ITの未来像を示す小池良次著『クラウドの未来─超集中と超分散の世界』(講談社現代新書)
小池良次著『クラウドの未来─超集中と超分散の世界』(講談社現代新書、2012年1月20日)を読んだ。
2009年に小池良次著『クラウド~グーグルの次世代戦略で読み解く2015年のIT産業地図』(インプレスR&D、2009年3月1日発行)を読んだが、「クラウド」は単なる流行語ではなく、いまのITの世界の当たり前のインフラになっている。ちょうど、「次」が気になっているときに、小池氏は「クラウドの未来」を提示してくれた。
しかし、この本が単なるクラウド解説本ではない。この本が示しているのは「IT全体の未来像」だ。とても刺激的な本だった。
第一章
まず、クラウドの位置づけが明確にされる。
「クラウドは『脱パソコン時代』のビジネスモデルです。体にたとえれば、頭脳はクラウド・データ・センターであり、パソコンや携帯電話などは全身の筋肉や感覚器官と考えてください。インターネットは、両者を結びつける神経回路です」。
「いろいろなコンテンツやアプリケーションは、データ・センターと呼ばれるクラウドに集約(超集中)される一方、それを利用する端末はパソコンだけでなく、家電や自動車などあらゆる機器に広がります。しかも、移動先でも利用できるモバイル時代になり、場所と機器を問わない世界(超分散)に向かっています」。
「クラウドでは仮想化(バーチャライゼーション)という新しい技術を利用しています」「仮想化技術は、論理構成と物理的構成を自由に替えることができます」「物理的に100台あるサーバーを1台のようにまとめて利用することもできれば、1台の大型サーバーを100台のサーバーに分割することもできるわけです」。
クラウドは、ソーシャルメディアを支えている。
「米国の巨大ソーシャル・ネットワーク・サービスは、通信事業者が整備しているブロードバンド網に依存しているわけですが、それでも億人単位のサービスは人類の経験したことのない領域と言えます」「過去、これだけ大規模なITサービスは、技術的に存在できませんでした。こうした技術の壁を破るためには、さまざまな技術革新があります。俗に『ビッグ・データ』と呼ばれる技術分野もそのひとつです」「クラウド・コンピューティングの醍醐味と言えば、このビッグ・データを取り扱う世界でしょう。現段階では、だいたい10万台以上のサーバー群を使ったサービスがビッグ・データの領域に属します」。
「ソーシャル・ネットワーク・サービスに飛び交う情報量はたった4日分だけで、人類が書籍や写真などに蓄積してきた情報の総量と同じと言われ、人類の経験したことがない新領域に入っています」。
「検索サービスやソーシャル・ネットワーク・サービスでビッグ・データを駆使する事業者は、米国が大きくリードしています」。
面白いのは、日本人が「最先端」「流行の先端」と思っているスマートフォンが、クラウドという観点から見ると、逆にかつてのパソコンの世界に先祖がえりしていると言う筆者の指摘だ。
「パソコンでは最近、ブラウザーでさまざまなアプリケーションを動かしています。利用者には見えませんが、そこではブラウザーの中にある仮想マシーンと呼ばれるソフトウェアをOSにかぶせています。そのため、アプリケーションは仮想マシーンが同じなら違うOSでも動きます。つまりOSに依存しない動作環境です。こうしたタイプのアプリケーションをウェブ・アプリケーションとか、ウェブ・サービスと呼びます」「残念ながら、iPhoneやアンドロイド携帯は大部分がネイティブ・プログラムに依存しており、昔のパソコンの不便さを継承してしまいました」「現状のネイティブ・アプリケーションを基本とするモバイル・ディバイスの世界は、5年程度で変化することを視野に入れるべきです」。
「あと5年もすれば、私たちはいくつものモバイル・ディバイスを持ち歩き、家の中にはネットワーク家電があふれることになるでしょう。それを通じて流れ込んでくる情報は、もはや人の認知力を超える量に達します」「日頃、ユーザーがどのような行動をとり、どのようなテレビ番組や書籍・雑誌を好むか。また、どのような友人や知人と、どのような情報をやり取りしているかなどをクラウドに蓄積し、そのプロファイル情報をベースにクラウド・アプリケーションが適切な情報サービスを提供する。これがクラウド・サービスであり、クラウドが担う時代の要請なのです」。
