松谷明彦著『「人口減少経済」の新しい公式』(日経ビジネス人文庫)、『2020年の日本人―人口減少時代をどう生きる』(日本経済新聞出版社)、『人口減少時代の大都市経済 ―価値転換への選択』(東洋経済新報社)
松谷明彦著『「人口減少経済」の新しい公式』(日経ビジネス人文庫、2009年11月2日発行、2004年5月に刊行された単行本を文庫化したもの)とその続編である『2020年の日本人―人口減少時代をどう生きる』(日本経済新聞出版社、2007年6月22日発行)、そして最新刊の『人口減少時代の大都市経済 ―価値転換への選択』(東洋経済新報社)、2010年11月25日発行)を読んだ。
『「人口減少経済」の新しい公式』の「文庫版へのまえがき」にある松谷氏の言葉に共感した。
「社会であれ、経済であれ、そのリーダーに位置しているのは、基本的に、旧来のシステムにおける成功者である」「彼らは、微修正は施しつつも、旧来のシステムと手法を駆使して、環境変化に対応しようとする」「だから環境変化に対して、社会や経済の変化はどうしても遅れがちになる」
「必要なのは、体調を整え体力を向上させるが如く、自分たちの社会をベストコンディションに維持しようとする、人々の前向きのエネルギーである。変化に伴う困難や負担を乗り越え、新たなそしてより豊かな未来を築こうとするチャレンジんグ・スピリッツである」
「進行中の急激な人口減少高齢化は、われわれ日本人が正面から向き合わねばならない環境変化のはずである。そして社会・経済システムの根本的な変革をもって対応しなければならない巨大な環境変化のはずである」
「日本経済は先進国になっても、経済発展の初期の段階で採用したビジネスモデルを変えなかった。つまりそのビジネスモデルは、成長著しい中国やインド等をはじめとした新興国、途上国と変わるところはない。であれば賃金水準や生産設備の新鋭度からみて、早晩追い付かれ、追い越される」
「では先進国型のビジネスモデルとはいかなるものか。現在の先進国経済の発展方向は、急速なグローバル化に象徴される。世界中から優秀な人材を集めることこそが、技術開発力の優位性を担保する。そして各国の企業が入り乱れて競争する地域こそが、世界経済の拠点足り得る」「外国人や外国企業が日本に進出することこそが真の国際化なのであり、少なくともいま日本経済に必要な国際化とはそれであることを知るべきだろう」
「これからの高齢社会では、国・地方を合わせた国民一人当たりの財政支出を一定としない限り、すなわち人口の減少に見合って財政規模が縮小を続けない限り、財政は破綻する」「なぜ一定なのか。これからの高齢社会では、一人当たり国民所得がほぼ一定となると考えられるからである。生産性の上昇と労働力率の低下がほぼ拮抗するとみられるためだ」
「文庫版へのまえがき」を長く引用したが、こうした結論にいたる分析を、『「人口減少経済」の新しい公式』、『2020年の日本人―人口減少時代をどう生きる』、『人口減少時代の大都市経済 ―価値転換への選択』で詳細に行っている。
そのポイントだけ整理する。
高度成長がもたらした急激な高齢化
「なぜ日本はこうも急速に高齢化したのか。その理由は、第二次大戦後に平均寿命が劇的に向上したところにある。終戦直後の1947年には、男50.1歳、女54.0歳だった日本人の平均寿命は、70年にはそれぞれ、69.3歳、74.7歳と、わずか23年間で約20歳も上昇した」
「日本が急速に高齢化したのは、平均寿命の飛躍的な向上によって、65歳を超えて長生きする人が大幅に増加したためである」
「日本の人口構造には二つの『山』があり、それぞれの山の左側には急峻な『谷』が存在する。言うまでもなく第一次ベビーブームと第二次ベビーブームであるが、そうした構造は他の国にはみられない」「日本が他の先進国を上回る速度で高齢化を続けるのは、『山』の左側に急峻な『谷』を持つという、日本特有の人口構造の結果なのである」
高齢化は人口減少の要因
「その高齢化が人口の減少を引き起こす。人口が減少するのは、死ぬ人の数が生まれてくる人の数を上回るからである」「人々が長生きするようになることは当初は死亡者数の減少要因となる。しかし、人間の寿命には限りがあることから、長寿化による高齢者の増加は、やがては死亡者数の増加につながる」
政策研究大学院大学の藤正巖教授の推計によれば、「日本人口は2030年には1億790万人と、2000年に比べて1760万人、14.0%減少し、2050年には8480万人と、同4070万人、32.4%も減少する」「1950年の人口は8280万人であった。半世紀で5割以上の増加であり、先進国としては異例の速度の人口増加を経験したが、これからの半世紀でほぼ同数の人口減少を経験する」
「人口増加経済」と「人口減少経済」のメカニズムの違い
人口減少経済になると企業経営は非常に難しくなる。
