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ロシア料理 サラファン(東京・神保町)

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 ロシア料理 サラファン(東京都千代田区神田小川町3-10-3 振天堂ビルB1、03・3292・0480)に行った。オーナーシェフがTBS『チューボーですよ!』の「街の巨匠」として紹介されたこともある店だ。プロ意識を感じさせる徹底した接客。日本人好みの繊細な味。グラス単位で飲めるワインもふんだんにある。

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 まずは食前酒。苦味のある薬草酒ウゾ(Ouzo、800円)を頼んだ。ペルノー(Pernod)などもある。いろいろなお酒が楽しめるのもこの店の魅力だ。

 料理はコース(Aコース3000円、Bコース4500円)かアラカルト。
 Aコースはボルシチ、以下の料理より1品(お米入りロールキャベツ、白いビーフストロガノフ、森の壺焼=キノコと若鶏のホワイトソース仕立て、山の壺焼=牛肉の赤ワイン煮込ビーフシチュー仕立て、海の壺焼=帆立小柱、海老等のホワイトソース仕立て)、露西亜風パンと黒パン、お愉しみデザート、露西亜紅茶。これに前菜盛り合わせが付いたのがBコース。家族、友人で行って取り分ければ、いろいろ食べられる。

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 ボルシチ。サワークリームをといてピンク色にして飲む。パンを浸して食べてもおいしい。

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 プリンチキピロシキ(挽肉のクレープ包み)500円。コースを頼んでもこれは別に頼みたい。

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 森の壺焼(単品で頼むと1600円)。

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 中はこんな感じ。

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 三十五年間不動の定番お米入りロールキャベツ(単品で頼むと1600円)。

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 デザートは数種類がテーブルに置かれ、選択に悩むが、チェリーパイにした。

 どの料理もとてもおいしかった。繰り返し行きたい店。

 営業時間はランチ11:30~13:30、ディナー17:30(18:00の日も、要確認)~21:00
 日曜・祭日定休。

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蕎麦 きびや(東京・三鷹、そば)

 ミュシャ展を満喫した後、三鷹でおいしいところはないかとパソコンで探したところ、吉祥寺・三鷹・武蔵境 総合TOP100 [食べログ]というウェブの記事を見つけた。8位の蕎麦 きびや(東京都三鷹市下連雀4-16-48、0422・42・3520)に行った。

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 スーパーの丸正の近くだ。

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 昼間なのでそばだけを食べようと思って入ったが、隣の人が食べているそば味噌がうまそうで、思わず、お酒と「そば焼味噌」(350円)を頼んだ。

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 おまけに「酒肴三種盛り(土日のみ)」(700円)なんてーのがある。頼まざるを得ない。(^^♪
 左から明太子おろし、にしんの山椒煮、わさび醤油漬け。

 う~、こういうのを幸せと言うのだろうか(プラハのウ・フレクー以来の素直な気持ちだ)。

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 もりそば(北海道 二八)新蕎麦(650円)。

 午後2時近くになってもずっと満席だった。老舗ではないが、お蕎麦に愛を持って接している、いい蕎麦屋だった。

 営業時間は平日11:00~15:30火曜、土日祝11:00~14:30、17:30~20:30

 火曜、水曜定休。

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必見!「アルフォンス・ミュシャ展」~2011年まで各地を巡回

 三鷹市美術ギャラリーで開かれている生誕150年記念「アルフォンス・ミュシャ展」に行った。
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 オーストリア帝国の支配下にあったモラヴィア地方(現チェコ共和国)のイヴァンチッツェで生まれたミュシャの美術作品は、プラハ旅行中、市民会館の市長ホール聖ヴィート大聖堂で見学した。ミュシャ展のカタログにある年譜を見ると、市民会館の市長ホールの装飾を手がけたのが1910年。聖ヴィート大聖堂のステンドグラスをデザインしたのが1931年。ミュシャがプラハに腰を落ち着けて仕事を始めたのが1910年だ。ミュシャは1860年生まれだから、50代になってから、祖国チェコで『スラヴ叙事詩』などチェコを題材にした作品を手がけたわけだ。

 ミュシャ展では、チェコで祖国をテーマに絵を描き始めてからの絵画、パリ時代のミュシャの華麗なデザイン、そんなデザイン画を描く前の、デッサン力を高めていた時代の作品を、一堂に集め、紹介している。ミュシャの生き様と作品の全容が分かるすばらしい美術展だと思う。

 この美術展は、日本全国を巡回する。
 すでに終わったのが【岩手】岩手県立美術館 2010年4月10日(土)~5月16日(日)
 開催中なのが【東京】三鷹市美術ギャラリー 2010年5月22日(土)~7月4日(日)
 その後は、以下の予定。
 【福岡】北九州市立美術館 2010年7月17日(土)~8月29日(日)
 【群馬】高崎市美術館・高崎市タワー美術館 2010年9月18日(土)~11月7日(日)
 【大阪】堺市美術館 2011年2月5日(土)~3月21日(月)
 【福島】いわき市立美術館 2011年4月9日(土)~5月22日(日)
 【石川】金沢21世紀美術館 2011年5月28日(土)~6月26日(日)
 
 三鷹市美術ギャラリーには初めて行った。
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 ホームページによるとーー。
 三鷹市美術ギャラリーは、「人にやさしいまちづくり」の実現を目指すための文化ネットワークの一環として、交通至便な三鷹駅前(南口)の N・E・O CITY MITAKA 商業棟CORAL(コラル)5階に平成5年10月に開館しました。
 当ギャラリーは、お勤め帰りにも立ち寄っていただけるように開館時間を午後8時までとし、施設内も外光を採り入れたオープンロビーと展示室とを割肌ストーンの大きな曲面壁で仕切り、自然に展示スペースへと誘導されるようにしました。
 近現代美術を主とした企画展示を開催し、優れた美術作品にふれ親しんでいただくとともに皆様の美術作品発表の場としてお役に立てれば幸いです。

 予想外に良い美術館だった。9-11月にミュシャ展を開催する高崎市美術館とコンセプトが似ているかもしれない。

 展示された作品を見る。
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(画像をクリックすると大きな画像で見られます)
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(画像をクリックすると大きな画像で見られます)

 「1.絵画とデッサン」を見ると、パリの自由画塾アカデミー・ジュリアン入り、さらにアカデミー・コラロッシに通ったミュシャの実力が良く分かる。
 しかし、ミュシャはパトロンからの資金援助を打ち切られ、絵画の勉強を諦めざるを得なかったという。そして、本屋や雑誌の挿絵をパリやプラハの出版社に送って生計を立てなければならなくなる。
 挿絵を描いて生計の足しにするような生活から脱することができたのは、舞台女優サラ・ベルナールのためのポスターを制作したのがきっかけだったという。

 その後、アール・ヌーヴォーの時代を代表するデザイナーとしてミュシャはパリで数々の女性をモデルにしたポスターを手がけるが、女性それぞれが個性的で、それぞれに惚れ惚れするほど美しい。デッサン力と構想力が合わさって、完成されたポスターができるのだと感じた。

 ところがアメリカ時代を経て、チェコに戻ったミュシャは、チェコ民族意識を高揚されるような絵を描き始める。この画風の違いが面白かった。

 美女の微笑みはチェコ人の厳しい眼差しに変わる。

 絵画と言うものの奥の深さを感じさせてくれるミュシャ展だった。

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ファーストゴルフ打ち放題・アプローチ中心に練習

 今回はアプローチを練習。
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 まずは60番ゲージ。
 グリーンまでは30ヤード。
 64度LWを3カゴ。いろいろな打ち方をしてみたが、手打ちはダメ。構えたままの腕の形で(右腕を曲げず)、腰を捻り、クラブの重さでしっかりボール打ち抜く。最少の振り幅でちょうど30ヤード。
 次いでSWを3カゴ。同じような打ち方。やはりおよそ30ヤードでボールは止まる。

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 67番ゲージが空いていたので、ゲージを変更。グリーンまでは50ヤード。
 PS、Pをそれぞれ1カゴずつ。同じような打ち方をするとぴたり止まる。
 アプローチはこれでいいのではないか。
 
 続いて、9W、5Wを1カゴずつ。ハーフスイング、フルスイング・・・なとと意識をせず、打ちやすい所までバックスイングして、インパクトだけを考えて打った。ボールの飛ぶ方向を見ないで打つのがポイントのようだ。
 ドライバーも1カゴ練習。
 最後にLWで50ヤードを打つ。バックスイングを若干大きめにして打った。手打ちをしなければ方向、距離とも安定する。
 
 30日は習志野で早朝ラウンド。こんどこそ、きっと成果が出る!

 

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NHK放送技術研究所「技研公開2010」、3Dテレビと放送・通信連携で特別発表

 NHK放送技術研究所(世田谷区砧1-10-11、03・5494・1125)の「2010年技研公開」(5月27日~30日)に、5月28日に行った。
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 展示1番の放送・通信連携サービスのデモンストレーションコーナー

 技研の展示で一番人気の「スーパーハイビジョンシアター」は今回も超大画面で高精細の映像を見せてくれ、迫力があった。

 「高度な番組制作技術」も面白かった。煙や霧などの遮蔽物に隠れた被写体を、電波を利用して撮影する「電波テレビカメラ」はテレビ番組への活用は先かもしれないが、災害時に役立つ技術だと思う。「『坂の上の雲』VFXの世界」は2009年12月に第一部が放送されたスペシャルドラマ『坂の上の雲』で多用されたVFXを紹介するコーナー。2人の役者による数パターンの演技を3次元モデル化して群集のシーンを作る技術を紹介していた。

 「3次元物体の触力覚提示技術」(物体に触った感覚を触力覚で伝える技術)のような、「実用化されたら、どのように使われるのだろう」といろいろ想像をめぐらしてしまう技術もあった。

 しかし、最も興味深かったのは、この日行われた二つの特別発表だ。

 一つが、映画「アバター」をきっかけにブレークした3D映画などの課題を解説してくれた「技研における立体テレビの研究成果」(伊藤崇之NHK放送技術研究所次長)だ。大手家電メーカーが相次ぎ3Dテレビを発売しているが、視覚疲労などの問題は残されており、子供が長期間見たときの影響は、まだ分かっていないという。不況のなか、次のヒット商品として期待するのは分かるが、解決していない問題が多々あり、消費者として注意しなければならないと思った。

 もう一つが「Hybridcastの実現に向けて~技研における放送通信連携への取り組み~」(加藤久和NHK放送技術研究所次世代プラットフォーム研究部部長)。画期的な技術とは感じなかったが、放送・通信融合時代といわれるなかで、NHKが前向きに「Hybridcast」という概念を打ち出したのが注目される。

 「技研における立体テレビの研究成果」
 伊藤氏によると、2眼式の立体映像については、1985年~2003年に、ポストハイビジョンの研究課題として取り組んだ。2003年以降は、仕組みの研究としては、将来の立体テレビ(像再生型)の研究に移行したが、避けて通れない課題として、1995年から、立体視のヒューマンファクターの研究に力を入れている。
 映像の見づらさ、不自然さ、視覚疲労の問題だ。

 人間が奥行きを感じる手がかりとしては次の4つがあるという。
 ①輻輳
 近くにものがあると寄り目になり、遠くにあると眼が平行になるが、注視時の視線の角度を輻輳という。
 ②両眼視差
 これは一般によく知られている立体視の原理だ。両眼の網膜に映る像は位置の違いによって異なるが、これによって立体を把握する。
 ③調節、ピントあわせ
 ピントが合っているところと合っていないところで、奥行きが分かる。
 ④運動視差
 体を左右に動かすと目の前の景色と背景の位置関係が変わる。

 「像再生型」と言われる究極の立体テレビは、被写体から出てくる光そのものをそっくり再現する。上記の4つの手がかりをすべて再現するので、より自然に見える。

 しかし2台カメラを使って撮影する2眼式の立体画像は光学的仕掛けが簡単であり、輻輳と両眼視差のみを活用し立体視できるようにしている。

 2眼式立体テレビの場合、撮影がうまくできないと、立体画像が不自然に見えることが分かっている。
 たとえば、被写体が薄っぺらく見える「書割効果」、手前の画像が実際より小さく見える「箱庭効果」などが生じる。

 実空間を撮影したときに、実際の距離と再現された距離が一致していれば、ひずみは生じず、自然な立体感が表現できる。
 しかし、撮影時に画角を変えたり、2台のカメラの間隔を広げたり狭めたりすると、奥行きにひずみが生じ、不自然な立体画像となる。
 
 左右のカメラの特性に差があったり、明るさに差があったりすると、左右の画像が適切に融合できなくなり、見づらくなる。
 立体映像を見る姿勢によっても見づらくなる。寝っころがって見ると、水平でなくなるので、見づらくなる。

 撮影の条件をしっかり管理することで、疲れないような画像にすることはできるが、輻輳位置とピント位置の不一致は起こりやすく、眼が疲れる最大の原因となる。
 この状態で長時間立体画像を見たときのデータはない。
 被写界深度(ピントがちょうど合っている前後のピントが合っているように見える領域)というものがある。ディスプレーの面が被写界深度の中に収まっていれば、輻輳点とピントのずれは回避できるので、被写界深度を深くする工夫が必要だ(被写界深度は絞りを絞り込むほど深くなる。明るいディスプレーを用意することも必要)。

 立体視に関しては、視聴者への配慮が必要。特に子供への配慮は大切だ。眼や脳の機能が成長している子供が立体視を体験したときの長期的影響はデータがない。

 両眼の距離は大人と子どもでは違い、子供は一般に立体が強調されて見えるという。

 視覚疲労や眼への影響はしっかり検証する必要がある。

 「Hybridcastの実現に向けて~技研における放送通信連携への取り組み~」
 放送のデジタル化が進展しているが、ブロードバンドの環境も良くなってきている。ブロードバンドでハイビジョンコンテンツも送れる状況になっているので、こうした状況に対応するため、NHK放送技術研究所は昨年、「次世代プラットフォーム研究部」を立ち上げた。この組織で放送・通信連携に関連した課題に取り組む。

 NHKは放送・通信連携に近い研究は以前から行っていた。
 1980年代にはISDB(総合デジタル放送サービス)の研究を行っていた。当時は衛星放送を使ってデジタル化したデータを一斉に送るというコンセプトだった。伝送される情報の中には電子新聞、ファクシミリなども含まれていた。このあたりが今につながる話の始まりだったと思っている。

 2000年にはBSデジタル放送が開始された。電話モデムが搭載されていて、双方向データ放送のサービスが始まった。紅白歌合戦の投票に活用したりした。
 その後2003年12月には東名阪で地上デジタル放送が始まった。受信機には標準でイーサネットの通信機能が搭載されていた。これにより、電話をいちいちかけなくても、広帯域を使ってデータが送れるようになった。
 2004年4月には「NHKデータオンライン」のサービスが始まった。デジタル放送の波の中にあるデータ放送のコンテンツをサーバー上に置いて、多様な情報を提供するものだ。ここでは各地のきめ細かい地域情報を提供した。
 2006年4月からはワンセグ放送が始まった。関連の情報の提供は通信を活用した。このあたりから放送・通信融合サービスが本格化した。

