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平城宮跡


 航空自衛隊奈良基地近くの平城宮跡に立ち寄った。
 平城遷都1300年祭の主会場になっている。
 
 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、「朱雀門(復元)平城宮(へいじょうきゅう、へいぜいきゅう)は奈良の古都平城京の大内裏。1998年(平成10年)12月、『古都奈良の文化財』として東大寺などと共に世界文化遺産に登録された(考古遺跡としては日本初)」。
 「平城京の北端に置かれ、天皇の住まいである内裏即ち内廷と、儀式を行う朝堂院、役人が執務を行う官衙の所謂外朝から成り、約120ヘクタールを占めていた。周囲は5メートル程度の大垣が張り巡らされ、朱雀門を始め豪族の姓氏に因んだ12の門が設置され、役人等はそれらの門より出入りした」。
 「794年(延暦13年)の平安京遷都後は放置され、しだいに農地となっていった。しかし南都と呼ばれ、あくまでも本来の都は奈良と云う認識が大宮人の間にはあった」。
 「文化庁による『特別史跡平城宮跡保存整備基本構想』に基づき、遺跡の整備・建造物の復原を進めている。費用は全額国費で行われる。既に第一次大極殿(2010年竣工)・朱雀門(1998年竣工)・宮内省地区・東院庭園地区の復原が完了している」。

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 朱雀門。朱雀門は平城宮の正門。朱雀とは南を守る中国の伝説上の鳥をいう。第一次朝堂院の南方、平城宮南面中央に位置する。東西約25m南北約10mの大きさで、基壇上に建ち、屋根は二重で入母屋造り。他の宮城諸門よりひとまわり大きく、立派である。門前の広場は元日のお祝いなど儀式の場としても用いた。
 朱雀門から南へ延びる道路は朱雀大路。平城宮のメインストリートで、幅は約70m、平城宮の正面玄関羅城門まで続く。(説明書きより)

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 正面に見えるのが第一次大極殿。

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 第一次朝堂院のあった場所。

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 第一次大極殿。
 朱雀門の真北約800mに堂々とそびえる「大極殿」。正面約44m、側面約20m、地面よりの高さ約27m。直径70㎝の朱色の柱44本、屋根瓦約9万7000枚を使った平城宮最大の宮殿であり、その建物は奈良時代の中頃に一時都とした恭仁(くに)宮に移され、山城国の国分寺金堂となりました。当時、天皇の即位式や外国使節の謁見など、国のもっとも重要な儀式のために使われていました。(公式案内MAPより)

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 正面に見えるのが朱雀門。

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 鴟尾(しび)。
 屋根の一番上(大棟)の両端につける鴟尾。鴟尾は平城宮大極殿でも出土していませんが、当時、格の高い建物には通常、鴟尾をのせていましたので、元々なかったとは考えにくく、鴟尾が金属でつくられ、溶かされて再利用されたために残らなかったと考えられます。高さは、平城宮大極殿のためにつくられたと想定されている鴟尾をもとに約2メートルと考えました。(説明書きより)

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