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田代真人著『電子書籍元年』(インプレスジャパン)

Denshishoseki
田代真人著『電子書籍元年』
 田代真人著『電子書籍元年』(インプレスジャパン、2010年5月21日発行)を読んだ。

 アマゾンのキンドル、アップルのiPadなど電子書籍が読める端末の相次ぐ上陸を"黒船来襲"ととらえて出版業界や書店業界の関係者の多くは危機感を募らせる。その一方で、流通の合理化で電子書籍の著者の印税が大幅にアップするのではないか、という期待も一部で膨らんでいる。

 しかし、田代氏は「紙の書籍を作るという実際の作業」をしてきた経験、また、「電子書籍を創る現場にいる立場」から、一つの見方を示したいとして本書を著した。

 電子書籍のビジネスや電子書籍が業界に与える影響を冷静に分析するのに役立つ一冊である。


 田代氏は「1963年福岡県生まれ。九州大学工学部卒。朝日新聞社技術職、学研でのファッション女性誌編集者を経てダイヤモンド社へ。初代ウェブマスターおよび各種雑誌編集長を歴任後、ビジネス開発本部副部長。並行して各種書籍を編集・制作。2007年ダイヤモンド社を退社し、㈱メディア・ナレッジ代表に。2010年電子書籍出版社㈱アゴラブックス設立に参画。メール悩み相談㈱マイ・カウンセラーの代表でもある」。


 キンドル、iPadの登場で、日本でもいよいよ電子書籍が離陸しそうな気配だ。この状況を受けて、本書のタイトルを「電子書籍元年」としたようだが、電子書籍への挑戦の動きは以前からあったという。

 2004年2月、当時の松下電器が"シグマブック"を発売。同年4月にはソニーが"リブリエ"を発売した。「だが、業界になんら"衝撃"を与えることなく、ともに現在では撤退している」。 「消費者ニーズを先取りしすぎた」のではなく、「そこには普及しない明確な理由があった」と田代氏はいう。

 例えば、リブリエは「ダウンロードしてから60日間しか読めない」仕様になっていたという。「読者は所有欲も満たされず、ただ時間に追い立てられるだけであった」。
 シグマブックは電子書籍を読むためにDRM機能を持ったSDカードのリーダーライターを必要とした。携帯電話の3G通信機能を使用し、パソコンも必要なく、すぐに書籍がダウンロードできるキンドルとは大違いだった。
 米国勢は「非常に魅力的なハードウェア、コンテンツ、そしてサービスを用意して登場した」から成功したのだ。

 キンドルは、アメリカで「コンテンツとしてベストセラー作品9万冊以上の電子書籍に加えて新聞や雑誌までキンドルストアに用意した。また、書籍の価格も紙の書籍に比べ、大幅に安く9.99ドルに設定した」。
 さらに「一般ユーザーが自分の書いた電子書籍をアマゾン上で販売できる仕組みまで用意していた」。その販売手数料を当初の65%から今年になって一気に30%まで下げた。発行者が売り上げの70%を手にすることができるようになったのである。 
 
 「このアマゾンの手数料引き下げのニュースは、ネットを中心にあっという間に拡がった。すわ『印税70%の時代が来た!』『いや90%も可能だ』という意見や議論が沸騰。これにより『電子書籍の時代が来た』、『もう出版社はいらない』、『書店もなくなる』と、一大騒動に発展していったのだ」。

 これに対して田代氏は「ほとんど日本語になっていない著者の文章をちゃんと読める文章に直し、また書籍全体の構成を考えて、著者の原案を著者と一緒に、売れる書籍に仕上げていくという編集者」の役割は大きいとし、「著者が70%すべてを稼ぐには、アマゾンへのアップロードのみならず、適正な文章に内容、ファイルの制作など"商品"として耐えうる書籍を自分自身で制作することが必要なのである」と指摘する。加えて、「宣伝などマーケティングも必要」で、「それらをすべておこなうことができる著者は現実的には一部に限られる」という。そんなに甘くはないのである。

  
 すでに市民権を得たネット書店の登場だけでも利便性は高まっているが、電子書籍が登場するとなにが変わるのだろうか?
 「まず、書籍を手にするまでの待ち時間が大幅に短縮される。たとえ深夜であれ、自分の部屋ですぐに手に入る」。
 例えばテレビやラジオの放送で、ある書籍が推薦され、読みたくなれば、視聴者やリスナーはすぐに入手できるようになるのだ。好きなときに手に入るようになった本の買われ方は大きく変わりそうだ。
 さらに、「iPadのようなリラックスツールによって読めること」が大きいと田代氏はみる。

 紙の書籍はなくならないが、電子書籍の普及も間違いなく進む見通しで、「すでに紙の世界でブランドを勝ち得た出版社は、電子書籍であっても、そのブランドの威光は輝いている。であれば、いまのうちに少しずつでも電子書籍の市場に参入すべきなのだ」。


 電子書籍は実際、どのように形で利用されるようになるのだろうか。
 まず、キンドルは売れるのだろうか。
 「キンドルブックが平均して紙の書籍より2割くらい安いとすると、安いキンドルであってもキンドルブックを50冊くらい買わないと元が取れない。・・・日本人が1ヵ月で読む書籍の量は0~2冊が約8割だ。となると、キンドルを購入しても1年ではまったく元が取れない」「日常的なことを考えれば、多くの人にとってはしょせん電子書籍も"ついで"のメディアである。・・・であれば、キンドルよりもiPadに分があるのは仕方がないことなのかもしれない。キンドルはハードウェアではなく、アプリケーションだけ普及するかもしれない」。

 電子書籍はどんなタイプのものが登場するのだろうか。
 「電子書籍は、いままでの紙の書籍や雑誌のように文字をはじめ写真やイラストなどを読んだり見たりする書籍タイプと、写真をクリックすると動画・・・が流れるようなマルチメディアタイプ、また、インタラクティブに楽しめるゲームタイプ・・・」などが出てくる。 
 

 書籍ビジネスはどう変わるのだろうか。
 本書ではこの部分については、「電子書籍のコピーガイドはどうするのか?」「適正な電子書籍の価格はいくらなのか」「電子書籍の収支」「新しく電子書籍出版社を立ち上げるには」など、多面にわたって細かく解説をしている。

 しかし、電子書籍ビジネスが既存の書籍ビジネスと大きく異なるのは、取次に頼ったり、再販制に守られたりするビジネスではないということだ。
 「はずれることなく確実に売れる書籍を積み重ねていくという気概がなければ、編集者も出版社も"食べていけない"のである」。
 一方で「売れればいいというだけでは少し寂しい。このように考えながらも文化の担い手として、ジャーナリズム発信の場としての書籍を創りたい」。

 「喜んで食べてもらい身体にもいいもの」を創らなければダメだと田代氏は強調する。

 電子書籍時代になっても編集者や出版社はなくならないが、特権的なビジネスはもう成り立たない。生き残れるのは、読者のニーズを読み取る力があり、著者に信頼される編集者や出版社だけなのだろう。

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Comments

単行本を「商品化」していく過程での編集者の役割は大きなものがあります。これは本当ですよ。

Posted by: さいのめ | 2010.06.25 07:57 PM

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