 2008年12月からは「NHKオンデマンド」が始まった。光ファイバーを使って各家庭にハイビジョンの映像をオンデマンドで届けるサービスが始まった。
 昨年の技研公開で紹介した、データ放送とNHKオンデマンドを結びつける機能は昨年暮れに発売された新しいテレビ受信機には搭載されるようになった。

 通信の活用という意味ではNHKのウェブサービス「NHKオンライン」でも新しい試みをしている。昨年夏の学校音楽コンクールの動画はP2Pストリーミング技術を使ってライブで映像を配信した。この講演もP2Pストリーミング技術でインターネット配信している。
 バンクーバーオリンピックでも、マイナーな種目をネットで配信、延べ100時間を超えるコンテンツを提供した。
 今年1月からはアイフォーンによるNHKワールドのストリーミングサービスも始めた。
  
 いまは、どうなっているのか。
 映像情報インフラの普及状況をみてみたい。
 受信機普及台数。地上デジタル放送が、BS超える。先月末の段階で、それぞれ7000万台を超えた。
 ブロードバンドの契約数は3000万を超える(総務省まとめ)。
 ファイバーは1720万契約(昨年末)。

 放送・通信をめぐる動向をみてみよう。
 放送のデジタル化が進んでいる。そのメリットは①帯域が効率よく使える②画質、音質が改善される③パソコン、ネットとの親和性が高くなる④ワンセグ、パソコンでの視聴が可能になり「一人複数台」が実現。パーソナライズ化が進む④伝送帯域拡大に加えワイヤレス化が進展。携帯電話はLTE(3.9G)がまもなく始まる。都市部ではWiMAXなどの広帯域のワイヤレスサービスもスタートしている。

 インターネットは著しい発展をしている。新たな情報流通メディアができたといってもいい。ユーザーのコメント、映像までがネットを介していろいろな人に配信される「ソーシャルネットワークサービス」が隆盛となっている。

 とはいえ、放送局が制作したコンテンツを適切、確実に国民に伝える使命は引き続き重要だ。
 放送の使命は変わらない。
 昨年公表したNHK3ヵ年経営計画で、9つの方針を挙げた。
 方針の「3」で「放送・通信融合時代の新しいサービスで公共放送の役割を果たす」としている。
 オンデマンドの充実や、テレビだけでなくPCや携帯端末などの3スクリーンズで番組を見ること、放送・通信融合を先導する技術開発などを進めることを挙げている。

 音楽、新聞、書籍などのコンテンツはネットワーク、クラウドサービスを通してさまざまなデバイスに配信されるようになっている。
 放送は、放送波だけでなくクラウドルートからもコンテンツ・情報を提供できるメディアだ。
 放送はネットも使うハイブリッドなメディアになる。

 世界各国でも同じことを考えている。
 BBCではアイプレーヤーというアプリでPC向けに見逃しコンテンツを配信して好評を博している。
 最近はCANVAS(キャンバス)というプロジェクトが進んでいて、テレビの上でのウェブのアプリやVODを楽しめるようにしようとしている。
 EBU(欧州放送連合)では、HbbTVというIPTVと放送をつなげるサービスのガイドライン策定が行われている。

 NHKとしても、よりよいもの作りたい。

 技研は放送と通信のメリット、デメリットを十分考慮して新しいプラットフォームを作りたいと考えている。
 その名前をHybridcast(ハイブリッドキャスト)とした。
 
 放送の特徴である、同報性、高品質、高信頼は重要だ。それに加えて通信の機能を活用することで、放送を強化してよりよいサービスを提供するというのが基本的な考え方だ。

 通常の放送に加え、ネットワーククラウドから、視聴者の個別の要求に応えられるような情報を提供する。

 たとえば番組付加情報を「同期再生技術」により、放送と通信のタイミングを合わせて送る。

 ユーザーの情報なども活用、コンテンツを効率的に配信する。
 携帯端末も積極的に活用する。テレビと携帯端末の連携技術も必要となる。
 
 コンテンツの権利保護、個人情報を守るセキュリティ技術ももちろん重要だ。

 テレビセントリック(TV Centric)な放送・通信連携技術が私たちの目指すハイブリッド技術の特徴だ。

 現行放送とのコンパチビリティは考慮したうえで通信で機能アップを図りたい。


 公開で展示されている事例を紹介する。
 ①拡張コンテンツサービス
 多言語の字幕情報の提供。
 ゆっくり聞こえる音声情報を通信から提供する。

 ②ソーシャルテレビサービス
 ツイッターなどのコメントを言語解析しフィルタリング、カテゴライズして提供する。
 番組を一体感をもってみるサービスを提供する。

 ③おすすめ番組サービス
 EPG情報で同じキーワードの番組並べる。
 視聴履歴をベースに似た番組を提供。
 ソーシャルネットワークサービスで話題になったり評価の高い番組を提供。

 ④携帯端末連携サービス
 テレビでQRコード表示。端末で読み取り、テレビと携帯を紐付けてさまざまなサービスを提供。


 実現に向けたステップは以下の通り。
 ①現行デジタル受信機で、できるところから実現。
 データ放送と通信機能の応用して、多言語字幕やソーシャルTVの一部機能などは今でもできる。
 ②現行デジタル受信機の機能拡張による実現。
 ③Hybridcast対応受信機を作る。

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そば処 出羽香庵(東京・霞が関、山形そば)=2011年3月24日閉店

 そば処 出羽香庵(東京都千代田区霞が関3-3-2 新霞が関ビル1階、03・3504・8715) に行った。

 虎ノ門三井ビル「山形プラザゆとり都」内で山形そばのアンテナショップとして13年間営業していたが、「山形プラザ」銀座移転に伴い、2008年10月に新霞が関ビル1階に開店した。

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 自販機で食券を買うなど、風流ではないが、味はなかなかのもの。官庁街で大人気の店だ。

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 厨房。

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 おしながき。
 そばは、せいろ 600円、冷やしとろろ 900円、 板そば 950円、鴨せいろ 1200円、大板そば 1300円 冷やし山菜 1000円、 板天 1700円、サラダそば 1000円、かき揚げそば 1000円、かけそば 600円、山菜そば 850円、きつねそば 700円、やまかけ 900円、たぬきそば 700円、にしんそば 900円、玉子とじ 700円、鴨なんばん 1200円、なめこそば 850円、天ぷらそば 1300円。
 おつまみは、単品とろろ 400円、鴨焼き 650円、板わさ 450円、天ぷら皿盛 1100円、おしんこ 450円、野菜天ぷら 500円、そば味噌 450円、おにぎり(2個) 200円、かき揚げ 500円、そばがき 900円、玉子焼き 600円、芋煮(小) 400円、棒にしん 600円、芋煮(大) 800円。

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 ぜいたくに、板天を頼んだ。天ぷらが豪華で、とてもおいしい。
 山形のアンテナショップとして運営していただけあって、そばも打ち加減、ゆで加減がよくおいしい。
 山形名物の板そばは、大きな長い板や木箱にそばを盛り付け、農作等の共同作業や集会後に振舞ったのが由来とされている。

 営業時間は、月~金曜 11:00~14:00、17:00~21:00(ラストオーダー 20:30)。

 定休日は、土曜・日曜・祝日、年末・年始(ただし、土曜は貸切営業に対応している)。
追記2011・3・30)震災後初めて訪ねたら閉店している。震災の影響?
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 店の人が片づけをしていたので心配になって聞いてみたら、店主の体調が悪いそうだ。
 恐らく昼食で来る数はこの店が一番多かっただけに、とても残念。

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Café 1894(東京・丸の内、カフェ)

 2010年4月に開館した三菱一号館美術館に併設されたCafé 1894(東京都千代田区丸の内2-6-2 三菱一号館、03・3212・7156) に行った。

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 丸の内パークビルディング・三菱一号館美術館・アネックスに囲まれた「一号館広場」から入ったが――。

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 入り口は通り沿いにあった。

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 三菱一号館美術館丸の内ブリックスクエアなどのホームページによると、丸の内最初のオフィスビル「三菱一号館」は1894年(明治27年)に完成。1968年(昭和43年)に解体された。しかし、歴史的な景観を再現しようと、創建当時と同じ約230万個の赤煉瓦を積み上げ、当時の設計図面や保管部材を使用するなどして明治・大正期の姿を忠実に復元。建物は「三菱一号館美術館」として活用することになり、2010年4月、オープンした。 
 馬場先通りと大名小路の交差点に面する1階の角部屋は、明治期には銀行営業室として使われていた空間を完全復元し、二層吹き抜けの開放的かつ歴史を感じられるカフェにした。

 美術館のオープンで、丸の内ブリックスクエアが今、最も東京で注目されるエリアの一つとなり、Café 1894は長い列ができる。現時点では、予約は受けておらず、食事をしたければ、並ぶしかない。

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 この日は12時50分に並び始めて、15分後に席に案内された。
 店の人は「週替わりランチプレート」(冷菜・スープ・魚料理・肉料理の4品をワンプレートに贅沢に盛り合せ、さらにパンと食後のデザートが付いて1500円)を薦めるが、「マネとモダン・パリ」(会期 平成22年4月6日~7月25日) 開催に合わせた特別メニュー「スペシャル・ランチセット」(1800円)を頼んだ。ディナーコース(3500円)とメインの料理が変わらず、その割りには安いからだ。

追記)2013夏 経営が変わり、メニューも変わって、利用しやすいカフェになった。写真の料理はいまは、ない。

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 一口オードブルとパン。

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 クラシックなオニオンとベーコンのスープ。残念ながら、これはファミレスでも飲めるような「普通」のスープだった。

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 鶏胸肉の蒸し煮 リンゴ風味豊かなソースカルヴァドス。これはおいしかった。

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 デザートはレモン風味のタルト。これもおしゃれでおいしかった。

 今は話題の店で、お客が集中しているのだろう。長い時間並ぶほどの店ではないと思うが、並ばないで食べられるなら、なかなかいい店だ。

 営業時間は月~金 11:00~23:00(L.O.22:00)、土・日・祝 11:00~19:00(L.O.18:00)。 
 不定休 (丸の内ブリックスクエアに準ずる)。

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こけし屋(東京・西荻窪、フランス料理、洋菓子)

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 杉並区民に大変よく知られている洋菓子とフランス料理の店「こけし屋」(東京都杉並区西荻南3-14-6、03・3334・5111)に行った。

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 本館1階がケーキコーナー、2階が喫茶室、3階が仏蘭西料理レストランになっている。

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 店内(二組のお客がいた)。

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 コースメニューが主だが、単品メニューとして「本日のおすすめ」があったので、イベリコ豚ロース肉のカツレツ(2940円)を頼んだ。
 こけし屋特選プライベートワイン(フランスより直輸入、赤・白・ロゼ、1本3150円、グラス420円)をグラスで飲んだが、おいしかった。

 3階でもコーヒーやケーキは頼める。
 地卵のシュークリーム(250円)、ミルフィーユ(220円)、サバラン(ラム酒のきいたパン生地のケーキ、220円)などは手ごろ。その他おしゃれなケーキ(名前だけ記すと、マルブル、カーディナル、オートンヌ、マロンシャンテリィー、トリオ、ボンボン・オ・シトロン)も315-340円で食べられる。

 営業時間は月~金 11:00~22:00、土・日・祝 11:00~22:00、ランチ 11:00~14:00
火曜定休(12月第3週より年内無休・正月1日より営業)。

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『「上毛かるた」で見つける群馬のすがた ~知れば、もっとぐんまが好きになる!~』

 群馬県は『「上毛かるた」で見つける群馬のすがた ~知れば、もっとぐんまが好きになる!~』を発行した。小学4年生用の副読本として作成したものだが、読み札全44枚の由来や歴史がよくわかる。

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 「はじめに」によると、「『上毛かるた』は、戦争が終わって間もない1947(昭和22)年に作られました。・・・この本は、みなさんのよく知っている『上毛かるた』について、かるたの札だけでは伝えきれない思いや、かるたによまれたふるさと群馬のよさをもっと知ってもらうために作りました。かるたの絵札、読み札が書かれた左側のページは、それぞれの札に描かれたことがらや札にこめられた願いなどをのせています。・・・また、右側のページでは、かるたの札によまれた歴史、自然、人物や産業などに関する解説や関係する情報などをのせています」。
 
 たとえば――。
 い 伊香保温泉日本の名湯
 『上毛かるた』が作られたのは、人びとの心に悲しみや苦しみが深く残っていた、戦争が終わって間もないころです。
 『上毛かるた』を作った人たちには、荒廃した日本が元気を取りもどすための活力を、群馬県から発信したいという強い思いがありました。そこで、「いろはかるた」の最初の文字に、伊香保温泉を置いて、証として読み札を赤く染めました。

 単なる伊香保のPRかと思っていたが、そんな思いがあったとは。

 ち 力あわせる200万
 これまでの人口増加にともなって、初版「160万」の数を4回改め、1993(平成5)年に現在の200万になりました。

 右ページに、「市町村の様子も変わりました」として、群馬県の市町村数の移り変わりを紹介している。     
1888(明治21)年 1213
1889(明治22)年 206(明治の大合併)
1967(昭和42)年 70(昭和の大合併)
2010(平成22)年 35(平成の大合併)
             
 つ つる舞う形の群馬県
 群馬県は1876年(明治9)年に現在の鶴舞う形になりました。
 
 A4判 96ページ、380円(税込み)。
 県庁県民センター(郵送可)や、各行政事務所、行政県税事務所で購入できる。また、県内の一部書店(以下)や、ぐんまちゃん家(ぐんま総合情報センター)でも販売。
 
 問い合わせは群馬県生活文化部文化振興課(027・226・2593、bunshinka@pref.gunma.jp)へ。

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『THE まんじゅう ガイドブック in ぐんま』

 群馬県が『THE まんじゅう ガイドブック in ぐんま』(270円)を発行した。

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 群馬県は
 「まんじゅう王国」
 ~Gunma is a “Manjyuu Kingdom”~

 ふっくらと膨らんだ茶色い薄皮をかじると、中にはぎっしりと詰まったこしあん。
 ふわふわの食感と、程よい甘さのあんこが相まって、どこか懐かしい絶品の味。
 湯気の立ち上る温泉地で、はたまた、お土産に貰って、群馬の名物とも言える「温泉まんじゅう」を食べた事がある人も多いはず。
 この温泉まんじゅう以外にも、酒まんじゅうに炭酸まんじゅう。ゆでまんじゅうにふかしまんじゅうなど、群馬県の各地には、多種多様なまんじゅうが製造販売されています。
 古くから粉食の盛んな群馬は、粉文化の発展により、全国的に見ても数多くのまんじゅうが存在しており、「まんじゅう王国」と形容されるほど、まんじゅうに親しみがある県です。
 今回、県内各地に点在しているまんじゅうを一堂に集め、その魅力を店舗の紹介と共に、一冊に包みました。
 もしかしたら、皆さんが食べた事のあるまんじゅうもあるかもしれません。
 そして、もし食べた事のないまんじゅうがあれば、是非、本書を片手に出掛けてみて下さい。
 群馬県のまんじゅうは、変わらぬ味で、きっと皆さんが訪れるのを待ってくれているはずです。

