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櫨浩一著『貯蓄率ゼロ経済―円安・インフレ・高金利時代がやってくる』(日経ビジネス人文庫)

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貯蓄率ゼロ経済―円安・インフレ・高金利時代がやってくる

 櫨浩一著『貯蓄率ゼロ経済―円安・インフレ・高金利時代がやってくる』(日経ビジネス人文庫、2011年10月3日発行、2006年1月発行の単行本の文庫化)を読んだ。

 「日本はこれまで経験したことのない長期にわたる人口減少時代に突入した。経済の動きは、消費や設備投資の増加速度など需要の面から議論されることが多い。そのため、人口減少がもたらす需要の減少という量的な側面に注目した、経済成長率の低下や日本経済の縮小についての議論が盛んである」「しかし、今後の日本経済は、単に拡大の速度が遅くなったり、縮小したりするわけではなく、構造自体がまったく変わってしまうはずである。需要面にだけ注目していたのでは、そのことを理解するのは難しい。日本経済の構造変化を考える上で、高齢化に伴う家計貯蓄率の低下と、それがもたらす貯蓄投資バランスの変化がカギになるというのが、本書の基本的視点である」。

 「本書の結論を導くために理解していただく必要のある関係はたった一つ、日本国内の家計、企業、政府の貯蓄投資バランスの合計が経常収支に一致するというものだけだ。この簡単な関係だけから、円高や財政赤字が発生した理由や、高齢化の進展が日本経済に及ぼす変化を予想することができる」。

 貯蓄に着目した分析は説得力があり、斬新な提言も参考になった。
 
 まずは議論に必要な前提の部分を引用しておこう。

 まず「日本の高い貯蓄率」について。日本が貯蓄が好きな国民だったわけではなく、「第二次世界大戦後の日本で家計の貯蓄率が高かったのは、貯蓄が必要な理由と、貯蓄ができる条件がそろったから」だという。

 すでに国際的にみても、すでに日本の貯蓄率はそんなに高くない。
 「日本の家計貯蓄率は1980年度には17.0%であったが、90年代末から急速に下がり、2001年度には6.7%にまで低下した。03年度には7.8%に回復したが、この水準はすでに欧州各国の貯蓄率を下回っている」。

 「貯蓄率は1986年からは60歳以上の無職世帯についても調査されるようになり、89年からはすべての年齢の無職世帯が調査されるようになった」「これによると実際に無職となった高齢者が貯蓄を取り崩していることが確認できる」「2004年の家計調査の結果を見ると、世帯主が60歳以上で無職の世帯では……貯蓄率は、マイナス29.2%という大幅なマイナスである」。
 「世帯主の年齢が60歳以上で無職であるという『高齢無職世帯』が全世帯に占める割合は、1985年には8.5%にすぎなかったが、2004年には23.2%に上っている」「この急速な人口構造の高齢化が、日本の家計貯蓄率低下の主な要因なのである」。 


 貯蓄は消費水準を決める。
 「普通の消費者が毎月使う金額を決めるに当たっては、何が欲しいかではなく、貯金した後でどれだけ使えるかお金があるかが大きいのだ。つまり、毎月の消費支出の水準を決めているのは、消費意欲ではなく貯蓄のほうなのである」。

 貯蓄は経済成長率も決める。
 「10年、20年というような長期の経済成長を考える場合には、経済の供給力の伸びの方が問題になる。どれだけ需要があっても供給力がそれに伴わなければ経済成長は実現できない。つまり、長期的に見れば供給力の伸びが現実の成長率の上限になっている。貯蓄率はそれを決める大きな要因である」。


 「高度成長や社会保障制度の不備、ボーナスの存在、税制などといった要因が家計の貯蓄率を増やす方向に働いていたことは疑いないが、日本の家計貯蓄率が高かったことをそれらの要因だけで説明することは難しい」「日本の貯蓄率が高かった大きな理由は、人口構成が若く、老後のために貯蓄を行う働き盛りの世代の割合が多かったことに求められよう」。
 「逆に、今後高齢化が進んで高齢者の割合が高まれば、家計貯蓄率はさらに低下していくことになる」。

 高い貯蓄率があってこその高度成長だったが、半面、マイナスの面ももたらした。
 「豊富な家計貯蓄はバブル期に企業の膨大な非効率投資を生み出し、日本経済は過剰設備と過剰債務の解消に長い時間を要することになった」からだ。

