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小林雅一著『神々の「Web3.0」』 (光文社ペーパーバックス)

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神々の「Web3.0」

 小林雅一著『神々の「Web3.0」』 (光文社ペーパーバックス、2008年8月発行)を再読した。ソーシャルメディアやモバイルメディアなど、今、まさにITの世界のトレンドになっている事象を追いながら、しっかりとその中身を分析、これからの展望も示している。いま、読んでも新しさを感じる。 Introductionにあるように「少なくとも、ジャーナリスティックな現場取材を学術的、理論的に体系化organizeしたIT・メディア論は他に類を見ない」と小林氏が自負するだけの内容がある。

 「伝統的メディアの発する情報はブロードキャスト的に拡散した後、人と人とのネットワークを経由してコミュニティに浸透penetrateすることがわかっている。つまり2段階のプロセスtwo-step processであるが、その後、人から人への、いわゆる口コミ型のコミュニケーションは、世論や流行などトレンドを形成する上で、前段のマス・メディアと同等か、それ以上の影響力influenceを持つとされる」「ここ数年で起きた変化とは、そうした強力なネットワーク型コミュニケーションにまで、ブログやSNSをはじめとした電子メディアが介在し始めたことだ」。
 この具体例が第1章、第2章で紹介される。

 第1章では中高生のケータイ文化を紹介する。
 「今までのところ、中高生を中心とする日本のインターネット文化、あるいは『仮想世界』の利用は圧倒的に携帯電話mobile phoneに依存している」。
 ブームプランニングが2008年6~7月にかけて、首都圏の女子高生を対象に実施したアンケート調査によれば、「彼女たちのケータイの主な用途は『ネット接続』で、逆に通話やメールの頻度はどんどん下がっている。そしてこの『ネット接続』は、ブログ、SNS、プロフ…、リアルタイム日記など、いわゆるソーシャル・メディア全般に使われる場合がほとんどだ」。

 第2章では「かつて現実世界に閉じ込められてきたネットワーク・モデルが、この10年あまりの間にメディア世界に侵入してきた」ことによる変化を扱う。

 「1990年代初頭にインターネットが一般社会に普及し始めた当時、これが現実世界の人間関係を移植するのに適したメディアであることを指摘する人はあまり多くなかった」「多くの人々や企業は、ウェブ・サイトをネットワーキングの道具としてよりは、放射状の情報発信ツールととらえた。すなわち本来はネットワーク・モデルで把握recognizeしなければならないメディアを、テレビや新聞など伝統的メディアのようなブロードキャスト・モデルでとらえようとしたのである。このため、大多数のホームページは『情報発信すれども、誰からも発見されない』という結果に終わった」。
 2000年前後から使われ始めたブログは「検索エンジンと組み合わさることで、高水準のブログであれば相応の注目を集めるようになった。つまり本来のネットワーク・モデルに近づくことで、ウェブは『手応えのある言論空間』へと成長したのである」「いわゆる口コミby word of mouthで伝わっていた情報が、アルファ・ブロガーを中心とするネット上を電子のスピードで伝わるようになった」「この流れをさらに推し進めたのが、2002年頃に登場したSNSであった」。

 「現実世界の『人間関係』human relationsが、どんどんメディア世界(=仮想空間)に移動しているのだ」「この過程で、ブロードキャスト・モデルを示すサークルはどんどん小さくなる。それは人々がメディア利用に費やす可処分時間や関心の総量amount of attentionには、トータルで上限があるからだ」。
 「メディア世界にネットワーク・モデルが侵入した結果、ブロードキャスティング・モデルの力は落ちた。しかしマスコミや広告産業は、その代わりに、より大きな潜在能力を秘めたネットワーク・モデルを手にしたのである」
 そして、「インターネットやモバイル端末など多彩なメディアが登場した今、消費者や地域社会との直接的な交流が有力なプロモーション手段として再注目されている」。
 「アメリカを代表する巨大企業が、次々と主流メディアへの広告費を削減し、消費者に直接働きかけるプロモーションへと多額の資金をシフトしている」。
 「メディアの構造変化に対応した広告予算のシフトは、アテンション・エコノミーという比較的新しい経済学によっても説明できる」「私たちは普段、情報に優先順位をつけて処理せざるを得ない。何かに多大な注意を払えば、それ以外のことに向けられる関心の量は少なくなる。つまり『関心』は有限の資源limited resourceなのだ」。
 