 「まえがき」がこの冊子の狙いをすべて語っている。
 ぐんまは確かに「まんじゅう王国」だと思う。当然ブログで紹介したいと思ったこともあったが、あまりに数が多く、断念した。
 「まんじゅうガイドブック」は、待望の一冊だ。
 
 群馬県内小売店185店舗+農産物直売所68店舗を掲載している。

 「まんじゅう豆知識」が面白い。

 その2 饅頭の形はなぜ丸いのか?
  饅頭の形が丸いのは、「どんな事でも丸く納まるように」との願いから、丸く作られるようになりました。
  結納や結婚式のお土産には、「両家が丸く納まるように」との願掛けで、饅頭が重宝しています。

 その5 餡に豆が使われているのはなぜ?
  饅頭の餡に豆が使われているのは、「まめに働くように」という願掛けからです。
  先人たちの知恵が詰まった饅頭は、とても縁起が良い食べ物であると言えます。

 ほかに、「まんじゅうの歴史」「まんじゅう文化」「小豆の栄養価」「田舎まんじゅうレシピ」やまんじゅうが食べられる観光地の案内など、内容は盛りだくさんだ。
 
 販売場所:文真堂(県内全店舗)、戸田書店(高崎店、前橋本店、藤岡店、富岡店、中之条店、榛名店、伊勢崎店、桐生店、児玉店)、煥乎堂(前橋本店、群馬町店)、紀伊國屋書店前橋店、TSUTAYA(江木店、箱田店、片貝店、安中店、大泉店)、蔦屋書店伊勢崎平和町店、ナカムラヤ(太田本店、新田ニコモール店)、宮脇書店藤岡店、県庁県民センター、県行政事務所、ぐんまちゃん家(ぐんま総合情報センター)
 
 問い合わせは群馬県観光物産課(027・226・3386、kankouka@pref.gunma.jp)へ。

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『利根沼田地域 日本百名山 夏山ルートガイド』

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 ぐんま観光特使を引き続き務めることになったこともあり(平成22年2月1日~24年1月31日)、いくつかの群馬県発行の冊子を紹介する。

 群馬県利根沼田県民局利根沼田行政事務所は『利根沼田地域 日本百名山 夏山ルートガイド』を発行した。
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 谷川岳(標高1977m、初中級)、皇海山(すかいさん、2144m、初中級)、武尊山(ほたかさん、2158m、中級)、赤城山(1828m、初級)、燧ヶ岳(ひうちがたけ、2356m、中上級=1泊2日)、平ヶ岳(2141m、上級)、巻機山(まきはたやま、1967m、初中級)、日光白根山(2578m、中級)、至仏山(2228m、初中級)を紹介している。

 「山の達人の金言」もあり、誘われる。

 道の駅、日帰り温泉、農産物直売所などの案内もあり便利。

 問い合わせは、利根沼田県民局利根沼田行政事務所(0278・22・4338、tonegyou@pref.gunma.jp)へ。


 この中では谷川岳と赤城山しか登っていない。また、群馬の山に登りたくなってきた。

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赤羽ゴルフ場早朝プレー・アウト

 今日は午前9時頃までは曇りの予報だったので、早朝ゴルフをしようと浮間ゴルフ場に行ったのだが、市民ゴルフ大会で、休み。やむを得ず、すぐ近くの赤羽ゴルフ倶楽部 赤羽ゴルフ場(東京都北区浮間2-18-7、03・3966・6155)に行き、初めて早朝プレー(アウト)をした。アウト(3268/3322ヤード、パー443544553)とイン(2907/2897ヤード、パー435444434)があるメンバーコース。料金は5000円だが、2回行くと次回プレーが2000円になる特典があるので、1回当たり4000円になり、浮間と変わらない。浮間より、いいじゃないか、と思った。

 アウトはロングが3ホールあり、ドライバーの練習には最適。グリーンの状態も整備された後はまずまずなので、遅めのスタートの方がいいかもしれない。受付は4月16日(金)~9月15日(水)は午前4開始、午後6時45分まで(満員になり次第、受付終了)。

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 今日はドライバーは好調だった。コントロールが良くなり、距離も、目印のバー(220ヤード付近)をほとんどオーバーした。ところが、2打目のショット、アプローチショットがまったくだめ。ペナルティの1番、4番は+3、後はほとんどが+2だった。
 結論から言えばバックスイングを腰の高さまでとし、フォロースルーを大きくとる打ち方は、手打ちになりやすく、安定しなかった。普通のバックスイングをした方がうまく行く気がする。

 スコアは+3+2+2+3+1+2+2+2+2=+19で56。
 
 次回はインを回り、アプローチを練習した方がいいかもしれない。

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ゴルフ再開

 ちょっとゴルフは休んでいたが、明日、高校の同期会コンペがあるので、近くのファーストゴルフに行った。
 朝6時45分。なんとすでに11人が並んでおり、打ち放題枠は最後の1つ。危なかった。
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 69番ゲージ。アプローチを練習するには、あまりいい場所ではないが、今日は久しぶりなので、クラブを振る練習。69番でも問題はない。
 S→4I→PS→5I→P→6I→9I→7I→D→8I→5W→9Wの順に1カゴずつ打った。よく打った。
 ショートアイアンは、バックスイングを大きくとり、ヘッドの重さで振り、そのまま止める形の打ち方を練習した。しっかりと球を捉え、距離の制御がしやすい。バックスピンもかかりやすいのではないだろうか。
 ロングアイアンは、バックスイングを腰の高さまでとし、フォロースルーを大きくとる打ち方の練習をした。方向は安定する。球が伸びるのではないか。

 今年の初め、いろいろな打ち方を練習したが、素人はある程度この状況はこう、と決めたほうが良さそうだ。

 ドライバーも基本的にはフェードの打ち方にした。左に引っ張ることが多いので、それを避けようとすると右方向に打ち出してOBとなることが多かった。
 しっかりと振る切るが、ボールは右に曲がるので、左OBにならないところで止まる。ドローを打たないと距離が出ないような気がしてフェードボールに踏み切れなかったが、しばらくフェードにチャンレンジしてみる。

 久しぶりのゴルフ練習。手の皮はむけるし、どっと疲れて寝てしまった。
 
 寝ている間にあすのコンペは「雨が降るので中止にしましょう」ということになっていた。
 
 早朝は雨が降らないようなので、浮間朝練に行って練習の成果を試そうと思う。

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アン・カシェット 南青山(EN CACHETTE、東京・南青山、フランス料理)

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 とてもおいしくて、しかも安い店を見つけた。
 アン・カシェット 南青山(EN CACHETTE、東京都港区南青山2-5-8、03・5772・1498)。

 一緒に行った友人たちが「いい店だった」と口をそろえた。

 3500円のメニュー
■日替わり前菜 
■ポタージュ
■本日のおすすめ一皿料理
お魚料理又はお肉料理
■お好みデザート
と5000円の「シェフのお勧めフルコース」
がある。
 3500円のメニューを頼んだのだが、とてもおいしく、豪華。とても3500円とは思えなかった。

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 建築事務所があったところに出来た店で、建築事務所の建物をうまく利用した店だった。
 もともと緑の多い事務所だったので、とてもくつろげる空間だった。

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 エンドウ豆のムース。

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 グリーンアスパラとアグー豚自家製ハムのサラダ。

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 マッシュルームのポタージュ。

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 沖縄産でいご豚。

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 デザート。コーヒー、紅茶付き。

 営業時間は――。
 ランチ 11:30~14:30(L.O)
 ディナー 18:00~22:00(L.O)
 (日曜・祝日のみ: 18:00~21:00(L.O))
 

 近くには大好きなツインズバーもある。
 一次会アン・カシェット 南青山、二次会ツインズバー。
 なかなかいい組み合わせだ。

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映画と小説で楽しむ『アリス・イン・ワンダーランド』

 映画『ALICE IN WONDERLAND(アリス・イン・ワンダーランド)』(3D、字幕版)を丸の内ルーブル(東京都千代田区有楽町2-5-1 マリオン新館7F、03・3214・7761)で観た。映画『AVATAR(アバター)』に続く、3D(3次元)映画だ。夢の世界は3Dで描きやすいのかもしれない。

 だが、それ以上に、ティム・バートン監督とジョニー・デップのコンビに期待した。このほどテレビでも放映された『チャーリーとチョコレート工場』以上の摩訶不思議な、シュールな体験ができるのでは、と思った。

 映画館に入ると3D用の特殊メガネが配られたが、今回は貸与ではなく、「記念にお持ち帰りください」。3Dテレビ対応で、メガネは大量生産され、配布できるくらいの値段になったのかもしれない。

 公式サイトによると、ストーリーは以下の通り。
 アリス、戦う――ワンダーランドの運命を賭けて。
 19歳のアリスは、チョッキを着た白うさぎを追いかけているうちに、うさぎの穴からアンダーランドと呼ばれる不思議の国(ワンダーランド)に迷い込んでしまう。この世界の奇妙な住人たちは、なぜか皆アリスを知っていた。実はこの国の年代記には、アリスという救世主が現れると預言されており、残忍な赤の女王の恐怖政治に苦しむ彼らにとって、アリスは残された唯一の希望だったのだ。そして、誰よりもアリスを待ちわびているのが、赤の女王への復讐を誓うマッドハンターだった。
 アリスは、自分が6歳の頃にこの世界に来たことを忘れており、すべては夢の中の出来事だと思い込む。だが、この悪夢はいつまでも醒めず、アリスはいつしか運命を賭けた戦いに巻き込まれていく。絶体絶命の窮地に陥る中、アリスが下した決断とは――?

 これ以上の詳しいストーリーの紹介はネタバレになるので避けるが、実は映画を見た後、感動を2倍にすることができるノヴェライズ作品が竹書房から出ている。入間眞ノヴェライズの『アリス・イン・ワンダーランド』(619円)だ。
 この小説だけ読んでも結構楽しい。レベルの高い作品だ。
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 この本も参考にしながら、この映画について簡単にレビューしたい。

 「ティム・バートン監督とジョニー・デップのコンビが、映画史上もっとも摩訶不思議な世界への扉を開く」とパンフレットのイントロダクションにあったので期待したが、もともと原作が摩訶不思議な夢の世界を描いていただけに、それほどの理不尽さは感じなかった。

 ビジュアルは子供のころに読んだディズニーの絵本(ディズニーの映画といった方が正確か)に忠実で、懐かしささえ感じた。逆に、その不思議な世界を描きながら、ストーリーは、監督が「僕は『アリス』の世界に、もっと深さを与えたかった」と言っているように、しっかりしたテーマ、世界観を盛り込んでいる。

 夢ということで安易に終わらせる漫画を手塚治虫が批判したように、夢のような世界だが、そこに存在するリアリティをしっかりと描き、感動を与えてくれる映画だったと言えるのではないか。

 もちろん、中心となるのはアリスとジョニー・デップが演じるマッドハッターの心の交流だ。

 とてもいい台詞があった。
 アリスの父親が悪夢を見るアリスに語りかける言葉。
 「頭がどうかなって、いかれてしまったみたいだね。でも、おまえにいいことを教えてあげよう。世の中のすばらしい人たちというのは、実はみんなどこかおかしいんだ」
 同じことを、後にアリスがハッターに語る。
 「あなたは完全にいかれてしまったようだわ。でも、いいことを教えてあげる。世の中のすばらしい人たちというのは、実はみんなどこかおかしいものよ」

 子供の頃はできたことが大人になるとできなくなる。さらに、女性の場合は男性以上に、社会的に「こうあるべきと」いうタガがはめられていて、自由になることができない。アリスは冒険の旅で自由をつかみ、生きがいを見つける。

 閉塞感の強まるいまの時代に、とてもすがすがしい映画を見た気がする。

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炭火焙煎珈琲 凛(東京・銀座、喫茶)

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 炭火焙煎珈琲 凛(Cofee Rin、東京都中央区銀座4-4-5、03・5250・4677)に入った。銀座の映画館、シネスイッチ銀座(東京都中央区銀座4-4-5 旗ビル)の並びにある喫茶店。営業時間が11:00―23:30(無休)なので、シネスイッチで映画を見た後に寄ることができる。

 しかし、長時間営業だけが売りなのではない。
 細長い店内なのだが、カウンターと席をうまく配置していて、広々と感じる。照明を工夫。グリーンの植物を効果的に配置し、温かみがあり、くつろげる空間づくりをしている。
 コーヒーカップは一人ひとり別のカップ。今日はどんなカップで飲むのかというのも楽しみだ。
 コーヒーがおいしい。種類も多く、ブレンド、マイルドブレンドが700円。ストロングブレンド、マンデリン、キリマンジャロ、ブラジル、コロンビアが800円。モカが900円。 
 紅茶、フレーバーティーもダージリン、アッサム、セイロン、アールグレー、ジュエル(700円)などいろいろ用意している。
 2杯目からの飲み物(コーヒー、紅茶)は400円。
 ケーキはすべて自家製で、本日のシフォンケーキ、ベイクドチーズケーキ、ココアロール(すべて500円)など、おいしそうなケーキが揃っている。1100~1200円でケーキセットが頼める。

 お店の人の感じもいいので、モバイルPCを楽しむ場として、愛用している。

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久々に泣いた。映画『オーケストラ!』

 映画『オーケストラ!』を東京・銀座の「シネスイッチ銀座」で観た。
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 公式サイトのイントロダクション。
 ロシア・ボリショイ交響楽団で劇場清掃員として働くさえない中年男アンドレイが、楽団の指揮者のふりをして、偽のオーケストラを引き連れ、芸術の都パリに乗り込んだ──! 
 実は彼は、かつてはボリショイ交響楽団の主席まで務めた、正真正銘の天才指揮者。
 しかし、名声の絶頂期に起きたある事件が原因で、指揮者の座を追われる。それから30年、ひたすら負け組人生を歩み続ける彼に、一発逆転のチャンスが訪れた。きっかけは、清掃中に届いた1枚のFAX。パリのシャトレ座からの出演依頼だ。それを読んだ瞬間、彼の頭の中で、とんでもないアイデアが閃いた。彼と同じく落ちぶれた昔の仲間を集めて、ボリショイ交響楽団になりすまし、生涯の夢だったパリ公演を成功させようというのだ!
 救急車にタクシーの運転手、蚤の市業者、ポルノ映画のアフレコ──様々な職業でかろうじて、しかし逞しく生きている元名演奏家たちが再び集まり、寄せ集めオーケストラが誕生した。
 演奏曲は、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲二長調。アンドレイがソリストに指名したのは、今をときめくパリ在住のスターヴァイオリニスト、アンヌ=マリー・ジャケ。
 アンドレイの真の目的は、己の復活だけではなかった──。
 果たしてコンサートの行方は? 