「需給ギャップのある段階では企業の収支は悪化している。ただし、そこは『人口増加経済』だから、傾向的な需要の増加によって収支は時間とともに改善する」「しかし、『人口減少経済』においては、需要を上回る生産能力を持ち続けることは致命傷となる」
「設備投資リスクの増大に対応して、企業は利益率を高め、あるいは内部留保を充実させる必要があるとしても、賃金の抑制によってそれを実現しようとするのは逆効果である」「賃金の抑制は現実の需要をいっそう縮小させ、設備投資計画で想定した需要を下回ってしまうおそれが強い」
「日本では売上高の大きさ、ないしは伸び率で判断された。しかしこれからは、労働力や需要の縮小に合わせて、うまくスリム化を果たした企業だけが生き残れる」
人口が高齢化するのは大都市圏
「東京大都市圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県とし、以下東京圏という)における高齢化率、つまり65歳以上の人口の全人口に占める比率は14.4%だが、高齢化が最も進行している島根県では24.8%にも上っている(2000年)」「しかし、大都市圏で若い人が多いということは、今後は逆に高齢者が大幅に増加することを意味する」「現在14.4%である東京圏の高齢化率は、2030年までに推計人口で28.8%、封鎖人口で30.1%まで急上昇する。それに対して現在24.8%である島根県では、それぞれ33.7%、27.8%であり、その上昇の速度は東京圏に比べてはるかに緩やかである」
人口減少高齢社会の年金制度とは
「人口減少高齢社会においては、年金についての考え方は根本的に修正されねばならない。家族を考えてみよう。仮に3人の子供たちからの仕送りで生活している親がいたとして、不幸なことにその子供の一人が死亡したとする。そのとき、自分の収入が減るのが嫌だからといって、残った子供に仕送りの大幅な増額を要求する親がいるだろうか。そうなったら、なんとか減った仕送りのなかで生活しようと考えるのが普通ではないだろうか」
社会的ストックによる高齢者対策
「日本より早く高齢化したヨーロッパ諸国においては、公共賃貸住宅が高齢者の生活の安定化に寄与している面がかなり大きい」「年金制度だけで高齢社会を安定的に維持しようとするのは困難なのであり、これからの高齢者対策については、社会的ストックの活用を含めて考えられるべきであろう」
既存の社会資本の再点検が必要
「人口減少社会における経済の特徴の一つは、投資余力が縮小することにある。人口の高齢化によって働く人の割合が低下し、国民全体としての貯蓄余力も低下するためである。その結果、設備投資、公共投資、住宅投資および海外投資の合計である『総投資』は急速に縮小せざるを得ない」「まず民間設備投資の分が先取りされる。…住宅投資については…これまでのトレンドが持続するものとする。また日本は資源稀少国なのだから、ある程度の海外投資は必要だろう。したがって、それらの分についても国民貯蓄を先取りすることとして、残余を今後の公共事業の限度額とし、それを『公共事業許容量』と呼ぶことにする」「2030年の許容量は14.2兆円であり、2002年の26.8兆円に比べてなんと47.0%の減少である」
「まず既存の社会資本についての厳格な再点検が必要となる。その社会資本が今後の人口減少高齢社会においても必要なものかどうかという視点からの再点検である。もし必要でないと判断されれば、あるいは必要性がないと判断されれば、その社会資本に対しては維持改良事業は行わずに老朽化するに任せ、耐用年数が到来したところで撤去するのである」
「国力」とは何か
「人口や経済の大きさを『国力』とし、それを重要と考えるのは、19世紀頃にみられたずいぶんと古い思想であり、…先進諸国の人々は自らの生活水準の向上こそを国に求めたのであり、いわば、『社会としての豊かさ』を問題にするようになった」「日本の一人当たり国民所得の水準からすれば、お手本にしようとしているそれらの国々よりもさらに豊かな高齢社会を築くことも可能なはずである」。
崩れる人口・労働力のピラミッド構造
「日本全体として終身雇用・年功賃金制が広く採用されるためには、人口構造もピラミッド型である必要があり、当時(1950年)はまさに打ってつけの人口構造であった」
もっともこのような人口構造は、「すでに1970年代初頭には崩れ始めていた。…にもかかわらず、今日まで曲がりなりにも終身雇用・年功賃金制が維持できたのは女性労働者の増加による」
「終身雇用・年功賃金制度の崩壊後に新たに生まれる雇用制度は、スペシャリティに基づく賃金体系を基本としたものになると考えられる」
人口減少によって、これまでの経済、社会システムが維持できなくなることが良く分かった。
それではそんな中で日本人は「働き方」や「住まい方」をどう変えればいいかを示したのが『2020年の日本人―人口減少時代をどう生きる』だ。
