丁目と同六本木一丁目にまたがって位置する複合施設である」「アークヒルズは森ビルが開発・設置し、管理を行っている。計画開始から20年近い歳月を経て、当時の民間による都市再開発事業としては最大級の規模の複合ビルとして1986年に完成した。赤坂=『A』kasakaと六本木=『R』oppongiのつなぎ目=『K』notに存在することから頭文字をとってARK Hillsと名付けられた」。主要施設はアーク森ビル(37階建のインテリジェントオフィス)、サントリーホール(パイプオルガンを擁する大ホールと小ホールで構成されるクラシック音楽専門ホール)、ANAインターコンチネンタルホテル東京(東京全日空ホテルとして1986年に開業。2006年にホテル運営を英国インターコンチネンタルホテルズグループと合弁化(IHG-ANA)し、2007年4月より現名称へリブランドした)など。
 久国神社は六本木通りの向こう側。歩道橋で渡るか、地下道を行くか迷ったが、アークヒルズの前から地下道を通って行くことにした。 

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 地下道。地下鉄の地下通路のような感じだが、地下鉄の駅とはつながっていない。

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 赤坂駅方面に行き、最初の道を左。

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 少し歩くと右手に久国神社(港区六本木 2-1-16、03・3583・2896)がある。「布袋尊」を祀っている。13時5分。

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 MINATOあらかるとによると、「太田道灌が鎌倉時代の名工久国作の宝剣を寄進したことで、『久国稲荷大明神』として崇敬されています」「階段を上ると狛犬が出迎えてくれ、小ぢんまりとした境内の右手に大きな石灯籠が二つあり、その奥に本殿が鎮座しています」。

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 この神社には親切な宮司さんがいて、いろいろ教えてくれた。
 「久國神社由緒記」もいただいた。それによると――。
 御祭神  倉稲魂命(うがのみたまのみこと)
        古来より五穀を始め全ての食物や養蚕の「農業神」「福徳神」として、商売繁盛殖産興業の守り神で         す。

 御由緒
 当社の勧請は年月不祥ながら、古くは元千代田村紅葉(現皇居内)に鎮守されていましたが長禄3年(西暦1457年)太田道灌江戸城築城につき、寛正6年(西暦1465年)溜池に城隍(筆者注=城壁と壕)の鎮守として遷座され、のちに久國作の刀が寄進されましたので久國稲荷神社と称しました。
 永禄3年(西暦1560年)基地が公用に属しましたので寛保元年(西暦1741年)に当初に遷座されました。当時の溜池には神木の榎がありましたが現存していません。昭和2年(西暦1927年)10月25日久國神社と称するようになりました。

 例祭日  6月8日
 御社殿  
 明治7年(西暦1874年)8月の記録には、「先年青山辺ヨリ出火のミギリ類焼ニツキ仮営」とあり明治21年(西暦1888年)5月6日拝殿再建、大正11年(西暦1922年)6月本殿、拝殿、社務所を再建しましたが昭和20年(西暦1945年)5月25日の大空襲で御神輿庫、御水舎を除き全焼しました。
 昭和28年(西暦1953年)8月復興再建し現在に至っています。

七福神
 当社、町会の諸祭事、諸行事などにより氏子の方々始め皆様方に尊崇されております。
 港区七福神の一つ布袋様も合祀されており、港区観光協会主催の「七福神めぐり」が昭和34年(西暦1959年)から発足したのを始めとして毎年正月の初詣には参詣の人達で賑わっております。

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 正面拝殿の額は勝海舟の筆によるもの。

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 布袋様が祀られている。

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 笑顔の布袋様。

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 六本木ヒルズが見える。

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 アークヒルズも。

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 10円でひけるおみくじ。外国人の多い六本木とあっておみくじの裏は英語で記載されている。大吉は「 Excellent」、吉は「Very Good」と書かれているそうだ。
 この時ひいたおみくじは「末吉」で英語では「Good」だった。
  
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 もえ出ずる
 若葉の色ぞ
 美しき
 花さき
 実のる
 末もみえ
 つつ

 How beautiful the color of new-born leaves, very soon are the flowers coming out.

