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クリアビューゴルフクラブ&ホテル(千葉県野田市)、『あと何ヤードDX』で残りの距離を測りながらラウンド

 クリアビューゴルフクラブ&ホテル(千葉県野田市瀬戸548、04・7138・2121)でラウンド。ホテル付きのゴルフ場なのだが、河川敷コース。このアンバランスが不思議なゴルフ場だった。
 インスタート。
 インはレギュラー、高麗芝で3143ヤード(パー445434354)。アウトは3143ヤード(パー444355443)。
 
 このゴルフ場はパター練習場しかないので、待ち時間は豊富にある。そのためか、朝も昼もバイキング形式。ショップも充実。結構クラブハウスでくつろげるのだ。

 そして、クラブハウスのポスターに目がとまった。
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 『あと何ヤードDX』。 
 携帯電話でグリーンまでの距離を測定!してくれる。GPSで測定するので目標が見えなくても測定することができる。
 ゴルフ場にあったレンタルの距離測定機器のレンタル料は500円くらい。このソフトは月額利用料315円。こちらの方が得だ。

 距離の測定は何回もできる。測定結果にはばらつきがあるが2~3回測定すると、一定の距離に収斂してくる。
 2打目以降、ショートホールでは大変役に立った。

 コースごとにグリーンの位置、ピンの位置を設定しなければならないが、ゴルフは待ち時間が結構あるので、設定の時間は十分あった。 
 ただ、問題は、ケータイの電池と通信料。通信料はパケ放題に入っていれば大丈夫。
 しかし、ずっと通信をしているので、電池は急速に減る。午前中使用し、昼もオンにしたままにしていたら、電池がほとんどなくなっていた。
 あわててエネループ モバイルブースターで充電をしながら、午後はラウンドした。
 充電器がないとハーフしか使えないと思われるのが難点だ。しかし、充電器で昼食時に充電しておけば、おそらく午後も使える。

 さて、今回、特に午後は充電もしながらの計測で忙しくラウンドにいま一つ集中できなかった。反省。
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 インの成績は+1+1+3∔1+3∔1+1+1+1=+13で49。パット数は221232221。

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 アウトの成績は+4+0+0+1+3∔2+2+2+2=+16で52。パット数は311123332。

 アウトの不調はグリーン周りのアプローチで打ち損じがやけに多かったこと、アプローチがうまくいかなかった結果、パット数も多くなったことが最大の原因。「しっかり」打たなければいけないのにまた、手打ちで距離を調整しようとする悪い癖が出た。当面の最大の課題はアプローチショットだ。

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~特別寄稿~【クリアビューゴルフクラブ&ホテル=グリーンが手ごわい河川敷コース。「アクセスの良さ」と「ランチバイキング」が売り物】

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(典型的な河川敷ゴルフ場の景観)

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(このコースでしばしば見られた光景。綺麗なのか、汚いのか微妙)

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(左前方の池が気になる。遠くに気持を集中させたら、視界から消えた・・・)

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(ホールが隣接。カート道路にはこんな標示も)

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(ホテルの正面玄関。クラブハウスという感じは全くしない)

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(ゴルフバッグ置き場はホテルを挟んで、コースの反対側に独立してあった)

 名前が変わっている。ゴルフ場とホテルが一体になったリゾート的響きがある。だが住所は千葉県野田市。利根川の河川敷だ。リゾート地ではない。川原の枯れススキが風になびく10月下旬の休日、ゴルフ仲間と一緒にクルマで出かけた。都心からでも50分足らず。名門「千葉カントリークラブ梅郷コース」のすぐ側だ。不安と期待が高まる。

 日常のありふれた光景が続く道を右折すると突然、目の前に8階建ての立派な建物が見えてきた。窓の形からして明らかにホテルの造り。玄関前には多くのクルマが整然と並ぶ。

 「えっ、これがゴルフクラブなの?」。同伴者と顔を見合わせる。中に入っても雰囲気は同じだった。完全にホテルである。目に止まった左奥の受付へと進む。

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(ホテルのエントランス。正面は宿泊者用の受付)

 「ここはホテルの受付です。ゴルフの方は反対側にお回り下さい」と男性スタッフさん。確かにエントランスに案内板は出ていたが、初めての来場だと戸惑うレイアウトだ。

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(トロフィーが並ぶゴルフ場らしい雰囲気とホテルらしいエレベーター=正面=が同居)

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(ラウンジは広いが、豪華さはない)

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(左側がゴルフ専用の受付。周辺には関連商品がたくさん並んでいた)

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(受付の側に置かれた自動精算機。担当スタッフさんが丁寧に使い方を教えてくれた)

 ゴルフ用品が窮屈そうに並んだショップの奥に、ゴルフ専用の受付があった。カジュアルな雰囲気。ホテルとはまるで様子が違う。どうしてこんな設計になったのか――。男性スタッフさんが理由を説明してくれた。

 「このゴルフ場は以前、大利根チサンカントリークラブという名前でした。平成14年に運営会社の㈱地産が経営破たん。跡を継いだ米投資会社の判断で、隣接するこのホテル内にクラブハウスを移設、今の“ホテル兼クラブハウス”が誕生したのです」

 ホテルの会議室などを改造して、ゴルフ専用の受付やプロショップを開設。レストランもホテル宿泊客と一緒に使えるよう模様替えし、名前もその時に「クリアビューゴルフクラブ&ホテル」に変更したのだという(現在はPGMグループが運営)。
 
 「なるほど」と合点がいった。老朽化していた旧クラブハウスは取り壊し、再建のために綺麗なホテルに同居することにしたというわけだ。

 経緯は分かった。さて ゴルフ準備を急ごうと気持を切り替え、階段を降りてロッカールームへ。

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(ホテルの裏口に造られた「マスター室」。GPSゴルフナビゲーション用の端末を1台525円でレンタルしていた)

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(ホテルの裏口からコースへ向かう)

 だが、そこでまた奇妙な光景を見た。てっきり窓のない地階に降りるのかと思っていたら、陽光がたっぷりと差し込み、室内が明るい。外を見ると乗用カートが何台も並んでいる。「あれ、また1階だ」。

 実はホテルが傾斜地に建てられていて、先ほどまで1階と信じ込んでいた正面入り口が、実は2階部分だったということにやっと気付く。

 コースに出る前に、何とも珍しい体験をすることの多いゴルフ場である。

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(9番ホール近くには「ベント」と「高麗」、2つの練習グリーンがあった)

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(アプローチ練習場はないが、空きスペースは土手近くに十分あり、小技の練習ならいくらでもできる)

 練習場(ドライビングレンジ)はない。その分、パター練習に時間を費やす。30分後、スタート時間が迫り、男性スタッフから大きな声で名前を呼ばれる。

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(ホテルからは乗用カートでコースに向かう)

 プレースタイルは「乗用カート利用のセルフプレー」のみ。使用したのは2011年3月に導入したという4人乗り新型車だった。

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(スタート地点にあった案内所。スタッフさんが手際よく客をさばいていた)

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(真っ直ぐに伸びる1番ホール)

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(レギュラーティからでも軽く400ヤードを超える11番ミドルホール)

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(乗用カートに積まれていたコースガイド。表面に全体図。裏面に「ホール別攻略図ガイド」)

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(当日のピン位置を示す紙がハンドルに挟んであった)

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(ティショットの狙い目地点に置かれたポール)

 この日はINコース、10番ミドルホールからのスタート。左隣にOUTコースの3番ホールがほぼ平行して走る。2つ並んだティインググランド上に8人が集合。結構、賑やかだ。

 横幅の狭い河川敷ではホールが並んでいることが多く、こんなシーンに時々、遭遇する。

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(ホテル、土手、コースが平行して造られている)

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(各ホールは意外に入り組んで配置されている)

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(コース内で唯一、見かけた花壇。「美しい」と言うほどではなかった)

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(大空を飛ぶパラグライダー。意外に騒音がうるさい)

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(コース内には古木、巨木が多く、長い歴史を感じさてくれた)

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(利根川の方向に目を向けると、殺風景な草むらが続いていた)

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(「利根の川原の枯れすすき」「同じお前も枯れすすき」)

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(ホール間に造られた溝。河川敷コースによく見られる光景)

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(一部、傾斜のきついグリーンに手こずらされた)

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(ラフには様々な雑草がいっぱい)

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(ホールごとに距離の変化が大きく、使用クラブも多様に)

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(距離感と方向性には常に注意が必要)

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(2人用の乗用カートも走っていた)

 コースは大半が真っ直ぐ。そして完璧にフラット。太い柳の木でセパレートされていることが多い。

 所々で逞しく育ったユーカリの木に出合った。はがれやすく白っぽい樹皮が特徴。ユーカリの大木は、このコースの1つの「顔」でもある。

 開場は1964年(昭和39年)11月。すでに47年が経過した。良く見ると、柳やユーカリ以外にも様々種類の樹木があり、開場当時、景観が単調にならないように工夫したことが理解できる。

 今ではみな高く、太く育ち、歴史の重みを感じさせる。落葉樹もまだこの時季は葉が茂り、日本的な秋景色を楽しむことができた。

 グリーンは2つ。芝は「ベント」と「高麗」に分かれ、ともに小さめ。「本日の使用グリーンは高麗」との看板を発見。同伴者が「高麗は苦手だなぁ」とつぶやく。

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(グリーンの多くが「お碗型」。ボールがこぼれやすかった)

 これも河川敷ゴルフ場の特性だが、砲台グリーンが多い。しかも、ここでは中央部分が高い“お椀型”が少なくない。

 そんなホールでは、得てしてグリーン周辺が良く刈り込まれて、ボールがエッジで止まらず下まで転げ落ちてしまうことが多い。

 高麗グリーン特有の芝目にも悩まされた。上りが重く、下りは意外に速い。アンジュレーションもある。「このコースはグリーンが難しい」というのが仲間4人の実感だった。

 グリーンコンディションは河川敷コースとしては一般的なレベル。未使用の「ベントグリーン」の方がフワフワ感があって良好な状態に思えた。

 グリーンの難しさは想定内だったが、他に河川敷ゴルフ場らしからぬハザードが2つあった。「バンカー」と「池」である。

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(河川敷コースとは思えないような本格的なバンカーに驚く)

 「本格的なバンカーがある。入れたら大変そう」。そんな話で、最初に盛り上がったのが14番のショートホール。グリーン周辺の景観が他のコースと違い、距離感にも迷う。

 「右側のグリーン。レギュラーティから140ヤード。そんなにあるのかなぁ」と疑問を抱きながらティショット。2人が手前の深いバンカーにボールを入れた。

 他のホールでも、しっかり造られたガードバンカーやフェアウエーバンカーが目に止まった。真剣にプレーしないとスコアがまとまらない。

 コース設計は日本のゴルフ黎明期に活躍した春日井薫氏。「河川敷ゴルフ場といえども戦略性に富んだ一流コースにしたい」という志の高さが伝わってくる。


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(コース内では、いたるところに池がある。中には「沼地」と呼んだ方がふさわしい場所も)

 「池」も随所にあった。11番、12番のようにティインググランドからグリーン脇まで細く、長く続く池もあれば、ホールとホールの間に佇む池もある。
 プレーヤーに圧迫感を抱かせる目障りな池。グリーン近くにポッカリ開いた池もある。

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(コース脇にある大きな池。景観的にはほとんどプラスにならない)

 残念なのは、そのほとんどが景観的にはあまりプラスに働いていないことだ。中には「美しい池」というより「泥沼」と呼んだ方がふさわしいものもある。

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(中には比較的綺麗な池もある)

 自然のままの状態を維持していると言えば聞こえは良いが、もう少し整備すればいいのに、と残念な気がした。それとも英国風リンクスのコースづくりを目指しているのだろうか。

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(コース内にある“高床式”のトイレ。これなら水没の恐れもない)

 コース内に置かれた人工物でも、他のコースとは違うものが2つあった。1つはトイレだ。
 写真でご覧頂いているように、高床式の木造建築。男女別々に左右の階段を登って利用する。これだけの高さがあれば、洪水が襲ってきても水没する心配はない。

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(グリーンまでの残り距離を示す表示板。板が薄く、横からでは数字が全く見えない)

 もう一つがグリーンまでの残り距離を書いた表示板。100ヤード、150ヤード、200ヤード地点に立っているのだが、薄い板で作られているので、横からでは肝心の数字が見えない。これは不便だ。

 「念のため」と思い、近くまで行って距離を確認する。余分な時間が掛かる。ラウンド中、早めの進行を促す乗用カートが巡回してきたが、プレーを急がせるよりも、表示板を改める方が効果的ではないかと、その時は思った。

 先ほど、景観が単調にならないように多様な樹木が植えてあると記したが、その点を除けは、全体の景観は河川敷コースそのもので、特に美しさが記憶に残るようなホールはなかった。

 関東平野の真ん中。天気は午前中が晴れ、午後は曇り。多少、霞んでいたこともあり、遠方の山々は見えず、利根川方面は殺風景にさえ感じた。

 川の反対側に目を移しても、土手と柏市環境部の「北部クリーンセンター」の排気塔が目立つくらいで、やはり平凡な日常風景だった。

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(珍しくドッグレッグした3番ミドルホール。レイアウトの案内板が立っていた)

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(9番ショートは池越え。普通に打てば、なんてことのないホールのはずだが)

 景観美はともかく、戦略性があり「強く印象に残ったホール」は5つあった。やや右ドッグレッグし、途中にクリークのある3番、ショートで200ヤード近い距離のある4番、池越えの9番、本格的なバンカーに感心した14番、グリーンの傾斜がきつかった18番などだ。

 ゴルフ場激戦地の千葉県北部で50年近く生き残ってこられたのも、こうした個性的ホールがあればこそだろう。

 フェアウエーのメンテナンスはあまり良いとはいえない。目土がなされていない個所が目に付くし、ラフの雑草は多種多様。ベアグランドもある。池周辺では足が「ズボッ」と泥の中に沈み込みそうで怖かった。

 ただ、ある同伴者は「フェアウエーは思った以上に良好。他の河川敷コースよりはしっかり整備されている」と評価。もう一人は「(自然環境の厳しい)河川敷コースなので、最初から高望みしていなかった」と、最後まで不満は口にしなかった。

 距離はバックティから「ベントグリーン」使用の場合で6,769ヤード、「高麗グリーン」の場合で6,652ヤード。レギュラーティからは同じく6,401ヤードと同6,286ヤード。

 コースレートはレギュラーティからで「ベントグリーン」の場合が70.0。「高麗グリーン」の場合が69.7(バックティの場合はそれぞれ71.5、71.3)。

 河川敷コースとしては高い数字だが、これは全長距離の長さよりも、前述したようにグリーン周りの難しさが大きな理由のように思われた。

 コース以上に記憶に残ったのが、実はクラブハウスでの「ランチバイキング」だった。

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(レストラン。真ん中のテーブルにバイキング用の料理が並ぶ)

 レストランのほぼ中央に置かれたテーブルの上に、小鉢がたくさん並ぶ。和風惣菜と野菜サラダ。周辺には寿司と麺類用のカウンター。隣には「ドリンクバー」。別のテーブルには果物とショートケーキといった具合で、種類は豊富。

 女性スタッフさんが「メニューは和洋中あり、毎週、替わります。今日は和ですね」と紹介。カレーを見つけたら「カレーも和食です」と屈託がない。

 この昼食バイキングは「薄暮プレー」などを除き、大半のプランとセットになっており、別メニューを頼む客は皆無だった。

 ただ、和風惣菜は揚げ物など一般的メニューなものが多く、贅沢という感じはしなかった。
 好きな物を選べる点は嬉しいが、それだけに食べ過ぎには注意が必要。アルコール類は別料金。ビール(生中)は682円。

 ホームページ(HP)にある「昼食バイキング」を含む「カレンダー料金」(4バッグ、乗用カートのセルフプレー)は、ハイシーズンの平日が12,400円~12,900円、休日が18,900円~19,900円。OFFシーズンの平日が9,900円~11,900円、休日が15,900円~18,900円。

 900円という数字が目立つのは、何とか大台に乗せずに割安感を出そうという努力の表れと見ることも出来るし、「昼食バイキング」を付けることによって、河川敷ゴルフ場としては比較的高めの料金設定を実現させていると読み取ることも出来る。

 きっと両面作戦なのだろうが、今どき低価格料金でプレーできるイメージの強い河川敷ゴルフ場で、ハイシーズンの休日(土曜日)とはいえ、2万円近い料金設定には度胸も必要だったに違いない。

