川井拓也著『USTREAM 世界を変えるネット生中継』(ソフトバンク新書)
川井拓也著『USTREAM 世界を変えるネット生中継』(ソフトバンク新書、2010年5月25日発行)を読んだ。
川井氏はCM制作プロダクションでCM、番組、映画、ウェブなどをプロデュース。その後、独立しSNSコミュニティ運営からツイッター、USTREAM(ユーストリーム)を使った企業キャンペーンまでを手がけている。
2010年2月2日、ソフトバンクが米ベンチャー企業のユーストリームに約2000万ドルを出資したという発表会見の模様をユーストリームで生中継していた際、川井氏が孫社長のツイッターアカウントに向かって「ぜひ表参道店に誰でも使えるユーストリームのスタジオを作ってください!」とつぶやいたところ、「了解。作りましょう!!」というつぶやきが孫社長から返ってきたというエピソードが本書の冒頭で紹介される。本書は、そんな経緯もあって、ユーストリームにのめりこんだ川井氏が著した「ユーストリームの登場が世界をどう変えていくのかについて書いた日本ではじめての本」だ。
第一章で、ユーストリームの現状が紹介される。
なぜ今、ユーストリームだけがこれほど話題になっているのか?
川井氏は「その答えは、140文字以内の『つぶやき(ツイート)』と呼ばれるコメントを書き込める、新しいソーシャルメディア『ツイッター』との連携にあります」と言う。
「ユーストリームは2009年5月から、中継動画の隣にツイッターのタイムラインを表示できるようにしました」「ツイッターのアカウントさえあればユーストリームの中継を見ながら、気軽にコメントを入れることができ、さらにそのコメントの末尾にその中継動画のURLとハッシュタグが自動で挿入されます」。
「視聴者の多くが、事前に告知されたなんらかの媒体から集まるのではなく、ライブ配信開始後のツイッターの口コミによってアクセスしてくるのです」
「いわばブログ本文は読めないのにそのコメントだけが流れてくるような感じです。それが何について言及しているのか想像力が刺激され、中継動画のURLを多くの人がクリックするのです」。
川井氏は日本でのユーストリームの普及の歴史上、2009年4月が一つの転換点だとみる。「そらのちゃん」という女性がアカウントを持ち、イベントや取材のプロセスをネット生中継する試みを始めたからだ。このプロセスの生中継は「ダダ漏れ」と呼ばれ、広まった。
2009年11月に行われた行政刷新会議の「事業仕分け」中継は、ツイッターで膨大な数のリツイートをされ、テレビなどのニュースとしても取り上げられた。
「2月にソフトバンクの出資が発表されてからのユーストリーム界隈は急加速し、いろいろな番組が始まりました。ラジオ番組、テレビ番組などのマスメディアと連携した生中継からクラブやライブハウス、コンサートなどの生中継。草野球やダンス発表会から日々の料理、子育ての生中継、企業の商品発表会やイベント、映画のレッドカーペットや舞台挨拶まで」
「同時にユーストリームするための場所が各地で立ち上がり始めたのもおもしろい現象です。ライブハウスや飲食店がユーストリーム対応の機材を入れたり、会議室などを改造してスタジオ風にして機材を常設したり、それらの動きは全国で同時多発的に発生しています」。
「ユーストリームは視聴者と中継者が個人的な関係を作っていくような話法が似合うような気がします。それはテレビというよりラジオに近いと言えばいいでしょうか」。
川井氏はユーストリームを使ったいろいろな企画を試みる。
ユーストリームオークション、ソーシャル鍋、ソーシャル引っ越し、ソーシャル徹夜・・・。
「ユーストリームはまだ始まったばかりの新しいメディア。新しい話法を日々いろいろな人が試行錯誤している黎明期です」。
ユーストリームの視聴のノウハウが第二章、ユーストリームによるライブ配信のノウハウが第三章で紹介され、第四章で「ストリームメディア論」が展開される。
「ユーストリームはアカウントさえ取得すれば、誰でもその日から全世界に向けてネット生中継をすることができます」「インターネットが通じているすべての国と地域に自分の中継動画を届けることができるのです」「テレビの映像を世界中に同時に届けるには、衛星を使った大規模な機材が必要でした。それがたった1台のiPhone、もしくは、たった1台のパソコンとウェブカメラでできてしまうのです。しかもコストゼロで!」。