日本人の働き方
終身雇用・年功賃金制が崩壊すると日本人の就業パターンはどう変わるのか。
「まず第一に、定職への就業機会が新卒者だけでなくさまざまな年齢階層に拡大する。途中で退社する人の割合が増加すれば、新卒を基本とする現在の採用システムでは、企業として適切な労働力を確保するのがむずかしくなるからである」
「第二に、その市場は職能別、職責別の市場となる」
「第三に、その結果として、昨今問題となっている正規雇用と非正規雇用の間の賃金格差も縮小に向かうと思われる」
「人々は、これまでよりずっと時間をかけて自分に合った仕事を探し、自分の人生における仕事の位置づけに照らし、望ましい就業パターン、就業形態にトライする」
労働力の高齢化に対してはどう対処するか。
「基本的には製品、サービスの高価格化を図る以外にはない。労働力が高齢化する以上、コストの上昇は避けられないからだ」
「いかにして高価格化を図るかだが、一つには、やはり熟練やノウハウを重視することだろう」
日本人の住まい方
「地方地域から大都市地域への人口移動は縮小し、しかも若年層の移動はよりいっそう縮小する可能性が高い」「大都市では、現在のようには多くの労働力を必要としなくなるからである」
「今後、東京都をはじめとする大都市では、働く年代の人口に対する高齢者の比率が、地方地域に比べ、はるかに急速に、かつ大幅に上昇するのである。それは今後、大都市では増税の可能性が極めて高く、かつそれが大幅なものとならざるを得ないことを意味する」「その場合、若い人ほど、大都市から移動し、あるいは地元にとどまろうとする可能性が高くなる」
「2020年、日本の人口は、これまでの極への集中から分散的な方向へと、少し形を変えているだろう」
地域の衰退については地域自身に問題があったと分析している。
「第一に、自分たち自身で産業を興すべきだった」「しかし、多くの地方地域はそれをしなかった。大都市の企業を誘致し、その付加価値の一部が地域に落とされる途を選択した」
「第二に、その地方地域でしたできないモノをつくるべきだった」「熟練やノウハウということでは、大都市にはない、あるいは既に消滅したような『技』ともいうべき研ぎ澄まされた熟練が継承され、経済的にも機能している地方地域は多い」「だから一歩先んじて、それらと近代技術との融合によって、機会に依存した生産プロセスからは得られないような高い有用性と商品性を持つ製品をつくり出していれば、状況は随分変わっていた」
松谷氏が提案するのが「地域広域経済圏」だ。「分業によって近隣地域が結ばれ、その間で活発な経済取引が行われる、そうした広がりの地域」を指す。
「地方地域自身による能動的な取り組みは、今や不可欠のものとして求められている。労働力の縮小という環境変化によって、大都市からの産業立地が急速に縮小することが予想されるからである」
松谷氏は域外から所得を獲得する役割は主に製造業が担うべきとしているが、「終身雇用・年功序列制の崩壊はさまざまな就業パターン、就業形態を生む。それによって人々のライフスタイルは大きく多様化する。当然観光のスタイルも多様化する」とみており、そこに新しいビジネスチャンスがあるとする。
「まもなく長期にわたるマネーの急速な減少が始まる。現在のすべての施設が残せるわけではない。それどころか、年とともに維持不能となる都市施設は増加する」「大都市は、再開発ではなく、リノベーションによる都市機能の維持・向上をこそ考えるべきだろう」「リノベーションは、耐久性のある躯体という人工空間に都市機能を必要に応じて配置するもので、長期的にみて都市全体として都市施設の建設コストが縮減されるだけでなく、除却のコストもまた大幅に縮減される」
日本人の過ごし方
「構造変化した現代社会と高齢社会に見合った新たな相互扶助システムがつくれないものかと考えている」「地域の人々が少しずつ労力を出し合って、相互扶助組織をつくり、その組織を国や地方自治体が経済的にサポートするのである」「このスキームの利点は、行政組織や公務員を必要とせず、また施設も住宅や既存の公共施設の活用で足りる場合も多いから、高齢者一人当たりのコストを大幅に縮減できるところにある」「加えてそれは、日本人の新たな『居場所』となるかも知れない」
最新刊の『人口減少時代の大都市経済 ―価値転換への選択』は、上記2冊と重なる記述も多いが、以下の点はより詳細に述べられている。
高く売れるものをつくる
そのためには熟練した技能やノウハウの蓄積を有する人材が必要だが、そうした人材は近年では不足気味だ。
「第一に、このところの徹底した機械化で、有能な労働者が、その多くが中高年労働者であることもあって大幅にリストラされている。第二に、非正規雇用がすでに4割にも達し、その多くが未熟練労働者のまま放置されている」「第三に、正規雇用の労働者であっても終身雇用制の崩壊や企業内訓練の縮小から、従来に比べ熟練度はかなり低下している」
