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熱い!暑い!東京高円寺阿波おどり

 徳島、高円寺、南越谷の各阿波おどりを三大阿波おどりというらしい。徳島の阿波おどりで盛り上がり、今回は東京の代表的な「東京高円寺阿波おどり」を見物に行った。

 NPO法人 東京高円寺阿波おどり振興協会のホームページによると、「東京高円寺阿波おどりは、昭和32年に第1回大会が開催され、今年で53回を数える大会となりました」「基本的に毎年8月最終土、日の2日間開催されます」「JR高円寺駅南北商店街、および高南通りに設置された9カ所の演舞場で、約188団体(連)、約12,000人の踊り手が、軽快なお囃子を奏で、踊ります。見物客120万人あまりを動員するその規模は、徳島に次いで第2位の規模を誇ります」とのことだ。
 また、「隅田川の花火大会や浅草サンバカーニバルとともに東京の三大夏祭りにも数えられ、都内の夏を彩る代表的なイベントとして知られています」。
 そんなにすごいイベントとは知らなかった。

 知り合いがだむだん連、東京葵連で踊る。だむだん連が「みなみ演舞場」の3番目のスタート、東京葵連が次にみなみ演舞場に向かう「桃園演舞場」の5番目のスタート。
 
 知人によると駅南口の「中央演舞場」が一番のおススメだったが、そんなわけで、今回は、みなみ演舞場で見物することにしよう。

 みなみ演舞場は「高南通りで、もっとも青梅街道寄りの演舞場。東京メトロ丸ノ内線新高円寺駅、東高円寺駅からもほど近く、東京メトロを利用される観客には、アクセスのよいスポットです」とのことだ。
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 30分前に演舞場に着いたが、すでに花見の宴のようだった。

 6時ちょうど、踊りが始まった。
 踊りを見た場所は、みなみ演舞場の出口。鳴り物がフィナーレを盛り上げ、連によっては乱舞を繰り広げるところだ。観衆の拍手が鳴り止まない場所でもある。徳島に行って、「次は演舞場の出口」と決めていた。

 知り合いが踊るだむだん連、東京葵連のほか、いくつかの連の動画を撮った。動画を撮るとiPhoneの電池がすぐになくなるので、今回は控えめに撮影。フィナーレがどの連もすばらしく、フィナーレだけでもすべて撮っておけば良かったと、反省した。
 

 みなみ演舞場の一番手は、美踊連。ホームページによると、「美踊連は高円寺南に位置する緑ヶ丘町会を母体として1973年に結成されました。メンバーは地元高円寺の人間はもちろん都内各所・都外からも集まってきています。 男踊りは躍動感。滑らかでキレのある団扇さばきが魅力です。そして女踊りは色っぽさ。流れるように艶やかです。伝統的な二拍子のお囃子が祭りを華やかに盛り上げます」とのことだ。

 そして三番手にだむだん連が登場した。

 自由奔放で元気。踊りのレベルが高く、演出もよかった。
 ホームページの「だむだん連とは」を読むと、その自由奔放さが理解できる。
 阿波踊りって知っていますか
 そう 阿波 つまり今の徳島で生まれ
 全国に広がった一種の盆踊り
 このやたら楽しい阿波踊りを
 踊るために集まったグループが だむだん連

 職業も年齢もさまざまな人達が
 毎年7月に神楽坂で踊り
 徳島 松崎 下北沢などへも時々遠征
 とにかく踊るためだけに集まります。

 阿波踊りは男踊り 女踊りと
 カネ 太鼓 三味線などの鳴りものからなり
 自分でやりたいものをやります。
 とっても簡単でやたら楽しい踊りです。


 葵新連。ホームページによると、高円寺の阿波おどりとともに歩んできた連のようだ。

 お客様と供に、高円寺と共に。 葵新連
 昭和32年-1957年-8月 高円寺・阿波踊りの産声
  東京・高円寺パル商店街振興組合・青年部誕生をきっかけとして「高円寺ばか踊り」としてのスタートが始まりでした。第1回の観客数は2.000人、参加者は僅かに38名でした。
 その後、実に様々な苦労・紆余曲折を経て、それでも高円寺阿波踊りは徐々にですが、独り立ちを始めました。
 それと共に“独立連”として、一足早く歩き始めようとしている連がありました・・・。
 昭和41年-1966年- 葵新連として
 技術向上のため、森田昇栄(現 葵新連会長)が、本場徳島の阿波踊りを紹介。
 昭和40年-1965年-に有志12名が“阿波踊り留学”のため東京から徳島に入り。技量の向上をはかる。周囲の方々の温かい支援と、踊り手の苦労が実りはじめ、第9回高円寺阿波踊り-1966年-には参加者は800名、観客数は28万人へと大きく成長しました。
 昭和41年8月、TBS-株式会社 東京放送ホールディングス-での出演で徳島・阿波踊り、葵連の初代連長・故小野正己氏と、共演した森田により、東京・高円寺初の独立・姉妹連 葵新連 が、誕生しました。
 高円寺ばか踊りから、9年後の事でした。
 昭和43年-1968年- 独立の曙光
 この頃「明治百年記念行事」で規制が緩和、東京都内の各商店街でも、阿波踊りが取り入れられるようになりました。
 葵新連・天狗連さんに続き、関東でも独立連の結成が活発になり昭和47年-1972年-ごろには、各連がお互いの技を、競い合う時代に入りました。
 昭和46年-1971年-には、サンケイ新聞社-株式会社 産業経済新聞社-の後援により本格的な広告宣伝が行われ、この年から、“ふれおどり-前夜のお披露目演舞-”も、行われるようになりました。
 昭和61年-1986年-高円寺阿波踊り30周年
  未来へ続く一項
 高円寺阿波踊り30周年を記念し、徳島県・阿波踊り協会の連長会14連・38名が高円寺阿波踊りへ友情出演。という豪華共演となりました。この頃から阿波踊りは 町おこしから“文化・福祉活動”へ と、さらなる飛躍を遂げました。
 もっとも、その想いは第1回から、なんら変わってはおりません。お客様と供に、高円寺と共に。
 平成17年-2005年-8月 独り立ち、そして未来へ
 この年、 葵新連 の名称は、そのままに四国・徳島葵連より完全独立いたしました。徳島に本体の「葵連」があり、その東京支部として「葵新連」が誕生。
 これにより、葵新連は独自連として活動を始める事になりました。
 今や、高円寺阿波踊りは、70余連以上の連、1万人以上の踊り手、観客動員数は120万人-2009年-という、日本有数のイベントにまで発展。
 日本の阿波踊りでは、 “西の徳島、東の高円寺”とよばれて久しく時が経ちました。今も各連では更なる飛躍を目指し精進し続けています。

