
インターネット新世代
村井純著『インターネット新世代』(岩波新書、2010年1月20日発行)を読んだ。インターネットの第一人者、村井氏の著した本書は、文章は平易ながら、レベルの高い内容。昔、井上清著『日本の歴史』上、中、下(岩波新書)を読んだ時のような感じだった。中公文庫の『日本の歴史』全26巻を読むのとは異なり、端折っている部分はあるのだが、日本史の大きな流れをつかむのには、役に立つ本だった。本書も、いちいち解説を加えていたらインターネット全集になってしまうと思うほどさまざまなテーマがてんこ盛りになっているが、現在のインターネットの課題を大づかみで理解するのに大変役だった。
例えば「放送と通信の融合」について。
「テレビ放送のデジタル化には二つの大きなインパクトがあります」「まずHDTV(高精細度テレビ)化して動画の画質が良くなることです。音声も非常に良くなり、サラウンド音声を送ることができるようになります。さらに、デジタル放送では動画や音声ばかりではなく、データ放送も配信されます」「もう一つのインパクトは、当たり前のようですが、テレビ放送の受信機がデジタル化されることです。デジタルテレビは、デジタルデータを受け取って表示するディスプレイとしての役割を担うわけです。デジタルデータを表示するためには、そのデータを計算する強力なコンピュータが動かなければいけません。その意味でデジタルテレビとコンピュータの区別は非常に希薄になってきています」「電源に常時接続され、放送を受信し、インターネットにつながり、比較的大きな空間を占めているデジタルテレビは、映像を強力に使う家庭の情報センターとしての役割を果たし始めました」。
「一方、インターネット上で提供されるアプリケーションやサービスでは、動画や音声(いわゆるマルチメディア)を利用したものが急激に発展しています」。
「テレビ放送に競合するサービスとして、驚異的なアクセス数の伸びを見せているのが動画共有サイトです」。
代表的なサイト、「ユーチューブ(YouTube)」は「個人メディアとしての第一の波、商用メディアとしての第二の波、政治メディアとしての第三の波」を経験した。
「動画の提供という点では、配信規模の大きさ、国境を越えたサービスであることなどをあげられます」「しかし、インターネット上のサービスとしては、大きく分けて、二つのポイントを考える必要があります」「一つ目のポイントは、発展的なメディアであること。…音楽アーチストのプロモーションウェブページも、ドイツの自動車のオフィシャルページも、それぞれが、まったく新しい仕掛けでそれぞれの目的を追求するなかで、自社サイトの一部として、関連するユーチューブの動画を組み込んでいるのです。…このようなインターネット上のオープンなサービスを組合せたウェブページの制作方法を『マッシュアップ』と呼びますが、重要な点は、メディア表現の新しい挑戦がインターネット上で連結しながら、さらに新しいものを生み出すという創造的な坂をどんどん上っていくことにあります」「二つ目のポイントは、双方向メディアであること」。
こうした放送と通信の大きな流れを紹介しながら、村井氏は「『放送と通信の融合』と言われることもありますが、私はできるだけこういわないようにしています」という。「その理由は二つあります。一つはそれぞれの技術の守備範囲が工学的に合理的であるべきだという、テクノロジーからの理由と、もう一つは『使命』あるいは社会的な責任という命題を明確に考える必要があるという理由です」。
「電話会社の使命は音声を伝えることです。…そのためには品質は命です」「公共の電波を利用し、すべての国民に情報を伝える使命は、公平で、正確な技術を使い、たとえ公共的な資金を導入してでもサービスを持続する必要があります」「デジタル情報は少しでも変化したら意味が変わってしまいますので、エラーなどが起きた場合には何度でも再送して、つまり遅延が生じてでも、正確なデータをそのまま伝達するという設計理念に基づいています。もともとリアルタイムの目的はありません」「その後のブロードバンド環境の発達により、大まかなところでは、ある程度のリアルタイム性が実現しています。だからといって、電話や放送の使命が果たせると考えるのは誤りです」。
放送と通信の融合についてのこうして深い考察は、あまり読んだことがない。
「インターネットの役割は、電波や光ファイバーの基盤が十分にある社会を前提に、デジタル技術の向上とともに人と社会の発展を推進することにあります」「そこで重要な役割を担うのは主にエンドシステムであり、技術としては、デバイスやコンピュータが向上することで進んでいきます。…エンドシステムには利用者としての人が含まれると考えることもできるでしょう」。
「無線とモビリティ」の項も面白かった。
「私はデジタル情報環境はすべての人に貢献すべきだと考えています。…地球全体がデジタル情報空間となるのです。空中をカバーするためには、どうしても無線技術が必要です」。
「無線通信はアナログ技術としていろいろな形で発展してきましたが、デジタル技術を利用することで革命的な進歩を遂げました。まず、通信制御にICを使うことにより、劇的にコストが下がりました。そして、同じ電波資源(使う周波数の幅)で運べる情報量も劇的に増えました。こうして複雑で高度な電波制御の技術が誰でも使えるようになり、インターネットにも利用できるようになったのです」「電波は空間をつなぎ、光ファイバーなどケーブル類は物理的に通信基盤を作ります。これらがシームレスにつながった環境ができたことで、まったく新しい可能性が生まれてきています」。
クラウドコンピューティング、ウェブ2.0についても触れている。
「ウェブアーキテクチャの発展において、大きな副産物がありました。ブラウザのさまざまな標準化を進めることで、ブラウザ上(つまりクライアント側)で高度なソフトウェア処理ができるようになったのです。つまり、サーバー側のソフトウェアで処理するだけでなく、クライアント側のコンピュータでもソフトウェアの処理をすることで、クライアントとサーバーが連携した分散処理をインターネット上で標準的に行うことができるようになりました」。