「日本経済が必要とする製品開発力の飛躍的な向上のためには、欧米先進国との競争関係が不可欠だ」「自国の技術開発水準を向上させたければ、いかにして世界から優秀な人材を集めるかがカギだとされるなかで、日本だけがいかにして自国民の技術開発能力を引き上げるかという一点に関心を集中している」「日本と日本人の技術開発水準を引き上げたいのであれば、そのプロセスに世界中から優秀な人材を参加させるということが最も有効な方法であることは自明の理である」。ただ、「おそらくは彼らは日本の企業や大学・研究所で働くことを良しとしない」「一つには、自らの研究開発成果の発信の場の少なさである」「いま一つは、例えば欧米諸国であれば、企業や大学、研究所を含めた技術開発の基盤的なコミュニティーとも言うべきものが広がっており、そのなかで彼らは自らに最適な環境を求めて転々と移動することができる。しかし、日本の企業、大学、研究所に来るということは、そのコミュニティーから外へ出るリスクを冒すということである」
「ではどうすれば日本に海外の第一級の優秀な人材が往来する国際的な技術開発環境を形成することができるか。有効な政策は徹底した資本自由化以外にはないと考える。すなわち技術開発力に優れた欧米先進国の企業が、数多く日本に生産拠点を置くようになれば、環境はがらりと変わる」
「高く売れるものをつくるいま一つの方法は、それが画期的な新製品であることなのだが、それには日本市場を完全に開放された国際市場にしなければならない。それほどにしなければ国際的に通用する画期的な新製品は日本市場からは生まれ得ないだろう。つまりそれが、真に日本経済が外国人を活用するということでもある」
「国内では地方経済は自立性を高める方向に向かうだろう。それは大都市経済にとって主力の、そして最も有利な市場が縮小することを意味する。大都市経済は、欧米先進国の大都市がそうであるのと同様に、世界に向かい、世界と競争する方向に向かわざるを得ない」「国際化によって技術開発力を飛躍的に高め、かつ一段と高度工業化を進める」「技術開発力が向上し高度工業化するのは日本という地域における経済活動であって、それを担うのは必ずしも日本企業とは限らない」
人口減少社会をどう生きる
「平均寿命は男性でも数年内には80歳を超え、今世紀の中頃には女性の平均寿命は90歳を超えると予想されている。高齢者となってからなお四半世紀である。かなりの蓄えを持たずして過ごすには長すぎる年月である」「限られた就業期間により多くの所得を獲得した上で、しっかりした人生設計を心がけない限り、人生が破綻する。それを社会福祉で救おうとすれば、財政や年金が破綻する」
「お金のかからない生き方を探し求めるべきなのである。お金で買える価値を追求している限りは、年平均所得が減少するのだから、その人の人生は確実に貧しいものになる。お金をさほどかけずに人生を楽しむ世界やコツを模索すれば、そしてそれにより多くの時間を使うようになれば、年平均所得が減少しても引き続き豊かな人生を送ることができる」
「お金を渡すことで高齢者を支援するのではなく、高齢者の生活コストを引き下げることでその生活を支援する」「日本の大都市では時間を過ごすのにもお金がかかるのである。…人と関わり合いたい。しかし外にでればお金がかかる。しかも相当なお金がかかる」「大都市に住む人々がより低い生活コストでより豊かな人生を送ることができる公共のシステムがもっとあってよい」
「考慮されるべきは機能分担である。シカゴ市の例であるが…高齢者のための施設やサービスはシカゴ市内に集中しており、逆に教育施設は周辺の田園集落に集中している…だから、若いときは就業機会や刺戟の多いシカゴ市内に住み、結婚して子どもができたら、学校が整い教育環境として良好な周辺の田園集落に移住し、リタイアして子どもも独立したら、高齢者サービスを受けるためにシカゴ市内に戻るといった具合に、ライフ・ステージによって住み替えている人も多い」
「フランス人のビジネスコンサルタントから話を聞いたときのことである。『なぜフランスの田園集落は元気なのか、若者もいるし店も結構ある、農業だけではそうはいかないと思うが』との質問に対し、彼は即座に答えた。『フランス中で多くの人が動き回っているからだ。フランス人は、一日の幾時間か、週の幾日か、年の幾週間かを職場や自宅から遠く離れたところで過ごす。観光ではなく、親戚や友人あるいは旅先で知り合った人とお互いの家を訪問したりするケースが多い。…日本のように消費が大都市や観光地に集中せず、田園集落をはじめ全国でまんべんなく消費が行われる』」「大都市地域の人々がもっと動けば、大都市は投資能力を浪費せずに済み、人々も大都市にいては味わえない豊かさを得ることができるはずである」
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