櫨浩一著『日本経済が何をやってもダメな本当の理由』(日本経済新聞出版社)
櫨浩一著『日本経済が何をやってもダメな本当の理由』(日本経済新聞出版社、2011年6月10日発行)を読んだ。
回答は「はじめに」にある。
「生産性を高め、コストを削減し、現在の為替レート水準でも輸出の採算がとれるようにする、という企業戦略はごく自然なものだ。しかし、これを日本全体でやろうとすると、いずれ輸出が増えて貿易黒字が拡大し、さらに円高になってしまうので、ハードルが一層高くなり、成功する企業は一部だけになってしまうのだ」。
「内需主導経済を実現するための経済政策は、企業の設備投資を刺激する方向に向かいがちだが、日本国内の生産を増やそうという努力がかえって日本経済の内需不足を激しくさせ、生産の停滞を招く一因となってきたと考えられる」「生産性が低下しているのは、需要が足りなくて生産能力が発揮されないからだ」。
「内需主導経済は、消費者が欲しいと思っているものを供給するという消費主導経済だ」「日本経済が需要不足であるのは、消費者が本当に必要とし欲しがっているものを生産しないで、需要がないのに作りやすいものを作って売ろう、あるいは自分たちが作っているものの需要をあの手この手で喚起しようとしていることに原因がある」「企業が売りたい、供給したいと考えているものと、消費者が必要としているものとが異なっているという、ミスマッチが大きな原因だ」「少子高齢化が進んだ今の日本では、医療・介護、子育てといったサービスへの需要が拡大し、供給不足の状態にある。これに応えることが経済成長への道だが、現在のままでは税金や社会保障負担の増加という問題を克服できず、介護施設や保育所には長い順番待ちの列ができている」。
この回答が正しいと思えるようになるためには、いくつもの、日本経済を発展させる処方箋についての誤解を解く必要がある。
本書は、いくつもの誤解を解こうとする試みをしており、巷で行われている議論の多くが底の浅いものだということを気づかせてくれる。
海外経済に翻弄される日本経済
「日本経済は外需の順調な拡大が続かないと経済がうまく循環しない構造になってしまっており、海外経済の拡大が途切れると、そこで本格的な景気回復にいたらずに終わってしまうのである」「一時的な需要不足の状態に陥ったのであれば、落ち込んだ需要を財政政策や金融政策などで一時的に埋めてやれば、経済は元の需要不足のない正常な状態に戻る。ところが日本経済の低迷は、バブル景気崩壊後だけでも20年余も続いている」「問題を解決するためには、日本経済を元の姿に戻すということではなく、新しくバランスのとれた姿はどのようなものかを模索すべきだろう」。
消費は浪費という呪縛
「戦後から高度成長期にかけての日本経済は、すでに経済的な離陸は果たしており、発展途上国ではなかったものの、戦争によって企業の生産設備も道路や鉄道などの社会資本(インフラ)も破壊され、著しい資本不足が原因で生産力が不足している状態にあった。一時的に消費を抑制すればより高い経済成長が可能になり、少しの間生活水準の低下を我慢すれば、すぐにもっと多くの消費ができるようになるという状態である。このため、将来の生産を拡大するために国内の生産物を投資に向けることが善であり、消費に振り向けることは無駄遣いであり浪費だ、という考え方が定着してしまったと考えられる」。
無資源国という呪縛
「『日本は無資源国だから輸出を増やさなくてはならない』という言葉は、いつの間にかひとり歩きし始め、『資源を輸入するために』という部分は忘れ去られた。経常収支の黒字は、2009年度で15.7兆円もある。…『資源を輸入するため』に、現在以上に輸出を増やして外貨を稼ぐ必要はないのだ」。
少子高齢化の呪縛
「今後の日本経済は、少子高齢化のために労働力人口の減少が続いて生産力の伸びが低下するうえ、総人口も減少して需要が増えないので、低迷が必至であるという呪縛だ」。
しかし、「現在の状況は、人口減少・高齢化で起こると考えられている、需要に対して供給力が不足するという状況とは大きく異なっている」。
生産性の低迷という錯覚
「日本の生産性の低迷は、実は需要が不足しているので生産能力はあっても能力が発揮できないということが原因で起こっている」「製造業の稼働率指数を見ると、2010年11月には86.7だった。…工場の機械設備をフル回転させれば、製造業では現在よりも2割以上余計に生産ができるはずなのだ」「おまけに、日本の失業率はバブル景気の頃は2%程度だったが、2010年には平均で5.1%にもなっているから、失業している人たちが働くことができれば、もっと多くのモノやサービスを生産できる」。
家計に分配されない所得
「家計消費が増加しないという日本経済の問題は、一人当たりGDPが大きいにもかかわらず、それが家計に所得として還元されないことに原因がある」「製品の価格を高くしたら海外企業との価格競争で敗れてしまうので、賃金の引き下げにはおのずと限界がある。しかし、企業が賃金の引き上げを抑えて利益を増やした分を、家計に配当などの形で還元してやれば、家計の所得は増える」「雇用者が加入している厚生年金や、厚生年金に加入していない人の国民年金などの公的年金制度は多額の資金を運用しており、金利が高くなったり企業の配当が多くなったりすれば、年金の運用利回りの上昇を通じて国民全体にメリットが及ぶ」。
