角川歴彦著『クラウド時代と<クール革命>』(角川oneテーマ21)
角川グループホールディングス会長の角川歴彦氏が著した『クラウド時代と<クール革命>』(角川oneテーマ21、2010年3月10日発行)を読んだ。
書籍や映像の世界は、ITの荒波にもまれ、決して楽ではないはずだが、角川氏は、この苦境を逆にチャンスととらえ、本書で、国にインフラ整備を提言する。
角川氏は1943年生まれ。ITは苦手という経営者が多いなかで、先頭に立って、IT用語を駆使して、自ら<クール革命>の必要性を訴える本を書き上げたのは驚きだ。我々も後に続かなければと思わせてくれる一冊だった。
「人」「モノ」「金」のグローバリゼーションに続いて、押し寄せているのが「知」のグローバリゼーションだという。
角川氏はこれを第三の開国ととらえている(「最初は明治維新、2度目は第2次世界大戦後の復興、そして今世紀に入った今日である」)。
「インターネットの持つボーダーレスな革新性が21世紀の日本に3度目の開国をいやおうなく突きつけている。アメリカ発のIT企業の大手が大衆向けサービス、いわゆるビジネス・ツー・コンシューマー(BtoC)の分野で日本市場を呑みこもうとしている。書籍のネット販売を主力事業とするアマゾンや、動画投稿サイトのユーチューブをはじめ、強力な検索エンジンを持つグーグル、そして音楽のiTunesStoreをグローバル展開するアップルなどが、当然のように日本市場も席巻している」「私たちは知識と情報の分野で、国を開く覚悟もないまま第三の開国を既成事実として受け入れている。気がついてみるとアメリカ勢のITサービスは事務所や私的な生活で24時間欠かせない存在となってしまった」。
角川グループはこうした企業の一つ、ユーチューブといち早く手を組んで、新しいビジネスを展開し始めた。
「押し寄せる『知』のグローバリゼーションの大波は、水際で阻止することはとてもできない。・・・『知』のグローバリゼーションの前では国家も無力だ。なぜならそれがネットの力だからだ。日本はそのことを、グーグルやユーチューブをめぐる動きを通して十分に学んだ」。
防げないならば手を結び、取り込む。幕末に日本が最終的に選んだ道に似ている。
そして、角川氏は言う。
「現在はweb2.0の踊り場に過ぎず、“ポストweb2.0”による革新は水面下で着々と進行し、さらに次の時代の大きな変化を巻き起こそうと準備をしている。その究極の姿のひとつが、アメリカの大手IT企業を中心に広がるクラウド・コンピューティングの潮流であり、世界中の産業構造やITサービスを根本的に変えようとしている」。
角川氏はクラウド時代における変化をわかりやすく分析する。
「BtoC市場においてクラウドの威力を感じるのは、クラウド的なBtoCサービスそのものではなく、新しいBtoCサービスを大量に生み出すインキュベーター(孵化装置)となっていることだ」
「140字以内のコメントを発信できる『マイクロブログ』として台頭していた『twitter(ツイッター)』もクラウドを活用して成功したサービスの典型例である」。
「大衆自身がコンテンツを作り、公開することでウェブ空間に『巨大知』が形成され、ウェブはさらに進化している。巨大知は、リアルタイムの情報発信が増えるにつれてさらに肥大化しつつある」「質が高いか低いかは関係ない。大衆が率直な感想を発信していることに大きな意義があるのだ」。
そして、本書の主題である「クール革命」が進行する。
「21世紀に入って大衆は140字でつぶやくマイクロブログの『ツイッター』などを媒介にして無名の『個人』からリアルタイムの巨大な『メディア』となった。『大衆』の英知に誰もがアクセスでき、大衆が『すごい』『カッコいい』『クール』と賞賛するモノや出来事が社会を変革していく。それが『クール革命』だ」
「新しい時代には、大衆の気分と『クール革命』を見極める豊かな『事業構想力』を持った知的企業だけが、生き残る」。
事業構想力を持った企業の一つがアップルなのだろう。
「『ネットブック』の挑戦は実は失敗に終わった。・・・『ネットブック』はコンセプト自体は歓迎されたもののwebアプリケーションが未熟だったために、ユーザーは自分ならではの利用スタイルを創造できず、結局万能機のパソコンを求めたのである。その失敗を糧としたのがアップルである」「インストールするアプリケーションによって、iPhoneはゲーム機にも電子辞書にも楽器にもなるのである。2010年2月の時点で、iPhone向けに開発されたアプリケーションは全世界で10万本以上存在し、アップルが独占する唯一の小売店であるApp Storeではなんと累計30億本以上がダウンロードされた。スティーブ・ジョブズが作り出した巨大なアプリケーション市場はまさに『大衆』を『参加するユーザー』として取り込んだ『クール革命』の威力を見せつけた」。
こうした時代認識を持つ角川氏は「2014年までには技術革新が加速化し、BtoCのクラウド・サービスは本格化する」と予想する。「映画のネット配信のビジネスモデルが確立すると音楽から出版まで同じ端末で楽しむことが出来るようになり、コンテンツの大バンドル化が実現する」「例えば筒井康隆原作の『時をかける少女』を小説でもコミックでも細田守監督によるアニメでも原田知世主演の実写映画でも一つの端末から自由に選択して楽しむ、こんな夢のようなことが実現するのだ」。
しかし、問題は、こうした新しいサービスを提供するのがすべてアメリカ勢であるということだ。
「ネットで提供される書籍や音楽、映像などのコンテンツの流通をすべて外国企業が握ってしまうと、利益の大部分は外国企業の手に渡るだろう。そればかりか、流通を押さえられて日本のコンテンツ企業が新たな価値や再生産する機会さえ奪われることになりかねない」
「日本という国が、自前でクラウド環境を構築することは、日本の危機管理上も絶対に必要なのである。またクラウド・コンピューティングが国家と国民一人一人とをつなげる情報インフラになるとすればこの事業は国策として推進するのがふわわしい」。
角川氏は提言する。
「世界のコンピューターは雲(クラウド)の上のネットワーク化で統合に向かっている。もし・・・5台に収斂するのであれば、1台は日本であってほしいと期待する」「東の雲=イーストクラウドを意味する『東雲(しののめ)』プロジェクトと命名したい」。
クラウド時代に進む日本の「クール革命」を生かすために自国のインフラ整備を行い、日本が活力を取り戻すべきだという極めて現実的な提言だと思う。
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