 なお、この「カレンダー料金」は月によって、週によって、あるいは日曜日と土曜日によっても細かく変動し、同じ時期でも上記の料金の範囲を超える場合がある。

 さらに「早朝プレー」や「コンペパック(2組7人以上)」「宿泊パック」「レディースデー」など多様なプランがあるので、利用する際には電話で担当者に直接尋ねた方が間違いない。

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(ロッカーは細身。扉の内側には大きめの鏡が付いていた)

 リポートを施設関連に戻す。ロッカーは木目調で高級感があるが、やや細身なのが残念。ロッカールームに窓はなく、外の景色は見えない。「1階」のラウンジも普通の造りで、河川敷ゴルフ場に良く見られるパターン。

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(そっけない感じの浴室。窓の外はブロックの塀)

 ゴルフ客用の浴室も期待外れだった。スペースは広く確保されているが、内部には飾り気がなく、ホテル内の施設とは思えない寂しさ。

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(明るく清潔感のある脱衣場。正面が浴室への入り口。やや狭く、開放感は乏しい)
 窓の外側に小石は敷かれているものの、その外縁をコンクリートブロックの壁が取り囲み、閉塞感さえ漂う。さすがに脱衣場は清潔感があり、感じも良かったが・・・。

 このホテルは企業の研修用等に重宝されているそうで、そもそも豪華さを誇るシティホテルとは前提条件が違う。またゴルフ場も河川敷にあり、接待需要等は想定しにくい。

 厳しい経営環境や再建という条件を考えれば、ゴルフ客向けの設備に特別の投資は難しかったのかもしれない。

 豪華さを期待するのではなく、仲間同士で「宿泊」し、「パーティー」を楽しみ、「気軽にラウンド」するなら、実質的ですごく都合の良いゴルフ場である。

 嬉しいのはアクセスの良さだ。冒頭、「都心からでも(クルマで)50分足らず」と書いたが、電車でも便利だ。
秋葉原駅から「つくばエクスプレス」で「柏の葉キャンパス」駅まで約30分。同駅からクラブバスが3便出ていて、所要時間は15分ほど。

 このバスはJR常磐線の柏駅始発で、柏の葉キャンパス駅を経由してゴルフ場に行くため、柏駅からでも利用が可能だ。プレー料金の設定には、このアクセスの良さも考慮されているはずだ。

 ただ朝、ホテル前に並んでいたクルマを見ると、実際には比較的近場の方が気軽な気持で多数、来場しているように思えた。

 そうした人の中には自宅でゴルフウエアに着替え、ロッカーを利用しないでそのままプレー。汗をかかない限り入浴も省略して帰宅する人もいるに違いない。
 そう考えれば簡素な浴室にも納得がいく。「ロッカーご利用の場合は+315円」という料金表示を見て、勝手にそんな想像をしてしまった。

(ゴルフジャーナリスト O氏よりの寄稿)

    


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与謝野 馨著『堂々たる政治』 (新潮新書)、『民主党が日本経済を破壊する』 (文春新書)

Dodotaruseiji
堂々たる政治

Minshutoganihonkeizaiwohakaisuru
民主党が日本経済を破壊する

 与謝野 馨著『堂々たる政治』 (新潮新書)、『民主党が日本経済を破壊する』 (文春新書)を読んだ。現役の政治家の著書はこれまで、宣伝臭い気がして読まなかったが、自由民主党を離れ、たちあがれ日本からも離れて無所属となり、菅再改造内閣で、経済財政政策担当大臣に就任するという一連の行動には興味を持った。
 
 次々に居場所を変える行動は、見境がないとみられたりもしたが、古い政治学の本(中村菊男著『新版 現代政治の実態』(有信堂、1974年10月15日発行)には、次のように書いてありる。
 「政党の目的とするところは政権の獲得にある」「その結合の基礎が主義や主張にあるのであるから加入離脱も比較的やさしい。加入離脱の容易でない政党は議会主義のワク内では考えられない」。
 主義、主張が異なってきたのに同じ政党にとどまるほうが潔くないのかもしれない。
 
 そう思って与謝野馨という政治家を見てみると、少なくとも、「税と社会保障の一体改革」に関しては、主張に一貫性がある。
 そこを検証してみたいと思って、この2冊を読んだ。

 与謝野氏のプロフィールを「与謝野馨のOfficial Web Site」で調べた。

2009
9月16日鳩山由紀夫内閣成立
民主党・社民党・国民新党の連立内閣となり、自民党は下野する

 これ以降、更新していない。表にしにくいのかもしれない。

 しかたがないのでフリー百科事典『ウィキペディア』を引用する――。

与謝野 馨(よさの かおる、1938年(昭和13年)8月22日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(10期)。学校法人文化学院院長・理事。

衆議院議院運営委員長(第50代)、文部大臣(第117代)、通商産業大臣(第63代)、自由民主党政務調査会長(第46代)、内閣府特命担当大臣(金融、経済財政政策、規制改革担当)、内閣官房長官(第74代)、財務大臣(第11代)などを歴任した。

東京府東京市麹町区(現在の東京都千代田区)に与謝野秀(しげる)・与謝野道子の長男として生まれる。父・秀は歌人与謝野鉄幹・晶子夫妻の二男で外交官(戦前は外務省情報部長、調査局長などを経て在外公館勤務)。

2003年以降の主な略歴を抜粋する。
2003年、第43回衆議院議員総選挙で選挙区では僅差で海江田に敗れたが、比例復活で3年ぶりの国政復帰。2004年、自民党政調会長に就任し、小泉首相の進める郵政民営化に尽力、翌年9月に行われた第44回衆議院議員総選挙では、海江田に対して比例区での復活を許さないほどの圧倒的な勝利を収め、5年前の雪辱を果たした。2005年発足の第3次小泉改造内閣では、内閣府特命担当大臣(金融・経済財政政策担当)に就任。

2006年9月26日に安倍政権が発足。・・・結局自由民主党税制調査会会長に就任したが、就任直後の10月に口内に痛みを覚えるなどしたため入院し、11月には税調会長を辞任、療養生活に入った。

2007年1月初旬に退院した後も自宅療養を続け、同年4月13日の衆院本会議に出席し政治活動を再開した。同年6月8日に発売された『文藝春秋』7月号に寄せた随筆「告知」にて、喉頭癌による入院だったことを公表した。

2007年8月27日発足の安倍改造内閣において内閣官房長官に就任。

2007年9月12日、所信表明演説直後に突如安倍が辞任表明。その後安倍は体調不良で入院という事態となった。安倍が入院しても首相臨時代理は置かれなかったが、官房長官である与謝野が官邸を事実上仕切り、「与謝野官邸」と呼ばれた。また、同様に党務を仕切った幹事長の麻生とともに、麻生クーデター説のやり玉の一人に挙げられ、強く批判された(その後この説はデマと判明)。同年9月26日の福田康夫内閣発足に伴い内閣官房長官を退任した。

2008年8月2日、福田内閣の内閣改造により内閣府特命担当大臣(経済財政政策、規制改革担当)に就任
福田康夫首相の辞任表明に伴う自民党総裁選挙に出馬。財政再建を訴えて2位につけ、麻生太郎内閣では経済財政政策担当相に再任した。
2009年2月17日、財務大臣並びに金融担当大臣である中川昭一が先進7ヶ国蔵相・中央銀行総裁会議に於ける失態を理由として辞任したことに伴い、その後任に指名されたため、与謝野一人で経済関連3閣僚を兼任することとなった。
文藝春秋(2010年4月号)で自民党執行部を批判する記事を書き、同年4月3日自由民主党総裁の谷垣禎一と直接会談し、4月7日付で離党届を提出。会談で与謝野は谷垣に「自民党分裂とはとらないでください、大げさに感じないでください」と述べ、会談後も記者に「“自民党の分裂ではなく、一個人・与謝野馨が去ったということだと考えてほしい”と伝えた」と述べ、自身らの離党は自民党分裂ではないとした。4月10日の午前には「反民主・非自民を貫く」と述べ、結成を予定する新党は反民主の党であるとの認識を示し、4月10日午後、平沼赳夫、園田博之らとともに、新党「たちあがれ日本」の結党を正式に発表した。
2010年12月に民主党政権からたちあがれ日本の連立政権参加の打診を受けたが、与謝野が賛成する中で他5人が反対し、 党内で孤立。2011年1月13日、平沼代表に離党届を提出、たちあがれ日本から離党した。翌1月14日、菅再改造内閣にて、経済財政政策担当大臣に就任した。1月19日に無所属議員として衆議院会派「民主党・無所属クラブ」に入会し、再び与党議員となった。
与謝野の民主党政権参加には、除名処分にした自民党など野党から強く批判をされている。
2011年9月、野田内閣発足に伴い経済財政政策担当大臣を退任。同月5日、衆議院会派「民主党・無所属クラブ」を離脱。無所属議員となった。

生年月日 1938年8月22日(73歳)
出生地 東京都千代田区(旧・麹町区)
出身校 東京大学
前職 日本原子力発電社員
衆議院議員秘書
現職 文化学院院長・理事
所属政党 (自由民主党→)
(たちあがれ日本→)
無所属
称号 法学士(東京大学・1963年)
公式サイト 与謝野馨Official Web Site
特命担当大臣(経済財政政策担当)
(少子化対策担当)
(男女共同参画担当)
(社会保障税一体改革担当)
内閣 菅第2次改造内閣
任期 2011年1月14日 - 2011年9月2日

第11代 財務大臣
特命担当大臣(金融担当)(兼任)
内閣 麻生内閣
任期 2009年2月17日 - 2009年9月16日

特命担当大臣(経済財政政策担当)
内閣 福田康夫改造内閣
麻生内閣
任期 2008年8月2日 - 2009年7月2日

第74代 内閣官房長官
内閣 安倍改造内閣
任期 2007年8月27日 - 2007年9月26日

衆議院議員
選挙区 (比例東京ブロック→)
(東京都第1区→)
比例東京ブロック
当選回数 3回
任期 2003年11月10日 - 現職

その他の職歴
特命担当大臣(規制改革担当)
(2008年8月2日 -2008年9月24日)
特命担当大臣
(金融担当)(経済財政政策担当)
(2005年10月31日 -2006年9月26日)
第63代通商産業大臣
(1998年7月30日 -1999年10月5日)
第121代文部大臣
(1994年6月30日 -1995年8月8日)
衆議院議員
(1980年6月23日 -2000年6月2日)
衆議院議員(1期目)
(1976年12月10日 -1979年9月7日)
日本の旗 初代 たちあがれ日本共同代表
(2010年4月10日 -2011年1月13日)

 長くなったが以上が予備知識である。
 それでは2冊をレビューしてみよう。

 『 堂々たる政治』 は2008年4月20日発行。安倍晋三総理大臣の下で官房長官を務めた、わずか30日間の官房長官時代のことが最初の題材になっていることからも分かるように、書いたのは福田内閣入閣以前。与謝野氏の基本的な政治スタンスがこの本から読み取れる。

 「本来、政治家の仕事は全人格と人生を賭けて大きな判断をすることである。その時々の流れに迎合することではない」「だから耳障りであっても、事実をきちんとお話しする。時には批判を浴びることがわかっていても、国民に堂々と語りかける。それが政治家としての本道ではないかと思う」と「はじめに」に書いている。

 そんな与謝野氏の考えが示されている部分を抜き書きする。
 「最終的にはリーダーたるもの、世論と自分の判断が異なった場合、自らの判断のほうを取る覚悟がなければその座にあってはいけない」「考えの中心を他人の目にしてしまっては、取り返しのつかない失敗をしてしまう可能性がある」(第二章 奇道の政治、小泉元首相の遺産)。
 
 「小泉氏の構造改革論というのは、『国の財政出動で有効需要を発生させない』ということに尽きる」。
 「実体経済を蘇らせたのは、経済政策としての構造改革ではなく、民間企業の血のにじむような努力である」。
 「格差という言葉には、現象として『差がつく』という部分と、その差が不公平によってもたらされたという部分の二つがあるので、両方を考えなくてはいけない」「不公平は見つけ次第、早速直さなければならないが、格差がつくということはあり得る」。
 「これまでの規制緩和は、内閣の有識者会議が抵抗する役所を叩いて制度を改正させるという形が多かった。しかし、少人数の有識者が各省の色々な制度自体を運営できるはずもなく、制度の根幹はそのままにして、枝振りをいじるようなケースが増えてきた」「現実に即して、マイナーチェンジで済むものと、土台から仕組みを建て直すものとを峻別することが必要だ」(第三章 国家観なき市場原理主義の危険)。

 「イデオロギー的な区別ができなくなった政党同士が、きちんとした政権協議・政策協議を行った上で大連立を組めば、国会のブレーキ役を失うことにはならない」「そもそも『連立解消』というのもブレーキ役である」。
 「大連立にした方が、政党間のサービス合戦にならず、本当に日本の将来を考えた政策の実現が可能になるのではないかと思う」。
 「意思決定機能を喪失した今の国会の現状をこのまま放置してよいのか」「要はものを決められるシステムを構築することである」。
 「政治家にとって一番大切なのは何か」「それは、肝心なときにものを言い、肝心なときに行動することである」「人気取りに流れて肝心なことを言わないというのは、政治家としては『下の下』と私は確信している」「基本的に自分の頭で物事を判断し、逆に国民の皆様に理解していただく努力を続けていくことが大事だ」。
 「資源を有効に、ということでいえば、役人を最大限活用することが大切である」「政治主導とは、物事の行く末の方向を指し示すという意味だ」「政治主導ということと、『政治家が細かいことまで全部やらなきゃいけない』というのとはまったく別である」(第五章 政治家の王道)。

 「国と自分を分けて考えがちな国民が意外と多いのではないか」「国家とは、国民が割り勘で運営している組織に過ぎない」。
 「この長期金利がちょっとでも変動したら財政はたちまち破綻するし、破綻すれば長期金利はさらに上がり、経済不況になる。円の評価も下がって輸入物価がどんどん上がるから、インフレにもなる」
 「だから、2011年までに財政健全化の第一歩を踏み出すという方針が決まった。借金の返済のめどをつけつつも、社会保障などの制度も維持することになっている。この方針についてはそう異論はあるまい」「ただし、そのためにはみんなでちゃんと割り勘分を払わなければ、本当にこの国は支えられない」。
 「この割り勘をお願いするのに、二通りの徴収方法がある」「一つは例えば社会保険料を上げるという方法で、これはまだ割と提案しやすい。それは、保険料で払っても、そのまま給付という形で、自分にかえってくるという意識があるからだ」「もう一つの方法は税である」。
 「無駄をカットすることで浮くお金は、どんなに頑張っても年に数百億円にしかならない。ところが、私たちが直面している財政問題は、何兆円単位の収支である。財政赤字の問題解決として、無駄を省けばいいのだという議論は本質的に成立しない」。
 「私が最も訴えたいことは、難しい提言ではなく、負担すべきものは負担していただかないと国はやっていけない、ということ」。
 「国民の望む方向の政策を実現するためには、もっとお金を集めなければならないということを、正直に言わなければいけない」。
 「財布を二つに分けて、社会保障の財布からは社会保障のための費用しか充てないことを決めるべきだ。つまり、官の肥大化には一切使わせないような制度的担保をするということだ」。
 「国民に『大丈夫です』『まだ大丈夫です』と幻想を与えながら、崖っぷちまで引っ張っていくというのは、私は無責任だと思っている」(第六章 国家は割り勘である)。

 「積立金にまで手を出すというのは、短期的には良くても、結局『国民の財産を売ってしまう』のと同じである。お金に困ったからといって、働かずに資産を売り飛ばす商家の二代目ボンボンみたいなもので、それではいずれ店は潰れてしまう」。
 「日本の場合には労働力人口の減少効果が今後顕在化し、その分が押し下げ要因となるから、毎年2パーセント程度の成長であれば上出来ではないだろうか」。
 「明確に言えるのは、日本人が『もっと働き、もっと自分に投資し、もっと世界に出ていく』ということをしなければ、国際競争の中で日本は現在の豊かさを維持できないだろうということだ」。
 「最も必要なのは、現状と今後の見通しの正確な『告知』である」。
 「世界人口が100億近くにまで増加していく今後のポスト工業化時代に稀少財となるのは、環境であり、資源であり、技術である」「これまで以上の勤勉さ、創造力が求められるだろう。さらに世界へ出て、成果をあげる。また、海外の優秀な人材に日本に住んでもらい、良質な意味で競争を活性化する」(第七章 霞が関埋蔵金伝説と『上げ潮』路線)。