自転車のような日本経済
「これまでの日本経済の構造が成長を前提としたものであり、最低でも低成長、できれば高成長をし続けないと、バランスがとれなくて倒れてしまうような構造であることの方が問題であり、それを修正すべきなのだ」「経済成長は人々の生活を豊かにするための手段であって、それ自体が目的ではない」。
似て非なる貿易立国と外需依存
「国際的な分業というのは、日本が不得意な分野の生産はそれを得意としている外国に任せるということが前提だから、国際的な分業が進んでいく過程で輸出が増えているのであれば、同時に輸出の増加を伴わなければばならない。経済成長をするために外需を増やすことが国際分業ではないのだ」。
輸入から生じる貿易の真の利益
「貿易の真の利益は輸入・消費の利益であって、輸出・生産の利益ではない。2008年にノーベル経済学賞を受賞したクルーグマンは、『輸出でなく輸入が貿易の目的であることを教えるべきである。国が貿易によって得るのは、求めるものを輸入する能力である。輸出はそれ自体が目的ではない。・・・』と述べている」。
仕事を作るための輸出
「1980年代以降の日本経済では、輸出は輸入をするための手段ではなくなり、国内需要の不足を補うための手段になった。外需を増やさないと、失業問題が深刻化するようになったからだ。輸入するための手段にすぎなかった輸出は、いつの間にか日本経済の安定を維持するための経済政策の目的と化してしまったのである」「このころから日本経済は国内の民間需要だけでは企業活動を支えることができない状態となった。輸出を拡大するか、大幅な財政赤字を出すかして需要を作り、経済を支えなければ、仕事がなくて大量の失業者が出てしまう」。
国際競争力という幻
「教科書では、輸出で稼いだお金を使って輸入することが前提となっているので、輸入代金が少なくなる『円高が良い』と考えるのに対して、日本の常識では、輸入代金を稼ぐことに主眼が置かれ、海外に販売しやすい『円安が良い』と考えられるようになったのだ」。
しかし、「国際競争力を強化して外需依存の経済成長をしようとしても、結局はうまくいかない。国際競争力の強化で輸出の増加が実現すると、貿易収支の黒字が増加して、外貨と円との取引では外貨が余剰で円が不足という状況になって円高となり、日本企業の国際競争力が低下してしまうからだ」「為替レートは国際競争力の差を調整するようにできている」。
中小企業は生き残れないのか
「需要の拡大が見込まれる中国などの新興国市場には世界中の有力企業が進出し、熾烈な競争が繰り広げられている。全体の需要は急速に増え、個々の企業にとっても売り上げ増加のチャンスは大きいだろうが、それで安定的な利益が得られるかどうかは分からない」「逆に、縮小する市場でも、競争相手が次々に退出していけば、意外に安定した利益を得ることができるはずである」。
消費小国日本
「日本のGDPを支出面から見ると、他の先進工業国と比べて家計消費と政府消費を合わせた消費の割合が小さいことが特徴だ」「欧州各国は一般に『高福祉・高負担』である。そのため、スウェーデンに典型的に見られるように税や社会保障負担が大きいので、これらを控除した個人の可処分所得の水準は低くなり、個人の所得で行う消費は少ない。しかし、その代わりに国や地方自治体が税や社会保険料の形で集めた資金を使って、手厚い医療や福祉のサービスを政府消費として提供している」「米国は『低福祉・低負担』の国である。欧州に比べて税・社会保険料の負担が小さく、国や地方自治体が提供するサービスは少ない。しかし、税などの負担が少ない分だけ個人の可処分所得が多いから、それを使って各個人が多くの消費支出をしている」。
政府消費と個人消費のミックス
「日本では多くの医療・介護の需要があるのにそれを満たすことができないのは、すべてを公的保険で賄おうという考えのために、負担増に合意が得られないからだ」「公的保険は基礎的なサービスを確実にカバーするものとし、それに上乗せしてどこまで医療・介護に支出すべきかは、個人の選択に任せるべきではないだろうか」「医療・介護などのサービスを今よりもはるかに多く供給するためには、今よりもはるかに多くの人々がこの分野で働かなくてはならない」。
サービス業の生産性の上昇速度
「消費の拡大、とりわけサービスの増加では経済が発展しないという誤解がある」。
しかし、「サービス化が進まないから低迷が続いている、と考えるべきではないだろうか」。
技術革新の効果は他分野にも及ぶ
「医療・介護、福祉といった分野それ自体では技術革新がなくても、他の分野で技術革新が起こって生産性が上がれば、そこで生まれた余剰な労働力をこの分野に投入するという選択肢が可能になる」。
「低賃金で人で不足となっている介護産業などで提供するサービスにもっと高い価格をつけることができれば、現在よりも高い賃金を支払い、大幅に不足している人材を確保できるようになる。そうすれば、介護産業はそれだけ高付加価値になり、『低生産性』産業ではなくなるだろう」。
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