 荒唐無稽なドタバタ劇と思いきや、ヨーロッパの歴史に刻まれる悲しい民族対立が主要なテーマであることが分かる。会話ではなく演奏で、当事者たちは互いに理解し合う。チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の演奏が進むなかで、隠された過去が明らかになり、別れの悲しみと再開の喜びが激流となって渦巻く。泣かずにはいられない。

 かつてみた『砂の器』(1974年、松竹映画)に似た感動もあった。砂の器では加藤剛扮する和賀英良が、過去に背負ったあまりに悲しい運命を音楽で乗り越えるべく、ピアノ協奏曲「宿命」を作曲し、初演する。演奏とともに、和賀の脳裏をよぎる過去の回想シーンも映し出され、涙した思い出がある。
 砂の器は、ハンセン氏病に対する偏見という重いテーマがあったが、映画はやはり何らかのメッセージが必要と改めて思う。

 上映前に流れた日本映画の予告編を見ていると、「殺人」や「重病」を持ってこなければ重さを与えられない日本映画の軽さが妙に気になった。

 『オーケストラ』の主なスタッフ、キャストは以下の通り。
 監督 ラデュ・ミヘイレアニュ
 音楽 アルマン・アマール
 アレクセイ・グシュコフ(アンドレイ・フィリポフ)
 メラニー・ロラン(アンヌ=マリー・ジャケ)
 ドミトリー・ナザロフ(サーシャ・グロスマン)
 フランソワ・ベルレアン(オリヴィエ・デュプレシ)
 ミュウ=ミュウ(ギレーヌ・ドゥ・ラ・リヴィエール)
 ヴァレリー・バリノフ(イヴァン・ガヴリーロフ)

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習志野カントリークラブ キングコース・早朝スループレー

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 習志野カントリークラブ キングコース・早朝スループレー。
 インスタート。
 スコアは+2+2+2+4+2+2+0+4+1=+19で55。パット数は222322131。
 アウトが+5+1+4+2+1+2+2+3+0=+20で56。パット数は122222322。
 110は当たり前の今季。まさに「百十の王」。

 この日はドライバーが最後の2ホール以外はほとんどが右に大きく曲がった。意図的にスライスをかけているのだから、仕方がないのだが、スライスのかけ具合が難しい。最後の2ホールはクラブのヘッドが右というよりは若干上に向くようなグリップで打ったところ、高くきれいなボールが打てた。スライスの練習でよかったのは上から押し付けて左にドライブするような当たりがなくなってきたこと。気持ち、スライス気味にグリップを握るような感じでドライバーはいいのではないか。
 これがスコアが悪かった第一の原因。
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 第二が、習志野の深いバンカー。グリーンの周りを"防御"、出しても向こう側に入ってしまったりする。
 この日バンカーに入れたのが8回。バンカーに入れたときのスコアは+2-+4。

 しかし、練習の成果はあり、30~50ヤードのアプローチはうまく打てた。
 ゴルフはラウンドすると、必要な技術が多数あることが分かる。練習場で二つや三つのショットを練習しても、そんなにはスコア改善につながらない。
 
 スコアを気にし過ぎず、1打1打を楽しむゴルフをしていきたいと思う。

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お台処(前橋市、群馬の食材を使った手料理)=閉店?

追記)かつて、いっしょに前橋にいた友人から「最近、閉店した」という情報を聞いた(2012.7.5)。

 久しぶりの前橋市・中心商店街。人通りが少なく、寂しい街のなかをうろうろして、ようやく見つけた。
 お台処(前橋市千代田町4-11-3、027・233・5320)。

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 オリオン通り商店街に隣接した駐車場の近くにあった。
 とても懐かしい店だ。2度移転した。
 最初の店は群馬の単身赴任時代。手料理が食べたくて、仲間を連れて頻繁に訪ねた。
 次の店もオープンしたばかりに行ったが、今の店はオープンして半年くらいたってから、ようやく行くことになった。

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 ちょっと髪の毛を短くした店主の志津さん。元気そうだった。

 なじみの店はできるだけ長く続けてもらいたい。アポイントなしに気楽に訪れて、一瞬のうちに懐かしい時代を思い起こすことができる。
 プラハからの帰国の翌日に群馬県で仕事。海外旅行は刺激的だったが、地方はのんびりできていい。時間の流れを気にせずに、ゆっくり楽しんだ。

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 群馬県は、宇都宮餃子、讃岐うどん、博多明太子のような、印象の強い食の名物がない。だから、地元のお店も苦労しているようだが、お台処に来ると、これが群馬なのだな、と改めて思う。

 ただの野菜、山菜、肉なのだが、産地にこだわり、新鮮。魚を除けば良い食材が豊富というのが群馬なのだ。
 料理名としてはオリジナリティーがだしにくいから、だめな店はただの店になってしまうが、群馬のよさを理解していれば、お台処のような店になる。

 このような店、東京にもない。
 すっかり寂れた前橋中心街だが、そのオアシスとしてお台処に行ってみてもらいたい。

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ヴァーツラフ・クラウス著『「環境主義」は本当に正しいか~チェコ大統領が温暖化論争に警告する』

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「環境主義」は本当に正しいか

 プラハからの帰りの飛行機の中で、ヴァーツラフ・クラウス著『「環境主義」は本当に正しいか~チェコ大統領が温暖化論争に警告する』(2010年3月1日発行、日経BP社)を読んだ。数年プラハで暮らすM君に「プラハにあって日本にないものは」と聞いたら「自由」と言っていた。正直なところ、そのときは「本当?」と思ったが、この本を読んで、自由をようやく勝ち取ったチェコには、自由をなにがなんでも守るんだという強い意思があることが分かった。自由が「勝手」と同義語になり、本当の自由がどんどん失われている日本。この本は多くの日本人に読んでもらいたい本だ。
 
 本書の筆者紹介によると――。
 ヴァーツラフ・クラウス チェコ共和国大統領。1989年「ビロード革命」による共産党体制崩壊後、財務大臣として政界のキャリアをスタート。1991 年に市民民主党を結成し、2002年まで党首を務める。1992年に総選挙で勝利し、チェコ共和国首相に就任。1997年に内閣総辞職、翌1998年の総選挙では第一党の地位を奪われ、下院議長に就任。2003年にヴァーツラフ・ハベルの退任に伴い第2代大統領に就任。プラハの経済大学で学び、経済学の博士号を持つ。

 まず、注意しなければならないのは筆者が「環境保護には『賛成(イエス)』だが、環境主義には『反対』」と言っていることだ。環境保護に反対をしているわけではないのだ。
 「必要もないのにつけっぱなしにしている明かりのスイッチは切ろう。暖房のきかせすぎ、またはもっといけない冷房のきかせすぎで、エネルギーを無駄にするのはやめよう。・・・」と筆者は言う。
 筆者が問題にしているのは「環境主義」だ。
 「古典的自由主義者たちは、20世紀の終わりから21世紀の初め、自由、民主主義、市場経済、繁栄への最大の脅威が、もはや社会主義ではないと主張している。・・・しかし、代わりに現れたのが、・・・環境主義者のイデオロギーなのである」「環境主義とは、その結果がどうなるかなどおかまいなしに、人間の生命を犠牲にし、個人の自由を厳しく制限することで、世界を根本的に変えようとする運動である」「環境主義は、実際には、自然科学とはまったく無関係なものだ」「環境主義者の自然にたいする態度は、マルクス主義者の経済に対する態度とそっくりだ。・・・どちらも自由で、自発的に進化していく世界(そして人類)を否定しているからである。・・・中央集権的に、・・・地球規模(グローバル)で、世界を最適な状態に創る計画にに取り替えようとしているのである。・・・無理やり実現しようとすれば、人々の自由は制限され、少数のエリートが圧倒的多数の人間に命令を下すという状況がかならず生まれてしまう」。

 筆者は「一流の科学者をはじめとする大勢の人が、気候変化や、その原因、推測される結果について、環境主義者とはまったく異なる見解を取っている。地球温暖化の仮説や、温暖化の問題を人間の活動と結びつけようとする仮説に、警鐘を鳴らしているのである」とし、環境主義とは異なる主張、理論、意見の紹介にかなりの紙数を割く。

 そして結論。
 「何よりも大切なのは人間が思い切り活動できる環境を保つことなのだ。・・・知識があり、合理的な―どんな天才や独裁者にも組織されていない―何百万人もの人間が行動を結集したほうが、綿密な計画によって人間社会を発展させようとするよりはるかにいい結果が得られる」「環境主義者も結局、共産主義者と同じ末路を迎えることになるだろう。(人間社会、経済、言語、法制度、自然、気候のような)複雑なシステムはすべて、無理やり管理しようとしても、かならず失敗に終わってしまう」。
 「成長こそ絶対に必要な条件なのである」「経済が成長しなければ、発生した生態系の問題に対処することはできないからだ」「経済が成長していくと、人々は生存に必要な財から贅沢品に関心を移していく。そして、この贅沢品のリストの一番上にある項目こそ環境保護なのだ!」。
 
 環境保護と環境主義の違いをおそらく考慮しないまま、日本の温暖化ガスの排出を「2020年までに1990年比25%減らす」と表明した鳩山首相。これが、日本企業の成長への足かせとなり、経費削減の大号令のなかで企業で働く人々の自由な活動が抑えられなければいいのだが・・・。
 本書の「危機にさらされているのは人間の自由のほうである」というメッセージを日本の政治家は真摯に受けとめてほしい。

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城、宮殿、教会その3 シナゴーク

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 カレル橋のひとつ北の端を渡ってユダヤ人地区へ。

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 途中、ドヴォジャーク(ドヴォルザーク)の像があった。

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 ピンカスシナゴーク。すでに17時10分。見学は18時までなので大急ぎで回らなければ。
 ここでマイゼルシナゴーク、スペインシナゴーク、ピンカスシナゴーク、旧ユダヤ人墓地、クラウセンシナゴーク、儀式の家の共通券(300CZK)と撮影券(40CZK)を購入した。

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 壁の模様は実は文字。びっしり書き込まれている。

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 ナチスに殺害されたユダヤ人およそ8万人の姓名と死亡場所、死亡年月日が書き込まれている。

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 15世紀後半にラビ(司祭)、ピンカスにより建てられたが、その後何度も改築を行い現在の姿になった。

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 出口を出ると旧ユダヤ人墓地があった。

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 石板状の墓石。

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 最も新しいものは1787年の墓で、以降は新しく埋葬された者はいない。

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 旧ユダヤ人墓地を出たところに、儀式の家がある。

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 1912年に建てられた。

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 ユダヤの伝統や生活習慣が紹介されている。

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 旧新シナゴーク。これだけ別料金(200CZK)。1270年頃に建てられたヨーロッパ最古のシナゴーク。

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 アーチ状に延びる梁が印象的。

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 祭壇。

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 ダビデの星が中央に描かれたユダヤ紋章旗。

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 スペインシナゴーク。1868年に建てなおされたもの。外観がスペインのアルハンブラ宮殿に似ているためこの呼び名が付けられたという。

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 アラベスク文様。

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 シナゴークごとに個性があることが分かった。
 
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 マイゼルシナゴーク。

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 ユダヤ民族に関するさまざまな品物が展示されている。
 見学中、電気が消えた。営業終了の合図だ。クラウセンシナゴークだけ、行きそびれた。

 プラハ観光終了。最終日も盛り上がった。
 M君ありがとう!

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城、宮殿、教会その2  宮殿、修道院

 城を出てフラチャヌィへ。
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 スグラフィットで装飾されたシュヴァルツェンベルク宮殿。

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 中庭。

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 ストラホフ修道院醸造所(Klášterní pivovar Strahov)で食事をとる。

大きな地図で見る

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Klasterni_pivovar_strahov3
(画像をクリックすると、大きな画像が見られます)

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 特製ビール(0.4ℓ 59CZK) Special semi-dark lager, “Amber”, non-filtered

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 Special lager (dark beer)と、チェコの名物料理、スビチコバ(Svíčková、190CZK)。
 幸せ。

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 釜。

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 ストラホフ修道院。入場料80CZK。撮影料50CZK。
 1140年、国王ヴラジスラフ二世の強力な支援によって創建。ボヘミアの学問の中心になる。

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 18世紀に作られたバロック様式の「哲学の間」は残念ながら工事中だった。

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 更に奥へ。

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 17世紀に作られた「神学の間」。フレスコ画がすばらしい。

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 裏に行くと修復前の壁も。

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 フラチャヌィ広場の隅にあるマルチニッツ宮殿。

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 スグラフィット技法を利用した壁画。

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 聖書にあるヨセフとポティファルの妻のひとこま。ポティファルの妻が、夫の留守に「私の床に入りなさい」とヨセフを誘惑し、ヨセフはそれを振り切って逃げる場面。

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 鹿の谷を通り――。

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 カレル広場へ。

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 ベルヴェデーレ宮殿。「夏の離宮」と呼ばれ、ハンガリー王とボヘミア王を兼ねていたハプスブルク家のフェルディナント一世が、1538年に愛する王妃アンナのために計画。彼の死の直前の1563年に完成した。幾人ものイタリア人庭師や建築家たちがかかわったこの離宮は、当時、アルプス以北でもっとも美しい本格的なルネサンス建築といわれた。

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 奥がダリボルカ塔。15世紀末に投獄されたダリボルという騎士の名に由来する。ダリボルは獄中でバイオリンを手にし、練習の後に名手となり、演奏により食料などの寄進を受けていたという。
 手前が火薬塔のミフルカ。

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 鹿の谷をおりて、南へ。

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 最短ルートでヴァルトシュテイン宮殿を目指す。

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 プラハ城からマラー・ストラナを見下ろす。溶岩のような作りものが見えるのがヴァルトシュテイン宮殿。プラハで最大級の宮殿。『プラハを歩く』によると、「ヴァルトシュテインは、チェコ貴族の多くがプロテスタント側であったのにたいし、ハプスブルク皇帝軍側について勝利に大いに貢献し、広大な土地を手にする。さらに富裕な未亡人との結婚によって大資産家となった。そして個人的な傭兵隊をもち、戦争のさなかプラハ一の宮殿を建て、皇帝の権力に迫るまでになった。そのためか、皇帝に、敵軍と密かに手を結ぼうとした、との疑惑を抱かれて暗殺される」。

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 下におりる道が続く。
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 館は上院になっている。

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 池。

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 噴水。

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 白い孔雀。

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 ややグロテスクな鍾乳石の壁。

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 この日はイベントが行われ、大きなソーセージとビールが無料でふるまわれていた。

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 回廊風テラスの天井にはフレスコ画が描かれている。

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城、宮殿、教会その1 プラハ城

 海外旅行とは言え、休みなしでは疲れる。前日は雨ということもあり、M君宅で休養した。そして、普通は旅の前半で回るプラハ城を帰国前日の今日、じっくり見ることにした。
 最終日はM君が付き添ってくれるので百人力だ。

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 まずは無料で入れる聖ヴィート大聖堂へ。ここは昼前後になるとものすごく混むので、昼前後は外したほうがいい。

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 『地球の歩き方』によると、「この聖堂はもともと930年に造られたロトンダ(円筒型のシンプルな教会。ロマネスク様式の典型)から始まった。やがて14世紀のカレル4世の時代に、現在見られるような堂々たる建物に改築する糀が始められた。・・・フス戦争の影響により、1420年に一旦建築が中断され、最終的な完成を見たのは20世紀に入ってから」。『プラハを歩く』によると、「聖ヴィート大聖堂の工事は、着工から完成まで600年という長い年月を要したが、一般的に大聖堂の建設は、順調にいっても200年はかかる大事業である。・・・大聖堂の建設は、少しずつ出来上がってゆく過程そのものが神に捧げる祈りである」。

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 中に入る。奥行き124m、幅60m、塔の高さは96.6m。美しい網目状ヴォールト天井。

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 19世紀末から20世紀初頭にかけて作られたステンドグラス。

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 ムハ(ミュシャ)の作品。

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 下方中央に描かれているのが『聖キリルと聖メトディウス』。

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 聖ヴァーツラフ礼拝堂。
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 聖ヴァーツラフ像。

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 パイプオルガン。

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 一部ステンドグラスでない部分も。予算不足?