 2008年の著作だが、その後誕生する民主党政権の問題点を見て書いているような表現が多い。政治の劣化を予想していたとも言える。

 その民主党を批判したタイトルの著書が『民主党が日本経済を破壊する』だ。2010年1月20日発行。まだ、自民党に在籍していた時の著作だ。

 税と社会保障の一体改革に繋がるような取り組みについて書かれた部分を抜き書きする。
 第三章 世界同時不況との戦い 
 「将来に向けて期待できそうなのは高齢化でいやおうなく膨らんでいく医療や介護の需要、それに低炭素社会を実現するための環境技術など、これまであまり内需拡大というテーマの下では議論してこなかった新しい分野しかない」
 「4月にまとめた『経済危機対策』は財政出動の総額が15兆円超と過去最大の規模になった。これを盛り込んだ09年度第一次補正予算の内容を振り返ると、15兆円全体は大きく二つの対策に分かれていた」「一つは金融の目詰まりを絶対起こさせない、例えば企業が黒字経営なのに資金繰りで行き詰って倒産する事態を防ぐための金融対策だ。中小企業だけでなく、中堅企業、大企業まで含めて資金繰り支援を拡充した。15兆円のうちの3兆円強をそれに使っていた」「残りの12兆円はそれまでだと公共事業の追加となりがちなところを、この対策では1.8兆円程度と実際は1割強に抑えていた。地方に渡すお金が2.4兆円。残り7兆円余りを雇用、医療、介護や学校施設の耐震強化、低炭素社会作りといった視点を重視して配分していた。大きいところでは農業の体質強化にも1兆円規模を振り向けた」。
 「民主党は衆院選でも『補正は緊急性の高い経費を盛り込むのが原則なのに、たくさんの基金を設けてすぐに支出しない経費を貯めこんでいる。景気対策になっていないし、これこそ官僚のための埋蔵金だ』などと的外れな批判を繰り返し、政権交代した後で、『無駄』や『不要不急』の経費が目立つと言い募って約3兆円を執行停止してしまった」「実態は民主党の主張とはまるで違っていた。基金をいくつもつくったのは予算の単年度主義という原則を尊重しながら、財政支出が1年限りでは政策効果が持続できず、意味がなくなってしまう事業に、多年度にわたる予算をどう確保するこという知恵を絞った結果なのである。つまり、あの補正予算は短期の目先の需要創出はもちろんだが、将来に向かっての社会保障の機能強化による『安心社会』への第一歩を踏み出したり、成長戦略の種をまいておきたい、という中長期の目配りももう一つの大きな特徴だった」「例えば、基金方式で取り組もうと考えた事業には救急医療の確保や地域の医師確保など、地域医療の再生に努力する都道府県を支援する地域医療再生対策費(3100億円)も含まれていた」「介護分野も同じように力を入れていた。一生懸命働いてもなかなか収入が増えない介護職員の処遇を改善するため、事業者に3年間の助成をする。そのために基金を活用し、約4800億円を投入しようと考えた。特別養護老人ホーム、老人保健施設、認知症高齢者グループホームなど介護施設、地域介護拠点の整備を緊急に推進するためにやはり基金方式で2500億円を盛り込んでいた」。

 第五章 小泉改革の功と罪
 「2009年6月に経済財政担当大臣として取りまとめ、閣議決定した『経済財政改革の基本方針2009~安心・活力・責任~』(骨太の方針09)は自民党政権の『遺言状』のようになってしまったが、一つの特徴は、『格差がある』ということを前提に政策の方向性を書いたということだ」。
 「『骨太09』を取りまとめた際に、自民党内で大騒動になったのが小泉改革の遺産である『骨太の方針2006』の取り扱いだった」「尾辻秀久参院議員会長ら厚生労働関係に詳しい議員たちから、社会保障予算の抑制基調を転換するため、『「基本方針2006年」等を踏まえ』という記述を削除せよという強硬な主張が出され、党議決定機関である総務会が紛糾してなかなか決着がつかなかった」「党側の猛反発を受け、私は社会保障の1兆円規模の自然増はそのまま認める方針を示した」「ただ、『「骨太06」を踏まえた歳出改革の継続』という記述そのものをなくしてしまうと、社会保障だけでなく、公共事業や防衛費など、それ以外の経費も歳出抑制の拠り所を失ってしまう。だから、その基本的な枠組みだけは残そうと考えた。社会保障のセーフティネットはしっかりと守り、安心社会の柱とする。しかし、財政再建に向け、それ以外の歳出はギリギリの効率化や削減努力をするという二本立ての考え方で取り組んでいかなければならない」。

 第六章 高福祉・低負担はあり得ない
 「ここ最近、ずっと思案を続けていたのは、日本の将来を考えるうえでどうしても避けて通れない消費税率の引き上げを、国民にどう理解してもらい、政治的にどう実現できるかということだった」。
 「財政再建を進めるには、歳出カットの努力や経済成長で税の自然増収を得ることも大事だが、それだけではどうにもならないのが現実だ。その最大の理由は年金、医療、介護、少子化対策といった社会保障の給付やサービスが、今の仕組みのままでも少子高齢化が進めば、どんどん膨らみ続けるからである」「2002年には20歳から64歳までのいわば『勤労世代』が3.6人で、65歳以上の高齢者1人を支えている計算だったものが、このまま少子高齢化が進むと、2025年には勤労世代1.9人で高齢者1人を支えなければならなくなる。足元の2010年度予算編成を見ても、年金、医療、介護などの高齢化に伴う社会保障の自然増は1兆円を超えている」「社会保障も一定の節約や効率化には努めなければならないが、高齢化の圧力でそれを大きく超えて予算は膨らむ。歳入を増やし、この費用を安定的に賄う財源がどうしても必要だ。それには広く薄く国民全体で負担を分かち合う消費税が一番、適しているのではあるまいか」。
 「高齢者の中には、資産をたくさん持つ富裕な方もおられる。実際、マクロの統計では、国民の貯蓄の約7割は65歳以上の高齢者が保有していることになっている。こうした中で、高齢化に伴って生じる費用を、人口が減り続ける勤労世代にのみ負わせていくのは、社会正義に照らしても不公平であり、また、現実問題として困難である」
 「つまり、消費税率を引き上げるのは、全国民が連帯して皆保険・皆年金が象徴する日本の充実した社会保障制度を守るため、とも言える。この関係を一番分かりやすく説明し、納得してもらうには、消費税率をアップしたうえで、その増収分はすべて社会保障に充てるというやり方が考えられる。消費税をいわゆる『社会保障目的税』にするという言い方もできるだろう」。
 「消費税は既に1999年度から、当時は連立を組んだ自民党と自由党の政策合意で、税収の全額を基礎年金、高齢者医療、介護といった社会保障経費に充当する方針を一般会計予算の総則という部分に明記している」「現状では、基礎年金などの三つの経費の予算額が消費税収のうち国が使える分を大きく上回っている。したがって、目的税化したからといって無駄遣いや硬直化につながるといった批判は当たらないのではないか」。

 「財務省ともずっと議論を重ねてきたが、あるきっかけで消費税の社会保障財源化を財務省も受け入れたのである。それが05年10月の自民党財革研の中間報告、いわゆる『柳澤ペーパー』だった」「『柳澤ペーパー』は消費税率を引き上げる前提として、税収の全額を年金、医療、介護といった社会保障の給付に充てるという『社会保障目的税化』を初めて正面から打ち出した政府・与党の公式文書ではないだろうか」。
 「消費税の社会保障目的化にはいくつもの意味を込めていた」「第一は国民世論の増税への理解を得やすくする目的だ」「第二に消費税収は名目成長率にほぼ連動して伸びるので、少子高齢化で急激に膨らむ社会保障経費を経済成長のペースの範囲内に抑えることが一つのメドになりうる」「第三に社会保障費はどうしても増えざるを得ないとしても、その他の分野の歳出はここで勘定をはっきりと切り分けることができる」。
 「『柳澤ペーパー』で示した消費税の社会保障財源化の方向性は、私が経済財政担当大臣として取りまとめたと『骨太の方針2006』でも引き継いだ」。

 「07年秋、福田首相の下で再始動した第三次財革研は『骨太06』を土台に据え、『柳澤ペーパー』の路線に軸足を戻し、消費税の社会保障財源化の本格的な議論を進めていった」「11月21日、財革研は、『消費税の社会保障財源化』を実現したうえ、税率を2010年代半ばまでに少なくとも10%程度まで引き上げるよう提唱する中間報告を取りまとめ、発表した」 

 「なぜ税率を10%と見込んだかというと、年金、医療、介護や少子化対策の給付規模に2010年代半ばでほぼっ見合う税収を得られるのが10%だからである」「これから先、消費税は財政赤字を減らす目的には使わない、あくまで社会保障のサービス水準との関係で決まってくる税になるということを意味している。つまり、北欧諸国のように高福祉を望むのなら高い税率、低福祉を甘受するなら低い税率という具合だ」。

 2007年秋に大連立を巡る話し合いが不調に終わった後、「福田首相は吉川洋東大教授を座長に任命して有識者会議『社会保障国民会議』を首相官邸に設置した」
 与謝野氏は「08年8月の内閣改造で、福田首相から二度目の経済財政担当大臣に任命を受けた」
 しかし、夏野月遅れ盆休みも返上する勢いで経済対策を何とかまとめ上げた直後の9月1日夜、福田首相は突然、退陣を表明してしまった」「福田首相退陣を受けた総裁選に、私は初めて名乗りを挙げる決心をした」。
 「皆保険・皆年金が象徴する社会保障制度を将来にわたって守る。中福祉・中負担を維持する。その安定財源を確保するため、消費税率引き上げを含む税制抜本改革から逃げない。これが私が総裁選で訴えたかった『温かい改革』の核心部分だ。

 「吉川洋東大教授が座長を務めていた『社会保障国民会議』は最終報告書で、日本が戦後世界に誇っていた国民皆年金・皆保険を旨とする社会保障制度は、無年金、低年金者の増大や年金記録の大量の記載漏れの発覚、産科医の不足や救急医療・高齢者介護の現場における過酷な勤務実態など、綻びを見せていると警鐘を鳴らした」「年金、医療、介護や少子化対策といったセーフティネットを立て直す『機能強化』を実行する必要があり、そのためには、2015年度の時点で消費税率に換算して3.3%から3.5%分の新たな財源を確保する必要があるのではないか、という試算を公表した」「基礎年金の国庫負担率を三分の一から二分の一に引き上げるのに約1%分。最低保障年金の機能を持たせるなどの年金改革にもう1%分が必要になる。『医療崩壊』とも言われる中で、足りなくなっている医師を増やしたり、救急医療体制を充実したり、介護サービスを充実するのに約1%分。少子化対策にも約0.4~0.6%分というのが内訳だった」「社会保障の『持続可能性の確保』から『機能強化』に軸足を移すとはどういう意味か。それは聖域なき歳出削減を徹底し、少子高齢化でいやおうなく膨らむ社会保障費も例外とはせず、極力、伸びの抑制を目指した小泉首相以来の路線を軌道修正し、年金、医療、介護や少子化対策の給付などサービスを必要とする部分は一段と手厚くしていくということにほかならない」

 「12月24日には『3年後に消費税増税をお願いしたい』という首相の方針に沿って、『11年度より消費税を含む税制抜本改革を実施』することを目指した税制・社会保障改革の中期プログラムを閣議決定した」「09年の1月には、通常国会に提出した09年度税制改正法案の付則にこの中期プログラムを盛り込もうと考えた」「結局、付則には消費税を含む税制抜本改革を実行するため、経済状況を好転させることを前提に『2011年度までに必要な法制上の措置を講ずる』と明記した」「『付則』と聞くと何か軽く考えがちかも知れないが、法的効力は本則と変わらない立派な法律である。しかも、この付則には消費税の税収の全額を年金、医療、介護の給付と少子化対策に充てるという社会保障財源化の方向性も書いている」。

 第七章 民主党よ、耳障りな議論から逃げるな
 「消費税は年金、医療、介護などの社会保障に使う、という一言だけで、負担を増やしていただくなどということは、どうも甘い考えではなかろうか。…私はもう一度、原点に立ち戻って考えてみようと考えた」。
 「ここでもう一段、議論の幅を広げ、国民の多くが将来に対して抱いている不透明さや不安を払拭し、ある種の安心感を与える努力をまずしなければいけないのではないか」「私は麻生太郎首相とも相談し、…電通最高顧問の成田豊さんに座長をお願いして、民間有識者の皆さんにお知恵を借りようと09年4月、首相官邸に『安心実現会議』をつくった」「6月15日に『安心と活力の日本へ』と題した報告書をまとめていただいた」。
 「私たちが目指す安心社会とは、まず、『働くことが報われる、公正で公平な社会』でなければならないと思う」 「次に『家庭や地域で豊かなつながりが育まれる社会』でもなければいけない」「さらに安心して働き、生活していくには、教育・訓練、医療、保育、介護、住宅などの基本的な支えが欠かせない。これを言い換えれば、国や自治体、民間企業、非営利民間団体(NPO)などが連携して安心作りに取り組む『働き、生活することを共に支え合う社会』という言い方もできるだろう」
 「こうした安心社会を実現するためには、高齢者支援型の社会保障を引き続き大事にしながらも、若者・現役世代への支援も合わせて充実させて、全生涯、全世代を通じての『切れ目のない安心保障』を創り上げていくことが求められる。つまり、これまで重視してきた領域にまで幅を広げて多様な改革に取り組んでいかなければならない」

 「医療・介護・福祉の分野には、シビルミニマムとして必要な公的資金(すなわち税と保険料)を十分に投入し、それをベースに付加的なサービスに対して民間資金が存分に投入されていく、つまり高齢化社会における基幹産業として充実させていく。これは成長戦略的な発想からも必要なことだと思う」。

 今年6月にまとまった「社会保障・税一体改革案」は与謝野氏が関わった社会保障国民会議や安心社会実現会議以来の議論の積み重ねがもとになっている。
 「社会保障・税一体改革案」の策定には、与謝野氏の執念を感じる。

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明日のラウンドに備え、久々に練習

 このところ、仕事も忙しく、ゴルフのラウンドが少なくなっていたが、練習もまったくしていなかった。
 しかし、前回のラウンドで、未熟な部分が分かったので、そこを練習することにした。

First111029_1
 2時間打ち放題、65番ゲージ。

First111029_2
 まずは50ヤード先のグリーンを狙う。

 ボール供給機2回分、SWを使って練習した。
 ハーフスイングと良く言うが、振り幅がそのまま半分というのは理にかなっていないような気がする。
 上から打てば上に上がるのがゴルフ。ハーフスイングだからと言ってあまりバックスイングを小さくするとうまく打てないものだ。クラブはできるだけ短く持ち、その状態で“フルスイング”に近い感じでしっかり打ってみた。結果的に50ヤードくらいにしっかり打てた。

First111029_3
 次は、手前にバンカーがある想定で20ヤードくらい打つ練習。
 これもゆっくりしっかり打たなければ手打ちになったり、ボールの横を叩いたり、ミスが多い。練習しているとショートすることが多かった。ラウンド中でもショートしてバンカーに入れることが多い。
 これは結構しっかり打たないと越えないことが分かった

 そのあとPW、LWに替えて練習した。バンカー越えがショートしそうな感じの時はPWがいいかもしれない。軽く打って飛ぶクラブのほうが、こんな時はミスが少ないと思う。

 その後、3番、4番のユーティリティー、ドライバーを練習。

 明日は練習場のないゴルフ場ということもあって、しっかり練習しておいた。

 年内に90が切れる感じがするのだが。

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哲也@東風荘)久々の大三元!