「ユーストリームは何か伝えたいことのある個人にとって強力なツールになります。自分のやっている表現活動、社会的なプロジェクトなどを、これまでのテレビ的な番組としてではなく、物事の過程を見せるプロセスキャスティングとして発信できるからです」。
「ユーストリームでは日本を代表する現代美術界の巨匠・村上隆氏がプロセスキャスティングに取り組んでおり、作品の下絵を描いたりトレーシングペーパーでトレースしたり着色をしたりする様がアート好きの間で話題になっています」。
「ユーストリームはネット生中継サービスなので動画がメインだと思われますが、実は重要なのは動画ではありません。動画を介してコミュニケーションが行われるソーシャルストリームが重要なのです」「街頭テレビが持っていた『今を不特定多数の人と共有する楽しさ』はユーストリームのネット生中継動画とソーシャルストリームの組み合わせで21世紀に復活したのです」。
「ユーストリームは映像メディアによるブログのようなものであり、編集されていない今の状況が中継されます。見ている側がそこから何を読みとるかは自由です。このことは見る側のメディアリテラシーを向上される効果があります」
「ユーストリームでイベントや講演会を中継するとおもしろいことに気がつきます。自分がしゃべっていることをいろいろな人が書きとってテキストにしてくれるのです」「ユーストリームはツイッターのタイムラインを通じて人から人へと伝播していくものです」。
第五章「ユーストリームのキーパーソンに聞く」では、TVバンク社長の(現在はUstreamAsia社長でもある)中川具隆(なかがわ・ともたか)氏のいくつかの発言が、情報として面白かった。
「現在、世界の地上波放送局は全部で2万弱あるのに対して、ユーストリームの配信用iPhoneアプリのダウンロードは40万です。質の問題はまた別ですが、単純に数では放送局を超えていることになります」。
「2010年の春の選抜高校野球の中継に関して、毎日放送と話し合い、準々決勝から中継することになりました」
「雨天による1日延期もあり、計4日間でユニークで60万、累計で80万という視聴者数でした。これは日本のユーストリームの歴史の中では飛び抜けた数字でした」「決勝戦は同時アクセス数が最大で3万を超えていました」
「猥褻・暴力表現に対しては、実は、ワールドワイドに米・ユーストリームに監視チームがありまして、ネットワーク・オペレーションセンター(NOC)で24時間365日、目視チェックをしているんです」「もう一つは、ネットワーク・トラフィックをチェックしていて、ビュー数が急激に立ち上がったときはアラートが出るようなシステムになっているので、すぐに異変に気づきます。人気コンテンツなのか、違法コンテンツなのか判断しています」「違法中継については、日本でも実施していますが、3ケ所からコンテンツのアラートがあれば、中継を止めたり、録画を消去したりします」。
「ユーストリームというのは、一つの番組が1000人の視聴者しかいなくても、受け手がコンテンツを受け取る深さや、コミュニケーションの深度が違いますから、そのために裾野を広げていくのは大切だと思っています」。
第六章「まとめ」。
「ツイッターのアクティブユーザー(ツイッターを日常的に使っていてタイムラインに流れる情報を積極的に活用する層)は自分がフォローされている人数の1割程度です。さらに、自分が発信したユーストリームの中継を見に来てくれる人は、またさらにその1割と考えてください」「ユーストリームで多くの人に見てもらうためには、常に自分のツイッターのタイムラインをフレッシュなものにして、フォローしてくれる人の意識を引きつけておくことが大切です」。
「ユーストリームを中継する側はいつでも視聴者が自分の中継動画を見てくれていると思いがちですが、実際には違います。最初に見始めて中継に興味がある場合でも、聞いたまま他の作業をしたりします」「ユーストリームにおいては音は映像より重要であるということです」。
実際にユーストリームを使いこなした人間でないと分からない話が多く、とても参考になった。
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Comments
今回の地震報道で感じたのは、どうもこれまでのメディアとはちがうものが求められているということ。既存のメディアの延長線上にあるようなネットサービスで仕事をしても違和感があったのはそのせいかもしれないなあと感じています。
Posted by: さいのめ | 2011.04.04 08:15 PM