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 1620年11月8日にプラハ郊外の丘「白山(ビーラー・ホラ)」で行われた戦闘で破れ、城から出るフリードリヒ5世(冬王)を描いたレリーフ。

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 銀でできた聖ネポムツキーの墓碑。

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 カレル4世の墓がある場所。

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 バラ窓。

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 アップ。

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 名所を回るチケット(350CZK)と撮影のためのチケット(50CZK)を購入。有料の展示を回る。

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 プラハ城の「黄金の小道」は、改修工事のため2010年5月1日から約1年の予定で入場中止となった。
 黄金の小道のカフカの仕事部屋をぜひ見たいと思っていたので残念。

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 隙間から覗いてみたが、カフカの仕事部屋は見えない。
 諦めて立ち去ろうとしたら関係者が一時的に柵を取り外している。しめた!と思い、「少しだけ!」といいながら、小道の方に行ってみた。

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 あった!青い建物がカフカの仕事部屋だ。

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 今は書店になっているという。

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 見学コースとして、黄金小道の代わりにロジュンベルク宮殿への入場できることになった。

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 今まで公開されていなかったようなので、ガイドブックなどに記述はなし。ただ、見るのみ。
 
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 窓から聖ミクラーシュ教会が見えた。

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 ハプスブルク家の紋章、双頭の鷲があった。

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 聖イジー教会へ向かう。

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 聖イジー教会。『プラハを歩く』によると、「プラハのロマネスク建築のなかでは屈指の美しさである。ヴラジスラフ一世によって、921年に木造で創建されたが、火事に見舞われ、1142年んい一対の塔を加えて石造で再建された。白い2本の塔が建っているが、右がわずかに太い。太い方がアダムで細い方がイヴだそうだ。・・・17世紀末には、ファサードを錆色と白で塗り分けたバロック様式につくりかえられた」。

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 馬にまたがって竜を退治する聖イジーのレリーフ。

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 静謐な石の空間。キリスト像はない。

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 半円形をしたアプス(後陣)のフレスコ画と、そこへ導かれるバロック様式の手摺りのついた階段が彩をそえる。

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 石を積んだ壁。

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 天井は木造の平天井。初期ロマネスク教会の姿を伝えている。

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 身廊と呼ばれる中央の広いホールを挟んで、左右に幅の狭い側廊がある。

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 身廊と側廊を隔てるのは、アーチをくりぬいた壁。

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 出口付近の部屋。地下にプシェミスル王家の人々の納骨堂があるといい、それに関連した装飾?

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 旧王宮。

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 ヴラジスラフ・ホール。幅16m、奥行き62m、高さ13m。柱の全くない空間。

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 花のパターンが美しい。

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 南側に付き出た部分はボヘミア行政局が使っていた部屋。

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 30年戦争のきっかけとなった「プラハ窓外放擲事件」の説明。
 1610年代に反宗教改革が再開され、カトリックはプロテスタントに対する攻撃を始めた。プロテスタントは1618年に抗議のため王宮にやってきて、国王の役人3人を窓から投げ捨てた。

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 窓から外をみると結構高い。

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 上にあがると。

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 絵画などが飾られたLudvík Wingがある。

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 「プラハ窓外放擲事件」の現場を外から見る。

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 ヨゼフ・ゴチャールの作品が展示されていた。

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 左の入口を上ると――。

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 多数の紋章が飾られた部屋があった。

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 当時の登記簿らしい。

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 奥の祭壇。

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 隣の修道院は美術館になっている。

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 後で行くベルヴェデーレ宮殿が描かれていた。

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 国民劇場の模型。

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 建物の上部に飾られる彫刻の模型。

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 聖ヴァーツラフ。

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 中庭。

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 火薬塔。中は軍司歴史博物館になっている。

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 火薬塔から見た城壁。

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 ここから銃を撃ったのだろう。

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都会の生活その2 市民会館

289
 市民会館のツアーに参加した。写真撮影を許可してもらうには別途55CZKが必要だった。
 市民会館入り口。階段をのぼったところにクロークがある。

287
 さらに階段をのぼったところにスメタナ・ホールがある。
 作曲家であるベドジフ・スメタナにちなんでこの名前がついており、プラハ交響楽団の本拠地でもある。
 スメタナ・ホールでは毎年100を超える、主にクラシック音楽のコンサートが行われている。プラハの春国際音楽祭の5月12日のオープニング・コンサートではスメタナの交響詩『わが祖国』全曲が演奏される。

245
 巨大なアーチ型の天井を支える鋼鉄のリベットによる当時では斬新な建設法が試みられている。
 中央の天井には、色ガラスと装飾格子で形作られた曲線を描く大きなステンドグラスの装飾窓があり、ホール全体に光を供給している。

246
 市民会館の中央に位置するスメタナ・ホールには1200人を収容する客席がある。

247
 バルコニー席。

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 優美にたなびく布をまとった2人の女性像と、花でつながれている石膏の竪琴。

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 右側のバルコニー席も同じデザイン。

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 バルコニー席とボックス席の欄干を飾るのはチェコの作曲家たち。

253
 ステージの上のパイプオルガンはロマン派のもので、4814本のパイプからなり、その本数からいっても世界最大のオルガンのひとつにあげられる。
 オルガンには、スメタナのブロンズ製レリーフの肖像がかかげられている。

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 ステージの左右を飾るのは石膏でできた彫刻群で、ラヂスラフ・シャロウン作。
 右側がスメタナの『ヴィシェフラト』。

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 左側がドヴォジャークの『スラヴ舞曲』。

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 夜のコンサートが待ち遠しくなってきた。

258
 カフェ Cukrárna
 スメタナ・ホールの客席の左出口から廊下に出ると、すぐそこにカフェの入り口がある。
 ここは主にバロック様式であるが(直線的デザインの椅子など)、各所にアール・ヌーボー様式も見つけることができる(金を使用した装飾、ランプやエアコンの格子部分の花柄など)。

259
 スロヴァーツコ・サロンSlovácký salónek
 モラヴィア地方の一地域である『スロヴァーツコ』の民族模様が装飾のモチーフになっている。
 このモチーフは壁の模様やカーテンの刺繍、麻や皮でできた装飾に見ることができる。

260
 金属製カタツムリのミニ噴水のついた水槽。1909年のアール・ヌーボー様式のもの。

261
 ボジェナ・ニェムツォヴァーの小サロン Salonek Boženy Němcové
 このサロンはチェコの女流作家であるボジェナ・ニェムツォヴァーの名を持ち、スロヴァーツコ・サロンとオリエンタル・サロンの間の角に位置する。
 そこには、噴水がある。噴水はカラフルなガラスをはめこんだモザイクで覆われており、白い陶器でできた真ん中の階段状の小さな滝部分は、アール・デコ調である。

262
 オリエンタル・サロン Orientální salonek
 アール・ヌーヴォーとオリエンタルな装飾がみごとに調和しているところであり、主にチェスやカードなど、ゲームを楽しむ目的で作られたサロンである。

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 窓の近くにある引き出し式の小さな机は、チェスやカード遊びのためのもの。

267
 グレーグル・ホール Grégrův sál
 このホールは19世紀における重要な政治家で、チェコ青年団の創始者の一人であり、『国民新聞』の創始者であったユーリ・グレーグル博士にちなんでこの名がつけられた。

265
 壁に据え付けてあるのはフランチシェク・ジェニーシェクの絵画(1911年)。
 これらの絵は生命の誕生から死に至るまでの過程を表している。
 左から慈悲の歌、戦争の歌、弔いの歌。

266
 天井の絵もジェニーシェクの作。
 『生命』。

268
 『詩』。

269
 『死』。

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 グレーグル博士の胸像。

271
 パラツキ―・ホール Palackého sál
 チェコの歴史学者、政治家であったフランチシェク・パラツキーの名を持っている。
 主にホールを飾るのは、壁や天井のヤン・プレイスレルによる絵画(1910-1912)である。

272
 壁にある二つの絵画は、彼の想像による風景画である。水浴びをする少女たち。

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 槍を手に白馬にまたがり勝利に浸る青年の姿。

273
 天井画には『少女と飛翔する鳥たち』という題がつけられている。

 次が、いよいよ一番見たかったアルフォンス・ムハ(ミシャ)が内装をした市長の間だ。
275
 市長ホール Primátorský sál
 ちょうど正面玄関の真上に位置するこの市長ホールは、市民会館の中でも造形美術的にもっとも印象的な内装を持つ。
 その装飾はすべて、アルフォンス・ムハ(ミュシャ)のものである。

276
 ホールの上部全体、壁から天井にかけては、国民の根底にある伝統や歴史を彷彿とさせる、スラブ民族の団結がテーマになった絵画で覆われている。

277
 『スラブの団結』という名をもつ天井の画はスラブ民族の人々の営みが円形に描かれており、その空の中央には翼を盾にしてその人々を守っている大きな鷲の姿が見える。その天井に向かって描かれている8つの人物画は、チェコの歴史上の重要人物で、絵の下にはそれぞれの人物の性格を象徴する言葉が、ムハ独特の飾り文字で書かれている(パラツキ―・ホールからのドアに向かった右上から時計周りに)
①ヤン・ジシカ=戦いに挑む勇者
②ヤン・アモス・コメンスキー=忠誠
③ペルンシュテインのヴォイチェフ=力強さ
④ホツコ人(南西ボヘミアの国境を守っていた俗に“ドッグ・ヘッド”と呼ばれた民族)=番人
⑤ドゥバーのヤン・ロハーチ=厳格さ
⑥ポジェブラトのイジー=独立
⑦ヤン・フス=正義
⑧プシェミスロヴェツの女王エリシカ=母性的叡智

278
 壁を覆う絵。『犠牲(過去)』

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 『自身の力(未来)』

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 『男らしさ(現代)』

281
 人物画の下にそれぞれ女性の頭が飾られている。

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 孔雀をモチーフに贅沢に刺繍を施したカーテン。
 面白いサイトを見つけた。ここに行けばまるで市長ホールにいるような感覚でムハの装飾を楽しむことができる。

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 リーグル・ホール Riegrův sál
 堂々とした雰囲気が漂うこのホールは、チェコの重要な政治家で新聞記者でもあった、熱烈な愛国心の持ち主フランチシェク・ラジスラフ・リーグルの名がついている。
 壁にあるふたつの絵画にはチェコの作家をはじめ画家、作曲家のポートレートが一堂に描かれている。
 『チェコの春』と名づけられたこの写実的絵画は、1913年のマックス・シュヴァビンスキーの作品で、左の絵には5人の作家(左から)スヴァトプルク・チェフ、ヤン・ネルダ、ヤロスラフ・ヴルフリツキー、ボジェナ・ニェムツォヴァー、ユリウス・ゼイェル。右には彫刻家ヨゼフ・ヴァーツラフ・ミスルベク、2人の画家ミコラーシュ・アレシュとヨゼフ・マーネス、そして大作曲家であるベトジフ・スメタナとアントニーン・ドヴォジャークが描かれている。
 それぞれの人物が生きた年代や地域はじつはバラバラで、スメタナとドヴォジャークが一つの絵にそろって描かれているのはこの絵だけだという。
 絵画の間には、ヨゼフ・ヴァーツラフ・ミスルベク作のリーグルの胸像がある。

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 スラトコフスキー・ホール Sladkovského sál
 19世紀におけるチェコの重要な新聞記者で、政治家でもあったカレル・スラトコフスキーの名がついたこのホールは、演説や講義を行うための構造になっており、他のホールに比べるとかなりシンプルなつくり。 

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 ガイドツアーには地下のバーで一杯飲めるトークンがおまけについていたが、記念にトークンは持ち帰った。
 市民会館周辺はお土産屋が多い。ガラス製品などを買った後、有名な手作り石鹸の店、ボタニクス(Botanicus)に行った。
  Týn 3/1049 (Týnský dvůr - Ungelt)
 110 00 Praha 1
 Tel.: + 420 234 767 446
 Opening hours:
 MO-SU: 10.00 - 20.00

大きな地図で見る

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 死海の泥ソープ(デッドシーマッドソープ)を買った。

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 19時半からのスメタナホールでのコンサートまで、市民会館のカフェで過ごすことにした。アール・ヌーボー様式のカフェ。カバールナ・オベツニー・ドゥーム(KAVÁRNA Obecní Dům)。

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 ハンガリー料理だが、チェコでもよく食べられるBEEF GOULASHZ(グラーシュ)を注文した。
 200CZK。もちろん、Pilsner Urquell(80CZK)も。

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 お茶(Čaj Černý)を飲んでコンサートの開始を待つ。お茶は60CZK。

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 残念ながらスメタナの曲は聴けなかったが、チェコでのコンサートの夜を楽しんだ。
 休憩時間にワインを飲む。

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 夜のスメタナホール。

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 この位置で聴いた。指揮者はバック・トゥ・ザ・フューチャーのドクにそっくり。(^^♪

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 地下鉄で帰る。

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 そうそう、こちらの地下鉄は群馬のJRと同様、扉を開くボタン付き!

