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中村伊知哉著、ラジオNIKKEI編『中村伊知哉の 「新世紀ITビジネス進化論」』(ディスカヴァー携書)

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中村伊知哉の 「新世紀ITビジネス進化論」

 ラジオNIKKEIの番組「中村伊知哉のThis is IT」が新書になった。
 中村伊知哉著、ラジオNIKKEI編『中村伊知哉の 「新世紀ITビジネス進化論」』(ディスカヴァー携書)。

 なぜ「新世紀IT」なのか。
 「まえがき」によると、「端末=マルチデバイス、伝送路=ネットワーク、サービス=ソーシャルサービスという、端末・伝送路。サービスの3点で構造変化が進行している」からだ。

 より、具体的には「マルチメディアの次のステージが始まる。スマートフォン、タブレット端末、電子書籍リーダー、デジタルサイネージ。テレビ、PC、ケータイに次ぐ『第4のメディア』が普及し、マルチデバイス環境が到来する。ブロードバンドの全国化と地デジの整備が完成し、通信・放送融合網ができあがる。そして、その上を走るサービスも、コンテンツから『ソーシャル』へと軸が移動し、コミュニケーションの形も様変わりする」ということだ。


 マルチデバイス環境については、KDDI総研リサーチフェローの小林雅一氏とのクロストークが参考になる。

中村 小林さんは「モバイル・コンピューティングはユビキタスへの一里塚」とおっしゃっています。
小林 スマートフォン、タブレットなど新しい端末がどんどん出てきて、概念だけだった「ユビキタス」という状況が本当に来るのではないでしょうか。新しい端末ばかりでなく、テレビや冷蔵庫といった昔からある家電製品、それがインターネットに接続して一種の新しいネット端末になるという時代が来るというふうに言われています。
 その背景にHTML5というウェブの新しい技術があります。ウェブの共通言語です。

 HTML5は2012年最も注目を集めそうな技術になりそうだ。

 NTTドコモ副社長の辻村清行氏も、クロストークで次のように言っている。

辻村 最近は一人の方が複数の端末を持っています。マルチデバイスと呼んでいますが、私はこの傾向がさらに強まっていくと考えています。iモード端末は音声通話やiモードメールに適している。一方でインターネットに接続する際には大画面のタブレットを、というふうに使い分けるようになる。二つ持ちが嫌な人はスマートフォンを持ち、使い分けたい方はiモード端末とタブレットをお持ちになるケースが増えていくと考えます。 
 二つ持ちの場合は、一方の電話帳を更新すれば別の端末でも自動的に更新してほしいですよね。あるいは、一方の電話機で撮った写真を別の端末でも見たいでしょう。こうしたマルチデバイスに対応したクラウドサービスも提供していきたいと考えています。

 中村氏は、デジタルサイネージコンソーシアム理事長。サイネージの最新動向、世界各国のサイネージを紹介してくれるが、最後にこう言っている。
 
 「サイネージはどんどん普及していく。普及していけばだんだんサイネージで溢れるようになって、だんだん街に溶け込んでいき、誰もそれがサイネージとは思わなくなる。自然な背景になっていく。サイネージは『なくなってしまう』のだ。つまり、サイネージは、なくなることが最終目標だ」。

 マルチデバイスの究極形は、ありとあらゆるものがITで制御できるデバイスになるということだろう。そうなれば、わざわざ「IT機器」という必要はない。いまはITが苦手なお年寄りも使える優しいIT環境が実現するのではないか。


 通信・放送融合網は中村氏の得意分野だ。通信・融合がいかに難産だったかが本書を読むと分かるが、逆に実現するときはいとも簡単に実現してしまった。

 一つが震災時のUstream(ユーストリーム)を活用したネット中継だ。
 「震災直後からテレビ番組をNHKやキー局がネット中継した。1〜2ヵ月でネット中継はなくなったが、過去20年ほど議論しても前に進まなかった『通信・放送融合』が短期間ではあれ、あっさりと実現した。壁は乗り越えられる」。

 もう一つがradiko(ラジコ)だ。
 「ラジオ番組をradikoで聴いている人も増えている。radikoというのは、パソコンやスマートフォンでラジオの番組をそのまま聴くことができるアプリケーションで、典型的な放送・通信の連携だ。私もその立ち上げにかかわった。ユーザーはラジオを聴いたことのない若い人が多いが、パソコンやスマートフォンでラジオ番組を聴くとおもしろいということが分かって広がりをみせている。ラジオが数十年間培ってきた情報力、文化力、コンテンツ力がデジタル、IPでリプロデュースされている」。

