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上州七福神めぐり~クルマで7つのお寺を回る・その1 善宗寺(大黒天)~霊山寺(布袋尊)


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 先週、新宿山ノ手七福神めぐりに行って、すっかり七福神めぐりにはまってしまった。
 京都、奈良、鎌倉・・・それに地方の有名なお寺(長野の善光寺など)は誰もがしばしば訪ねるが、東京のお寺にはあまり行かない。数も多いし、どこに行っていいかわからないということもある。七福神めぐりということで訪ねると良いお寺が都内にもあり、お寺を訪ねることによって、その地域の歴史の一端も分かった。東京の七福神めぐりコースはまだまだある。一つひとつ回ってみることで東京をもっと理解することができるのではないか、と思った。
 しかし。
 その前に回らなければいけないところがあった。
 群馬の七福神だ。幸煎餅の七福神あられは良く食べていたのに、群馬にいる時に、七福神めぐりは、まったく考えなかった。
 さっそくインターネットで調べてみると、群馬の東の地域は七福神めぐりが盛んなようで、太田市、桐生市、館林市、邑楽郡はそれぞれに七福神のコースを定めている。
 「上州七福神」もあったが広域だ。5つの寺は赤城山周辺だが、二つは太田市と下仁田町にある。さすが1世帯が複数のクルマを持つのが当たり前の群馬。七福神めぐりもクルマでないと1日ではめぐれない。
 しかし、調べると行きたくなる。午前8時過ぎに東京・練馬の自宅を出た。

 訪ねる順番は次の通りにした。最初に遠距離を走る。最後を榛東村にしたのは、新宿山ノ手七福神めぐりと同様、毘沙門天を最後にしようと思ったのと、その後伊香保に行って温泉に入ろうと思ったからだ。(^^ゞ
 
①善宗寺(大黒天)
太田市原宿町3631-1
0276・37・5184
②霊山寺(布袋尊)
甘楽郡下仁田町下仁田716
0274・82・2493
③正円寺(福禄寿)
前橋市堀之下町155
027・269・6585
④珊瑚寺(恵比寿)
前橋市富士見町石井1227
027・288・3503
⑤興禅寺(弁財天)
渋川市赤城町三原田545
0279・56・8155
⑥長松寺(寿老人)
北群馬郡吉岡町大字漆原1284
0279・54・2298
⑦柳沢寺(毘沙門天)
北群馬郡榛東村山子田2535
0279・54・3954
 
 結論から先に言うと、1日で回ろうと思うと、体もきついし、時間に余裕がなく、年配の方にはお薦めできない。
 また、しっかりとお参りしようと思わない人はやめたほうがいい。なぜなら、各お寺はあまり観光化されておらず、ほとんどのところはお寺につながる住居の玄関で呼び鈴を鳴らして、参拝したいとお願いして、神様を見せていただくことになる。
 恐らく正月はオープンになっているのだろうが、それ以外は、自由にお寺の建物の中には入れないので、挨拶など面倒、という人は七福神は拝めない(お寺の外観だけなら参拝料はないので、自由に見られる)。
 お寺の受付時間も定かではなかったが、あるお寺によると早いところで9時から、遅くても10時からは参拝を受け付ける。受け付け終了は通常午後4時らしい。
 

 東北自動車道・館林IC経由で群馬に入った。
 8時過ぎに出たが、クルマの流れは順調で9時53分に最初の目的地、太田市原宿町3631-1の善宗寺(ぜんそうじ)に着いた。
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 残念ながら、留守で、参観できなかった。
 最初の七福神めぐりのお寺が留守だったが、他の寺は運よく参観できた。観光化されていないので確実に七福神を拝ませていただきたい時は、事前に(参拝日、人数、まわり順、宝印帳の数などを)連絡するのがいい。

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 お地蔵様。

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 祀られているのは大黒天。頭巾をかぶり大きな袋を肩に掛け、手には打出の小槌を持ち、米俵の上に立っている。

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 お寺については、インターネット上にも住所程度の情報しかないので、資料を送ってもらうことにした。
追記)資料を送っていただいた。
 沿革・由緒
 栄昌寺善宗寺は、曹源寺(さざえ堂)9世萬了雷重和尚によって、1699年(元禄12年)頃に開山された。しかし、詳細は不明である。
 当時は本寺の隠居寺として建立され、人別寺ではなく、地域住民の集会所としての存在であった。また、しばしば無住になっていた。
 1891年(明治24年)に、植木野町の宗金寺(群馬197番)住職、吉祥海雲和尚が29世として入山し、檀信徒をまとめて、現在に至る。
 通称、原宿の寺と言われ、かつては、観音札所、東上州新田34所の29番であった。現在は上州七福神大黒尊天の霊場となっている。
 本堂は火災にあい、1783年(天明3年)に再建され、その後、幾度か改修され最終的に平成3年に改修し現在に至る。また、老朽化した庫裡、書院を平成12年に新築した。

 七福神の説明だけでなく、お寺の由緒なども記した公式ホーム―ページを、各お寺で協力して、ぜひ作っていただきたい。
 
 10時過ぎまでしばらくいたが、参観を諦め、次のお寺、下仁田の霊前寺(りょうぜんじ)に向かうことにした。

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 群馬にいた時はまだ北関東自動車道が太田まで開通していなかったが、すでに太田桐生ICができている。下仁田ICまで一気に行ける。

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 11時11分、霊山寺(下仁田町下仁田716)に到着。
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 ここにも六地蔵。
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 羅漢も。
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 このお寺は人の往来が多かった。中ではお茶屋お菓子をふるまっていた。
 お寺のホームページもあった。
 ここは、みんなのおてら「りょうぜんじ」です!
 気さくなお寺だ。(^。^)
 ホームページによると――。

 宗 派  天台宗(てんだいしゅう)
 本 尊  阿弥陀如来(あみだにょらい)
 史 跡  伊勢山百庚申(町指定史跡)
 縁 起  当山は約400年前に畠山重俊公に流れを同じくする重全和尚により開山されました。現世まで38世を経ております。

 とのことだ。

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 大黒様や恵比寿様も遊びに来ている(笑)。

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 ホームページの説明も分かりやすい。 
 当山の布袋さまは「上州」と「鏑川」(かぶらかわ)の二つの七福神霊場を兼ねております。
 霊験あらたかで福徳円満!(福も富も!)、
 平和安穏、家庭円満、交際円満、家運隆盛、なんでもこい!
 円満効果ばっちりです!?(ほんとか?!・・・ ホントですってば!)
 不景気な世の中にオサラバしたい方は一度お参りしてみては・・・?

 そもそも、布袋尊さまは七福神の中でただ一人「実在の人物」とされていて
 吉凶をつかさどる神様です。「布袋和尚」という、中国の唐時代の明州奉化の禅僧で
 名は「契此」(かいし) 号は「長汀子」(ちょうていし)といわれております。
 「雪の降りしきる中で寝ていても布袋和尚の上には雪が降らなかった」という言い伝えや
 没後、埋葬されたのに、なお生存し!?
 「布袋をかついで歩いているのを見た人がいる!」
 という逸話が伝えられております。
 布袋さまのお姿は「弥勒菩薩の化身」とも言われております。

 「行くお寺、行くお寺がすべて留守だったらどうしよう」と不安だっただけに、このお寺の賑わい、親しみやすさはありがたかった。
 
 下仁田町で昼食をとることにした。

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