「一つのソフトウェアだけではとてもできない素晴らしいことがネットワークを通じて提供できること、そして、さらにそのネットワークを介して連携していることが意識されないこと、ここに分散処理の本質があります」「この分散処理によってインタラクティブな(利用者の操作にこまめに応答する)ソフトウェア、たとえばグーグルマップのようなサービスやオンラインのゲームなどが、遅延なく見かけ上スムーズに動くようになりました。サーバーの単体のソフトウェアからの返事を待っていたらとても間に合わないようなことを(さりげなく)クライアント側で分散して処理できるようになったからです」「このような分散処理に対応するソフトウェアが開発できるようになった環境を総称してウェブ2.0という、としてよいでしょう」「そして、これまでのデータセンターなどで培われた高度な分散処理技術と、強化されたウェブのブラウザの組合せで実現している世界が、クラウドコンピューティングです」。
面白い部分を引用するときりがない。しかし、各項で触れている「インターネットの課題」については、はっとする記述が多いので、最後に、引用しておこう。
「はじめに」より。
「日本でインターネットが動き出して20年が経ちました。インターネットは、いまや社会に欠かせない基盤であり、ライフラインの一部となったといっていいでしょう」
しかし、「インターネット上に展開する新しい情報環境を産業や行政が十分に活用できているか、社会を支えるための仕組として十分生かされているかということについていえば、日本にはまだ課題がたくさんあります」。
「第1章」より。
「現在私たちが使っているインターネットは、技術としては20年前の技術であり、そろそろ新しい技術が生まれなくてはならないといわれています」「いまこれだけ世界に普及しているのに、今のインターネットではなぜだめなのでしょうか。その理由は大きく分けて二つあります」「一つは、すべての人がインターネットに参加するためにはまだまだ課題があるからです。インターネットがすべての地域をカバーしているかというと、まだできていません。…接続の物理的な面だけではありません。すべての人というと、分け隔てなくという意味も含まれます。コミュニケーションにはさまざまな障害が存在しています。たとえば、時差や距離、あるいは…身体のハンディがその例です」「もう一つは、コミュニケーションの多様性です。たとえば、街頭演説にあたるコミュニケーションはできていません」。
「第3章」より。
「人間がやりたいことに専念できる環境を構築」するためには、「ネットワーク越しであることが意識されないくらいの、高速で、快適で、安心なインターネットが地球全体になければならないのです」。
「光ファイバーの海底ケーブルを使えば、遅延は最大133ミリ秒ですから、地球のどこでもリアルタイムで対話できることを目標とすることができます」「もし神様が地球を何倍かの大きさで作ったのなら、インターネットはすべての人類がリアルタイムで対話することを目標にできなかったかもしれません」「光ファイバーは、人類の対話を実現するための鍵となるものです」「無線通信は技術の発展によって大容量化しますが、電波の物理的な限界に阻まれます。光ファイバーは管路さえあればいくらでも増設することができるので、無限の容量が可能であるといっていいでしょう」。
「IPアドレスとは、ネットワークにつながるコンピュータ1台1台に割り振り、それぞれを特定するための識別番号です。インターネットが普及したときに使われたアドレス体系は、バージョンが4だったので、IPv4と呼ばれています」「インターネット利用人口が急増し、コンピュータがパソコン、すなわち、個人のコンピュータと呼称されるに至り、このアドレス空間の大きさの限界が見えてきました」「アドレス枯渇の状況を長期的に解決するために、IPv6が開発されました。IPv6の第一の特徴は、アドレス空間が無限といってもよいくらい増えることです。32ビット、すなわちおよそ43億個のIPv4に比べ、IPv6の場合、128ビット(2の128乗)の空間を確保できます」「IPv4がバケツ1杯の砂粒の数だとすると、IPv6のアドレスはおおよそ地球1杯の砂粒の数になります」。
「第5章」より。
「そもそも、グローバルな空間で社会らしきものが形成されたのはインターネットができてからであることがわかります。その上で情報交換が行われたり、経済活動が行われたり、コミュニケーションが形成されるようになってきたのは、ほとんど21世紀になってからといってよいと思います。ですから、まさに今からが、本当のグローバル社会の創成の正念場です」。
「グローバル空間の安全性を保つうえで大切なことは、グローバル空間が連続した一つの空間を保持することであると考えられています。インターネットの連続性を失うのは深刻な危機であり、フラグメント(断片化)と呼ばれます」。
「第6章」より。
「いまや家庭でもギガビットレベルのネットワーク環境を整備すべき時代に突入しています。現状は光ファイバーでも数十Mbps程度ですから、『ブロードバンド』の定義も二桁近く発展させる目標を持つべきでしょう」。
「インターネットに関わる人やセンサーやビデオカメラなどのデバイスから、天文学や物理学の研究と同様に、無限で多様なデータが生み出されてきます。人のコミュニケーションや活動を支える情報量は無限に増加し、無限に蓄積する必要がでてきます」。
「一番大切なことは、やはり日本では技術を使いこなす人と、信頼性を生むような技術が優れているということです。…本当に大事なことは、日本に住む人が賢く良い利用者であり続けることです。それによって世界最高のマーケットであり続けることができるからです」。
Recent Comments