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都会の生活その1 ヴァーツラフ広場

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 今日はまず市民会館に行き、14時からのガイドツアー(180CZK)を申し込むとともに、夜19時半からのスメタナホールでのコンサートのチケットを買った。
 スメタナホールはプラハ交響楽団(FOK)の本拠地。
 今日、聴くのは――。
 Beethoven - Kaprálová - Bruckner

 LUDWIG VAN BEETHOVEN
 Coriolan, op. 62
 VÍTĚZSLAVA KAPRÁLOVÁ
 Concerto for Piano and Orchestra in D minor, Op. 7
 ANTON BRUCKNER
 Symphony No. 7 in E major

 Prague Symphony orchestra
 Conductor: Martin Turnovský
 Soloists: Tomáš Víšek (piano)
 
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 午後の準備はOK。ヴァーツラフ広場へ。

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 聖ヴァーツラフ像の前方に、1969年1月に焼身自殺をはかったヤン・パラフの遺影がある。

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 『プラハを歩く』によると、「1968年の春から夏にかけて、チェコスロヴァキアでは、政治と経済の自由化に向けての改革が頂点をむかえた。ところが、このようなチェコスロヴァキアの情勢にたいし、ソ連共産党指導部は危機感をいだき、ワルシャワ条約機構軍に属する5ヵ国の軍隊がプラハに侵攻した。8月20日深夜から21にかけて、ソ連の戦車隊がヴァーツラフ広場を占拠し、いわゆる『プラハの春』は無残に打ち砕かれた」。
 このソ連軍の侵攻に抗議してヤン・パラフは焼身自殺した。

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 聖ヴァーツラフの騎馬像。その下には、4人のボヘミアの守護聖者―聖ルドミラ、聖プロコプ、聖アネシュカ、聖ヴォイチェフがいる。

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 彫刻家ヨゼフ・ミスルベクにより1912年に作られた。

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 『黄金のプラハ』によると、聖ヴァーツラフをめぐっては、「ブラニークの騎士」の伝説がある。
 「いつの日か、チェコ民族が滅亡の瀬戸際に立たされるほどの未曾有の危機に瀕する。敵はプラハに迫り、最終決戦がヴァーツラフ広場の端にあった馬門の前で行われる。それは大変な激戦となり、血が広場に流れ込んで溢れる。その血が、広場の聖ヴァーツラフ像を濡らすと、その像が蘇り、ブラニークの丘の方に向かって3回剣を振る。すると、ブラニークに眠っていた聖ヴァーツラフの騎士団が深い眠りから目覚め、疾風のようにやって来て、聖ヴァーツラフの指揮下に敵軍を粉砕する」。

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 国立博物館。

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 天井まで吹き抜けのホール。設計はヨゼフ・シュルツ。国民劇場も手がけた建築家だ。

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 1996年のアメリカ映画『ミッション・インポッシブル』の冒頭シーンに登場。

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 入場料は150CZK。撮影したい場合は50CZK必要。
 化石の標本などが展示されている。

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 珍しい動物のはく製も。

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 展示室と展示室をつなぐスペースでも見事な内装が見られる。

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 マンモス。

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 食事は1階のカフェでとった。

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 遠足の子供たちでいっぱいだった。

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 国立博物館からみたヴァーツラフ広場。

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  『プラハを歩く』によると、「現在、ヴァーツラフ広場を囲んでおよそ55の立派なビルが建っているが、ほとんどは、20世紀はじめの10年から15年の間に建てられたものだ」「建築された順に代表的なものを五つほどあげると、ボヘミア・ルネサンスの壁画のある『ヴィール館』、プラハで最初のアール・ヌーヴォー建物の『ペテルカ館』、後期アール・ヌーヴォーを代表する『ホテル・エヴロパ』、アール・デコの『コルナ宮殿』、同じく『ルツェルナ』などがある」。
 ホテル・エヴロパの1階のカフェに入ることにした。
 このホテルは『地球の歩き方』に載っている写真を見ると、歴史を感じさせる煉瓦色の建物だったが、パステルカラーのペンキが塗られていた。
 実はプラハはパステルカラーの建物が多い。古い建物を生き返らそうと努力しているのかもしれないが、半面、ディズニーランドのような作り物っぽい感じもする。
 プラハの人の選択なのだろうが、若い女性が好きそうなパステルカラーの街に統一してしまっていいものかどうか、考えさせられた。

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 カフェカプチーノ(50CZK)を飲んだ。

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 感じの良いカフェだったが、建築史上、卓越したものなのかどうかは正直言って分からなかった。

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 1889年に建てられ、20世紀初めにアールヌーヴォー様式に改築されたホテルとのこと。歴史を感じさせてくれるスペースではあった。

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 ルツェルナにも行った。
 アール・デコ建築。
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 ルツェルナには逆さに吊るされた馬に跨る聖ヴァーツラフ像がある。

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 批判精神旺盛な現代彫刻。作者はDavid Cernyという彫刻家。

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 カフェ・ルツェルナがある。
 Kavárna Lucerna
 Štěpánská 61, Praha 1
 224215495

大きな地図で見る

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 Wi-Fiに対応。パソコンをしている人もいる。

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 アイスティーを飲んだ。40CZK。安い。

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 地元の人が愛用している喫茶店とのことだ。

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スメタナとヴルタヴァ(モルダウ)その5 ヴィシェフラットとキュビスムの家

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 ヴルタヴァ川をさらに南下する。

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 プラハ城の方を見る。 

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 ヴルタヴァ川の河畔におりられるようだ。

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 人懐っこい白鳥。

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 鉄道専用の橋。

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 この橋を過ぎるとヴィシェフラットだが、その前に、キュビズムの建築を見学しよう。

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 リブシナ通りにあるベドジチ・コヴァジョヴィチ邸。ヨゼフ・ホホルが手掛けた。

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 ヴルタヴァ河岸の3世帯住宅。ヨゼフ・ホホル作。

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 窓枠部分にキュービズムが感じられる。

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 この建物を過ぎると――。

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 ヴィシェフラットの城跡も見えてくる。

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 トンネルをくぐり、左へ。

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 右へ行き、さらに大きく右に曲がると――。

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 17世紀の要塞の名残、レオポルド門がある。

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 門をくぐり――。

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 城跡に残る最も古い建物、聖マルティン教会のロトンダがある。1100年頃に建てられた円形礼拝堂。現存する中ではプラハ最古と言われる。ロマネスク様式。

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 聖ペテロ聖パウロ教会。

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 となりに著名人が多数埋葬された墓地がある。

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 スメタナの墓。

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 墓を見守るように建つ聖ペテロ聖パウロ教会。

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 ヴルタヴァ川の先にプラハ城も見える。

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 教会の近くに出口。

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 下におりる階段があった。途中の眺めも良い。

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 トンネルのかなり手前に出てきた。

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 地下鉄のヴィシェフラット駅に向かう途中、偶然、もうひとつのキュビスム建築を見つけた。
 ヨゼフ・ホホル作「ネクラノヴァ通りの集合住宅」だ。
 約70度で交わる角にベランダを配置してキュビスム効果を高めている。

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 地下鉄の駅だが、意外にも、ホテル近くのかなり高い所にところに駅があった。

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 帰りにプラハ本駅に立ち寄った。

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 アール・ヌーヴォー様式の華麗な丸天井が有名だ。

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 プラハは改札にだれもいない。

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 たまに抜き打ちで、乗車券、定期券を持っているかをチェックするのみで、チケットの出し入れが不要なのが楽だ。

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 駅に着いてもさっと出られる。


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スメタナとヴルタヴァ(モルダウ)その4 新市街市庁舎とダンシング・ビル

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 ウ・フレクーの開店がまだだったので、この店の東にある新市街市庁舎に行った。ルネッサンス様式の切り妻屋根が特徴の現在の姿になったのは16世紀後半。
 1419年にフス派のリーダーであるヤン・ジェリヴスキが押し入り、フス派を迫害する13人の議員を窓から放り出すなど、さまざまな歴史的事件の舞台となってきた。

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 カレル広場。幅約50m、長さ約150mの広場。かつては牛市場として整備された場所だ。

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 ヴルタヴァ川にかかるイラーセク橋に向かった。そのたもとにある、ダンシング・ビル(ダンスをするビル)を見るためだ。

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 アメリカの建築家、フランク・O・ゲーリーとユーゴズラヴィアからの亡命者、ウラジミール・ミルニッチが設計。保険会社のオフィスとして建てられた。

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 本当にダンスをしているように見える。
 この後、ウ・フレクーへ。

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 ウ・フレクーで食事後、新市街市庁舎に行き、塔(高さ42m)に上った。50CZK。
 エレベーターはない。ここから上りなさいと矢印に促される。

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 階段を上るのは大変だが、途中、階段を上り続ける映像を流す現代アートの展示があった。ウイットに富んでいておかしい。

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 そのほかにも、各階に現代アートの展示があった。

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 頂上に近づく。

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 なんと部屋が!これも現代アートか。

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 ここに人が住んでいるわけがない(笑)。

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 塔の上からみたカレル広場。

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 旧市街も良く見える。

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 国民劇場。

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 鐘もあった。

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 再びヴルタヴァ川に戻る。ダンシング・ビルを背景に面白い記念撮影を撮ろうとしている女性たち。

 ヴィシェフラットに向かう。 

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スメタナとヴルタヴァ(モルダウ)その3 老舗「ウ・フレクー」の特製黒ビール

 国民劇場と、現代建築のダンシング・ビルのちょうど間に、ぜひ行きたいと思っていたビアホール、ウ・フレクーがあることが分かり、行くことにした。
U_fleku2
 (画像をクリックすると、大きな画像が見られます)
 ガイドブックに(店を訪ねた後に見ると名刺にも)営業時間は午前9時から午後11時と書いてあるので、9時ちょうどに行ったのだが、10時からに変更されていた。カレル広場とダンシング・ビルまで行って時間をつぶして、10時ちょうどに再び、ウ・フレクーに行った。

大きな地図で見る

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 創業は1499年、プラハで最も古いビア・ホール。

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 9つのホールがある。

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 敷地内の醸造所で製造される黒ビール(Flekovský ležák 13°Flekovskýラガー13 °)。0.4ℓで59CZK。
 こちらの黒ビールはなんで、こんなに、おいしいのだろう。

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 150 g Home-made liver sausage with vinegar and onions(酢と玉ねぎとホームメイドの肝ソーセージ ) 89CZK

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 100 g Beer cheese, butter, onion, 2 slices of toast(ビールチーズ、バター、タマネギ、トースト2スライス) 89CZK

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 昼間っから、特製ビールをのんびり味わう幸せ。
 支払いは326CZK。

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スメタナとヴルタヴァ(モルダウ)その2 スメタナの像~国民劇場


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 カレル橋を渡り、右に曲がってスメタナ博物館へ。
 Novotného lávka 1 ,Czech Republic
 222 220 082

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 スメタナ博物館前のスメタナの像。 
 「スメタナは、作曲家にとっては恐ろしくて不幸な耳の病を患い、この病と闘いながら、最終的に聴力を失っていった1874年10月に、『わが祖国』の第一曲となる『ヴィシェフラット』を書き始め、そして第一曲を作曲している最中に完全に聴力を失ってしまった・・・彼が第二曲となる『ヴルタヴァ』を作曲した時には、既に全く耳が聞こえなくなっていた」(『黄金のプラハ』)。

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 ヴルタヴァ川とカレル橋。

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 南にある橋はチェコ軍団橋。左に見えるのが国民劇場。

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 この景色を見たら、川沿いに歩きたくなり、南に向かう。

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 国民劇場。
 チェコ人が自らのアイデンティティをかけて建造した、チェコ文化復興の象徴たる劇場。
 1883年11月8日に、スメタナの『リブシェ』の上演によってこけら落としが行われた。

 途中、いろいろな場所に立ち寄りながら、チェコ初の公妃で超能力者だったリブシェの居城だったとされるヴィシェフラットまで歩いて行ってみよう。

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スメタナとヴルタヴァ(モルダウ)その1 カレル橋

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 今日は、静かなカレル橋を体験しようと、7時過ぎにM君の自宅を出た。
 Dejvickáからトラムに乗る。

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 カレル橋に近い、Malostranské náměstí(マロストランスケー・ナームェスティー)で下車。

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 まだ8時前で人影は少ない。一つひとつ聖人像を見て行こう。

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 聖人像に番号は振っていなかったが、どのガイドブックを見ても、マラー・ストラナ地区から橋の左側にある聖人像を1番から15番まで、番号を振っている。さらにマラー・ストラナ地区から橋の右側にある聖人像を16番~30番としている。今日は1→16→17→2→14→18と交互に見ていく。1番の聖人像はなぜか最初の聖人像(1.救世主と双子の聖コスマスとダミアヌス像)はなかった。
 16.聖ヴァーツラフ像(以下像のワンポイント解説は『地球の歩き方』より)。
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 『黄金のプラハ』によると、聖ヴァーツラフは「模範的キリスト教的統治者」であり、「ボヘミアの守護神」として現れたという。「14世紀になると、母方から聖ヴァーツラフの血を引くカレル(カール4世)が、聖ヴァーツラフ崇拝を、チェコ国家の独立性と統一性のシンボルとして利用した。
 1918年のチェコスロヴァキア独立後は「国家の独立性と統一性のシンボルとしての聖ヴァーツラフの意義は更に高められた」。
 そして、1968年の「プラハの春」の際、ソ連の軍事介入後、そして1989年の「ビロード革命」などにはヴァーツラフ広場の聖ヴァーツラフ像の下に人々が集まった。
 聖ヴァーツラフはチェコで最も崇拝されている聖者なのである。

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 17.マタの聖ヨハネとヴァロフの聖フィリックス及び聖イワン像。
 犬を連れたトルコ人が牢の中のキリスト教徒の番をし、その上に聖イワンと三位一体会創設者のふたりが立っている。

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 2.聖ヴィート=ヴィトゥス像。 

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 18.聖ヴォイチェフ=アダルベルト像。

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 3.聖ペニート=フィリッホ像。唯一の大理石像。


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 19.聖ルトガルディス。傷口に接吻しようとする聖女のために十字架上のキリストが身をかがめている。橋の上でも最も美しい像。

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 アップ。


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 4.聖カイェタヌス像。

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 20.トレンティーノの聖ニコラス像。後方にカンパ島へ下る階段がある。

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 アップ。

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 5.聖アウグスティヌス像。

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 21.聖ウィンケンティウス・フェレリウスとプロコプ像。

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 6.聖ダタイのユダ像。

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 静かなカレル橋。

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 ヴルタヴァ(モルダウ)川(南側)。

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 22.燭天使に守られた聖フランチェスコ像。


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 7.パドゥアの聖アントニウス像。

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 23.聖ルドミラとヴァーツラフ像。
 本を手にした祖母のルドミラに読み方を教わる少年ヴァーツラフの姿があり、台座にはヴァーツラフ暗殺のレリーフがある(『黄金のプラハ』)。

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 アップ。

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 8.聖ヤン・ネポムツキー像 橋上最古で、唯一のブロンズ像。

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 アップ。

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 台座のレリーフ(左)。ネポムツキーに告解する王妃と残酷なヴァーツラフ4世とその猟犬。

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 台座のレリーフ(右)。橋から投げ落とされるネポムツキー。(以上『黄金のプラハ』)。

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 24.聖ボルジャ・フランシスコ像。

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 9.聖ノルベルト、ヴァーツラフ、ジギスムント像。
 ここにもヴァーツラフの像が。

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 ネポムツキーが投げ込まれた場所を示す十字架。

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 25.聖クリストフォルス像。

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 10.洗礼者ヨハネ像。

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 26.聖フランシスコ・ザヴィエル像。
 彼の布教した東洋の人々が、聖人を楯に載せてかついでいる。

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 アップ。

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 11.キュリロスとメトデウス像。
 「ヨーロッパの十字路としてのプラハとチェコは、古くは東方の正教と西方のカトリシズム、古代教会スラヴ語文化とラテン語文化の交差点でもあったわけである。これを象徴するかのように、プラハのカレル橋には、東方教会の偉大な伝道者であるキュロスとメトディウスの像と、西方教会の偉大な伝道者であるフランシスコ・ザビエルの像とが、向かい合って立っている」(『黄金のプラハ』)。