 次第次第に運がひらけて盛になります あまりに一足とびにとんで事をしようとするとあやまります
 時を見て心ながくのぞみを達しなさい
 
 By and by your fortune will be better. But go steadly,or you'll fail. Take your time and realize your wish with patience.

 願事 にわかに事をなさんとすれば災あり
■wish:Don't be irritated or you'll fail.
 待人 おそけれど来る
■expected visitor:He(or she) will come, but late.
 失物 出る 低い所
■missing thing:It can be found on a lower place.
 旅行 よろし さわりなし
■travel:No problem.
 商売 次第に上りて利
■business:It's getting better. You'll get profits.
 学問 早目に目標をたて全力を尽せ
■study:Set your target early. Do your best.
 相場 上がる気配あり
■speculation:It's likely to rise.
 争事 勝つとも損あり
■game and match:You win but you'll make a loss.
 恋愛 誠意を示すことが大切
■love:It's important to show your sincerity.
 転居 十分ならず
■removal:Put it off.
 出産 さわりなし 安産
■childbirth:No problem.  
 病気 弱気にならねば治る
■illness:Have a strong will, and you'll recover from it.
 縁談 叶うともおそし
     さわげば破れる
■marriage proposal:It will be arranged,but later. Be patient, or it will be broken.

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 歩道橋を使うとここにおりてくる。歩道橋を使う場合は右に曲がって最初の角を左。
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 東京ミッドタウンを経て、天祖神社(福禄寿)に向かう。
 『ウィキペディア』によると、「東京ミッドタウン(英称:Tokyo Midtown)は、三井不動産主体で東京都港区赤坂九丁目にあった旧防衛庁跡地の再開発計画により誕生した、複合施設及びその地域一帯である」「シンボルであるミッドタウン・タワーは、地下5階・地上54階・高さ248mと、東京都庁舎第一庁舎をも追い抜き、都内で最も高い超高層ビルである。日本全体で見ると、横浜ランドマークタワー(296m)、大阪ワールドトレードセンタービルディング(256m)、りんくうゲートタワービル(256m)に次ぐ四番目の高さ」「注目すべき施設としてはミッドタウン・タワー最上層に位置しているホテル「ザ・リッツ・カールトン東京」や「サントリー美術館」の移転、米国の医療グループと提携したクリニックや、テレンス・コンランの「コンラン」ブランドによるレストランなどが挙げられる」

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 国立新美術館への近道を行くと――。

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 右手に天祖神社(港区六本木7-7-7、03・3408・5898)がある。福禄寿を祀っている。14時ちょうど。

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 MINATOあらかるとによると、「『竜土神明宮 天祖神社』と書かれた大きな石柱を通り過ぎ、小さな鳥居をくぐって階段を上ると正面に本殿があります。右には赤い鳥居が三重にたてられ、お稲荷様が祀られています。竜土神明宮とは、創建当時、毎夜のように江戸湾から竜が灯明(とうみょう)をあげに飛んで来たという伝説から、『竜灯(りゅうどう)』に由来するといわれています」。

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 右側の稲荷に福(幸福)、禄(俸禄)、寿(長寿)の三徳を授けるといわれる「福禄寿」が祀られている。

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 この神社でも資料をいただいた。
 天祖神社(龍土神明宮)御由緒
 この天祖神社(龍土神明宮)(てんそじんじゃ・りゅうどしんめいぐう)の御祭神は、天照大神(あまてらすおおみかみ)、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)で、今から、約600年前、南北朝の後小松天皇の御代、至徳元年(西暦1386年)8月16日に、芝西久保、飯倉城山(現在のホテルオークラの南側付近)に、はじめて祀られたと伝えられています。
 このお宮に、品川沖から毎夜竜が御灯明を献じたということで、この地を、竜灯山(りゅうどうやま)と呼ばれたと言われています。有名な太田道灌が方五丁の祭田を寄進し、神社の社殿を再建し信仰したことも伝えられています。
 元和の時代、徳川二代将軍秀忠の時に江戸城郭改築の際に社寺の移転があって現在の地に移り、この地一帯を龍灯(りゅうどう)からとって、龍土村と唱えるようになり神社の名前も「龍土神明宮」と称えられ、氏子の町々も龍土六本木、龍土材木町と呼ばれ開けてきました。

