岸博幸著『ネット帝国主義と日本の敗北~搾取されるカネと文化』(幻冬舎新書)
岸博幸著『ネット帝国主義と日本の敗北~搾取されるカネと文化』(幻冬舎新書、2010年1月30日発行)を読んだ。
Apple、Google、Amazon、Twitter・・・。最近話題のIT系サービスを手がけているのは米国企業ばかり。サービスのプラットフォームを牛耳って、収益をあげている。日本のコンテンツ企業は「黒船が来た」と右往左往するばかり。
岸氏は、そんな構図を憂慮して本書を著したようだ。
「日英独仏の4ヵ国での検索サービスに占める米国企業のシェアを見てみますと・・・米国ネット企業が軒並みほぼ90%のシェアを獲得しているのです」「これはある意味でかなり異常な事態です。少なくともリアルの世界ではあり得ないことです」。
そして、それにもかかわらず、「不思議なのは・・・それを問題視する声がほとんど上がらないことです」と日本人の能天気ぶりにあきれる。
米国のネット企業にプラットフォーム・レイヤーのサービスを独占された場合何が起きるのか。
「三つの問題を指摘できると思います。米国の情報支配、米国のソフトパワー強化、そして米国による世界のネット広告市場の制覇です」。
中でも顕著に影響が表れているのが、広告費のマスメディア(新聞、テレビなど)からネットへの急速なシフトだ。2009年にインターネット広告が初めて新聞広告を上回り、テレビに次ぐ「第2の広告媒体」となったといわれるが、同じ新聞社の新聞広告費がネット広告に置き換わったというのではなく、新聞社の広告費がYahooやGoogleに流れている・・・というのが実態を表している。
「アナログ時代にマスメディアやコンテンツ産業は、コンテンツ制作から流通に至るまでを自社で一貫して行うという垂直統合型のビジネスモデルの下、流通部分を独占することによって得られる超過利潤をコンテンツ制作の側に回すことで、ジャーナリズムを支えるジャーナリストや文化を支えるアーティストを養い、結果としてジャーナリズムや文化という社会のインフラを支えてきたのです」
「広告費のネットへのシフトとは、プラットフォーム・レイヤーを米国企業に独占されている国では、これまでコンテンツ部門に還元されてジャーナリズムや文化の維持に使われていた資金の多くがどんどん米国企業へと流出することに他なりません。当然ながら米国企業は他国のジャーナリズムや文化などにはまったく関心がないことを考えると、広告産業という一産業の問題を超えて、ボディブローのように諸外国の社会に深刻な影響を及ぼしかねないのではないでしょうか」。
それでは、われわれはどうすればいいのか。
「ジャーナリズムや文化といった社会的な機能を提供する主体が苦しくなると、すぐに政府が補助金とか保護策で何とかすべきという主張が出がちですが、それは間違っていると思います。この二つの分野で政府の直接的な関与が大きくなっても、ロクなことがないからです」。
「まずはこの二つの社会的使命を担う民間の側が、ネットが当たり前という新しい環境にふさわしい形に自らのビジネスを進化させ、自力で繁栄を維持できるようにしなくてはなりません」。
ただ、現実問題としては「流通独占を喪失したネット上で儲けるのは難しい」ため、マスメディアやコンテンツ産業が取り得る方向性は基本的に二つしかないという。
「一つは、ネットを含む情報/コンテンツのあらゆる流通経路の中で新たな流通独占を作り出し、失った超過利潤を少しでも取り戻すという道です。米国のテレビ局が共同で開設したHuluがその好例です」。
「もう一つは、流通独占を取り戻すのは諦め、流通はプラットフォーム・レイヤーのネット企業に依存するという決断をした上で、ネット企業との間での適正な収益の配分を追求するという道です」。
本書でも紹介しているが、ニューズ・コーポレーションのルパート・マードック氏は公の場で「ネット上での無料コンテンツの氾濫が新聞のビジネスモデルを破壊している。無料コンテンツから儲けているのは検索サービスだけだ」「クオリティ・ジャーナリズムはコストがかかる。無料でニュースを提供し続けたら、優れたニュースを作る能力を崩壊させるだけだ」と発言し、傘下の新聞のウェブサイトすべてを2010年夏までに課金制に変更すると宣言した。
日本でも、苦境に陥る新聞業界やテレビ業界の危機意識は高まっているが、外野では、「特権に守られてきたマスメディアが衰退するのはやむを得ない」といういう論調が多い。
しかし、竹中平蔵総務大臣のもとで2006年に開催された「通信・放送の在り方に関する懇談会」を、政務秘書官としてコントロールした岸氏は、マスメディア業界に対して決して甘くはない。その岸氏が「日本のジャーナリズムと文化の危機」という。この発言には耳を傾けてもいいのではないだろうか。
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