 「より本質的な問題は、原初的primitiveなアテンション・エコノミーが限界に達したことだ。従来の新聞、ラジオ、テレビなどの伝統的メディアは情報・コンテンツを無料、または極めて安く提供することで、膨大な数の読者や視聴者を集め、そこに生じた強力な『関心の場』に広告を打つことによって、莫大な収益huge profitをあげてきた。この単純だが実に効果的な、そして新規参入が難しいため、独占的で安定的なビジネス・モデルが、だんだんと効力を失いつつあるのだ」。
 「『アマゾン』Amazon.comや『イーベイ』eBay.comなどウェブ2.0系の企業は、『ウェブ・サービス』や『アフィリエイト』affiliateなどユーザーのアテンションを利益と還元する効率的な手法を開拓していた。彼らは検索エンジンのグーグルを中心とする、新たな情報生態系を築き上げた」。

 「レコード会社やテレビ局、出版社など伝統的メディア産業が追いつめられているのは、彼らのビジネス・モデルがブロードキャスト・モデルに適した、原初的rudimentaryなレベルにとどまっているからだ。つまり、今後のメディアコンテンツ産業の成否は、ネットワーク・モデルに適した業態business categoryへと転換できるかどうかにかかっている」。

 第3章では、「こうしたメディアの構造変化structural changeが、音楽や映像などコンテンツ産業におよぼす影響を解説し、それによる苦境から脱却するための新たなビジネス・モデルを提示する」。

 「音楽流通の主導権がレコード会社の手を離れ、ユーザーの側に移ってしまった。昔のようにレコード会社がCDを制作し、それを一斉に全国のレコード店で売りさばく『ブロードキャスト・モデル』は急速に機能不全になっている」。
 かつて法廷でファイル共有業者「グロックスター」の弁護を務めた弁護士は次のように予想する。
 「音楽レコード産業のビジネス・モデルは、これから『包括的ライセンシング』(Blanket Licensing)に向かっていくだろう。つまりリスナーが毎月定額の料金、たとえば5ドル、10ドルといった料金を払えば、インターネット経由であらゆる方式のあらゆる音楽を聴けるようになる」。
 「音楽産業はかつてのレコード会社を頂点とするピラミッド型から、フラットなコミュニティ型へと変化しつつある」。マイスペース・ミュージックでは「ユニバーサル・ミュージック、ソニーBMG、ワーナー・ミュージックの音楽すべてを無料でユーザーに聞かせる。ただし、それはストリーミング配信のみ。ダウンロード配信では、デジタル音楽がハードディスクに残るので有料サービスとなる」。

 2008年7月に始まった「mixi Radio」(ミクシィラジオ)についても新しい動きとして紹介している。

 小林氏は映像ビジネスも音楽ビジネスと同様の道を辿るとみる。
 「映画やテレビ番組など動画作品のマルチ・コピーにしても、訴訟で取り締まったり識別技術で個別に管理したところで、とても対応しきれるものではない」「となるとコンテンツホルダーとしては、各種コンテンツがコピーされることを前提としたうえで、あらかじめ、そのライセンスをIT企業に提供し、その定額使用料に加え、広告・Eコマース収入のような出来高制で請求する方が理に適っている」。
 「国内外のメディアが競い合う新しい環境の下では、角川(歴彦)氏が述べたように映像コンテンツをグローバル・メディア(インターネット)に開放し、映像資産の最大活用を図る方が賢明だ」。

 次世代検索エンジンの開発動向について第4章で紹介した後、第5章でソーシャル・グラフを生かすSNSの試みについてリポートする。

 「業界第1位のマイスペースの方にどんどん新規ユーザーが集まってしまい、フェイスブックは置いてきぼりにされた」という。ここで「起死回生の手段として、フェイスブックの打った手が『オープン・プラットフォーム戦略』Facebook Platformだった」。
 「2007年5月、フェイスブックはいわゆるAPI(Application Programming Interface)を外部に公開した。APIとは、外部のソフトウェア業者らに提供されるアプリケーション開発用のガイドラインである。このAPIが公開されると、中小のソフト開発業者は『フェイスブック』というオープン・プラットフォーム上で動くさまざまなミニ・プログラムを自由に開発できるようになった」「フェイスブックはSNSの世界における、基本ソフト『ウィンドウズ』のような存在になった」「フェイスブック用にも2万種類以上(2008年6月時点)ものアプリケーション(ミニ・プログラム)が開発され、その後も1日に140種類のペースで追加されている」「このミニ・プログラムは『ウィジェット』widgetと呼ばれる」。

 フェイスブックには「ニュース・フィード」News Feedという機能がある。「フェイスブック内の友達同士が、お互いの行動を逐一把握するための情報伝達のためのメカニズム」だ。
 「Xさんは今、Yさんと友達になりました」というように、Xさんの行動はすべてXさんの友達全員に送られる。