小三元の可能性を捨て、大三元に賭けた。
Tetsuya_daisangen20111029

===== 哲也@東風荘 122卓 開始 2011/10/29 01:03 =====
持点27000 [1]フーテンの中 R1826 [2]ダントツゲン R1943 [3]五黄福星 R1773 [4]天秤魔王 R1856
東1局 0本場(リーチ0) 天秤魔王 12000 ダントツゲン -12000
ハネ満貫ロン 白 混一色 リーチ ドラ1
[1西]1m2m2m3m7m8m9m2p7p9p4s9s東
[2北]2m4m5m2p1s2s5s8s東東白発中
[3東]4m9m4p5P6p8p3s5s8s8s東南西
[4南]2m8m9m1p1p3p4p7p3s6s南中中
[表ドラ]4m [裏ドラ]7p
* 3G4s 3d9m 4G5m 4d2m 1G9p 1d2m 2G6s 2d2m 3G6s 3d西 4G9p 4d3s 1G3s 1d東 2N
* 2d8s 3G6p 3d南 4G8p 4d8m 1G9s 1d2p 2G1s 2d2s 3G北 3D北 4G1p 4d9m 1G発
* 1D発 2G6m 2d発 3G4p 3d東 4G白 4d5m 1G5m 1d9p 2G中 2d2p 3G2s 3d8p 4G白
* 4d6s 1G3p 1D3p 2G3p 2D3p 3G南 3D南 4G2p 4R 4d南 1G4m 1d9p 2G8m 2D8m 3G西
* 3D西 4G発 4D発 1G1p 1D1p 2G7m 2d白 4A

東2局 0本場(リーチ0) 五黄福星 8000 天秤魔王 -8000
満貫ロン 断ヤオ リーチ ドラ3
[1南]5m7m2p3p5p6p6p5s5s6s9s発中
[2西]6m3p5P5p6p9p2s5s7s7s南北北
[3北]2m2m4m7m8m1s2s5s6s9s南北中
[4東]6m1p4p8p8p3s3s6s8s9s東東発
[表ドラ]2p2m [裏ドラ]4s4s
* 4G4p 4d1p 1G3m 1d9s 2G9p 2d2s 3G6m 3d9s 4G1p 4D1p 1G8p 1d発 2G4s 2d南
* 3G東 3d南 4G5m 4d9s 1G8s 1d中 2G8p 2d7s 3G2s 3d東 4N 4d発 1G発 1D発 2G4m
* 2d7s 3G発 3D発 4G2p 4d8s 1G白 1D白 2G7p 2d6m 3G西 3d中 4G西 4d6s 1G3p
* 1D3p 2G9m 2d4m 3G9p 3D9p 2N 2d9m 3G7s 3d西 4G白 4D白 1G西 1D西 2G2p 2d4s
* 3G7m 3d1s 4G2m 4D2m 1G1p 1d8s 2G中 2d5s 3G2m 3d北 2N 2d中 3G3m 3R 3d7m
* 4G白 4d西 1G西 1D西 2G3m 2D3m 3G1s 3D1s 4G4p 4d白 1G4s 1d7m 2G7p 2D7p
* 3G8m 3D8m 4G7s 4D7s 1G5P 1d5s 2G9p 2K9p 2G9m 2D9m 3G北 3D北 4G9s 4D9s
* 1G南 1D南 2G9m 2D9m 3G4s 3D4s 4G2s 4D2s 3A

東3局 0本場(リーチ0) フーテンの中 1000 五黄福星 1000 天秤魔王 1000 ダントツゲン -3000
流局
[1東]2m4m6m2p3p5P7p1s6s9s北北発
[2南]1m1m2m7m7m9m6p1s7s9s南北白
[3西]5m8m9m1p2p4p4p5p7p7p6s7s発
[4北]2m6m6m8m1p2s5s東南西西北中
[表ドラ]1p7m [裏ドラ]北南
* 1G9m 1d9s 2G4p 2d1s 3G3p 3d発 4G7p 4d2s 1G東 1d9m 2G白 2d9s 3G2s 3D2s
* 4G4s 4d南 1G5s 1d1s 2G2s 2d7s 3G西 3D西 4G4m 4d北 1G7s 1d発 2G6p 2d2s
* 3G1m 3D1m 2N 2d4p 3G4m 3d4p 4G発 4d東 1G1p 1d東 2G中 2d6p 3G2m 3D2m 4G7s
* 4D7s 1G2p 1D2p 2G東 2d6p 3G8p 3d8m 4G7m 4d発 1G8p 1d2m 2G8m 2d東 3G4m
* 3d9m 4G南 4D南 1G3m 1d6m 2C7m8m 2d北 3G5s 3d4m 4G4s 4d中 1G8s 1D8s 2G9s
* 2D9s 3G5m 3D5m 4G2p 4d西 1G3m 1d4m 2G南 2d中 3G8s 3D8s 4G9s 4D9s 1G9p
* 1d北 2G3s 2D3s 3G4p 3D4p 4G3m 4d西 1G9p 1d北 2G4s 2D4s 3G5m 3D5m 4G中
* 4D中 1G3p 1d9p 2G5s 2D5s 3G9p 3d7p 4G4s 4d7p 1G3p 1D3p 2G7m 2d2m 3G8p
* 3D8p 4G3m 4d5s 1G3s 1D3s 2G1m 2K1m 2G8s 2D8s 3G6s 3d6s 4G3s 4D3s 1G6s
* 1D6s 2G6p 2D6p 3C4p5p 3d5m 4G9m 4d3m 1G6p 1d3p 2G1p 2D1p 3G8s 3D8s 4G3s
* 4D3s 1G1s 1D1s 2G5m 2d9m

東3局 1本場(リーチ0) フーテンの中 49300 ダントツゲン -17100 五黄福星 -16100 天秤魔王 -16100
役満ツモ 大三元
[1東]3p7p7p1s2s4s6s8s9s東白白発
[2南]1m6m7m2p6p6p7p9p5s9s西北白
[3西]1m1m2m2m4m9m2p2s4s6s7s7s北
[4北]2m6m8m2p3p4p4p5p6p9p4s5s8s
[表ドラ]9m [裏ドラ]9p
* 1G中 1d3p 2G南 2d北 3G6p 3d北 4G東 4D東 1G2s 1d7p 2G3m 2d西 3G南 3D南
* 4G7p 4d8s 1G3m 1D3m 2G4m 2d9s 3G4m 3d9m 4G3s 4d2m 1G7m 1D7m 2G3p 2d1m
* 3G2m 3d2p 4G9m 4D9m 1G中 1d7p 2G9s 2D9s 3G6m 3d2s 4G東 4D東 1G8p 1D8p
* 2G7s 2d白 1N 1d東 2G1s 2D1s 3G5p 3d4m 4G8m 4d6m 1G東 1D東 2G発 2d南 3G3m
* 3d1m 4G5s 4d9p 1G5m 1D5m 2G3s 2d発 3G北 3d1m 4G9m 4D9m 1G発 1d9s 2G5P
* 2d6p 3G1p 3D1p 4G8s 4D8s 1G4m 1D4m 2G3m 2d9p 3G5s 3d北 4G1p 4d5s 1C4s6s
* 1d8s 2G1s 2D1s 3G1p 3D1p 4G2s 4D2s 1G南 1D南 2G4p 2d4m 3G3s 3d6m 4G1m
* 4D1m 1G2p 1d1s 2G5m 2R 2d3s 3G南 3D南 4G1s 4D1s 1G中 1d2p 2G8m 2D8m 3G西
* 3D西 4G9s 4D9s 1G発 1A

---- 試合結果 ----
1位 フーテンの中 +67
2位 五黄福星 -6
3位 天秤魔王 -18
4位 ダントツゲン -43
----- 122卓 終了 2011/10/29 01:12 -----

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保坂隆著『老いの手本―いきいきと輝いて生きた人々―』(廣済堂新書)

Oinotehon
老いの手本―いきいきと輝いて生きた人々―

 保坂隆著『老いの手本―いきいきと輝いて生きた人々―』(廣済堂新書、2011年8月1日発行)を読んだ。
 保坂氏は聖路加国際病院精神腫瘍科医長、聖路加看護大学臨床教授。
 「はじめに」で、「年金や介護問題などの社会政策はいうまでもなく大きな関心事ですが、私は『心の問題を扱う精神科医』として、長い老後をどのようにして『楽しみ、喜び、輝きに満ちた日々にしていくか』ということに大きな関心を持っています」「そうした関心を持ちながら、本を読んだり、ニュースに触れているうちに、その答えが先人たちの生き方にあることに気づいたのです」と述べている。
 「十人十色、百人百様という言葉のように、老いの日の生き方も人の数だけあります」「本書は、そうした『老いの手本』をひもときながら、これから老いの日を生きていく標(しるべ)を見出していただきたいとおまとめたものです」。

 楽しい本だった。

 平櫛田中(ひらくし・でんちゅう) 彫刻家 1872~1979年
 「60、70は洟垂れ(はなたれ)小僧。男盛りは100から、100から」の言葉で知られている人だ。
 72歳で東京美術学校の教授になり、77歳で東京芸術大学の教授、93歳で名誉教授になっている。
 「100歳を超えても毎朝、丹念に新聞を読み、彫刻の題材によいと思われる記事はせっせと切り抜いていたといいます」。
 「『60、70は洟垂れ(はなたれ)小僧。男盛りは100から、100から』の言葉は、さらに『せくな いそぐな 来世もあるぞ』と続きます」。

 三井高利(みつい・たかとし) 三越の前進「越後屋」の創業者 1622~1694年
 「元禄時代、すでに当時の平均寿命を過ぎた52歳という年齢で伊勢から江戸に上り、呉服屋を開業して大成功を収めた」。
 「高利は勇躍江戸に出ると、かねてからいだいていた新しい構想の商売を始めるのです」「客を武士から庶民に替える。訪問販売をやめ、店売りにする。掛け売りはしないで、現金取引だけにする。一反売りだけでなく、端切れも売る。即日仕立ても行う……。どれもこれも、それまでの呉服屋商法の逆手をいくものでした」。
 「今日の三越、そして三井財閥に続く大商人の成功が晩年の20年で実現されたという事実は、現代の私たちにも大きな勇気を与えてくれます」。

 伊能忠敬(いのう・ただたか) 江戸時代の商人・測量家 1745~1818年
 「一心不乱に働いた第一の人生に、忠敬は50歳で終止符を打ち、息子にあとを託します。そして、いよいよ第二の人生とばかり、若い頃からの夢であった天文学の勉強を始めるのです」「忠敬は江戸に上り、当時の天文学の第一人者・高橋至時(よしとき)の門下に入門します。至時は忠敬より20歳も下」。 
 「じつは、蝦夷地測量の本当の目的は、地球の大きさを知ることでした」「江戸から最も遠い蝦夷地に行き、北極星の高さを測量する。江戸と蝦夷地の距離と、見上げる角度を比較して計算すれば、地球の大きさが算出できると推測したわけです」。
 「全国測量の旅は一度に行われたのではなく、忠敬56歳から72歳まで、計10回にわたっています。測量にかけた延べ日数は3737日」「忠敬が歩いた距離は4万キロにおよび、ちょうど地球一周を歩いたのとほぼ同じ距離になるそうです」。

 クロード・モネ フランス印象派の画家 1840~1926年 
 「なぜ、人々がモネの絵に強く心ひかれるのかといえば、モネは晩年、目を患い、かすれゆく視力と戦った画家だったからでしょう」。
 「白内障のほかにも目の病気に冒されたモネは深い絶望に陥り、60代最後の年から74歳までの作品は自ら切り裂いてしまったので、ほとんど残っていません」「しかし、それでも絵を描き続けます。80代に入ると片目は完全に失明し、もう片方の目も、かろうじて色を識別できる程度まで視力が落ちていました」「こうして心の目に映った光景を描いた70年代後半から80年代の作品は、おぼろげにとらえた光景に記憶のなかの光景を重ねあわせたものになりました」「モネは老いからくる衰えを、芸術的価値へと、より高い次元へと引き上げた画家なのです」。

 37人の晩年のドラマに感動した。

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埼玉県の秋が瀬公園でソフトボール、外野にボールが飛ばない(-_-;)

 今日も埼玉県の秋が瀬公園でソフトボール。
Softball20111023
 今日は1番ライト。いきなり対戦したピッチャーは女性の大学生。球に伸びがあり、ピッチャーフライに抑えられてしまった。
 2打席目はサードゴロ。3打席目はサードライナー。
 タイミングが合ってきたなと思ったら、ピッチャーが代わってしまった。
 4打席目はショートフライ。
 1打席目、4打席目の内野フライは、高めの長打が狙える球だったが、ほとんど真上に打ち上げるような打球だった。
 5打席目、ようやく三遊間にヒットを打てた。
 試合は勝利。

 2試合目は相手の先発ピッチャーがコントロールを見出し、初打席はフォアボール。
 また打席が回ってきたが、今度はファーストフライ。内野フライをこんなに打ったのは珍しい(汗)。

 3打席目もフォアボール。4打席目は三遊間ヒット。
 5打席目は最初の女性ピッチャーに代わったが、フォアボール。
 6打席目は1試合目の二人目のピッチャー。三遊間ヒット。

 試合は連勝だったが、個人的には全然外野に球が飛ばず、盛り上がらなかった。
 ライトの守備は前進して落ちる寸前にキャッチしたり、強烈なライナーを抑えたり、まずまず。
 
 でも、普通の人の普通のソフトボールと言う感じで――。

 夏合宿のような熱病にかかったソフトボールをまた、してみたい。

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千葉新日本ゴルフ倶楽部(千葉県市原市)で同期会コンペ

 4月10日以来の高校の同期会コンペを千葉新日本ゴルフ倶楽部(千葉県市原市新巻850、0436・36・2131)で開いた。
 初めて参加する仲間も二人いて、合計14人でのラウンドになった。

20111016chiba_shinnihon_golf_club00
 内房OUTコース(3026ヤード、パー543445434)をスタートした。
 ドライバーがまずまずだったが、グリーンに近づくとミスが多く、パットも決まらず。それでも、落ち着いて回って成績は、+1+2+1+3+0+1+0+1+2=+11で47。パット数は222322123。
 特に、パットがもう少し決まっていたら、目標の45以内も可能だったと悔やんだ。

20111016chiba_shinnihon_golf_club_2
 午後のINコース(3096ヤード、パー434454354)はOUTより難しく、優勝したM.Wさん以外はだいたいスコアを悪くしていた。
 成績は+1+2+4+2+1+1+1+4+3=+19で55。パット数は232312233。
 最終ホールはドライバーが280ヤード飛び、残り100ヤードだったが4オン3パット。
 ゴルフはアプローチが勝負、とよく言われるが、スコアが100前後になると、そんな感じになるのだろう。
 ドライバーはとりあえずよほどのことがないとOBにならない当たりが打てる腕前だからだ。
 
 振り返ると前回のラウンド以降、「ゆっくり」、「しっかり」打つことにより、インパクトでのミスが減り方向のぶれも少なくなった。
 ところが今日は、まっすぐにピンに向かっていく当たりがことごとくグリーン手前1~2m、ショートした。ゆっくり打つことから、若干飛ぶ距離が短くなったのかもしれない。しかし、アプローチが良ければ問題なかったはずなのだが、ことごとく2~3m、ショート。結局グリーン周辺で多く打ってしまった。

 ドライバーが打てないホールもあり、そんなときにユーティリティーでティーショットを打つ練習をしていなかったことも気づいた。

 こうした弱点を克服し、ハーフ45前後で回ることを心がけたい。

 コンペの成績は14人中10位。ブービー。
 
 みなうまくなっていて、なかなか上位にいけない。
 
 次回同期会コンペは4月15日。次回は何とかベスト3へ。

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~特別寄稿~【源氏山ゴルフクラブ=房総半島中央の丘陵地帯に展開する“古き良きゴルフ場”。不満残るドライビングレンジ】

055
(6番ミドルホール。堂々とした丘陵コースだ)

087
(高い所から遠方を眺める。特に高い山は見えない)

163
(どっしりとした構えのクラブハウス。手前にバンカー練習場)

091
(スターティングテラスにあった「聖火ランナー」の彫像。男性スタッフさんに由来を尋ねたが、返事は「?」)

 「源氏山ゴルフクラブ」と聞いて最初に思ったのは「なぜ、千葉県で源氏の名前が出てくるのか」ということだった。「源頼朝公が安房より北上して下総国に進軍するに当たり、山に旗を掲げて兵を募ったので、その山を“源氏山”と呼ぶようになったのです」と受付のスタッフさん。開場は1977年(昭和52年)。地名からして由緒ありそうなゴルフ場だ。

043
(10月にしては気温が上昇。芝の手入れには気が抜けない)

 ラウンドしたのは10月中旬の休日、ベストシーズンだ。本日はアウトコースからのスタート。気合を入れて1番ミドルホールのティインググランドへと向かう。

 「乗用カート利用のセルフプレー」を選択したので、キャディさんはいない。じっと前方を眺め、コース戦略を練る。

 「右側が山、左側は谷」の丘陵コース。しかし、フェアウエーは思った以上に広く平坦で、朝一のプレッシャーは少ない。右にドッグレッグし、グリーンが見えないのが不安材料。