 「豊富な家計貯蓄は、日本経済の悩みのタネであると同時に、かろうじて現在の日本経済を支えている頼みの綱でもあるのだ」
 「日本は先進諸国中で財政赤字が最悪の状態に陥っている。2005年度予算では国の一般会計の歳入のうち借入金である国債に依存している割合が41.8%にも上っている」「このような状態であれば、普通は長期金利が上昇したり、激しいインフレに襲われたり、通貨危機に見舞われたりするなどの深刻な問題が発生するはずである」「しかし、現在の日本では先進国中で最も財政状況が悪いにもかかわらず、インフレや国債の金利上昇といった問題が発生する気配すらない」「日本経済では、2000年頃から家計貯蓄率が急速に低下する一方で財政赤字が拡大し、家計の貯蓄だけでは財政赤字を賄うことができなくなっている。それにもかかわらず、財政赤字による様々な問題が起きていないのは、過剰債務削減のために企業部門が大幅な貯蓄余剰となっており、家計部門と合わせた民間部門全体が大幅な貯蓄余剰であるからだ」。

 以上で「貯蓄」の活躍ぶりが分かったが、貯蓄率は今後低下してくるという。
 「無職の高齢者世帯では、この数年間で所得の大部分を占める年金などの社会保障給付の受け取りが減少する一方、社会保険料と保健医療支出の支払いが増加している」「この原因としては、老齢厚生年金の支給開始年齢の段階的引き上げによる収入減、2000年度の介護保険制度導入に伴う新たな保険料の発生、医療保険や介護保険の自己負担による支出増などが挙げられる」「このような社会保障の制度変更は、高齢者無職世帯の可処分所得を減少させ、貯蓄の取り崩しを増加させることによって、貯蓄率の低下に影響を及ぼしている」。

 現時点では家計貯蓄率は高まる要因もある。「高齢化が伸展する中で年金、医療、介護などについて公的制度のみによって十分な老後保障を確保しようとすれば、現役世代の負担が重くなりすぎて制度自体が崩壊してしまう恐れが強い。このため、今後、私的な老後準備の重要性はさらに高まっていく可能性が高く、現役の勤労世帯の貯蓄率を押し上げる要因になる」からだ。
 「超低金利による利子所得の減少が貯蓄率低下の要因となっていることからすれば、この要因がなくなることも貯蓄率を押し上げる可能性もある」。
 「貯蓄率を押し上げる効果があったと考えられるのは、高年齢者の就業促進である。2006年4月から改正高年齢者来よう安定法が施行されて、65歳までの高年齢者の雇用を確保することが義務付けられたため、高齢者の就業が進んだ」。

 こうした家計貯蓄率が上がる要因もあるものの、「長期的に見れば、さらなる高齢化の進展により家計貯蓄率が低下していくことは避けられない」「2012年以降、高齢化が加速することにより貯蓄率は再び急低下して」いく。

 そして、試算によると、「2020年前後には家計貯蓄率はほぼゼロに低下すると見られ、日本は『家計貯蓄ゼロの経済』に突入されると予想されるのである」。

 「貯蓄率ゼロ経済」にようやくたどり着いた。
 それはどんな経済なのだろうか。

 まず、新規の設備投資が難しくなる。日本経済の生産能力の増加が望めなくなる。
 「政府は赤字を賄う資金を海外から調達しなければならないという状況が考えられる」。経常収支が赤字となり、財政収支と経常収支がともに赤字という「双子の赤字」問題が発生する恐れがある。

 「貯蓄率の低下は、家計が所得の中から消費に回す割合が増加することを意味するから、所得が増えなくても消費は増加する」「一方、貯蓄率がゼロになることで生産設備は増やせなくなり、高齢化で働き手が少なくなることも加わって、経済の供給力は伸びなくなる」「供給力の過剰が縮小していけば物価は上昇しやすくなり、インフレ気味となるはずである」「貯蓄率低下と労働力人口の減少による供給力の伸びの低下の方が需要の伸びの低下よりも大きいため、日本国内の需要と供給の関係は、従来の供給過剰から需要過剰へと変わっていくのである」。
 「インフレのもう一つの原因であるコストの上昇という点でも、貯蓄率ゼロ経済はインフレを引き起こしやすい。高齢化の進展で労働力人口、とりわけ若い労働力が減少するために賃金が上昇しやすくなるからだ」。