 以来代々の将軍家より尊崇篤く、この近くの諸大名わけては肥前蓮池の鍋島藩・宇和島藩(旧麻布三連隊、現ナショナルギャラリー)・毛利大膳太夫の長州藩(旧一連隊、元防衛庁)、幕府の諸役人などの信仰篤く「東都歳時記」の9月21日の条には「龍土神明宮祭」と記されているほどです。江戸三ヶ所の神明又は東都大神宮十八社の一つに数えられており、文・武・官の神様として広く信仰を集めております。
 不幸にして、青山火事に社殿は類焼しました。その後瓦葺き権現造(ごんげんづくり)の社殿、神楽殿などが再興され、明治42年の大修理を経て、威容を誇りましたが、昭和20年戦災にて、手水舎のみを残して、烏有に帰しました。
 しかしながら、境内の石造りのものに江戸を偲ぶよすがの記録が残り、往時の歴史を物語っています。
 現在の御社殿は、昭和32年に神明造(しんめいづくり)として再建されたもので、その木肌の美しさ、簡素にして厳(いが)しい姿は、日本の伝統の象徴ともいえましょう。

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 満福稲荷・福禄寿(港七福神の一)
 境内にある満福稲荷社は、従前、孫太郎稲荷と称えられましたが、近隣の稲荷社を合祀して、満福稲荷となりました。本社の文・武・官に対して、商売・事業の神様として、往古から商業・飲食業・ご婦人方の信仰篤く、霊験効(あらた)かな「お稲荷さま」として親しまれて御参詣の方の後が絶えません。
 この満福稲荷社に、七福神の一はしら福禄寿神をお祀りしてあります。
 福禄寿神は南極星に擬せられ、道標(みちしるべ)の神として、人の生きる道・事業・学業の道を教える神様として仰がれています。又、福禄寿神は泰山府君(たいざんふくん・泰山の神)と一体で、人の一生の福(しあわせ)、禄(おかね)、寿(いのち)を司る神様です。幸福・商売繁盛・子宝・病気平癒を祈願します。
 福禄寿神は、老翁のお姿で杖と巻物を持ち、鶴に乗り、国境を越え、自由自在に世界を飛び回り、道を教える「鶴上の仙人(かくじょうのせんにん)」です。このお姿にあやかって、海外旅行・留学の安全をお守り下さる神様としても信仰されています。

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 「海外旅行・留学の安全をお守り下さる神様としても信仰されている」というのは現代的だ。大使館の多い港区には必要な神様かもしれない。

 MINATOあらかるとによると、「港七福神めぐりは、 7つの福の神様を祀る神社、寺院に、宝船の巡拝所を加えた六社・二寺の8カ所をめぐるのが特徴。すべてを歩いてめぐると3時間ほどかかりますが(約6km)、六本木や麻布界隈の街並み散策も兼ね、半日かけてゆっくりと歩いてみませんか」と七福神めぐりを紹介しているが、4ヵ所で3時間近くかかってしまった。ゆっくり歩くと半日かかる。おなかがすいたので軽く昼食をとった。

        ◇           ◇           ◇

 ここで、今日回ったところの関連知識を――。
 『江戸散歩・東京散歩』(成美堂出版)によると、「赤坂見附から虎ノ門一体の外堀通りには、外濠を広げて溜池が造られた。江戸市民の貴重な上水源だったが、明治期には埋め立てられ、今は地名が残るのみ」「赤坂・六本木・麻布一帯は、坂の多い起伏に富んだ地域。高台の大名屋敷が町を見下ろし、傾斜地に小士邸、低地には町人たちが住んだ。今も残る大きな区画割りは、大名屋敷の広大な敷地の名残だ。多くの著名人が眠る青山霊園は、青山の地名の由来となった青山家の下屋敷跡。話題の最新スポット六本木ヒルズは、毛利家の上屋敷跡だ」。

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