 バックティから431ヤード、レギュラーティから399ヤードと距離は十分。この日はレギュラーティからプレーしたが、ティマークがフロントティ(357ヤード)近くに置かれていたので、実際の距離は表示よりも短い。

 フェアウエーを包み込むように濃い緑の林が続き、景観的には「地味な印象」を受ける。230ヤード先に目印となる小さなフラッグがあり、まずはそれを目がけてティショット。同伴者共々、無難にスタートを切る。

031
(乗用カートに搭載された「コースガイド」。あまり詳しくないが、イラストが雰囲気を出していた)

 2打目地点からはダラダラとした上り傾斜。グリーン面が良く見えないので乗用カートに戻り、搭載されている「コース案内図」などを改めてチェック。
 グリーン手前に3つのバンカーが口を開けている。大き目のクラブを握る。

 グリーンはやや遅め。朝、キャディマスター室近くにいた男性スタッフさんに速さを尋ねたところ「測っていません。8フィートから9フィートでしょう」という大雑把な返事。

 朝方まで降雨だったこともあり、感覚としては8フィートもないくらいではないかと思った。

032
(OUTコースの2番ミドルホール。思わぬ打ち下ろしに一瞬、緊張)

 2番ホールは様相がガラリと変わった。大きな打ち下ろしで始まるミドルホールで、思わぬ起伏に「おぉ、これは大変だ」。

 「OUTコースは起伏が緩やか。INコースの方がスリリング」(同スタッフさん)と聞いていただけに、予想外の展開に戸惑う。

 動揺していたら「丘陵コースなので、この位のアップダウンは普通ですよ」と同伴の会員氏に軽くたしなめられた。

 確かに2打目以降は下り勾配も緩やかに。むしろグリーン周辺のガードバンカーの方が厄介で、飛ばし屋の同伴者もグリーン周りで苦戦を強いられていた。

 実はこの1番ホールと2番ホールにコース全体の特徴が良くに表れていた。「丘陵コースらしい大小の起伏」「しっかり造られたバンカー」、それに「砲台グリーン」である。

 全長距離はバックティから6,577ヤード、レギュラーティから6,173ヤード。一部500ヤードを超すロングホールや200ヤード近いショートホールもあるが、全体としてはやはり短め。

 ここは距離よりも起伏の面白さが印象に残るコース。それだけにショットの正確性と距離感の勝負になる。

 特にピンの根元が見えない砲台グリーンでは、アプローチの距離感が何よりも重要。残り距離を読み間違えたり、ミスショットすれば、すぐ3パットや厳しいバンカーの餌食になる。

 典型は6番ホールだった。323ヤードしかない短いミドルなのだが、グリーンに向かって長い上り斜面が続く。2打目地点からは旗の天辺しか見えない。

073
(当日のピン位置はハンドルに付けられた印刷物でチェック)

 乗用カートのハンドルに「ピンポジション」を示す図が付いているので、面倒でも小まめに確認するしかない。

132
(15番ロングホール。ティショットの狙い目は左バンカーの右サイド)

138
(15番ホールを終えて振り返る。グリーンに向かって大きく打ち上げる難ホールだった)

 ホームページ(HP)で「オーガスタ風の地形と風景」と書かれていた15番ロングホールも、やはりグリーン手前が急激な上りで、グリーン面が全く見えない。

 アプローチショットを打つ前にグリーンに上って、ピンまでの距離を実感した方がいい。「この手間を省くと、それだけで1打損する」と反省。

 グリーンやフェアウエーのメンテナンスは比較的良好。気になった遅めのグリーン(ベント)は天候の影響もあるので、別の日ならもっと速いのかも知れない。

 1番、2番ホールでは感じなかったが、ラウンドを重ねるにつれて、新たなコースの特徴も見えてきた。

051
(OUTコース5番ミドルホール。左サイドの一本の木が刺激的)

 1つが「コース設計」の妙だ。例えば5番ホールはティインググランドから見て左サイドに1本の高い木が立つ。「あの木に当てろ」と言われればまず当たりそうもないのに、当たる。

 右サイドから林がせり出してきているので打ち出しが狭く、どうしても左を向きがちになるせいだ。

 そう考えると“良く出来たホール”が多いのに気づく。総距離が短いだけに、簡単に攻略できないよう様々なトラップが用意されているのだ。

 もう一つが「景観」面での工夫だ。1番ホールで「地味な印象」と記したが、一帯は丘陵地で、周囲は木々ばかり。それも松、杉、竹、楠・・・と一般的なものがほとんど。
 桜木はこの季節、まだ眠ったままで、紅葉もこれから。景観はどうしても華やかさに欠ける。

 パンフレットに「西方に富士山を望み」と書かれていたので探してみたが、ラウンド中は発見できず。よほどの好条件が揃わないと難しそうだ。

070
(8番ミドルホール=402ヤード=では目の前に池。「前4」の特設ティは残り170ヤード付近に置かれていた)

 そんな景観上の弱点を補うように設けられているのが「池」だった。最初に姿を見せたのが8番ミドルホール。ティインググランド近くに造られているので、ハザードというよりは単調になりがちな景観に刺激を与えるのが目的のように感じられた。

110
(12番ロングホール。右サイドにある噴水の出る池。このコースの「顔」の一つだ)

 池はINコースの方が多く、12番ロングホールはフェアウエー右サイドに比較的大きな池が登場する。噴水が出ていることから、これも主として景観を美しく見せるための工夫だろう。

150
(池が配された17番ショートホール。グリーン上からティインググランドを振り返る)

 17番ショートホールの池はそれまでとは違い、明らかに難度を高めるためのハザードだった。グリーン近くに配されているので、特に左グリーンを使う場合は正確な方向性と距離感が必須となる。

 ティインググランドに立った時はさほど感じなかったが、この17番のグリーン上で後ろを振り返ってみると、池と林と芝が輝いて見えた。
 夕日だ。ちょうど太陽がホール全体を照らし、秋の自然美を浮き上がらせている。

135
(INコースの終盤では、夕日が目に入ってボールが見にくいホールがあった)

 ただ、同伴者の1人は「15番や17番は(プレー中、正面に夕日を見ることになるので)眩しくて、前が全然見えない」と不満を漏らしていた。「そもそもコース設計に問題がある」とも。

 景観の美しさはOUT、INとも最終ホールが際立っていた。「利用者に好印象を持ってプレーを終わって貰いたい」という設計者の狙いが伝わってくる。

083
(9番ホールはクラブハウスに向かって上り斜面が続く。三角形の屋根が印象的)

 9番は長い上り傾斜の続くロングホール。グリーンに近づくにつれ、“頂上”にあるクラブハウスが大きく迫ってくる。このクラブハウス、横から見ると屋根の三角形が意外にかわいらしく、なかなかチャーミングだ。

 18番ミドルホールは、フィナーレに相応しい演出がたっぷりと施されていた。
 まずフェアウエー左サイドに立ち木が数本。それを過ぎると一転、下り斜面。先には小石を敷き詰めたクリークが走り、最後、グリーン周辺には深いバンカーが並ぶ。正面に美しいクラブハウス――。用意周到。なかなか「絵になるホール」である。

 こうみると、最初は地味に感じたコースも意外に個性的で、正統派コースだったことに気付く。

059
(現在は「乗用カート利用のセルフプレー」が中心)

062
(ティインググランドは一部、荒れ気味の所もあった)

077
(8番ホール左サイドには大きな防球ネット。打ちっ放しの練習場が近くにあるためだ)

078
(アゴのしっかりあるバンカーが多かった)

093
(打ち下ろしの10番ミドルホール。豪快なショットが期待される。右サイドは「1ペナ」)

095
(11番ミドルホールは砲台グリーンが特徴。手前のバンカーには要注意だ)

097
(自然は十分にある)

099
(フェアウエーのメンテナンスは比較的良好だった)

101
(午後は強風に悩まされた)

113
(ティインググランドもしっかり、大きく造られていた)

115
(修理地を示す白線。かなり細かく書いてあった)

117
(視界に高圧線や鉄塔がなく、美しい樹林が楽しめる)

118
(多くのバンカーに囲まれいるグリーン。「バンカーは得意なんだ」と自分に言い聞かせて頑張る)

122
(13番ミドルホール。グリーン奥に立っていた、気になる木)

123
(「茶店」はOUT、INにそれぞれ1ヶ所ずつ)

053
(無人でコンパクトな設計)

126
(14番ショートホールにはグラスバンカーが待ち構えていた)

127
(大きな傾斜と微妙なうねり。普段から斜面でのショットをしっかり練習しておきたい)

130
(成田国際空港へ向かう飛行機が頻繁に上空を通る。高度が高いので、騒音は気にならない)

139
(見栄えはあまり良くないが、冷水が飲める。夏場は有り難い)

142
(桜が満開になったシーンを想像。春にも来場してみたい)

159
(グリーンは正面のクラブハウス手前。小石を敷きしめたクリークが曲者)

 開場は今から34年前の1977年。王貞治選手がホームランの世界記録を達成、ピンクレディーが大活躍した年だ。ゴルフ界では「三菱ギャラントーナメント」がスタート、ゴルフブームが一段と盛り上がる。

 当時、ゴルフ場は全国で年間100ヵ所近く造られ、大型重機の導入で強引なゴルフ場開発も目立ち始めていた。

 そうした時代背景を考えると、「源氏山ゴルフクラブ」もブームに乗った面はあるのだろう。
 だが、コース設計に「小山ゴルフクラブ」や「戸塚カントリー倶楽部(東コース)」などを手掛けた名設計家、間野貞吉氏を起用した事業主(塚本總業)の判断には、大きな意味があった。

134
(2つのグリーンの間に本格的なバンカーがある。日本の歴史ある名門コースでしばしば見られる設計)

106
(等間隔に並んだ樹木。いかにも人工的だが、長い年月を経て不自然な感じは消えていた)

147
(カート道路沿いに並んだ樹木。歴史を感じる)

 当時主流だった2グリーン、地形を生かした様々なうねり、傾斜、要所に配されたバンカー、砲台グリーンなどの特徴に、今では太く育った樹木が風格を添えて、古き良き日本のゴルフ場の趣を現在に伝えている。

 ゴルフ場設計者の役割は大きい。同時期に乱開発されたゴルフ場の中で、バブル崩壊後に経営破たん、事業主が代ったゴルフ場は枚挙に暇がない。優れたコース設計は、やはりゴルフ場の命である。

 では、源氏山ゴルフクラブの場合、コース以外の「施設」や「アクセス」、「料金」「サービス」面はどうだろうか。最近の利用者はコースが良いだけでは満足しないのも事実である。

 まず「施設」面から。クラブハウスの外観は18番ホールの写真でご覧頂いた通りオーソドックスな造りで、コースに面した長い窓が印象的。

008
(ゆったりした感じのエントランス。受付の女性スタッフさんは丁寧に対応してくれた)

088
(洗面所はコンパクトだが清潔で問題なし)

 1階のエントランスは、豪華さや高級感、文化性こそあまり感じないが、空間は広く、ゆとりがある。左サイドに受付。右手奥にロッカールームやトイレ、浴室。

004
(ロッカー間に椅子はなく、下部にある台に腰掛ける。台の中にはスリッパが入っていた)

 ロッカールームに向かう通路の途中に「キー ステーション」。貴重品ボックスは静脈認証方式。

014
(広くて重厚感のあるラウンジ。入り口近くには立派な胸像と水槽が置かれていた)

013
(レストラン。天井はやや低めだが、外光が入って明るい)

090
(レストランからは正面に18番ホールが見える。外の景色は綺麗だ)

 小さな階段を上った左手奥にラウンジとレストラン。共にゆったりとした造りで感じがいい。ラウンジには「重厚感」、レストランには「透明感」があった。
 空間を贅沢に使った設計はキャパシティの確保と同時に、当時、まだ旺盛だった接待需要を意識したものに違いない。

 半面、浴室は比較的小ぶりで、薄暗い。浴槽、座椅子、桶などに木が多用され、どこか山の中の古い温泉を思わせる佇まい。窓外には竹の柵がめぐらされていて、遠景は楽しめない。

007
(脱衣場。窓の外には竹で作った塀。右側のドアが浴室への入り口)

 脱衣場もコンパクトな造り。大きなカゴに中にタオルが小さく丸めて並べられていたのが目に留まった。

 トイレは個室が5つ(うち和式が1つ)。朝のラッシュ時にこれで足りるだろうかと心配になる。

023
(かなり変則的な造りのドライビングレンジ。朝方までの雨による水溜りが残っていた)

 ドライビングレンジはお粗末だった。クラブハウス脇の山の斜面を「練習場」の案内板に従って下る。滑り止めのマットが敷かれた長い斜面と階段(全部で93段)が続く。

 現れたドライビングレンジの打席は山の一部を削って整地したような造り。8打席と4打席に分かれ、さらに目の前の一段低い場所にもう3打席。

 後ろからボールが飛んできても大丈夫なように、この3打席は屋根とネットでガードされている。それでも屋根はボールが当って傷つき、痛々しい姿。

 丘陵地帯で適地を確保しにくいことは分かるが、もう少し“普通の練習場”が造れなかったのかと惜しまれる。

 足元のマットもボロボロだった。相当に使い込んだもので、中央部分が完全に磨り減っている。ボールも線の入った練習専用の中古品。30球で315円。

 おまけに「8:30分以降はドライバー禁止」だ。正面の林までは200ヤードほどあるのだが、その先に8番ホールがあり、練習ボールがプレーヤーに当る恐れがあるためだという。

017
(スターティングテラス正面のパター練習場。練習場にしては傾斜がきつく、本番に向けて自信より不安が高まった)

 何度もこのゴルフ場に来ている同伴者は、ドライビングレンジには姿を現さず、バンカー練習とパター練習に励んでいた。

 2番目の「アクセス」は東京からの場合、「遠くもなし、近くもなし」といったところだ。

001
(JR内房線五井駅には周辺ゴルフ場に向かうクラブバスが10台以上並び、目的のバスを探し出すのが一仕事)

 この日は東京駅発7:15分のJR特急「わかしお1号」(安房鴨川行)に乗車。途中、蘇我駅で内房線に乗り換え、五井駅に8:06分に到着。8:20分発のクラブバスに乗って24分。8:44分にゴルフ場に到着した。

 東京駅からの所要時間は約1時間半。首都圏ではこの位の移動時間は珍しくない。料金は特急料金(自由席利用)込みで片道1,450円。

 クラブバスは朝2便(8:20分と9:20分)、夕方2便(16:15分と17:15分)。注意しなければならないのは、クラブバスの運行が土日祝日に限定されていることだ。タクシー利用だと片道約4000円の出費を強いられる。

 仲間3人はクルマで来場した。都心から高速館山自動車道市原ICまで約1時間。同ICからゴルフ場まで20分ちょっとだったので、所要時間は電車の場合と似た様なものだ。

 横浜方面からなら「東京湾アクアライン高速バス」を利用して五井駅まで来る手もある(料金は片道1,600円)。ただし、8:20分発のクラブバスに乗るには横浜駅を7:05分の高速バスで出発しなければならず、ちょっと時間が掛かる。

 3番目の「料金」体系(ビジターの場合)はかなり複雑だった。「セルフプレー」と「キャディ付プレー」の選択制のため、料金体系も2通り。「キャディ付」の方が3,150円高い。

 同じ休日でも「土曜日」と「日曜休日」ではプレー料金が異なる。差額は月によって違い、概ね土曜日の方が1,000円から2,000円高い。

 平日料金にはA、B、2つのプランがある。「Aプラン」は昼食とドリンクバー付き。「Bプラン」は限定昼食付だ。
「限定昼食」というのは「選べるメニューが数品目に限られている」(女性スタッフさん)からだという。

 時季によってもきめ細かく変動し、例えば「土曜日にセルフプレー」を希望した場合、10月なら18,000円、11月は20,000円で、12月には再び18,000円に戻るといった具合。

 さらに季節(月)によって変わるが、「平日限定 早起きプラン(7時台のスタート)」や60歳以上の方が入ると適用される「平日限定 シニア優待プラン」などの特別プランもある。

 目安とすれば、「セルフプレー」で休日が18,000円から20,000円(昼食代別)。平日が9100円から9,800円。この平日料金には「限定昼食」代が含まれているため、実質的には8,000円前後と考えて良いだろう。

 休日と平日とでかなりの差があり、平日料金には割安感がある。ちなみに、以前の料金体系を見ると、「秋季(10月~11月)」の場合で「平日13,000円、土曜日22,000円、日祭日20,000円」という料金体系だった。