 80年代後半以降「価格破壊」のときのような価格引き下げの手法は、「貯蓄率ゼロ経済になって円高が止まれば難しくなる。…中国や東南アジア諸国の経済発展でこれらの国々の賃金が上昇していけば消えていくはずだ」。

 「日本の物価上昇率が米国よりも高くて円安傾向が続けば、日本では米国からの輸入品の価格は上昇する。輸入品価格の上昇は日本国内の物価上昇率を高め、購買力平価で決まる為替レートは円安となるので、為替レートにはさらに円安の力が働く」。

 「貯蓄率ゼロ経済ではデフレからインフレに変わることによって、金融政策は現在の超緩和から引き締め傾向に変わり、金利は上昇する可能性が高い」。
 「家計からの新規の資金供給が止まることによって、国内の資金の受給関係は供給過剰から需要超過に変わっていく」「わずかな資金を民間企業の設備投資のための資金調達と財政赤字を賄うための政府の国債発行による資金調達が奪い合う形となって、金利が高騰する危険が高まる」
 「貯蓄率ゼロ経済ではお金の流れがこれまでの日本から海外ではなく、海外から日本へという方向に変わる」。

 ここまで見てくると、将来は相当厳しい状況が予想されるが、道はあるという。

 「今あるものをスクラップして、その代わりに別のものをつくることはできる。これまでの投資が非効率だったとすれば、今後の投資を効率的なものにすれば、投資を拡大しなくても日本経済は成長していく余地が大きいことになる」「貯蓄率ゼロ経済で我々が目指すべき方向は、量の拡大ではなく質の改善、持っているストックの効率化という方向なのである」
 「これからは低収益部門の縮小や廃止によって、成長力のある産業や企業が投資に使う資金を捻り出さなくてはならない」。
 公共事業にも「本当に必要なものだけを整備する」という姿勢が必要になる。

 「資本も労働力も増えないので、これまでのような量に頼った経済成長を続けることはできなくなるのである」「しかし今後も、残る一つの要素である技術の進歩によって日本経済を発展させることは可能である」。
 
 「普通は技術という言葉からは『科学技術』を思い浮かべるが、経済成長に使われる技術はもっと意味が広く、コンピューター自体の性能だけでなく、会社などの組織での利用のされ方も含むものである。国全体では、社会を支える税や社会保障などの制度や、企業活動を規制する法律や政府組織のあり方までを含んだ非常に幅広いものを指す」「今後の日本経済の発展にとっては、むしろこうした科学技術以外の、社会を効率よく動かすための『社会技術』とでも呼ぶべきものが重要になるのではないだろうか」。
 「社会技術な方は放置しておくと世の中の変化に合わなくなり、効率が落ちてしまう」。

 家計もストックの効率化が必要だ。
 「日本の個人金融資産は約1400兆円で、名目GDPの2.8倍に上る。このうち5割以上に当たる780兆円程度を60歳以上の高齢者が保有していると推計される」「世帯主一人当たりの貯蓄額を見ても、世帯主の年齢が60歳以上の層は貯蓄残高が2500万円に近く、全世帯平均の1692万円を大きく上回っている」「高齢者は多額の金融資産を保有しており、お金持ちだという話をしばしば聞くが、老後の生活のために皆が貯蓄をすれば、年齢が上昇するとともに資産は増加していく」。
 「膨大な遺産が生まれる理由は、貯蓄が預貯金などの金融商品の形で将来の不確実性に備える目的で行われているからだ」「個人が将来に対する不確実性をカバーしようとして、最も費用がかかるケースに対応した資金を用意することは、社会全体としては非効率を生む原因となる。老後の生活資金や介護費用なども保険によって用意すれば家計の貯蓄を効率化することができ、個人のレベルでも日本経済全体でも必要な金融資産額の引き下げが可能になる」。
 「大きすぎる家に住むのは、毎日の家の掃除も大変だし、住宅の維持・管理のコストや固定資産税も高い」「住宅の売買には不動産取得税が課される他、登記や仲介業者のコストなどもかかる。こうした取引コストを引き下げて、高齢者の住み替えが容易になるような政策的対応も求められる」。