 しかし、地デジについては、中村氏は不満のようだ。
 「双方向でいろんなことがゲームのようにできるようになるという面が強調された。これはテレビがコンピュータ化するということ。それならば通信・コンピュータと結びついた後にくる新しいサービスやコンテンツが一番重要なのだが、まだそれが示されていない。ユーザー・視聴者が地デジのサービスに納得しているとは思えない。デジタルならではのブッ飛んだサービスやコンテンツが登場してこなければならない」「それがいわゆるスマートテレビという形で具体化してくることになるのだろう。デジタルネットワークは整備されたが、サービス、コンテンツは後追いで模索されている段階だ」。

 本書は、テレビのアナログ放送跡地で展開される「マルチメディア放送」にも触れている。
 震災後、計画停電が決まり、その対象エリアはパソコンに載せると東電が発表したときに、計画停電エリアをお年寄りはどうやって知るのだろうと心配になった。お年寄りも簡単に情報を入手する方法はないものかと思ったが、そうしたお年寄りにも優しいサービスが計画されているようだ。


 ソーシャルサービスは、既存メディアともうまく融合して、パワーをさらに強めそうな予感がする。

 クロストークでテレビとソーシャルメディアの相性の良さをジャーナリストの佐々木俊尚氏が紹介するが、これは日本でも広がり始めたトレンドだ。
佐々木 最近のアメリカの状況を見ると、テレビは若干持ち直してきています。最大の要因はTwitterやFacebookといったソーシャルメディアがすごく普及してきたことです。いままでテレビを見ていなかった人も、Twitterをやっているときに友人たちが「この番組おもしろい」と盛り上がっていたりすると、自分もテレビを見てみようという気になるらしいです。

 mixi社長の笠原健治氏も次のように語る。
笠原 テレビはもともとリビングにあって、その昔は街頭で集まって見ていました。そこからだんだん個別視聴に変わってきた。一方で、みんなで集まって一緒に楽しむというということには別の価値がある。失われつつある「みんなで見る楽しみ」を、mixiのソーシャルグラフを掛け合わせることで作っていけるのではないでしょうか。

 Ustreamの面白さも映像とソーシャルメディアの連動だ。Ustream Asia代表取締役社長の中川具隆氏も言っている。
中川 Ustreamのタイムライン上でコメントを書くと、それがTwitterのほうでは短縮URL付きで送られますから、「おもしろい動画やってるよ」と私がつぶやいたとすると、それを見た人が「えっ、なになに?」と言って、そこを押すだけで、すぐに飛んで行ける。これがおもしろいですね。


 中村氏の解説とクロストークで次世代ITの全容が少しずつ見えてくる。
 本書は「端末=マルチデバイス、伝送路=ネットワーク、サービス=ソーシャルサービスという、端末・伝送路。サービスの3点で構造変化が進行している」というトレンド以外でも、さまざまなITのテーマを挙げている。

 例えば、「なぜ日本からアップルやGoogle、Facebookが生まれないのか」。

 慶應義塾大学政策メディア研究科特別招聘教授の夏野剛氏。
夏野 人とお金の問題が大きいと思います。お金が回る仕組みが非常に重要です。かなり早い段階から投資銀行やベンチャーキャピタル、あるいはもう少し規模が小さい、いわゆるエンジェルといわれる人たちがかかわってくる。

 デジタルハリウッド大学学長の杉山知之氏。
杉山 30年前から言っていますが、一番感じるのは、日本の大学の政策においてコンピューターサイエンス学科をきちっと作っておいたらよかったということです。情報工学科みたいなものはありますが、それは本当のコンピューターサイエンスではないと思います。プログラミングの部分をぐっと詰めていくような勉強が必要です。いつでも大きな革新を起こすのはそこの部分なのです。天才プログラマーたちがまず必要です。ある程度の人数も必要ですね。そしてプログラミングの上に何かのアイデアが乗ると、どかーんと行ける。

 株式会社角川グループホールディングス取締役会長の角川歴彦氏。
角川 世界の動きがあまりにも激しく、日本の固定的でヒエラルキーのある組織がついていけなくなっているんだと思います。
 これからはヒエラルキーを壊せばいいんですよ。日本の技術はあまりにも会社の中に閉じこもっている。可能性のある技術を持っていながら、生かしていない。日本は世界的に見てもトップクラスの特許登録があるのに、その数に比べて生かされている特許は本当に少ない。眠っている知的財産を表舞台に出す。そのためにはもっと社内ベンチャーを育成しなければならない。会社の方針はこちらだけれども、社内ベンチャーが、眠っている特許は使っていいというようにする。それだけで、ずいぶん状況は変わってくると思うんです。
 

 いろいろな問題意識で読むと、いろいろな回答が用意されている本である。

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