 最後の「サービス」面はどうだろう。受付のスタッフさんは面倒な質問にも丁寧に答えてくれ、ホスピタリティの高さを感じた。

 例えば「今日はメンバーさんと一緒ですが、次回はゲスト組だけでプレーできますか」。

 「今回、一度ご利用になられているので、電話で申し込まれる際に『利用したことがある』とおっしゃっていただければ、紹介なしでもご利用できます」と、にこやかに返答。
 「その時はこの番号を言ってください」と7桁の数字を書いたメモを手渡してくれた。

 ネット情報を検索すると「従業員の皆さんは、明るく礼儀正しい方ばかり」
 などの書き込みが見られた。同様の感想を持った人が他にも多いようだ。

 同伴者のひとりは無料で貸し出してくれる「試打クラブ」を利用していた。レンタルクラブは一式で2,100円(ブランドは「XEIO」)。

 なお「コンペパック」の利用条件は、HPには「3組11人以上でお引き受けします」と記載されているが、最近は「2組7人以上」に条件が緩和されているので、覚えておきたい。

 昼食も大切な要素だ。女性スタッフが「お薦めです」と言ったのは「源氏山名物のまぐろ漬丼」(1,575円)。メニューは季節によって変わるが、和食と洋食が中心で、選べる種類は多い。ビール(生中)は630円。

 ちなみに朝食は、和定食・洋定食が735円、たぬきうどん・そばが525円、トーストが210円、モーニングコーヒーが180円(通常は315円)。

 コンペ用のパーティ料理も選択肢が広く、全体に飲食部門には力を入れているように思えた。

 ラウンドした日から、早くも1週間が経過した。
 「(房総は冬でも暖かいので)年末に割安な平日を利用して、また行こうか」と今、仲間同士で話し合っている。

(ゴルフジャーナリスト O氏よりの寄稿)

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蕎亭(きょうてい)はる(愛媛県西条市、そば)

 四国と言えばうどん。若いころ、愛媛県に三年住んだことがあるが、そばは食べなかった。
 「四国においしいそば屋はない」。そんな先入観があったのだが、この店に行って、「四国にもとてもおいしいそば屋がある」ことが分かった。
 
 蕎亭(きょうてい)はる(愛媛県西条市大新田101-1、0898・64・2142)だ。
 カーナビがないと行けないような場所にあるが、この店はおススメだ。

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 入り口。

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 布袋さまが出迎えてくれる。

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 広い民家がお店だ。

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 この日はちょっとしゃれた部屋に通してもらった。

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 くつろげる。

 店主は、そばにこだわる「江戸東京そばの会」の卒業生。

 メニューはこれだけ。
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 うまい。本物だ。

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 デザートもなかなか。

 西条市で一軒、お薦めの店と言ったら、ここではないだろうか。

 営業時間はAM11:30~PM6:00(売り切れ仕舞)
 木曜日、第二金曜日定休。

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ふぐ3800円につられて入った、伊予のご馳走 おいでん家 (おいでんか、松山市、郷土料理、居酒屋)

 伊予のご馳走 おいでん家 (おいでんか、愛媛県松山市道後湯之町13-23、089・931・6161)に行った。

道後の湯に浸かった後、商店街をぶらぶらし、射的などに興じた後、偶然、この店を見つけた。

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 道後温泉本館のすぐ近くにある。

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 実はこの宣伝に目がとまったのだ。
 ふぐ三昧 <豪華五品コース> 3800円。

 30分以上並んで、ようやく2階席に案内された。
 ところが…。
 「ふぐは事前予約されないとご用意できないんです」。
 「えっ。そんなこと書いてありました?」

 書いてあったのだ。
 小さく、要予約 TEL

 あまり感心しないやり方だけれども、書いてあったのは事実。

 メニューを見ると――。

 天然たい刺身(1200円)
 じゃこ天(400円)
 じゃこかつ(400円)
 おこぜの唐揚げ(1200円)
 鶏の唐揚げ(せんざんき、600円)

 など郷土料理も多い。
 その中に、こんなメニューもあった。

 宇和島風鯛めし御膳
 愛媛県の南部、宇和島市の名物ごはん。
 鯛のお刺身をあったかいご飯の上にのせ、
 特製のたれをかけてお召し上がりください。
 小鉢3品・天婦羅・お吸物をセットにしました。
 2500円

 鯛めしは良く食べたが、それは鯛を一匹炊き込んだご飯。 
 別に、宇和島風鯛めしがあると聞いていた。それがこれなのだ。
 
 これを注文した。

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 小鉢。

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 天婦羅。

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 そして、宇和島風鯛めし登場!

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 ご飯にかけて、食べた。

 おいしいのだが、卵かけご飯と一緒に鯛の刺身を食べている感じで、なんとももったいないような…。
 そうか。愛媛の人にとって鯛は御馳走でもなんでもなく、普通に食べられる日常的な食べ物なのだ。
 だから、こんなちょっともったいない食べ方がされるのだ。

 ふぐは食べられなかったが、宇和島風鯛めしが食べられて良かった。

 ふぐで客を釣らなくても、ほかにも売り物がいろいろあるのだから、ふぐの看板はしまったほうがいい。

 営業時間は11:30~14:00、17:30~23:00。
 無休。

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マルトモ水産 鮮魚市場(愛媛県西条市、魚介料理・海鮮料理、居酒屋)

 マルトモ水産 鮮魚市場(愛媛県西条市樋之口456-5、0897・56・8600)に行った。


 産業道路バイパスから漁港の方に入る。釣舟はたくさん停泊していたが、本当にお店があるのかと思ってクルマで進んでいくと、立派な建物があるではないか!

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 松山の卸売市場、壬生川の秋山市場、西条漁業協同組合で毎日仕入れた新鮮な鮮魚を販売している。
 その一角で食事ができるのだ。

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 夜はつまみメニューがたくさん加わる。鳥皮ぎょうざ(380円)。

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 鶏ざんき(480円)。

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 刺身8種が食べられる姿盛り(4~6人前、2900円)。

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 目が合った渡り蟹も

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 調理してもらった。

 営業時間は10:00~22:00(L.O.21:30)
 水曜日定休。

 西条市に来たら、ぜひ寄りたい店だ。

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CEATEC JAPAN 2011 融合の時代、独創性は機器でなく「つながり」から生まれるのか

 千葉市の幕張メッセで開催されている最先端IT・エレクトロニクス展「CEATEC JAPAN(シーテックジャパン)2011」に行った。2009年の3Dテレビ2010年のスマートフォンのような目玉の機器は見られず、タブレット端末とテレビの融合、マルチメディア放送といった機器の「連携」や、メディアの「融合」がいまやITの主役のようだった。

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 スマートフォンがつながり、広がり、スマートライフ、スマートコミュニティが生まれるらしい。
 「ふ~ん」。

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 「がうがう」。スマート、スマートという言葉の中で、ちょっと異色な言葉に目がとまったが――。

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 自分のスマートフォンをキャラクターグッズ化するモバイルガジェットショップの出展だった。

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 そんななかではソニーが3D対応のヘッドマウントディスプレイやタブレット型端末を出品。アンドロイドウォークマンなども展示していたが、時代を創っているというよりは、「アップルを追いかけている」感じがした。


 アナログテレビの停波後の跡地で展開するNTTドコモ系の「マルチメディア放送」はさすがに元気があった。
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 マルチメディア放送(V-High)の放送局名は「NOTTV」になったという。
 「テレビではない」。訴えるべき積極的な特長がないのでこんな名前になったのではないかと疑うような名前だ。
 『ひらけ!ポンキッキ』のムックのような謎のキャラクター。プレゼンは派手だったが、多彩な映像が楽しめるYouTube、Ustream時代に、それより楽しい映像コンテンツが出てくるのかどうか。

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(パンフレットの写真はクリックすると拡大画像になります)

 2012年4月に開局するというこのNOTTV、パンフレットを見て、魅力を感じただろうか?

 一方、同じマルチメディア放送でもV-Lowと言われるジャンルのデモンストレーションはTOKYO FMが手掛けていた。展示は素朴だし、プレゼンの映像はいただけなかったが、こちらは逆に可能性を感じた。

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(パンフレットの写真はクリックすると拡大画像になります)

 ケータイ端末やタブレット型端末は、確かにモバイル端末の中心に位置づけられるが、デジタル時代に融合するものは、今ある端末ばかりではないだろう。V-Lowマルチメディアは携帯電話事業者がインフラを担わない分、かえって面白いものができるかもしれない。

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 カシオのデモ端末。

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 ダウンロードしたスーパーのチラシ。

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 拡大して見たいところを見ることができる。

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 詳しくイチオシ情報も。

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 音楽や――。

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 本のダウンロードも。放送波を使うので、人気が高く大人数がダウンロードするものが中心になると思われる。

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 避難場所などの情報も。

 「連携」「融合」と言われるが、テレビとタブレット端末などの連携ばかりでなく、意外にチラシとデジタルフォトフレームのようなローテクの組み合わせが面白いのかもしれない。
 放送の「プッシュ型」は、操作をしなくても情報が落ちてくるので、操作が必要な「双方向」よりも、これからの高齢社会にはきっと向いている。

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 V-Lowは使い方のアイデアも公募している。こうした中から面白いものが生まれてくるのだと思う。

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LOBOS (ロボス)銀座(東京・銀座、スペイン料理)

 LOBOS (ロボス)銀座(東京都中央区銀座4-9-6 三原橋ビル1F、03・5148・2688)に行った。

 ステンレス製のカウンターの席に座った。
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ルッコラとクレソンのグリーンサラダ(680円)。バルサミコドレッシングとぴったり合う。

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 LOBOSの具沢山スパニッシュオムレツ(500円)。スペイン料理の定番!

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 マッシユルームのアヒージョ(750円)。アヒージョはいろいろあるが、オリーブオイルとニンニクのシンプルなアヒージョが好きだ。これもスペイン料理の定番。

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 群馬県産・有機男爵イモのグリル~アンチョビバターソース~(550円)。群馬県産だもの。

 グループできて、しっかり料理を楽しむこともできるが、一人~少人数で来て、スペインバルとして利用できるのがいい。グラスで480円という安価なワインもあるが、これがおいしい!
 お店の人の感じもよく、何度もふらっと来たい店だ。

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 酔い覚ましのデザート(写真はバレンシアオレンジのレアチーズケーキ、550円)もおいしかった。

 営業時間は、ランチ(月~金)が11:30~14:00(L.O.13:30)、ディナー(月~木・土・日)が17:00~24:00(L.O.23:00)、 (金)が17:00~02:00(L.O.01:00)
 無休。

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「あと2ホール」で乱れ、ベストスコア逃す・かすみがうらOGMゴルフクラブ(茨城県かすみがうら市)

 8月28日以来の久しぶりのゴルフ。かすみがうらOGMゴルフクラブ(茨城県かすみがうら市田伏5136、029・896・0811)でラウンドした。
 9月は一度もクラブを握ることなく、ぶっつけ本番でこの日のラウンドになった。でも、かえって、そんなときのほうが調子がでることもある。
 ラウンド前の練習。久しぶりなので丁寧に打った。打ち急がず、ゆっくり振る。そうすればうち損じも減る。そんな練習の感じがよかったので、ラウンドでは、「あらゆるクラブでゆっくり振る」「それ以上ゆっくりだと球が飛ばないくらいゆっくり振る」ことにした。
 いつもと違うのはそれだけだったが、結果は良いほうに出た。

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 南コースはレギュラーティーが3155ヤード(パー54344 3445)。

 結果は0+0+4+1+1+1+0+0+1=+8で44。パット数は122122112。
 せっかく連続パースタートだったにもかかわらず、3番ショートでバンカー脱出に3打を要し、+4と大きく乱れた。「ゆっくり打つ」ことでショットが安定したが、バンカーショットもゆっくり打ちすぎ、最初のバンカーショットで距離が足りず、まだ砂の中。動揺して打ち損じ、3打目は出すだけ、という感じだった。
 ふだんならこの後、平凡なスコアになるのだが、4番ミドルの我慢で流れが変わった。1打目は左の林の中。真横に出して、3打目も林にかかる深いラフに。しかし、ここから4打目を1mにつけ、ボギーで済ませた。
 ここから再びショットが安定しだし、ボギーを続けた後、パー二つで結局+4を打ち消してボギープレーよりも良いスコアであがれた。

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 中コースはレギュラーティーが3070ヤードとやや短い(パー43434 4455)。
 1番はティーショットが飛びすぎ、残り60ヤードが池越え。プレッシャーに負けて2打目ミス。そんな感じでうまく乗れなかった。
 南コースが44だったので、ボギーペースならば89で初めて90を切れる。ボギーペースを目標にしたが、3番、5番でダブルボギーを打ち、予定より2打多い。しかし、今日はいつもと違う。6、7番と連続パーで、ボギーペースに戻した。残り2ホール。ロングホールだ。
 8番ティーショット、力が入ってゆっくり振れず、左の林の木に当たってボールはなんと手前に跳ね返った。
 ラフから距離を挽回しようと5番アイアンで打ったが右に飛び、林に。林の中からはクラブを変えるべきだったが、そのまま5番アイアンで打ちミスショット。会心のティーショットの距離よりも手前で4打も打ち動揺。結局8オン2パットの+5。最終ホールがパーだっただけに、悔やまれる中8番ホールだった。
 
 結果は+1+1+2+1+2+0+0+5+0=+12で48。合計92。ベストスコアにも1打及ばなかった。パット数は212221122。

 なんとも悔しい中8番だったが、アイアンが左に行かず、ドライバーの距離もしっかり出て「ゆっくり打つ」ことの効用は十分に発揮された。

 練習ではかなり上達した実感があったが、それがスコアに反映できなかった。「ゆっくり打つ」が練習の打ち方に近いのだろう。

 次回は高校同期とのコンペ。ベストスコアで回りたい。

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~特別寄稿~【かすみがうらOGMゴルフクラブ=大小13の池を配した全27ホールの林間コース。冠の「霞ヶ浦」は見えず残念】

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(フラットな地形。池が戦略性を高める)

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(池が印象に残るホールが多い)

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(木々の種類も多い。落ち着いた感じの林間コースだ)

 景勝の地「霞ヶ浦」の湖畔にはゴルフ場が集中している。首都圏からも比較的近いとあって、人気が高い。「かすみがうらOGMゴルフクラブ」もその一つ。1981年(昭和56年)11月の開場で、すでに30年の歴史を持つ。コース内から「霞ヶ浦」の景観が見えないのには少々ガッカリしたが、その分、13もの池が配置され、水には十分親しむことができる。フラットなコースで好スコアも出やすいそうだ。

 名前のOGMは「オリックス・ゴルフ・マネジメント」とのこと。長く「霞ヶ浦出島ゴルフ倶楽部」として営業してきたが、2007年(平成19年)7月に経営破たん。東京地方裁判所に民事再生法の適用を申請。以来、オリックスグループの支援を受けながら再建に努めてきた。現在の名前に変更したのは2008年1月。

 東日本大震災の際には老朽化していたクラブハウスが傷つき、8月中旬まで約5ヵ月間、プレハブでの営業を強いられてきた。今回、訪れたのは「補強工事などが全て完了。リニューアルオープンした」と聞いたからだ。

 暑い夏が去り、季節もベストの状態に戻った10月上旬の休日、仲間と共に一路、霞ヶ浦を目指した。

 移動手段にはクルマを選択した。JR常磐線の神立(かんだつ)駅からクラブバスが出ていることは承知していたが、同駅には特急電車が停車せず、東京からだと思った以上に時間が掛かると判断したからだ。

 当日は常盤自動車道路を走り、土浦北ICへ。ここまでは極めてスムーズ。
 ホームページ(HP)によると「土浦北ICより17㎞、約25分」とある。

 事前にゴルフ場に電話してみたところ、「今年2月に新道が開通し、10分近く早く到着できるようになりました」と教えられたので、アクセス面は楽観していた。

 実際は初めての道を走ったこともあり35分かかった。帰りは一部渋滞があり、同ICまで45分を要した。クルマの場合、常にスムーズに走れるとは限らない。常に余裕を持って動くことが大切だ。

 「神立駅からはクラブバスで約15分」だという。朝は平日2便、休日3便。結果的にはクルマでも電車でも、時間距離には大差なかったのかもしれない。

 到着したクラブハウスは震災から完全復活しているように見えた。建物は2階建てで、昔のゴルフ場によくみられる構造。ただオリックスグループとして再出発した2008年春に一度、大規模な改修工事が施されている。