第二章
アマゾンの一人勝ちを食い止めようと言う動きが広がっていることが紹介される。
「ユーザーの選択肢を増やし、データの互換性を確保するためのパブリック・クラウドにおいて『スタンダード化や標準推奨モデルを決めていこう』との動きが広がっています。これが…クラウド・エコシステムです」。
「このクラウド・エコシステムが成功するかどうかは、日本の情報通信業界にとっても大きな意味を持つでしょう」「もしアマゾンが一人勝ちを続ければ、これからはパブリック・クラウドを目指す日本のベンダーも淘汰される可能j性があります。逆に、クラウド・エコシステムに相乗りできれば、新たなクラウド・ビジネスを開拓できるでしょう」。
第三章
今後、無線ブロードバンドの整備が最重要課題となると筆者は主張する。
「通信は、世界中で同じサービスを享受できるところにメリットがあります。国際競争とはいえ、日本だけが独走すれば世界から孤立した通信ネットワークを生み出し、ガラパゴス化という弊害が生まれます。クラウド・コンピューティングからクラウド・コミュニケーションへと徐々に進化する過程で、世界的な動向を見ながら着実にネットワークの次世代化を進めないと、大変なトラブルになってしまいます」
「私たちはアプリケーション大量消費時代に足を踏み入れているのですが、そこにはモバイル・ブロードバンドというボトルネックが立ちはだかっています。無線LANやDSL、光ブロードバンドなどは、すべて数十から数百メガビット秒クラスの伝送スピードで利用できます。しかし、携帯電話に付いている無線ブロードバンドだけは実質1芽メガビット秒にも達していません」。
「無線ブロードバンドというボトルネックを克服し、バランスのとれた融合ネットワークを構築することこそ、次世代ネットワークの目標となります」。
第四章
日本のガラパゴス的電波政策にメスを入れる。
「日本はワイファイの逼迫した状態を無視するかのごとく、旧態依然とした片方向の地域放送サービスに貴重な電波資源を割り当てようとしています」。
「日本版ホワイトスペースで狙っている地域放送プロジェクトの多くは、インターネット/ブロードバンド・サービスで同じことができます」。
「モバイル・ボトルネックはあと数年で大きく改善されるでしょう。日本でも米国でもLTEと呼ばれる第4世代(日本では3.9世代と呼ぶ)携帯データ網の整備が始まりました」「このLTEが整備されれば、モバイル網はようやくスピード面で固定網と同じ水準になるのです」。
「ボトルネックはオフィスやホーム・ネットワークに移るのです」。
第五章
家電メーカーなどの危機が迫っているようだ。
「あと数年もすれば、企業システムにおいても、家電においても、ハードとソフトの分離が進みます。これまで日本や韓国が得意としていたハード・ソフトの一体設計が、アマゾンやグーグル、マイクロソフトなど米国のクラウド事業者によって浸食されることを意味します」。
第六章
マス・メディアのサービス・モデルが苦境に陥る。
「インターネット出現後、米国では『単体ネットワークによる有料サービスは難しい』ということが広く認識されています」。
「インターネットはさまざまなコンテンツとサービスが相乗りする『多重化サービス・モデル』だということです」。
「日本で準備が進んでいる携帯マルチメディア放送は、残念ながら単体サービス・モデルを狙っています」「次世代規格や次々世代規格で移動時100メガビット秒、固定時1~3ギガビット秒を超える速度が実現されれば、高コストな携帯マルチメディア放送は終了して、すべて4Gモバイル網で処理するほうが経済性も高く、サービスも充実するでしょう」。
第七章
クラウドビジネスでは日本は挽回できない…。
「日本にとって、クラウド・データ・センターの誘致は難題です。まず、日本の高額な電気料金と高い不動産コストが大きな障害となります。厳しい建築基準と高い人件費も日本におけるデータ・センター運営を難しくしています。加えて、法人税が高いこともデメリットです」「米国では『日本にデータ・センターを作れば、米国の3倍コストが掛かる』と敬遠されています」。
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