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旧岩崎邸庭園(東京・池之端)~心やすらぐ庭とクラシックコンサートでもてなし

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 東京都立 旧岩崎邸庭園(東京都台東区池之端1-3-45、03・3823・8033、入園料400円、開園時間午前9時~午後5時)に行った。
 心やすらぐ庭園とクラシックコンサートでもてなされ、岩崎家の一員になったような贅沢な気分が味わえる。

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 正門からチケットを売るサービスセンターまでの道の両脇には、ちょうどショカツサイ(諸葛菜)=中国原産の一年草。ムラサキハナナとも呼ばれ、土手などに一面に咲く様子は紫色の菜の花といった趣です(花の説明はすべて財団法人東京都公園協会の『都立庭園花めぐり』より)=が咲いていた。

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 アブラナ科。

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 洋館北側。シュロの木が異国情緒を醸し出している。

 入場券裏にある説明が簡潔。
旧岩崎邸庭園
<重要文化財旧岩崎家住宅>

 三菱財閥岩崎家本邸として明治29年に完成。設計は日本の西欧建築の父ともいわれる英国人建築家、ジョサイア・コンドル。かつて1万5000坪を超える敷地に20棟以上の建物がありましたが、現存するのは洋館、和館、撞球(どうきゅう)室のみです。
【洋館】木造2階建・地下室付きの本格的なヨーロッパ式邸宅。装飾には17世紀のジャコビアン様式を見ることができ、全体的にはイギリス・ルネサンス様式が取り入れられています。
【和館】洋館と結合して建てられた純和風建築。完成当時は建坪550坪に及びました現存する書院造りの広間は、接客と一族の冠婚葬祭および節句の際に用いられ、現在も橋本雅邦の日本画などが残っています。
【撞球室】撞球室(ビリヤード場)もコンドル設計の建物で、ジャコビアン様式の本館とは異なり、当時の日本では非常に珍しいスイスの山小屋風の造りとなっています。
【庭園】越後高田藩・榊原氏の屋敷跡に建てられた岩崎邸の庭は、大名庭園の形式を一部踏襲するといわれます。その後、埋め立てられた池部分に芝が張られ、庭石、灯籠、築山が設けられました。「芝庭」をもつ近代の和洋折衷庭園の初期の形といわれます。

開園時間:午前9時~午後5時
休演日:年末年始(12月29日~1月1日)

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 洋館を見学。

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 2階へ。

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 客室。

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 客室。壁の派手な装飾が印象的。

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 ベランダ。

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 庭園。ベランダから正面を見たところ。

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 庭園。ベランダから左を見たところ。

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 2階に、撞球室の壁紙に使われていた金唐革紙が展示されていた。同じ文様の金唐革紙は、国会議事堂参議院内閣総務官室にも貼られているという。

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 運よく、1階で「土曜ミニコンサート」が始まった。
 13時、15時の2回、30分ほどのコンサートが催される。15時のコンサートを聴いた。
 東京藝術大学出身の演奏家を中心にしたコンサートを、歴史ある建物と共に味わうという趣向。
 今回はヴィオラ・中川玲美子さん、ピアノ・後藤友香理の演奏だった。
 中川さんはオーケストラ・アンサンブル金沢を経て、現在、藝大フィルハーモニーのヴィオラ奏者。
 後藤さんは現在東京藝術大学ピアノ科教育研究助手。

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 ブラームス ソナタop78「雨の歌」より第一楽章
 ピアソラ ル・グラン・タンゴ
 ヴィエニアフスキ 夢想
 デュニーク ホラ・スタッカート。
 岩崎邸での音楽会、とてもいい。岩崎邸に招かれたようだ。ずっと続けてほしい。
 サポーター基金に500円募金した。

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 サンルーム。お土産なども売っていた。『岩崎彌太郎物語 黒潮の海、積乱雲わく』(300円)、『岩崎久彌物語 雲がゆき、雲がひらけて』(200円)を買った。

 2010年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」は、坂本龍馬33年の生涯を、三菱財閥を築いた幕末屈指の経済人、 岩崎彌太郎の視線から描いており、岩崎彌太郎ゆかりのこの公園には来てみたかった。
 もっとも、彌太郎はこの立派な邸宅には住んでいない。
 その辺の事情を、『都立庭園花めぐり』がこぼれ話として紹介している。
家づくり、親子二代の夢
 岩崎家茅町本邸(旧岩崎邸庭園)は、岩崎彌太郎が明治11年(1878)、同15年(1882)に敷地1万4400余坪を購入したことに始まりました。彼は湯島梅園町より移り住み、ここに和風の庭園を築造しました。自宅の完成後、訪ねてきた親友尾崎忠治に「庭は広いが家が粗末だ。君も今少し立派な普請をしてもよい身分ではないか」と言われ、「70になったら立派なものを」と返答したそうです。しかし、明治18年(1885)2月、50歳の時に彌太郎は病で没し、家の夢は長男久彌に引き継がれることになりました。
 岩崎久彌が明治26年(1893)に三菱合資会社の社長に就任した後、本邸の新築計画が具体化し、明治29年(1896)、ついに親子の長年の夢がこの高台に結実したのでした。

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 洋館から和館へ。

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 天井が高い。

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 広間。

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 お抹茶席で、お抹茶セット(500円)、抹茶ぜんざい(500円)、白玉ぜんざい(600円)、バームクーヘンセット(バームクーヘンと珈琲、紅茶、オレンジジュースのセット、500円)を楽しめる。

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 カントウタンポポ=春は旧岩崎邸庭園の芝庭がこの花で埋まります。都市部では外来のセイヨウタンポポが一般的となり、カントウタンポポが残る場所は少なくなってしまいました。キク科=。
  『都立庭園花めぐり』の花暦を見ると、ちょうど今頃訪ねるのが一番いろいろな花が咲いていて絶好のタイミングだった。
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 サクラがまだきれいだった。

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 洋館南側。ベランダには列柱が立ち並ぶ。

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 スイスの山小屋を思わせる撞球室。

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 洋館から地下道でつながっている。

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 スノーフレーク。ヒガンバナ科。

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 クリスマスローズ。キンポウゲ科。

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 色違いのクリスマスローズ。

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 オドリコソウがどこに咲いているか分からなかったが、ショカツサイの合間に、ひっそりと咲いていた。

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 花の形が笠をかぶって踊る人に似ていることから名付けられたシソ科の多年生草木。野、道ばたの半日陰に生え、直立して高さ30~50cmとなります。4~6月頃、葉の脇に白色又淡紅紫色の唇型花を数個輪生させます。

 調べていたら、都立公園で岩崎彌太郎ゆかりの公園はほかにもあった。
 一つが六義園(文京区本駒込6-16-3)。明治時代に、岩崎彌太郎 の所有となり、昭和13年に東京市に寄付された。
 もう一つが清澄庭園(江東区清澄3-3-9)。明治11年、岩崎彌太郎 は、荒廃したこの地を買取り、社員の慰安や貴賓を招待する場として竣工。後に清澄庭園は、関東大震災で避難場所の役割を果たし、多くの人命を救った。岩崎家は、こうした庭園の持つ防災機能を重視。公園用地として東京市に寄付した。

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