 「あるユーザーが気の利いたウィジェットwidgetを見つけて使い始めると、それはニュース・フィード機能によって自動的にその友達にも伝えられる」「このように優れたウィジェットは、ソーシャル・グラフに沿ってウィルスのように伝染する(コピーされる)。ここに商品広告を載せれば、いわゆるバイラル広告viral advertisementが実現する」。


 その後、フェイスブックは「ビーコン」Beaconという「口コミ」をサイバー空間内に持ち込もうとする。
 「ビーコンはフェイスブック・ユーザー(X)が…Eコマース・サイトで何か買うと、その購買情報をフェイスブックに送信する。そこからニュース・フィード機能で、Xの友達全員に配信するのである」。
 この試みは、プライバシー侵害などを理由に、ユーザーの反発で中止となる。
 しかし、これはやり方が乱暴だっただけで、ソーシャル・グラフを広告に使うという狙い自体は間違っていなかったと小林氏は言う。
 たとえば、「マルティプライ」Multiply という新興インターネット企業が提供する同名のSNSの場合、「『同僚』『友人』『親戚』『高校の同窓生』のようにきめ細かく分類がなされ、さらに各人の『距離(親密さの程度)』までシステムが自動的に判定して、多次元的なソーシャル・グラフを形成する」。
 このようにソーシャル・グラフが「この先、どんどん高度化されて」いけば、「緻密なプライバシー・コントロールが可能になる」と小林氏は見るのだ。

 第6章はグーグルの携帯端末用の基本ソフト「アンドロイド」Androidの話が中心になる。
 「近未来において、グーグルはアンドロイドをモバイル業界における『ウィンドウズ』、つまり事実上の世界標準OSのような存在にしたい」
 「アンドロイドはもともと、グーグルではなく、アンディ・ルービンAndy Rubinというシリコンバレーのエンジニアが開発したものだ」「これにグーグルが目をつけ、OSとその開発者(ルービン氏)もろとも買収したのである」。

 「アップルは、どんな形にせよアイフォーンという『製品』で儲けようとしている。これに対しグーグルは利益度外視で、とにかくアンドロイドを普及させ、広告配信の『プラットフォーム』としたい」「こうした姿勢の違いは、長期的に両製品の普及率の差として現れてくるだろう」。
 「こう見てくると、グーグルがFCCに働きかけて『オープン・アクセス規制』を採択させたのは、結局、アンドロイドを投入する環境settingを整えるためであった」「新しいモバイル・ネットワーク上では、キャリアは『オープン・アクセス規制』に従って、どんなに嫌でもグーグルのアンドロイドを搭載した携帯端末を使えるようにしなければならない」「この結果、何が起きるかというと、プラットフォームがキャリアから分離する」。

 ただ、「グーグルのお膝元である米国では、同社が思い描くようなモバイル・オープン化を実現するには、かなり時間がかかると見られている」。まず、「今のところ彼らのシェアは非常に小さい」。また、「700Mhz帯のモバイル・インフラが構築されるのは数年先のことだ」からだ。
 このため、「モバイル・インフラが高度に発達し、米国よりも付き合いやすいキャリアがいる日本で、モバイル・オープン化への具体的取り組みapproachを始めるだろう」「そして、そこで培った技術やノウハウ、経験などを生かし、数年遅れで日本のインフラに追いつく米国や欧州、さらには中国などの巨大市場で本格的なモバイル広告ビジネスに乗り出すであろう」。

 もっとも小林氏は「米国型文化(開放的なウェブ2.0)と日本型文化(緻密なモバイル・インターネット・サービス)の衝突と融合」が起きると予想する。
 その結末は――。
 「アドセンスはブログを中心とするコンテンツに小口広告を自動配信するサービスである。これがあったからこそ、PCインターネット上でウェブ2.0の文化が花開いたのである。このアドセンスが日本の携帯サイトでも広く使われるようになると、モバイル産業も『ネットワーク効果と広告収入』に支えられたウェブ2.0に移行する。そこでは公式サイトの決済システムを押さえた日本のキャリアよりも、一般サイトにおけるモバイル・インターネット広告のプラットフォームを押さえたグーグルのほうが、力関係として優位に立つ可能性が十分ある」と小林氏は見る。

 第7章では「セカンドライフ」SecondLifeのような「メタバース(3D仮想世界)」を論じ、人と人のコミュニケーションについて改めて考える。

 IT好きの人が十分楽しめる、味わいの深い一冊である。 

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