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父が死んだ。安らかに。

 父が今日午後12時20分、息を引き取った。80年と1ヵ月弱の人生だった。

 父の最期を写真に撮った。

 死期の迫った人間や、人間の死を、人は、あまり写真に撮らない。

 けれど、老人の死は、撮ってはならないものと思わないし、それを公開することが憚られるとも思えない。

 父は幸せな、安らかな最期だったと思う。撮らずにはいられなかった。

◇   ◇   ◇
 早朝、豊島病院の看護師さんから電話があった。「通常の血圧計では計れないほど、血圧が低い数値になっている。お父様に会いに来てほしい」。

 父親の病状は小康状態で変わらない。見舞うわれわれは、今日こそ危ない、と思って毎日交代で、病院に泊っていたが、ちょっと疲れが見え始めたため、昨日は病院に泊らなかった。何かあればクルマで十数分で行けるので、連絡してほしいとお願いして帰宅した。そんな日の翌日に限って、病状は急変する。

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 父は静かに眠っていた。時折、うっすら目を開けるが、もう何も見えていないようだ。
 痛みなどは緩和ケアによって感じていないらしいが、血圧は最大で40mmHgくらいしかないという。そろそろ最期が近づいている。

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 病院側が驚くべき対応をしてくれた。そのまま死期を待つのかと思ったが、息のあるうちに、ベッドの上で父の頭を洗ってくれる。

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 髭剃りもしてくれた。

 痛みを緩和する治療は万全だが、快適さを与えるケアをここまでしてくれるとは思わなかった。嬉しかった。

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 さっぱりした父親。気持ちが良かっただろう。

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 外は新緑。良い天気だ。我々も外に目を向ける余裕が出てきた。

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 しばらくすると、呼吸の間隔が開き始めた。大丈夫かと思って見守っていたが、正午ごろ、ついに息をしなくなった。

 まだ心臓は動いている。「最期の時をご家族で過ごして下さい」と看護師さん。

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 お世話になった山田医師が診察に来られた。12時20分、臨終。
 まったく苦痛の表情もなく、自然に亡くなった。癌の最期とは思えない安らかな時間だった。
 豊島病院の緩和ケア病棟のスタッフに感謝。「天国」に行く前の「天国」だった。

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 体を拭いて、正装。

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 霊安室へ。

 いろいろな死がある。病院のベッドの上で、家族や親族との別れをした後、何ら苦痛もなく息を引き取るような死を遂げられた父は幸福だった。
 
 しかし。

 日本では、癌以外の病気では、今回のような極めて高度な手厚い看護は受けられない。病院にそもそもいられず、家庭での介護を強いられるのが普通のケースだろう。老老介護の末、心身ともに疲弊して介護する側が先に亡くなるケースだって多いと思う。

 かつては病院で死ぬより、自宅で死ぬことが幸せと言われた。けれども、医療費抑制のため、病院が症状の軽い高齢者を長く置けないようになってからは病院で死ぬことは限られた高齢者にしか与えられない特権的なものになっている。

 日本を、今回の父のように幸福な死を遂げられる国にするためには、いくつものハードルがある。それをどうにかしなければならない、と強く思った。

 超高齢社会を迎えた日本で、老人がどう生き、どう死を迎えるかという問題を、今後、さらに真剣に考えてみたい。

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Comments

謹んでお悔やみ申し上げます。

Posted by: | 2011.04.21 at 09:39 AM

残念でした。
言葉にあらわせないくらいです。

謹んでお悔やみ申し上げます。

Posted by: takeeru | 2011.04.21 at 06:41 PM

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