 そして、東京葵連。

 あっさり踊りと演奏を終えたのが逆に新鮮だった(笑)。
 ホームページによると、「東京葵連は阿波おどりをこよなく愛する踊り好きが集まり2004年9月に結成しました。連長は阿波おどりの本場の徳島県出身で、連員の中にも徳島県出身者が多数集在籍しています。踊りは正調を基本に、個性を大切に本場徳島の阿波おどりを目指し練習に励んでいます」とのことだ。

 この後、みなみ演舞場を後にして、JR高円寺駅に向かった。途中、パル演舞場に立ち寄った。道幅の狭いアーケード商店街での踊り。間近に踊りが見られて面白かった。

 中央演舞場を三番手でスタートした紅連が踊っていた。紅連は、2000年秋に誕生した小金井の阿波おどりグループ。

 JR高円寺駅前はものすごい人だかり。北口駅前ロータリーの純情演舞場で繰り広げられる踊りを撮影した。iPhoneを高く掲げての撮影で、しかも左右から押されるのでぶれまくりの映像になってしまった。けれども雰囲気は分かると思う。東京高円寺阿波おどりは、見る場所によって、見え方が変わるのが魅力的だ。

 汗がだらだら落ちてくる。暑く、熱い高円寺の阿波おどりだった。

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Comments

我が家の鬼奥様は、徳島の片田舎の生まれです、、、
結婚した当時、もう30数年前か、、、

よくお盆の頃に合わせて帰省してました。
当時は、新幹線も金もなかったから、今は無き「宇高連絡線」に乗り継いで、、、

その際に、
徳島の片田舎での「素朴な阿波踊り」は、
徳島市の本踊りの前、1~2週間くらい前から始まるのを初めて知りましたよww

色んな片田舎から順繰りに「踊り」は始まり、旧盆の13日頃に合わせ、中央の徳島城跡を目指して踊りが催うされているみたいです、、、

テレビで見る小奇麗な踊りではなく、昔ながらの素朴な踊りでしたが、
そんな素朴な踊りだからこそ、心からの感動を得ました、、、

そこでは、ようやく立っちを覚えた1、2歳の頃から、みんな、踊ってるそうです、、、

こうやって、徳島では、
いや、かの蜂須賀家が育んだ阿波地方では、
「阿波踊り」というものを、生まれた時から身体の芯の底から滲みこませてるんだなあ、って思いましたよww

他所の地区の阿波踊りは、故郷に戻れない阿波地方出身者たちが、
「ただただ、お盆には、田舎の踊り(阿波踊り)を踊りたい」
という昔年の思いで発祥した、と聞いてます。

我が妻の生誕地での経験、未だに忘れ得ない、素晴らしい体験でした、、、

Posted by: タケエル | 2010.08.30 at 07:54 PM

正直言って、徳島でもそうですが、、、

いまの阿波踊りは、演出が懲り過ぎていて面白味がないと感じてます、、、

あれじゃあ、即興では仲間に入れんものなあw

昔ながらの自由奔放な
所謂、「踊るアホウに見るアホウ、どうせ見るなら、踊らにゃ、そんそん」といった、
片田舎の「古典“阿波踊り”」を、また体験したいなあww

来年は、久しぶりに鬼妻様の実家に行ってみようかな?と思ってます、、、

Posted by: タケエル | 2010.08.30 at 08:16 PM

約束どおり(笑)のご観覧、ありがとうございましたっ!!

あっさりで申し訳ありません・・・(涙)
ちなみに、東京葵の青色はっぴの先頭右が私です。

徳島の有名連である「葵連」の東京支部は、現在東京葵連です。
簡単に言えば、葵新連が徳島の葵連から完全に独立を宣言したことに違和感を覚えたメンバーが中核となって、立ち上げた連なのです。

いろいろとややこしい話があるのですが(笑)、やはり阿波踊りの本場は徳島。
阿波踊りの起源である徳島の踊りや音をトップに据えて、そこを目指しましょう・・・ってのがウチです。

アマチュアで趣味の団体とはいえ、方向性の違いがいろんなところで出てくるみたいでして・・・。
でもまぁ、お客さんを楽しませてナンボですから、それができるように自己研鑽に努めます!

若い連ではありますが、今後とも応援よろしくお願いしますね!!

ご観覧いただき、本当にありがとうございました!

Posted by: しらかべ たつひさ | 2010.08.31 at 01:27 PM

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