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映画『モリエール 恋こそ喜劇』

 3月6日に公開されたフランス映画『モリエール 恋こそ喜劇』を見た。上映館は東京・渋谷のBunkamura ル・シネマのみ。公式サイトによると、本国で180万人動員したらしいが、日本で単館上映というのは寂しい。初回に行ったところ、本編の上映前、10時40分から15分間、俳優の江守徹、植本潤両氏のトークイベント“芝居がくれる人生の楽しみ”があった。
Moliere2
 江守徹はモリエールをもじって江守と命名した経緯からゲストに呼ばれたが、「モリエールが好きなわけではないんですよね。モリエールの作品は舞台がサロンで、日本人が演じても似合わない。戯曲を読んでもつまらない」 とあえて持ち上げないという裏ワザで場を盛り上げてから、「文学座で『人間嫌い』を現代ものとしてやった。役者がそれぞれに演じる役の職業を決めた。僕は俳優、ある人間はデザイナーというように。そうしたら結構面白かった」とモリエールの演劇の時代を超える普遍性を評価した。
 モリエールは悲劇をやりたかったという逸話もあり、それについて植本が江守に意見んを求めたところ、「悲劇的なところから喜劇は生まれる」と決めの一言。短いトークイベントだったが面白かった。
Moliere
 この映画については公式ページが一言で内容を言い表している。
 モリエールの名作誕生の陰に美しきマダムあり・・・?
1644年のパリ。22歳の演劇青年モリエールは、『タルチェフ』や『人間嫌い』などで成功した喜劇王にはほど遠く、駆け出しの役者に過ぎなかった。仲間たちと意気込んで旗揚げした劇団は、経営難で破産の危機に。債権者に訴えられて投獄されたモリエールは二度目の釈放の後、忽然と姿を消す――。すべてのモリエールの伝記で空白になっているこの数ヶ月間に彼に何が起こったのか?この映画は若き日のモリエールを描いた伝記的フィクションなのだ。
 
 映画のパンフレットに「モリエール(1622-1673)の略歴と作品」がある。それによると、「1646年より足跡が途絶えるが、1658年、パリに何度も足を運んで王弟殿下から後援の約束を取り付け、13年ぶりに劇団とともにパリに帰還」とある。その後、ルイ14世の庇護も受け、『ドン・ジュアン』、『人間嫌い』、『町人貴族』などの名作を生んでいく。
 
 映画の中では、悲劇をやりたいという思いを断ち切れないモリエールが描かれる。それを喜劇に向かわせたのが、「美しいマダム」だという。モリエールが13年にわたる地方巡業に出る前には、「あなたは喜劇が向いている。悲劇以上の喜劇を作ってほしい」と激励。パリに帰還して再開した時に「涙を笑いに変えるような喜劇などはない」というモリエールに対し「それならば、あなたが作って」と力づける。
 
 フィクションとは思えない、上手な作りになっている。大人の映画だ。

 モリエールは、どのように悲劇を超越した喜劇を作ったのか。

 そもそも、悲劇、喜劇という分類自体が古いのかもしれない。人生は悲喜こもごも。

 悲劇か喜劇かというのは人の主観でしかない場合も多い。ある人にとっては悲劇でも、他の人にとっては喜劇に見えることは多い。概して、視野が狭くなっているときに、「自分は悲劇の主人公」と思いつめるのだが、親しい友人に相談すると、広い視点から的確なアドバイスしてくれたりする。笑い飛ばせる余裕が出れば、もう解決だ。

 もちろん、本当の悲劇はあるだろう。しかし、深い涙は、人を凍らせる。世の中を前向きに動かすのはやはり笑いなのだ。生きる力を与えてくれるのが喜劇なのだと思う。

 この映画、BSや地上波などで、ぜひ上映してほしい。

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