 今回の補強工事で再度、手が加えられたため、一部厚化粧の感はあるものの、リニューアル直後ということもあり内部は綺麗。全体としてはスッキリした印象を受ける。

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(リニューアルされた受付。スタッフィさんも親切だった)

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(1階のラウンジにはテレビや雑誌が置かれていた)

 エントランスを入って右側に受付。正面にプロショップ。左側がラウンジ。天井が吹き抜けになっているのと、プロショップの商品が通路にはみ出さず整然と並べられていたことが、狭い空間を広く感じさせている。

 レストランに向かう階段脇に「ワンコイン朝食メニュー」の看板を見つけた。「豚汁納豆定食」「クロワッサンセット」など6種類が全て500円で食べられる。全てコーヒー・紅茶付。これは嬉しいサービス。

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(スターティングテラス。華やかさはない)

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(手前がパター練習場。その奥に「鳥かご」のドライビングレンジ)

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(ボールは大半が中古品。白いボールは数えるほど)

 スターティングテラス前のトンネルをくぐった先にパター練習場とドライビングレンジが縦に並んであった。

 打席は11(うち1つはサウスポー用)。ボールは30球で350円。いわゆる「鳥かご」なので、先までは40ヤード程度しかない。

 この日ラウンドしたのは「南コース」と「中コース」。他に「東コース」があり、「南コース」は開場後、暫くたってから追加されたコースだという。「開放感のあるアメリカンタイプのコース」というのがキャッチフレーズだ。

 設計思想が近い「中」と「東」を回るより、後から追加されたとはいえ、タイプの異なる「南」を入れた方が、コース全体のありようが分かるかもしれないと期待した。

 乗用カートに揺られながら、その「南コース」1番ホールへと向かう。進行が遅れているようで、別のカートが3台も待っている。

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(南コースの1番ホール近くにはバンカー練習場がある)

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(南コース側のパター練習場のグリーンは荒れ気味)

 「これだと20分以上、待たされるね」と同伴者。だが、近くに簡単なパター練習場とバンカー練習場があるのに気付き、皆、クラブを抱えてそちらへ。おかげで時間を持て余すことはなかった。

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(乗用カートには各ホールごとのレイアウト図などが搭載されていた)

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(南コースの1番ホール。「しっかり振り抜く」ことだけを考えてティショット)

 1番ロングホールは右サイドの林(OBゾーン)が気になるものの、平坦で、フェアウエーも結構、広い。左サイドの池は適度の緊張感と景観の美しさを演出するための舞台装置のように感じられた。

 この第一印象は結局、9番ホールまで続いた。キーワードは「林」「フラット」「広い」「池」。

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(南コースは総じて平坦。フェアウエーも広い)

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(青ティがレギュラー、白はフロント、赤がレディース。青の後ろに黒のバックティとチャンピオンティがある)

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(後ろの組に付いていたキャディさん)

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(ティインググランドから230ヤード付近に立つ目印のフラッグ)

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(所々に深いバンカーも用意されていた)

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(南コースのコース売店は老朽化が気になった)

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(南コース6番ショートホール。難しいが、美しいホールだった)

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(南コース8番ホールに向かう途中には長い防球ネットがある)

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(大きな池越えの8番ホールには「前4」があった)

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(南コースはアプローチしやすいホールが多かった)

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(フェアウエーサイドに池が続く南コース9番ホール)


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(クラブハウスとコースの間の移動ではこんなトンネルも通る)

 各ホールのレイアウトや雰囲気は、楽天が提供している「ゴルフ場フォトギャラリー」=http://gora.golf.rakuten.co.jp/doc/guide/ria/ibaraki.html=で詳しく見ることが出来るので、ぜひそちらを参照して頂きたい。

 実際に「南コース」をラウンドしてみて、上記のキーワード以外に気がついた点が幾つかあったので、まとめておきたい。

①ティインググランドは概ね5つ。競技会用の「チャンピオンティ」と「バックティ」「レギュラーティ」「フロント(シルバー)ティ」「レディースティ」だ。ティインググランドの数を増やして、各自のスキルや事情に合わせてプレーが出来るよう工夫されている。バックティの利用は事前申請が必要で、「4人の合計ハンディが60以下」というのが条件。ちなみに「前方特設ティ」があるのは南コースでは7番と8番のみ。全部ではない。これは妥当な措置と感じた。

②「南→中」コースの場合、全長距離はバックティからで6,593ヤード、レギュラーティからで6,225ヤード。「東→中」コースの方がそれぞれ数十ヤード長くなるが、距離的にはやや短め。しかも休日で入場者数が多かったせいか、表示よりもかなり前にティマークが置かれているケースが目立った。例えば5番ミドルホールはレギュラーティから343ヤード。実際はフロイントティ(321ヤード)の近くに置かれ、本来の表示より20ヤードも短かった。
 ラウンド中、コースを易しく感じたのは、この距離の短さも関係していたようだ。

③ショートホールを除き、フェアウエーが左右にカーブしているホールが多い。ティインググランドからピンが見えないため、常に230ヤード地点に立っている目印の旗を狙ってショットすることになる。

④「池」以外のハザードが少ない。フェアウエー上に立ち木はほとんどなく、深く厳しいバンカーも数える程度。谷やクリークはなし。池がらみは1番、2番、6番、8番、9番。このうち最も印象的だったのは、池越えのティショットが求められる8番ホール。最初の1番と最後の9番がロングホール。共に左サイドに池があり、似たような印象。

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(グリーンコンディションが細かく表示されていた)

⑤グリーンは全コース、ベント芝の1グリーン。クラブハウス近くに「本日のグリーン状況」として刈り高(4.2㎜)やコンパクション=グリーンやフェアウェーなど土壌の硬さを表すために使われる尺度で 硬くなるほど数値が大きくなる(9.5)、速さ(8.5フィート)を表示した看板が出ていた。「しっかりメンテナンスしていますよ」というアピールだろう。ピッチマークの付き具合からしてグリーンは確かに軟らかめ。速さは表示数字より、もう少し遅い感じがした。ピン位置にもよるが、きついアンジュレーションはなく、素直なグリーンという印象。アプローチもしやすかった。グリーンの50ヤード手前に残り距離を示す杭があるのは、とても有り難かった。

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(池の多くは板でしっかり縁取られていた。水面の汚れが惜しまれる)

⑥コースのメンテナンスもまずまず。「素晴らしい」という感じではないが、特段、気になるような粗もなかった。9月に関東地方を直撃した台風で、大木を何本もなぎ倒された林間コースがあるが、ここの被害は比較的軽微だったようだ。折れた枝も少ない。ただ、名物である「池」の水が一部汚れたままの状態だったのは残念。

⑦期待していた「霞ヶ浦」は林に遮られ、その姿を見ることが出来なかった。それでも景観的には綺麗にまとまっているホールが多いと感じた。長い歴史を経て樹木に独特の味わいが出てきたのに加え、ここでは高圧線の電線や鉄塔が視界に入ってこないことがプラスに働いている。終盤の数ホールには夜間照明設備があり、暗くなるとコースが美しくライトアップされる。

 戦略的にも景観的にも「池」の存在が大きい。池嫌いの人には難儀だろうが、それさえ克服できれば、全体としては素直な設計で、のびのびプレーできるコース。そんな感想を抱いて午前中のプレーを終了した。

 午後、「中コース」を回った。基本的には同じ林間コースだったが、面白さや趣、個性といった点で「中コース」の方がより魅力的に感じた。
 一つひとつのハザードに意味が感じられるし、景観的にも「絵になるシーン」が増えてきた。

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(中コース1番ホール。フェアウエーがうねり、難度が増す)

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(グリーンセンターまで50ヤードの地点に置かれた杭。アプローチの際、とても役に立った)

 例えば1番ミドルホール。広く、平坦だった「南コース」の1番ホールに比べると、フェアウエーは狭く、微妙なアンジュレーションもある。「落ち着いた本格的な林間コース」。そんな雰囲気が漂う。

 池はフェアウエー右サイドに加え、グリーン手前にも配されている。この場所の方がハザードとしては厳しい。左右の池には美しい石橋が掛かり、ひと目で「造り込んだコース」と直感した。


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(中コース2番のグリーンからは、ちょうどクラブハウスが正面に見える)

 2番ホール以降も上質な感じのホールが続いた。同伴者は「ティショットの落とし所近辺にハザードがあるし、手強いバンカーもある。ちゃんとした林間コースだ」と感想を漏らしていた。

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(古木の佇まいからは、コースの風格が感じられた)

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(各コースの終盤には「夜間照明設備」が整っていた)

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(自慢の樹木にはネームプレートが付いている)

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(毎日のコースメンテナンスが欠かせない)

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(中コースの売店はリニューアルされていた)

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(最近は女性ゴルファーも増えてきた)

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(林の中でボールを探していたらクモに遭遇。大きく、とても元気だった)

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(グリーン近くにある池は要注意)

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(スコアの差が歩き方にも表れる?)

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(フェアウエー上の池を越すにはキャリーで195ヤードが必要)

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(グリーンを外すとリカバリーが大変だった)

 ロングホールが最後の8番、9番と続くなど、コース設計はやや変則的。詳しくは「南コース」同様、楽天の「ゴルフ場フォトギャラリー」を参照して頂ければ思う。

 そのギャラリーで、もう一つの「東コース」を見ると、佇まいは「中コース」と似た感じがした。

 キャディマスター室にいた男性スタッフさんは「東は距離も長く、オーソドックスな林間コースで、中コースとはまた別の面白さがありますよ」と強調するのだが・・・。

 次回はぜひ「東コース」をラウンドし、この目で、実際のところを確かめてみたい。

 コースレートは「南中コース」でレギュラーティから69.2(バックティから70.8)、「中東コース」で同じく69.7(同71.0)、「東南コース」で同70.0(同71.7)。

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(2階のレストラン。高い天井が印象的)

 コースとは別に好印象を持ったのが「ランチ」だった。震災からの「復活リニューアル」を記念した「ランチバイキング」はすでに終了していたが、「土日昼食・1ドリンク付」プランは実施中。

 この日、ゴルフ場に支払った「土日祝料金」は15,000円。その中に単品で注文すると1,500円から1,650円するメニューの昼食代が含まれ、「1ドリンク付」ではビール(生中で650円)などのアルコール類もOK.という内容だった。

 男性の担当者さんは「昼食付サービスを実施しているゴルフ場はたくさんありますが、うちは1ドリンク付き。それもビールでも焼酎でも日本酒でもOKなので、かなりお得だと思いますよ」。

 同伴者らと注文したのは「牛タン煮込み膳」「うらがすみ膳」など。味の好みは人それぞれなので断定的なことは言えないが、少なくとも仲間内での評価は高かった。

 パーティメニューは1,000円、1,500円、2,000円の3コースが基本(ドリンクは別料金)。価格設定としてはリーズナブルな水準だ。「スイーツ」類も充実、これは女性に喜ばれそうだ。

 「1コイン朝食メニュー」と合わせ、食事面には力を入れていることが分かる。ゴルフ愛好者の裾野が広がってきたこともあり、最近は「食事の充実しているゴルフ場が好き」という人も少なくない。コースの面白さとはまた別の魅力になりそうだ。

 ただそのレストランは、外の景色が今ひとつ。待機している乗用カートと普通の林が見えるだけ。窓のブラインドを下ろしていたのも、単に日差しを遮るためだけが理由ではなさそうだ。

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(鏡はロッカーの側面だけでなく、各扉の内側にも付いていた)

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(綺麗で清潔な洗面台。やや幅が狭い)

 ここで他の施設についても簡単に記しておきたい。ロッカーは木製で綺麗だが、やや細身。扉の内側に小さな鏡があり便利。トイレは個室が6つ。やはり木製で、こちらは横幅が広くて利用しやすい。

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(こじんまりとした感じの脱衣場。正面のドアが浴室への出入り口)

 浴室はリニューアルされ、古い感じは全くしなかった。窓の外に庭園風のスペースはあるものの、その先は白い壁で覆われており、遠景は楽しめない。レストラン同様、外の景色はつまらない。

 1階のプロショップは品揃えが充実。貴重品ボックス近くのガラスケースには立派なトロフィーが並び、歴史と格式を演出。宅配便の専用コーナーでは女性スタッフさんが愛想よく対応してくれた。

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(駐車場にはクルマがぎっしり。出し入れが大変そうだ)

 駐車場は一部、窮屈に感じられるところがあり、同伴者の1人は「隣のクルマとの間隔が狭く、あれではトラブルが起きそう」と心配していた。

 「ランチ」紹介の際にも触れたが、料金体系は比較的受け入れやすい水準に抑えてある。

 年末年始やお盆の時期など特別の期間を除いて年間ほぼ同額で運営しており、ゲスト料金は基本的に平日が8,500円、休日が15,000円。

 繰り返しになるが、この料金は基本的に「昼食・1ドリンク付」なので、平日なら実質的なプレー代は6,500円程度になる。

 ただし、これは「乗用カート利用のセルフプレー」の場合。「キャディ付プレー」を選択すると、4バッグで3,200円、3バッグで4,200円、2バッグで6,400が加算される。

 キャディ付プレーを希望する時は、予約時に申し込んでおく必要がある。ちなみに予約は電話の場合3ヵ月前から。割安プランの多いネット予約は2ヵ月前から。いずれもキャンセル料は取らない。

 精算時、受付の女性スタッフさんに冬季料金を尋ねると「1月以降の料金は未定です。多分、今と変わらないと思いますが、日によっては通常価格よりさらに安い料金を設定することもありますので、小まめに問い合わせてみて下さい」と話していた。

 帰りの車中では皆、機嫌が良かった。本来、実力はバラバラなのだが、この日はハーフで50以上叩いた人が誰もいなかったからだ。

 自己ベストに近い数字を残したメンバーは、「良いスコアの出るコースが良いコースだ」と満足そう。なるほど、そういう考え方も確かにある。

(ゴルフジャーナリスト O氏よりの寄稿)

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松谷明彦著『「人口減少経済」の新しい公式』(日経ビジネス人文庫)、『2020年の日本人―人口減少時代をどう生きる』(日本経済新聞出版社)、『人口減少時代の大都市経済 ―価値転換への選択』(東洋経済新報社)

Jinkogenshoshakainoatarashiikoshiki
「人口減少経済」の新しい公式

2020nennonihonjin
2020年の日本人

Jinkogenshojidainodaitoshikeizai
人口減少時代の大都市経済

 松谷明彦著『「人口減少経済」の新しい公式』(日経ビジネス人文庫、2009年11月2日発行、2004年5月に刊行された単行本を文庫化したもの)とその続編である『2020年の日本人―人口減少時代をどう生きる』(日本経済新聞出版社、2007年6月22日発行)、そして最新刊の『人口減少時代の大都市経済 ―価値転換への選択』(東洋経済新報社)、2010年11月25日発行)を読んだ。

 『「人口減少経済」の新しい公式』の「文庫版へのまえがき」にある松谷氏の言葉に共感した。

 「社会であれ、経済であれ、そのリーダーに位置しているのは、基本的に、旧来のシステムにおける成功者である」「彼らは、微修正は施しつつも、旧来のシステムと手法を駆使して、環境変化に対応しようとする」「だから環境変化に対して、社会や経済の変化はどうしても遅れがちになる」

 「必要なのは、体調を整え体力を向上させるが如く、自分たちの社会をベストコンディションに維持しようとする、人々の前向きのエネルギーである。変化に伴う困難や負担を乗り越え、新たなそしてより豊かな未来を築こうとするチャレンジんグ・スピリッツである」

 「進行中の急激な人口減少高齢化は、われわれ日本人が正面から向き合わねばならない環境変化のはずである。そして社会・経済システムの根本的な変革をもって対応しなければならない巨大な環境変化のはずである」

 「日本経済は先進国になっても、経済発展の初期の段階で採用したビジネスモデルを変えなかった。つまりそのビジネスモデルは、成長著しい中国やインド等をはじめとした新興国、途上国と変わるところはない。であれば賃金水準や生産設備の新鋭度からみて、早晩追い付かれ、追い越される」

 「では先進国型のビジネスモデルとはいかなるものか。現在の先進国経済の発展方向は、急速なグローバル化に象徴される。世界中から優秀な人材を集めることこそが、技術開発力の優位性を担保する。そして各国の企業が入り乱れて競争する地域こそが、世界経済の拠点足り得る」「外国人や外国企業が日本に進出することこそが真の国際化なのであり、少なくともいま日本経済に必要な国際化とはそれであることを知るべきだろう」