 
 「とりわけ大きな問題は、家計に十分な老後資金を形成させようとすれば、政府が資金の借り手になるしかないことである」「政府が国債を発行して家計の貯蓄願望に応えることはできるが、将来高齢になって引退した人たちがこの国債を一斉に売却して老後の生活資金に充てようとしたときに、大きな問題が起こるはずだ。高齢者の貯蓄取り崩しで発生した需要は、日本経済を需要超過からインフレに導いてしまうだろう。そもそも大量の国債を売却しようとしても、国内にはこれを買う相手がおらず、金利の大幅な上昇(国債価格の下落)が起こる可能性もある。

 資金の借り手の問題は公的年金を積み立て方式に変えたとした場合にも出てくる。
 「公的年金制度が積立金を増やそうとすれば、誰かがその貯蓄を借りなくてはならないが、その相手は家計、企業、年金制度以外の政府部門と海外に限られる」「家計の貯蓄が減少するのでは豊かな老後は送れない。現在のように、企業が過剰債務の削減のために借り入れの返済を続けている状況では、借金をしてくれるのは海外だけということになる。海外に資金を貸し付けようとすると経常収支の黒字が拡大してしまい、貿易摩擦などの経済摩擦を引き起こす。仮に国際的な経済摩擦や政治摩擦を回避できたとしても、大幅な黒字が続くことで円高圧力が強まり、意図したような大規模な積み立てが実現する前に、景気の悪化によって年金保険料が集まらないなどの結果に終わる可能性もある」「年金の積立金を大幅に増やして将来の保険料を抑制するなど、世代間の不公平を小さくしようとしても、結局は国債を発行せざるを得なくなる恐れが大きい」。

 「現在の貯蓄過剰と将来の貯蓄不足が引き起こす問題は、時間の配分という観点から見ると。『若いときに働いて、老後は働かずにすます』という、いわば日本経済全体で時間を貯蓄しようとすることの『無理』の産物ともいえる」。
 「老後の生活のために貯蓄をし、将来それを取り崩そうという行為が貯蓄率の大きな変動を引き起こし、日本経済を需要不足から供給不足に陥らせる。…高齢化が進む貯蓄ゼロ経済では、高齢者が働くことが問題解決のカギなのである」
 「壮年期に働く時間を減らせば所得も減るが、高齢期にも仕事をして所得が得られるのであれば、今のようにあくせく貯蓄をする必要がないから、所得が減っても生活には困らないはずだ」「仕事の総量を増やすわけではなく、要は人生の中での分布を薄く広くするという問題なのだ」。
 「もちろん、人生のどこかで集中的に働き、後はゆっくり自由に生きたいという人もいるだろう。そういう人はこれまで以上に若いときに働き、その間に貯蓄をして悠々自適の老後生活を送ればよい」「こうした人生のスタイルを公的な制度ですべての人に保障しようとすると、様々な問題が発生してしまうのだ」
 「『高齢になっても働ける社会』は選択の幅の広い豊かな社会である」。

 「1955年から2000年までの間に平均的な定年年齢は5年延びているが、その間に働く期間に対する老後期間の比率は50%から56%に上昇している。老後の生活資金を貯蓄で賄おうとすれば、現在の方が働いている間に多くの資産をつくらなくてはならないことになる。こうした矛盾の根本的な解決策は、平均寿命の延びに合わせて働く期間を延ばすことだ」。

 「今から将来に向けて、高齢者が働きたければ働ける社会システムをつくり上げる必要がある。そのためには、中高年齢層の労働市場を流動化させる必要がある」。
 「定年を延長するのではなく、いっそのこと定年年齢を45歳位にしたらどうか。45歳になったら全員定年退職し、新しい会社に入社し直して、新しい仕事を始めるというのはどうだろう」。
 「固定化した労働市場ではめったに失業しないものの、一度失業したら次の仕事を見つけるのは困難である。流動的な労働市場では、多くの人が仕事を変えているので次々と空きポストが生じる」。

 「45歳定年」という斬新な提案にいくまで、相当な勉強が必要だったが、こうした大胆な手を打つしか高齢化を乗り切る方法はないのではないだろうか。

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