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佐々木俊尚著『電子書籍の衝撃』(ディスカヴァー携書)

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電子書籍の衝撃

 佐々木俊尚著『電子書籍の衝撃』(ディスカヴァー携書、2010年4月15日発行)を読んだ。
 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、「電子書籍(でんししょせき)とは、古くより存在する紙とインクを利用した印刷物ではなく、電子機器のディスプレイで読むことができる出版物である」という。出版物がデジタル化され、ネット上で流通し、デジタル機器で読まれるというのが電子書籍のイメージである。

 しかし、本書で取り上げる電子書籍はもっと広い概念のようだ。書籍が電子化されるということは、単に書籍の内容がネットに乗るというだけではない。紙の本ではできないさまざまな機能が盛り込まれ、従来の本とは全く違う形になるかもしれない。本を書く人間も必ずしもプロに限られない。新しい出版文化が生まれる可能性がある。
 本書は「本の電子化」がこれまでの出版文化や出版ビジネスをどう変え、どんな新しいコンテンツビジネスを生み出すかを展望した、とても刺激的な本である。
 
 「はじめに」で佐々木氏は「音楽の世界では、インターネット配信を中心にした巨大なデジタル生態系(エコシステム)がいまや立ち上がっています。電子ブックが紙の本にかわる、あるいは紙の本を補完する社会のインフラとして定着していくためには、同じように電子ブックを取り巻く生態系が形成されていかなければなりません」とする。そして、そのための条件は以下の4つであるという。
 第一に、電子ブックを読むのに適した機器(デバイス)が普及してくること。
 第二に、本を購入し、読むための最適化されたプラットフォームが出現してくること。
 第三に、有名作家か無名のアマチュアかという属性が剥ぎ取られ、本がフラット化していくこと。
 第四に、電子ブックと読者が素晴らしい出会いの機会をもたらす新しいマッチングモデルが構築されてくること。

 電子ブックリーダーとして最も注目されるのが、アマゾンのキンドル。キンドルの対抗馬になるのがアップルのiPADだ。ただし長い目でみれば、勝負のポイントになるのはハードの機能ではなく、「それぞれがどのようなプラットフォームを作り上げていくか」だという。
 アップルはiTunesミュージックストアの成功で音楽ネット配信の盟主になったが、本書によると、「アマゾンも、このアップルの戦略を丹念に研究し、同じ戦略によって電子ブックの世界へと打って出た」。それでは、アップル、アマゾンは、どちらが勝つのだろうか。
 その分析は、ぜひ本書で読んでほしい。

 プラットフォーム争いには、もう1社、巨人が参入してきている。グーグルだ。
 「アップルとアマゾンが電子ブックリーダーというハードウェア製品から切り込んだのに対し、グーグルは最も自信のある分野である『検索』から電子ブックに侵入してきました。グーグルブック検索です」。
 さらに、「キンドルやiPadが電子ブック販売と購読システム、デバイスまでをも垂直統合しているのに対し、グーグルのクロームOSやアンドロイド、そしてブック検索はいずれもオープンプラットフォームです」。
 「この戦いはどちらの勝利になるかはまだわかりません」と佐々木氏は言うが、間違いなく言えるのは、そこに日本企業はいないということだ。

 海外勢の動きに対し、日本でも「1998年、約150社の出版社と電機メーカーが集まって、本格的な電子ブックリーダーを開発して広めようと『電子書籍コンソーシアム』という団体を旗揚げしたことがありました」。しかし、「このコンソーシアムはわずか2年で閉鎖されてしまい、当初もくろんでいた事業化は失敗に終わりました」。
 
 電子ブックが広がるためには、「これらのプラットフォームに、書き手がいかにしてやすやすと参加できるのかという」仕組みが必要と佐々木氏は言う。 それが「セルフパブリッシング」だ。本書はセルフパブリッシングの可能性について1章を充てて詳しく説明する。 

 そして、佐々木氏は、「守るべき出版文化とは、決して『出版業界』ではありません」「最も大切なのは、『読者と優秀な書き手にとっての最良の読書空間を作ること』です」と言い切る。
 「健全な出版文化とは、マニアックな本、特定分野に特化した本、全員に読まれる必要はないけれどもある層の人たちにはちゃんと読まれたい本。そういう本がきちんと読者のもとに送り届けられるような構造をいいます」とし、「タレントやランキングのようなマスモデルに基づいた情報流路から、ソーシャルメディアが生み出すマイクロインフルエンサー(自分にとって最も良き情報をもたらしてくれる人)とフォロワーの関係へ――」情報の流れ方が変わっていくという。
 たとえば、丸善丸の内本店にある「松丸本舗」は、「評論家の松岡正剛さんが品ぞろえをプロデュースしたコーナーで・・・新刊と既刊、ジャンルなどはまったく無視されて、松岡さん独特のテーマに沿って本が並べられています」。こうした「作家名やジャンル、ランキングといった本のパッケージ(属性)ではなく、本棚というコンテキストに沿って本を並べ替えた」提示の仕方で、マイクロインフルエンサーから情報を得ることが、電子ブック全盛の時代には当たり前になるとみる。

 書店に並んでいる本一冊一冊はいろいろな人が、ある思い、着想、主張などを伝えようと時間をかけて著したものだ。時間があれば、すべて読んでみたいと言う誘惑に駆られる。電子書籍が、著者と読者の新しい関係を作り、コンテンツが埋もれることなく、興味のある人に着実に伝わっていく環境を構築するものであることに期待する。

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