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田中充子著『プラハを歩く』(岩波新書)を読み、プラハの見どころをチェック・その1 プラハ城とその周辺

Praha
プラハを歩く (岩波新書)


 目次
 はじめに 人間が建築をつくる <ダンスをするビル>
第一章 城―木と石の技術
1.森になぜオオヤマネコがいるか <ボヘミアの森>
2.川になぜ水鳥が多いか <ヴルタヴァ川>
3.丘になぜ城か <フラチャヌィの丘>

 プラハに一度も行ったことがなくても、田中充子著『プラハを歩く』(岩波新書、2001年11月20日発行)を読むと、身近な話題から関心が芽生え始め、次第にプラハへの憧れが募ってくる。

 「プラハは千年の歴史をもつ古都である。・・・そのように美しく古い建築が残っているのも、幸運なことに第一次、第二次世界大戦の被害を免れたからだ。さらに第二次世界大戦後の資本主義の高度経済成長にも巻き込まれなかったことも大きい。その結果、プラハはロマネスク建築から近代建築まで各時代の建築様式が並ぶ『ヨーロッパの建築博物館の街』になった」「どの時代の建築にもその時代の状況と思想がこめられている」。
 人と建築に愛情をこめる著者のガイドに従って、プラハの見どころをチェックしてみよう。

 まずは著者が「プラハのロマネスク建築のなかでは屈指の美しさである」という聖イジー教会。プラハ城内最古の教会だ。「火事に見舞われ、1142年に一対の塔を加えて木造で再建された」「白い2本の塔が建っているが、右がわずかに太い。太い方がアダムで細い方がイヴだそうだ」。

 建築様式の説明は『地球の歩き方 チェコ/ポーランド/スロヴァキア 2009~2010年版』に簡潔な説明があった。
Czech_republic_poland_slovakia
 ロマネスク様式 10世紀後半~13世紀 それまでの木造から石造へと建築資材が大きく変化した時代。・・・石のヴォールト天井(半小円型の天井)が生まれ、その重みを支えるために壁は厚く堅牢なものになった。構造上、窓が大きく取れず内部が薄暗くなったが、それを明るく見せるために登場したのがフレスコ画だった。

 『プラハを歩く』では、「外部はバロックの意匠に作り替えられ、赤と白のプラスター(漆喰の一種)で塗り分けられているが、内部の壁や床はコンクリートの打放しと同じように無垢の石のままで、接合部や積み方がよく分かる」と見学のポイントも説明してくれている。

 次はゴシック様式の聖ヴィート大聖堂。プラハ城のなかでもっとも大きなゴシック建築だ。
『地球の歩き方』によると――。
 ゴシック様式 12世紀中頃~15世紀初め 力強い印象のロマネスクとは対照的な繊細な印象のゴシック。ロマネスクのヴォールト天井に骨組みを足し、見た目が軽やかなリブヴォールトが生まれた。また、飛梁(とびはり)の発明により壁は薄くなり、より高い天井と大きな窓が造られ、華やかなステンドグラス装飾が可能になった。外観の特徴として、林立する尖塔も挙げられる。

 『プラハを歩く』の解説。「大聖堂のイメージは、どこでもその民族のはるか昔の森に求められる。ボヘミアの森に住んでいた祖先をもつチェコ人にとってそれは『ボヘミアの森』ではなかったか」。
 聖ヴィート大聖堂、早く見たい!
 
 ヴラジスラフ・ホール。「プラハ城の中で一番リラックスできるところといえば、旧王宮のなかにあるヴラジスラフ・ホールではないか」「天井がすばらしいのだ。ヴォールト天井を支える石のリブが流れるように美しい曲線を描き、それが花のパターンとなり、空間全体をふんわりと包みこむ」

 城の周辺の宮殿を訪ねればルネッサンス様式が楽しめる。
『地球の歩き方』によると――。
 ルネッサンス様式 15~16世紀初め イタリアで始まった古典古代文化復興の動き。曲線を用いたシンプルで端正かつ華やかさのあるデザインが特徴だ。国内では、教会改革を目指した戦争が勃発する一方で、実験を握っていたオーストリア・ハプスブルク家とカトリック教会、それを支えていた貴族によって、豪華絢爛な宮殿が多く建てられた時代でもある。

 プラハ城の第二の庭から北門をでると「鹿の濠」という谷がある。橋をわたった右手がベルヴェデーレ宮殿(離宮)の正門だ。「プラハ城には大聖堂をはじめ15を越える建物があるが、ここにあるのはわずか2つだけで、大部分は庭園である」「庭園はルネサンスの発明品だ」
 「離宮の屋根は船をひっくり返したような形で、その曲線は女性の体をイメージさせる」。

 1541年の大火によって、マラー・ストラナの街がほとんど壊滅したため、貴族や聖職者たちは、フラチャヌィにこぞって宮殿を建てた。
 「数ある宮殿のなかで注目したいのは、シュヴァルツェンベルク宮殿マルチニッツ宮殿だ。どちらもルネサンスの美しい壁絵がある。スグラフィットという独特の技法を用いて描かれている。しかし、技法は同じでも、表現されたものはまるで異なる。一方は幾何学的なパターンの繰り返し模様、他方は物語性のある絵だ」。
 
 バロック様式の建物もプラハ城周辺には多い。
 『地球の歩き方』によると――。
 バロック様式 17世紀初め~18世紀中頃 イタリアのローマで誕生し、フランスで花開いた建築様式。楕円や曲線を多用した動きのあるデザイン、派手ともいえる装飾が特徴だ。プロテスタントの宗教改革が敗北と言う結末を迎え、ローマ・カトリックが再び権力を付けた時代で、人々にわかりやすい華美でドラマ性のある装飾の教会が多く建てられた。

 まず、1140年に建てられたストラホフ修道院。17世紀に「神学の間」、18世紀に「哲学の間」が、バロック様式で増設された。
 「『哲学の間』は・・・赤い絨毯に飴色の書架。天井には、ウィーンの画家アントン・マウルベルチが描いた美しいフレスコ画がある」「廊下をさらに進むと『神学の間』がある。ここの天井にも、フレスコ画が描かれている」。

 「17世紀以降は、オーストリア帝国の貴族たちはウィーンとプラハの両方に宮殿を建てて住むことが慣習になっていた。・・・現在、その多くが大使館や官庁になっている」。
 「なかでもヴルタヴァ川とマラー・ストラナ広場の中間に位置するヴァルトシュテイン宮殿はプラハで最大の宮殿である」

 マラー・ストラナ広場に聖ミクラーシュ教会がある。「旧市街のティーン聖母教会がヴルタヴァ川右岸の横綱とするなら、マラー・ストラナの聖ミクラーシュ教会は左岸の横綱だ」
 「聖ミクラーシュ教会はもとはゴシック様式の教会として1283年に創建され、・・・1653年からは、プロテスタントをカトリックに改宗させるために、・・・バロック様式に改修された」。

 筆者の田中充子さんはロマネスクやゴシック建築を「心の建築」、ルネサンス建築は「頭の建築」とし、バロック建築は視覚に訴える「目の建築」と分析している。プラハ城周辺でこれらの様式をじっくり見学したい。

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