 「これからの高齢社会では、国・地方を合わせた国民一人当たりの財政支出を一定としない限り、すなわち人口の減少に見合って財政規模が縮小を続けない限り、財政は破綻する」「なぜ一定なのか。これからの高齢社会では、一人当たり国民所得がほぼ一定となると考えられるからである。生産性の上昇と労働力率の低下がほぼ拮抗するとみられるためだ」

 「文庫版へのまえがき」を長く引用したが、こうした結論にいたる分析を、『「人口減少経済」の新しい公式』、『2020年の日本人―人口減少時代をどう生きる』、『人口減少時代の大都市経済 ―価値転換への選択』で詳細に行っている。

 そのポイントだけ整理する。

 高度成長がもたらした急激な高齢化 
 「なぜ日本はこうも急速に高齢化したのか。その理由は、第二次大戦後に平均寿命が劇的に向上したところにある。終戦直後の1947年には、男50.1歳、女54.0歳だった日本人の平均寿命は、70年にはそれぞれ、69.3歳、74.7歳と、わずか23年間で約20歳も上昇した」
 「日本が急速に高齢化したのは、平均寿命の飛躍的な向上によって、65歳を超えて長生きする人が大幅に増加したためである」

 「日本の人口構造には二つの『山』があり、それぞれの山の左側には急峻な『谷』が存在する。言うまでもなく第一次ベビーブームと第二次ベビーブームであるが、そうした構造は他の国にはみられない」「日本が他の先進国を上回る速度で高齢化を続けるのは、『山』の左側に急峻な『谷』を持つという、日本特有の人口構造の結果なのである」

 高齢化は人口減少の要因
 「その高齢化が人口の減少を引き起こす。人口が減少するのは、死ぬ人の数が生まれてくる人の数を上回るからである」「人々が長生きするようになることは当初は死亡者数の減少要因となる。しかし、人間の寿命には限りがあることから、長寿化による高齢者の増加は、やがては死亡者数の増加につながる」 

 政策研究大学院大学の藤正巖教授の推計によれば、「日本人口は2030年には1億790万人と、2000年に比べて1760万人、14.0%減少し、2050年には8480万人と、同4070万人、32.4%も減少する」「1950年の人口は8280万人であった。半世紀で5割以上の増加であり、先進国としては異例の速度の人口増加を経験したが、これからの半世紀でほぼ同数の人口減少を経験する」

 「人口増加経済」と「人口減少経済」のメカニズムの違い
 人口減少経済になると企業経営は非常に難しくなる。
 「需給ギャップのある段階では企業の収支は悪化している。ただし、そこは『人口増加経済』だから、傾向的な需要の増加によって収支は時間とともに改善する」「しかし、『人口減少経済』においては、需要を上回る生産能力を持ち続けることは致命傷となる」
 「設備投資リスクの増大に対応して、企業は利益率を高め、あるいは内部留保を充実させる必要があるとしても、賃金の抑制によってそれを実現しようとするのは逆効果である」「賃金の抑制は現実の需要をいっそう縮小させ、設備投資計画で想定した需要を下回ってしまうおそれが強い」
 「日本では売上高の大きさ、ないしは伸び率で判断された。しかしこれからは、労働力や需要の縮小に合わせて、うまくスリム化を果たした企業だけが生き残れる」

 人口が高齢化するのは大都市圏
 「東京大都市圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県とし、以下東京圏という)における高齢化率、つまり65歳以上の人口の全人口に占める比率は14.4%だが、高齢化が最も進行している島根県では24.8%にも上っている(2000年)」「しかし、大都市圏で若い人が多いということは、今後は逆に高齢者が大幅に増加することを意味する」「現在14.4%である東京圏の高齢化率は、2030年までに推計人口で28.8%、封鎖人口で30.1%まで急上昇する。それに対して現在24.8%である島根県では、それぞれ33.7%、27.8%であり、その上昇の速度は東京圏に比べてはるかに緩やかである」

 人口減少高齢社会の年金制度とは
 「人口減少高齢社会においては、年金についての考え方は根本的に修正されねばならない。家族を考えてみよう。仮に3人の子供たちからの仕送りで生活している親がいたとして、不幸なことにその子供の一人が死亡したとする。そのとき、自分の収入が減るのが嫌だからといって、残った子供に仕送りの大幅な増額を要求する親がいるだろうか。そうなったら、なんとか減った仕送りのなかで生活しようと考えるのが普通ではないだろうか」

 社会的ストックによる高齢者対策
 「日本より早く高齢化したヨーロッパ諸国においては、公共賃貸住宅が高齢者の生活の安定化に寄与している面がかなり大きい」「年金制度だけで高齢社会を安定的に維持しようとするのは困難なのであり、これからの高齢者対策については、社会的ストックの活用を含めて考えられるべきであろう」

 既存の社会資本の再点検が必要
 「人口減少社会における経済の特徴の一つは、投資余力が縮小することにある。人口の高齢化によって働く人の割合が低下し、国民全体としての貯蓄余力も低下するためである。その結果、設備投資、公共投資、住宅投資および海外投資の合計である『総投資』は急速に縮小せざるを得ない」「まず民間設備投資の分が先取りされる。…住宅投資については…これまでのトレンドが持続するものとする。また日本は資源稀少国なのだから、ある程度の海外投資は必要だろう。したがって、それらの分についても国民貯蓄を先取りすることとして、残余を今後の公共事業の限度額とし、それを『公共事業許容量』と呼ぶことにする」「2030年の許容量は14.2兆円であり、2002年の26.8兆円に比べてなんと47.0%の減少である」
 「まず既存の社会資本についての厳格な再点検が必要となる。その社会資本が今後の人口減少高齢社会においても必要なものかどうかという視点からの再点検である。もし必要でないと判断されれば、あるいは必要性がないと判断されれば、その社会資本に対しては維持改良事業は行わずに老朽化するに任せ、耐用年数が到来したところで撤去するのである」

 「国力」とは何か
 「人口や経済の大きさを『国力』とし、それを重要と考えるのは、19世紀頃にみられたずいぶんと古い思想であり、…先進諸国の人々は自らの生活水準の向上こそを国に求めたのであり、いわば、『社会としての豊かさ』を問題にするようになった」「日本の一人当たり国民所得の水準からすれば、お手本にしようとしているそれらの国々よりもさらに豊かな高齢社会を築くことも可能なはずである」。

 崩れる人口・労働力のピラミッド構造
 「日本全体として終身雇用・年功賃金制が広く採用されるためには、人口構造もピラミッド型である必要があり、当時(1950年)はまさに打ってつけの人口構造であった」
 もっともこのような人口構造は、「すでに1970年代初頭には崩れ始めていた。…にもかかわらず、今日まで曲がりなりにも終身雇用・年功賃金制が維持できたのは女性労働者の増加による」

 「終身雇用・年功賃金制度の崩壊後に新たに生まれる雇用制度は、スペシャリティに基づく賃金体系を基本としたものになると考えられる」

 人口減少によって、これまでの経済、社会システムが維持できなくなることが良く分かった。
 それではそんな中で日本人は「働き方」や「住まい方」をどう変えればいいかを示したのが『2020年の日本人―人口減少時代をどう生きる』だ。
 
 日本人の働き方
 終身雇用・年功賃金制が崩壊すると日本人の就業パターンはどう変わるのか。

 「まず第一に、定職への就業機会が新卒者だけでなくさまざまな年齢階層に拡大する。途中で退社する人の割合が増加すれば、新卒を基本とする現在の採用システムでは、企業として適切な労働力を確保するのがむずかしくなるからである」

 「第二に、その市場は職能別、職責別の市場となる」
 「第三に、その結果として、昨今問題となっている正規雇用と非正規雇用の間の賃金格差も縮小に向かうと思われる」

 「人々は、これまでよりずっと時間をかけて自分に合った仕事を探し、自分の人生における仕事の位置づけに照らし、望ましい就業パターン、就業形態にトライする」

 労働力の高齢化に対してはどう対処するか。
 「基本的には製品、サービスの高価格化を図る以外にはない。労働力が高齢化する以上、コストの上昇は避けられないからだ」
 「いかにして高価格化を図るかだが、一つには、やはり熟練やノウハウを重視することだろう」

 日本人の住まい方
 「地方地域から大都市地域への人口移動は縮小し、しかも若年層の移動はよりいっそう縮小する可能性が高い」「大都市では、現在のようには多くの労働力を必要としなくなるからである」

 「今後、東京都をはじめとする大都市では、働く年代の人口に対する高齢者の比率が、地方地域に比べ、はるかに急速に、かつ大幅に上昇するのである。それは今後、大都市では増税の可能性が極めて高く、かつそれが大幅なものとならざるを得ないことを意味する」「その場合、若い人ほど、大都市から移動し、あるいは地元にとどまろうとする可能性が高くなる」

 「2020年、日本の人口は、これまでの極への集中から分散的な方向へと、少し形を変えているだろう」

 地域の衰退については地域自身に問題があったと分析している。
 「第一に、自分たち自身で産業を興すべきだった」「しかし、多くの地方地域はそれをしなかった。大都市の企業を誘致し、その付加価値の一部が地域に落とされる途を選択した」

 「第二に、その地方地域でしたできないモノをつくるべきだった」「熟練やノウハウということでは、大都市にはない、あるいは既に消滅したような『技』ともいうべき研ぎ澄まされた熟練が継承され、経済的にも機能している地方地域は多い」「だから一歩先んじて、それらと近代技術との融合によって、機会に依存した生産プロセスからは得られないような高い有用性と商品性を持つ製品をつくり出していれば、状況は随分変わっていた」

 松谷氏が提案するのが「地域広域経済圏」だ。「分業によって近隣地域が結ばれ、その間で活発な経済取引が行われる、そうした広がりの地域」を指す。

 「地方地域自身による能動的な取り組みは、今や不可欠のものとして求められている。労働力の縮小という環境変化によって、大都市からの産業立地が急速に縮小することが予想されるからである」

 松谷氏は域外から所得を獲得する役割は主に製造業が担うべきとしているが、「終身雇用・年功序列制の崩壊はさまざまな就業パターン、就業形態を生む。それによって人々のライフスタイルは大きく多様化する。当然観光のスタイルも多様化する」とみており、そこに新しいビジネスチャンスがあるとする。


 「まもなく長期にわたるマネーの急速な減少が始まる。現在のすべての施設が残せるわけではない。それどころか、年とともに維持不能となる都市施設は増加する」「大都市は、再開発ではなく、リノベーションによる都市機能の維持・向上をこそ考えるべきだろう」「リノベーションは、耐久性のある躯体という人工空間に都市機能を必要に応じて配置するもので、長期的にみて都市全体として都市施設の建設コストが縮減されるだけでなく、除却のコストもまた大幅に縮減される」

 日本人の過ごし方
 「構造変化した現代社会と高齢社会に見合った新たな相互扶助システムがつくれないものかと考えている」「地域の人々が少しずつ労力を出し合って、相互扶助組織をつくり、その組織を国や地方自治体が経済的にサポートするのである」「このスキームの利点は、行政組織や公務員を必要とせず、また施設も住宅や既存の公共施設の活用で足りる場合も多いから、高齢者一人当たりのコストを大幅に縮減できるところにある」「加えてそれは、日本人の新たな『居場所』となるかも知れない」

 最新刊の『人口減少時代の大都市経済 ―価値転換への選択』は、上記2冊と重なる記述も多いが、以下の点はより詳細に述べられている。

 高く売れるものをつくる

 そのためには熟練した技能やノウハウの蓄積を有する人材が必要だが、そうした人材は近年では不足気味だ。
 「第一に、このところの徹底した機械化で、有能な労働者が、その多くが中高年労働者であることもあって大幅にリストラされている。第二に、非正規雇用がすでに4割にも達し、その多くが未熟練労働者のまま放置されている」「第三に、正規雇用の労働者であっても終身雇用制の崩壊や企業内訓練の縮小から、従来に比べ熟練度はかなり低下している」

 「日本経済が必要とする製品開発力の飛躍的な向上のためには、欧米先進国との競争関係が不可欠だ」「自国の技術開発水準を向上させたければ、いかにして世界から優秀な人材を集めるかがカギだとされるなかで、日本だけがいかにして自国民の技術開発能力を引き上げるかという一点に関心を集中している」「日本と日本人の技術開発水準を引き上げたいのであれば、そのプロセスに世界中から優秀な人材を参加させるということが最も有効な方法であることは自明の理である」。ただ、「おそらくは彼らは日本の企業や大学・研究所で働くことを良しとしない」「一つには、自らの研究開発成果の発信の場の少なさである」「いま一つは、例えば欧米諸国であれば、企業や大学、研究所を含めた技術開発の基盤的なコミュニティーとも言うべきものが広がっており、そのなかで彼らは自らに最適な環境を求めて転々と移動することができる。しかし、日本の企業、大学、研究所に来るということは、そのコミュニティーから外へ出るリスクを冒すということである」
 「ではどうすれば日本に海外の第一級の優秀な人材が往来する国際的な技術開発環境を形成することができるか。有効な政策は徹底した資本自由化以外にはないと考える。すなわち技術開発力に優れた欧米先進国の企業が、数多く日本に生産拠点を置くようになれば、環境はがらりと変わる」

 「高く売れるものをつくるいま一つの方法は、それが画期的な新製品であることなのだが、それには日本市場を完全に開放された国際市場にしなければならない。それほどにしなければ国際的に通用する画期的な新製品は日本市場からは生まれ得ないだろう。つまりそれが、真に日本経済が外国人を活用するということでもある」

 「国内では地方経済は自立性を高める方向に向かうだろう。それは大都市経済にとって主力の、そして最も有利な市場が縮小することを意味する。大都市経済は、欧米先進国の大都市がそうであるのと同様に、世界に向かい、世界と競争する方向に向かわざるを得ない」「国際化によって技術開発力を飛躍的に高め、かつ一段と高度工業化を進める」「技術開発力が向上し高度工業化するのは日本という地域における経済活動であって、それを担うのは必ずしも日本企業とは限らない」

 人口減少社会をどう生きる
 「平均寿命は男性でも数年内には80歳を超え、今世紀の中頃には女性の平均寿命は90歳を超えると予想されている。高齢者となってからなお四半世紀である。かなりの蓄えを持たずして過ごすには長すぎる年月である」「限られた就業期間により多くの所得を獲得した上で、しっかりした人生設計を心がけない限り、人生が破綻する。それを社会福祉で救おうとすれば、財政や年金が破綻する」

 「お金のかからない生き方を探し求めるべきなのである。お金で買える価値を追求している限りは、年平均所得が減少するのだから、その人の人生は確実に貧しいものになる。お金をさほどかけずに人生を楽しむ世界やコツを模索すれば、そしてそれにより多くの時間を使うようになれば、年平均所得が減少しても引き続き豊かな人生を送ることができる」
 「お金を渡すことで高齢者を支援するのではなく、高齢者の生活コストを引き下げることでその生活を支援する」「日本の大都市では時間を過ごすのにもお金がかかるのである。…人と関わり合いたい。しかし外にでればお金がかかる。しかも相当なお金がかかる」「大都市に住む人々がより低い生活コストでより豊かな人生を送ることができる公共のシステムがもっとあってよい」

 「考慮されるべきは機能分担である。シカゴ市の例であるが…高齢者のための施設やサービスはシカゴ市内に集中しており、逆に教育施設は周辺の田園集落に集中している…だから、若いときは就業機会や刺戟の多いシカゴ市内に住み、結婚して子どもができたら、学校が整い教育環境として良好な周辺の田園集落に移住し、リタイアして子どもも独立したら、高齢者サービスを受けるためにシカゴ市内に戻るといった具合に、ライフ・ステージによって住み替えている人も多い」

 「フランス人のビジネスコンサルタントから話を聞いたときのことである。『なぜフランスの田園集落は元気なのか、若者もいるし店も結構ある、農業だけではそうはいかないと思うが』との質問に対し、彼は即座に答えた。『フランス中で多くの人が動き回っているからだ。フランス人は、一日の幾時間か、週の幾日か、年の幾週間かを職場や自宅から遠く離れたところで過ごす。観光ではなく、親戚や友人あるいは旅先で知り合った人とお互いの家を訪問したりするケースが多い。…日本のように消費が大都市や観光地に集中せず、田園集落をはじめ全国でまんべんなく消費が行われる』」「大都市地域の人々がもっと動けば、大都市は投資能力を浪費せずに済み、人々も大都市にいては味わえない豊かさを得ることができるはずである」

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