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 27.聖ヨゼフ像。

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 12.聖アンナ、聖母とみどり児像。

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 28.ピエタ像。1859年マックス作。オリジナルは1695年。その前はここに十字架(1496年~)が建てられていた。

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 13.ブロンズの十字架像。1657年建立。1696年ヘブライ語の碑銘が刻まれた。ここには14世紀から十字架が建っていた。両側の聖母と聖ヨハネの石像は、1861年マックス作。

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 29.聖バルバラ、聖マルガリータ、聖エリーザベト像。

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 14.聖母と聖ドミニクス、トマス・アクィナス像。

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 30.聖イヴォ像。
 工事中で見られず。

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 15.聖母と聖ベルナルドス像。

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 橋塔。

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 聖サルヴァートル教会のファサード。

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プラハ“1日観光”コースその4 ユダヤ人地区

 ユダヤ人地区の町並みは多くが壊されたが、シナゴーク(ユダヤ教徒の教会)や墓地などが残っている。
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 ピンカスシナゴーク。

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 装飾が美しい建物が多い。

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 旧新シナゴーク。

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 ユダヤ人地区集会所のヘブライ語の時計。


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 旧ユダヤ人墓地。

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 儀式の家。

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 装飾を見て回るのもユダヤ人地区の楽しみだ。

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 地下鉄でDejvickáへ。
 階段を上って左・・・。
 地下鉄からの帰り方も詳しく教えてもらった。
 これで明日からは一人で街を回れそうだ。

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プラハ“1日観光”コースその3 新市街~黄金の虎

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 ナ・プシーコピェ通り。『地球の歩き方』によると、「この通りはかつて、旧市街を敵から守る堀だった。しかし、1760年頃に堀は埋められ、この道が造られた。

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 ボヘミアングラスの老舗、モーゼルもある。

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 左手に、ヴァーツラフ広場。通りの先に見えるのが国立博物館。通りの両側には由緒あるホテルや高級レストランなどが並ぶ。

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 ナロードニー大通り。通りの先に見えるのが国民劇場。

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 ベツレヘム礼拝堂。ヤン・フスがチェコ語で説教を行った質素な教会。建物は復元されたもの。

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 カレル橋方面にやや戻ったところに、“黄金の虎”、ウ・ズラテーホ・ティグラがある。なかなか席のとれない人気店。午後3時のオープンに合わせて行った。
 U Zlatého tygra
 Husova17、Praha 電話+420-222-221-111

大きな地図で見る

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 気さくな店。プラハで一押しの店だ。

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 18時までいて大丈夫という座席を確保。

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 ビールはプルゼニュスキー・プラズドロイ(ピルスナー・ウルケル)が黙っていても出てくる。
 0.5ℓ38CZK。美味しいのに安い!ありがたい。
U_zlateho_tygra
 "伝票"。飲んだビールの数は線で表わされる。

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 名物のタルタルステーキ。牛赤身の生肉にケッチャップ、マスタード、みじん切りの玉ねぎ、さまざまな薬味を合わせて――。

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 にんにくをこすりつけた揚げパンと一緒に食べる。
 おいしかったが、肉が新鮮でないと食べられないので、「間違いないのはこの店」とM君。

 二人で600CZK払って店を出た。

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プラハ“1日観光”コースその2 カレル橋~旧市街

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 橋塔。

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 カレル橋のたもとにある"3羽のダチョウ"ホテル。
 Hotel U 3 Pstrosu
 Dražického náměstí 12, 11000 Prague

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 カレル橋。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、「カレル橋(カレルばし、チェコ語:Karlův most, 英語:Charles Bridge )はチェコ共和国の首都、プラハを流れるヴルタヴァ川(モルダウ)に架かっている橋である。
 ヨーロッパに現存する最古の石橋。神聖ローマ皇帝カール4世の治世下1357年に建設が始まり1400年に完成した。1841年までプラハ旧市街とその周囲をつなぐ唯一の橋であった。また、西欧と東欧の交易ルートとしてプラハが重要な地位を占めるようになった。最初は単に石橋、プラハ橋と呼ばれていたが1870年よりカレル橋と呼ばれるようになった」。
 「橋の長さは516mで幅は10m。16連のアーチから構成されている。また橋を守るために3つの塔が建てられておりとくに旧市街側の塔はゴシック様式の建築として名高い。橋の欄干には15体ずつ、合計30体の彫刻が並んでいる。その多くはバロック様式である。カトリックの聖人ヤン・ネポムツキー像の基部にあるネポムツキーのレリーフに触れると幸運が訪れるといわれ多くの人に触られたためつるつるになっている」。
 
 左右の欄干にある聖人像は17世紀から19世紀にかけて加えられたものだと言う。

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 ヴルタヴァ川を眺める観光客や物売りで、昼間はいつも混雑している。

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 聖ヤン・ネポムツキー像。
 『黄金のプラハ』によると、聖ヤン・ネポムツキーは異色の聖者である。「伝説によれば、カレル4世の息子のヴァーツラフ4世は、品行が悪かった上、ソフィア王妃を疑って、妃の聴聞司祭だった・・・ヤン・ネポムツキーから妃の告解の秘密を聞き出そうとしたが、ネポムツキーは秘密を漏らすことを拒んだ。そのため、ネポムツキーはヴァーツラフ王の命令で拷問にかけて殺され、夜のカレル橋からヴルダヴァ川に投げ込まれた。そして、ネポムツキーが水中に消えていったとき、そこに五つの星が現れて水面に輝いたという。・・・そこから神の祝福を示す棕櫚(しゅろ)の枝を持った天使が降りてきたという。このために、聖ネポムツキーの図像において、五つの星と棕櫚の枝がネポムツキーを示すシンボルになったのである」。
 ところが同書によると、この伝説自体が怪しいという。伝説のモデルになったネポムクのヤンは実直な法律家で、国王が知りたがったのは対立する大司教の政治的計画だったという。ヤンが拷問にかけられて死んだのは事実だが、聖人ではなかったのである。詳しくは同書を読んでいただくとして、「チェコの民族主義者たちは、聖ヤン崇拝は反宗教改革の時代にイエズス会がフス崇拝を置き換え消し去るために捏造したものだと見なして、これを攻撃した」らしい。「今では、もっぱら鑑賞の対象になった往時の聖ヤン崇拝の記念物が、プラハの町を飾るばかりである」。

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 ネポムツキーが投げ込まれた場所を示す十字架。

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 この十字架に触れると良いことがあるとされ、触れていく観光客があとを 絶たない。

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 ブロンズの十字架像は1657年に建立された。
 『旅名人ブックス プラハ歴史散歩』によると、「旧市街側の突起部分は橋の建設当初から処刑場として使われていた。ここで首を切られ川に投げ捨てられる罪人が最後の祈りを捧げるようにと刑場の向かい側に十字架が建てられた」という。
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 十字架を飾る金文字がヘブライ語で書かれているのは、「十字架をあざ笑ったあるユダヤ人から徴収した罰金で作ったから」だそうだ。

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 旧市街地側の橋塔。

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 14世紀のカレル一世・神聖ローマ皇帝カール四世の像。ガイドブックや本では「カレル一世」と「カレル四世」の表記が混在しているが、プラハを大きく発展させたカレルの像のようである。

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 アップで。

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 クレメンティヌム。『地球の歩き方』によると、「強大化する一方のフス派におそれをなしたフェルディナント1世が、フス派に対抗するため宗教勢力としてカトリックのイエズス会をプラハへ招き、1556年に修道院を創建したのがそもそもの始まり。1601年にはプラハで最初のプラハで最初のイエズス会の教会である聖サルヴァートル教会も建てられた」。

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 ドイツの天文学者、ケプラーの家。1599年、ティコ・ブラーエ(1546-1601)に助手としてプラハに招かれて、ケプラーはプラハに住んだ。ティコ・ブラーエ(Tycho Brahe 、1546年12月14日 - 1601年10月24日)は、デンマークの天文学者。厖大な天体観測記録を残し、ケプラーの法則を生む基礎を作ったという。

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 クラム・ガラス宮殿。正面玄関の力強いヘラクレス像の彫刻(バロック様式)が有名。

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 旧市街地広場。

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 旧市庁舎。 『地球の歩き方』によると、市庁舎の塔につけられたカラクリ時計は9:00~21:00の毎正時になると仕掛けが動き出す。まもなく14時だ。楽しみに待つ。

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 『プラハを歩く』によると――。
 時刻がくるとまず「死神」が鐘を鳴らし、二つの小窓が開く。すると、十字架や聖書を手にした「十二使徒」の人形が一方の小窓からつぎつぎあらわれて正面を向き、くるりと背を向けてもう一つの小窓へ姿を消す。一巡すると最後に「鶏」が人鳴きして窓が閉まる。

 期待は高まった。ところが――。
 小窓の向こう側を人形がくるくる回るだけでよく見えない。有楽町マリオンの時計台みたいに人形がせり出してくるイメージを持っていたのが間違いだった。人形たちは極めて控えめな登場の仕方だった。(^^ゞ

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 ティーン教会。ゴシック様式の建物。15世紀前半はフス派の本拠地だった。

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 ヤン・フス像。
 『黄金のプラハ』によると、「宗教改革の指導者になったのがプラハ大学の総長、ヤン・フスで、1415年に異端者として処刑されると、フス派とカトリック派との間で激しい争いが繰り広げられた」。
 『地球の歩き方』によると、「フスの像は、フスの没後500年の1915年に彫刻家ラジスラフ・シャロウンによって造られた。フス像の周りには、フス派の戦士たちや国家再生の意味を込めた母の像が彫られている」。

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 ゴルツ・キンスキー宮殿=ロココ様式(左)と石の鐘の家=ゴシック様式。

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 旧市街広場から火薬塔まで続くツェレトゥナー通り。『プラハ歴史散歩』によると、「ウンゲルト(外国商人が無料で泊まることができた教会管理の無料宿泊所)に入りきれなかった外国商人は外の道路にテントを張って寝泊まりしていた。中世ではパン屋ばかり並んでおり、・・・20世紀初頭以降はお洒落な店が集まるようになり・・・今日ではちょっと高めの土産物屋が集まっている」。

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 黒い聖母の家。ヨゼフ・ゴチャール設計の代表的なキュビスム建築。

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 火薬塔。もともと1475年にゴシック様式で建てられた城壁の門だった。17世紀に火薬倉庫として利用されたため、こう呼ばれるようになった。現在の建物は19世紀に修復されたもの。

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 下から見上げたところ。
 
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 市民会館。内部は、チェコの芸術家たちによるアール・ヌーヴォーの華麗な装飾が施されている。 

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 ガイドツアーの受け付けやスメタナ・ホールのチケットなどは半地下にあるインフォメーションで。

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プラハ“1日観光”コースその1 プラハ城

 プラハに戻り、M君とプラハの“1日観光”をすることになった。教会や修道院などは外観をみるだけにして、ざっと回る。
 観光は、本当は自分のペースで歩き回るのが楽しい。M君は仕事で忙しいこともあるが、明日以降、プラハを一人で回れるように、基礎知識を伝授してくれた。<(_ _)>


大きな地図で見る

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 まずは、起点となるDejvická(デイヴィツカ)へ。

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 そこから、トラム(路面電車)、地下鉄、バスに乗り継ぐ。5日間チケット(500CZK)で、バスだけでなく、市内ならばトラム、地下鉄も自由に乗れる。トラムに乗る時に提示が不要なのに驚いた。
 今日はトラム。

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 プラハ城前の駅、Pražský hrad(プラジェスキー・フラッド)で降りる。

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 プラハ城。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、「プラハ城(チェコ語:Pražský hrad)はプラハにある城。かつてボヘミア国王や神聖ローマ皇帝の居城であり、現在はチェコ共和国(元チェコスロバキア連邦共和国)の大統領府のある場所である。ボヘミア国王の宝冠はここで保管されている。プラハ城は世界でも最も大きい城の一つであり(「ギネスブック」によると、最も古くて大きい城である)、長さは約570m、平均の幅は約130mである」。

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 入り口すぐのところに「スグラフィット技法」の壁があった。ルネサンス期の装飾技法。色違いのプラスター(石膏・漆喰・土などを水で練って塗り仕上げに用いる材料)を二層に塗り、上層を引っかき、下層の色を出す特殊な仕上げを言う。
 遠くからは凹凸のある立体的な絵に見えるが、近づいてみると平面の絵。

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 威厳のある聖ヴィート大聖堂。

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 城の入り口には衛兵が。イケメンの衛兵だと一緒に記念写真を撮る女性の行列ができる。

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 インフォメーションセンター。ここでプラハ城内の展示をみるチケットを購入する。プラハ城Aコース(旧王宮、常設展「プラハ城歴史物語」、聖イジー教会、聖イジー修道院、国立美術館、旧王宮美術館、ロジュンベルク宮殿)で350CZK。2日間有効。撮影許可証は50CZK。

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 間もなく正午で、第一の中庭で衛兵の交代式を見学した。写真はマチアス門。

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 ボヘミア、神聖ローマ帝国、スロヴァキアなどの紋章が見える。

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 音楽隊のファンファーレを合図に、交代式スタート。

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 衛兵の入場。

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 一同整列。

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 衛兵の配置替えなのか、休憩に入るのかがよくわからなかったが、とにかく衛兵が1カ所に集まり、分かれていく。

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 マチス門を出る衛兵。

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 正門を出る衛兵。正門を飾るのはイグナーツ・プラツェル作の「戦う巨人たち」(複製)。

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 フラッチャニ広場からの眺め。塔はマラー・ストラナにある聖ミクラーシュ教会。

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 「マサリクの共和国」と呼ばれる両大戦間のチェコの大統領、トマーシュ・マサリクの像。1918年、マサリクらが「ワシントン宣言」を行いオーストリア=ハンガリー帝国からの独立を宣言。チェコ人とスロバキア人による革命国民議会で共和国宣言を行った。

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 神楽坂のような?石畳。

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 「鹿の堀」への入り口。『黄金のプラハ』によると、「1567年にチェコ王および神聖ローマ皇帝となったルドルフ二世は・・・『鹿の堀』を動物の放し飼いの地域とし、恐らくそのときから、この自然の堀はそう呼ばれるようになったと考えられている」。

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 1919年から外務省が使っているチェルニーン宮殿。土台の石はスグラフィット様式。

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 チェルニーン宮殿の向かいにあるロレッタ聖母教会。バロック様式。1626年、ローマ・カトリック勢力を拡大するために設けられた。毎正時になると美しい鐘の音を聞かせてくれる。

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 ストラホフ修道院に向かう途中、M君お薦めの、うまいビールが飲める店、U Cerneho volaに入る。
 Loretanske namesti 1, Prague, Czech Republic ,220-513-481

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 地元のビール好きが集まる店で、反射的に写真を1枚撮ったら、やめてほしいと言われた。観光化されたくないようだ。

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 黒ビールがものすごくうまかった。

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 ヤギ印のコゼルのビールを提供している。

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 ストラホフ修道院。

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 ストラホフ修道院入り口。

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 カレル橋へ向かう通り。

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 スグラフィットの装飾が施されたシュヴァルツェンベルク宮殿を後ろから見る。

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 紋章のある家が立ち並ぶ。

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 とても個性がある。

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 聖ミクラーシュ教会。

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 カレル橋が見えてきた。

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プルゼニュ(Plzen)その4 自分でビールが注げるバー。

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 市街地の東にあるプルゼニュ駅。

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 共和国広場に戻ると、野外コンサートが開かれていた。

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 『自遊人』2008年9月号の「脱!『とりあえずビール』 新『ビール党』宣言!」で紹介していたTHE PUB(Prešovská 16 Plzen、+420-377-221-131)に行くことにした。


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 Prešovská 16 Plzen 電話+420-377-221-131
 営業時間は日~木が午後3時~午前1時、金、土が午後3時~午前4時。

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 中に入るとカウンター席があり、奥に、中央にサーバーが据え付けられたテーブルの席がある。

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 まずはジョッキの洗浄法を教えてくれ――。

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 次に、注ぎ方を教えてくれる。

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 各席で注いだ量は自動集計される。

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 セキュリティーを店の人に教えてもらうと、Wi-Fiが使える。
 食べ物は基本的におつまみのみだった。「温かいものが今日は作れない」と言っていたので、何かの事情で料理ができなかったのかもしれないが。

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 チェコ内にいくつか店があり、どのテーブルが一番たくさん飲んだかランキングが表示される。
 日本にもあれば楽しいシステム。
 
 店を出た午後8時頃はまだ明るく、チェコは1日を長く使えると実感した。
 ピルゼンから午後9時発のバスでプラハに戻る。95CZK。1時間ちょっとでプラハに着いた。

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プルゼニュ(Plzen)その3 醸造所ガイドツアー

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 14時15分からのガイドツアーに参加した。料金は150CZKだったが、写真撮影は別途100CZKを支払う必要があった。
 写真撮影に別途お金を支払う方式はプラハの観光地でも一般的だった。
 最初に行ったのは、ビールの瓶詰め工場。1時間に12万本に瓶詰めする能力がある。

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 醸造所内の施設間はバスで移動。

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 ビールの作り方を映像で説明するコーナー。

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 いろいろな原材料を説明するコーナー。まずは麦芽。

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 水。

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 酵母。

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 ホップ。

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 仕込みをするタンク。

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 麦汁にホップを加え、を煮沸。冷却してから酵母を加え、発酵させる。

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 大きな仕込みタンク。

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 驚くほど広大な地下道があった。かつては発酵、貯蔵で使っていたが、現在は一部分を使うのみ。

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 人形を置いて、当時の作業の模様を再現。

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 昔ながらの樽での発酵工程を見学。

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 麦汁がアルコールと炭酸ガスに分解される。

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 低温で貯蔵。

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 熟成が終わったビールを試飲させてくれる。

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 寒い。

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 大きな貯蔵スペース。

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 ビール造りの長い歴史を感じさせてくれる醸造所だった。

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プルゼニュ(Plzen)その2 醸造所内レストランでビールを楽しむ

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 醸造所内のビアレストラン、ナ・スピルツェ(Na Spilce)。
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 (画像をクリックすると、大きな画像が見られます) 

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 入り口だけ見ると小さなレストランだと思ったが――。

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 大きなビアレストランだった。

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 さまざまな生ビールが飲める。

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 Pilsner Urquell(ピルスナー・ウルケル)。旅に出て、一番、「うまい」と感じた。

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 Gambrinus(ガンブリヌス)。

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 Master。ブラウンビール。

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 Kozel。黒ビール。

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 酢漬けソーセージ。
 いろいろ飲んで、支払いは240CZK。
 ビール醸造所のレストランのビールは本当にうまい!

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プルゼニュ(Plzen)その1 カルロヴィ・ヴァリからプルゼニュへ

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 カルロヴィ・ヴァリからプルゼニュへ行く直行のバスに乗った。鉄道のドルニー駅近くのバス停から出発。84CZK。

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 10時発。意外に乗客が多かった。

 O君にチェコ語の挨拶をいくつか教わった。
 チェコの人は英語も通じることが多いが、やはりチェコ語だと喜ぶ、とO君。 
 ドブリーデン(こんにちは)。
 ジェクユー(ありがとう)。
 ナスフレダノ(さようなら)。

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 プルゼニュまで2時間乗車。ぐっすり眠り、気づいたらプルゼニュだった。

 後で知ったが、なんとプルゼニュは群馬県高崎市と姉妹都市提携をしていた。
 高崎市のホームページによると――。
 交流のあゆみ
 1988年12月、プルゼニ市からピルスナー・ウルケル・ビール社長シェパーレック氏らが、チェコスロバキア大使館通商部とともに来高され、かねて高崎市所在のビール会社を通して話が進められていたプルゼニ市との友好交流の具体化についての話し合いが行われました。
 続いて1989年6月、プルゼニ市長より姉妹都市提携を歓迎する旨の書簡が届き、同年9月には、高崎市長、市議会議長等がプルゼニ市を訪問し、姉妹都市提携は、高崎市制90周年にあたる1990年に高崎市で行いたい旨を伝えました。
 そして、1990年8月1日、高崎市において姉妹都市提携が調印されました。日本の都市でチェコスロバキアの都市を結ぶのは高崎市が最初です。

 ぐんま観光特使の私は、知らず知らずのうちに群馬の市町と姉妹都市提携をしているチェコの二つの都市を訪れたわけだ。
 
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 バスターミナルから東へ進み、市街地へ。 

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 トラムの線路沿いにさらに東へ。

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 共和国広場。威厳のある聖バルトロミェイ教会。

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 さらに東に行くとラブザ川に突き当たる。川沿いにプルゼニュスキー・プラズドロイ(Plzeňský Prazdroj、ドイツ名・ピルスナー・ウルケル/Pilsner Urquell)醸造所がある。


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 醸造所入り口。

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 醸造所。 

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 ビジターホール。ガイドツアーはここで申し込む。英語のガイドツアーは12:45、14:15にスタート。
 Pilsner brewery visitors' centre
 U Prazdroje 7,
 30497 Plzeň
 Tel. (+420) 377 062888

 12:45のガイドツアーが出たばかりなので、製造所内のレストラン「ナ・スピルツェ」で昼食をとることにした。

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カルロヴィ・ヴァリ(Karlovy Vary)その5 ホテル併設のイタリアンレストランで夕食

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 夕食はホテル・コスモスと同じ建物のイタリアンレストラン「PARADISO」にした。とてもピザがおいしそうだったので、夜はここと、昼間から決めていた。

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 (画像をクリックすると、大きな画像が見られます)

 生演奏付き。
 まずはビールと店のオリジナルサラダ(150CZK)を頼んだ。

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 ミックスグリル(485CZK)。

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 4種類のチーズのピザ(170CZK)。

 営業時間は10時~23時。

 O君に助けてもらい、説明もちゃんと理解した上で入浴ができた。地図を見ながらのガイドも間違いがなく、O君のおかげで楽しい1日を過ごせた。明日はピルスナービールの発祥地、プルゼニュ(ピルゼン)。


追記)翌朝の朝食はこのレストランでとった。
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 バイキング方式。

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カルロヴィ・ヴァリ(Karlovy Vary)その4 温泉をさらに満喫

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 間欠泉が見られるコロナーダ(飲泉所)として有名なヴジーデルニー・コロナーダに行った。

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 常時、温泉を噴き上げている。

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 お年寄りやゆっくり間欠泉を楽しみたい人のために、椅子も用意。

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 飲泉所は5ヵ所、温泉は3種類。VRIDRO(ヴジードロ)Aは72℃。辛くて鉄分が強い。Bは50℃。酸味が強い。Cが30℃。ぬるくてまずい。昼食前の飲泉は空腹だったこともあり、なんとか飲めたが、食事後は、まずく感じた。

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 ワッフル(7CZK)を食べながら飲泉するといいと聞いて、コロナーダ内のワッフルを購入。

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 確かに甘ったるいワッフルと鉄分の多い温泉を一緒に食べる(口の中でぐじょぐじょに混ぜる)と美味になる。

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 ヴジーデルニー・コロナーダの近くでもう1ヵ所、入浴ができるところを見つけた。
 ZAMECKE LAZNE(ザーメツケ ラズネ)だ。
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 (画像をクリックすると、大きな画像が見られます)

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 温泉プール(the thermo-mineral swimming pool)40分+マッサージ(classical partial massage)15分+リラックスメニュー(electro-aerosol inhalation)15分のコース(1100CZK)を選んだ。

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 バスローブに着替え、水着を着て、プールへ。

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 温泉プールは、厳密に言うと「ぬるいミネラルウオーターのプール」。浸かっている人は少なく、泳いだり、体を動かしていた。
 マッサージは効いた。長旅の疲れがこれで取れた感じがした。
 よい香りの霧で満たされた部屋で15分休憩してコース終了。
 ぬるい温泉だったが結構体が温まっていた。

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カルロヴィ・ヴァリ(Karlovy Vary)その3 山の上のレストラン

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 午後2時近くになったので昼食をとることにした。
 山の上にあるレストランを目指す。ケーブルカーでも行けるが、歩いていった。

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 岩の上に動物?

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 山羊の彫刻のようだ。

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 展望台などを経て、レストランに到着。Jeleni skok(イエレニィ・スコック)。「鹿のひと跳び」の意味らしい。
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 (画像をクリックすると、大きな画像が見られます)

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 ピルスナー・ウルケルを頼む。
 O君はチェコで最も有名なミネラルウォーター「マットーニ」を飲んだ。
 マットーニは、日本語の公式ホームページによると、「カルロヴィ・ヴァリ地域が水源。水源は中心街から少し離れた場所にあり、水の味はコロナーダの飲泉水よりはるかにマイルドな中硬水の天然発泡水」。 
 O君によると、プラハ市内で飲むマットーニは普通の味の天然発泡水だというが、ここで飲んだマットーニは酸味が強く、飲泉版マットーニという感じだった。
 カルロヴィ・ヴァリは日本で言うと鉄泉で、要するに、ミネラルウォーター。だから飲用が中心になったのかもしれない。

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 シンセサイザーでの生演奏。

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 トンカツ。

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 チーズフライ。

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 室内にも席はあるが、アウトドアが売りのようだ。二人でいろいろ頼んで425CZK。支払いはキャッシュのみ。

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 街を一望できる。

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 さらに歩き、頂上を目指す。塔やレストランがある。 
 大好きな"山登り"までチェコで体験してしまった。

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 塔はエレベーターで上れる。宿泊したホテルのあたりも見える。

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 ケーブルカーで下りる。

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カルロヴィ・ヴァリ(Karlovy Vary)その2 飲泉を体験

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 お祭りで"大名行列"の準備をする人たち。

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 食のフェスティバルでは予選を勝ち抜いてきた料理の達人たちが勢ぞろい。

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 地元ホテルのシェフは鶏を1分40秒でさばいた。

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 露天も出て、にぎわっていた。

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 温泉街各所にあるコロナーダ(飲泉所)を巡る。まずはムリーンスカー・コロナーダ。
 プラハの国民劇場の設計者でもあるヨゼフ・ジーテクが造ったコロナーダ。
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 屋根の上には像が並ぶ。

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 いろいろな源泉がある。9番は伝説の王妃、リブシェの源泉。62℃。

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 この温泉を発見したカレル4世の容器で、飲泉にチャレンジ。
 苦味と酸味が強い。

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 8番。65℃。鉄分が強い。

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 7番。60℃。鉄分も強くない。ほとんど普通のお湯。

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 6番56℃。人気があり、人だかり。確かにおいしい。塩味がちょうどよい。

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 次はトルジニー・コロナーダ。

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 5番62℃。6番に味は似ているが、やや味が薄い。

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 3番55℃。普通のお湯。

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 2番、カレル4世の温泉、64℃。さすがカレル4世の温泉。塩味がきいておいしい。

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 伝説によれば、神聖ローマ帝国皇帝のカレル4世が鹿狩りに来たときにこの温泉を見つけたという。その模様を描いたレリーフが飾られている。ドイツ人画家、ゼルクラー作。

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カルロヴィ・ヴァリ(Karlovy Vary)その1 まずは温泉に浸かる

 チェコに来てもまず温泉。
 プラハの西方にあるカルロヴィ・ヴァリ(Karlovy Vary)に行くことにした。 

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 プラハのDEJVICKA(デイヴィツカ)から10時発のバスで1時間40分でカルロヴィ・ヴァリに着く。
 140CZK(チェココルナ、以下、この表記に)。
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 飲泉中心の温泉街。バスは女性が多いような気がした。

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 バスターミナルからテプラー川の方に歩いていく。

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 公共温泉施設のラーズニェⅤを右手に見て、川沿いの道を歩く。

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 ラーズニェⅤを正面から見たところ。このときは通り過ぎたが、あとで、ここの温泉で入浴する。
 「エリザベスの温泉」と書いていた。
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 ホテルやレストランが並ぶ通り。時おり馬車も通る。

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 宿泊したのは『地球の歩き方』でも紹介していたホテル・コスモス(Hotel Kosmos)。一部屋一泊1716CZK。
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 (画像をクリックすると、大きな画像が見られます)

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 部屋は2つ見て、どちらかに決めてと言われた。こちらにした。
 部屋に入るとトイレ、バスルームがあって。
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 左に曲がると寝室。

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 通りに面していない側の部屋にした。窓の外は緑が多く、朝は鳥のさえずりで目を覚ました。

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 エレベーターは自分で扉を開けて乗る。シンプルな構造。

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 必要最小限の荷物だけを持って、街の中心部へ。

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 通りを歩いていると、左に姉妹都市を紹介する掲示板があった。

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 草津があった。

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 ストリートではパフォーマンス。お金を入れると――。

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 にっこり笑って一緒に記念撮影。

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 飲泉用の容器(160~190CZKくらいのものが大半)を売る店。取っての部分がストローの機能を果たす。

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 ただ、飲泉はいつでも体験できるので、まずは入浴できる場所を探す。
 最初に行った中心部のラーズニェⅢは昼前なのに受け付け終了と言われ、ラーズニェⅤに向かった。
 「エリザベスの温泉」だ。
 幸い、こちらは入浴OKだった。
 住所などは以下の通り。  
 Alžbětiny Lázně, a.s
 Address:
 Smetanovy sady 1145/1
 360 01 Karlovy Vary

 Phone: +420 353 222 536
 Phone: +420 353 222 537
 Fax: +420 353 585 884

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 日本の温泉施設とはまったく違ったイメージ。病棟のようだ。

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 55番で入浴することになった。いろいろな温泉があるようだが「泡風呂」を選んだ。390CZK。

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 湯舟。

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 係の女性がお湯を入れてくれる。

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 泡風呂。体が浮くようで気持ちがよかった。

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 お湯はぬるく、恐らく体温くらい。15分入浴をしたら紐を引っ張って知らせる。

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 入浴後、ベッドで5分休憩。お湯はぬるかったが体がしっかり温まっていた。

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 外に出るとバンドや観客席の準備が進んでいた。今日は温泉開きのお祭りの日らしい。

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