映画『最強のふたり』
映画『最強のふたり』。電車内で広告をみて、どんな映画だろうと思った。公式サイトにある下記のイントロダクションを要約したような広告だった。
それは、幸福な騒ぎだった。巻き込まれた人々は、みんな元気いっぱいの笑顔と生きるエネルギーをもらった。2011年11月にフランスで公開された映画が、いきなり年間興収第1位に躍り出たのだ。しかも、『ハリー・ポッターと死の秘宝Part2』、『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』、『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』など、並み居るハリウッド超大作をおさえての記録だ。その勢いは止まることなく、ついには歴代記録を塗り替えるという快挙を成し遂げ、堂々第3位に輝いた。世に多種多様なエンターテイメントが溢れる今の時代に、フランスの国民3人に1人が観たという、誰もが愛さずにいられない映画、それが『最強のふたり』だ。
実話に基づいた、首から下が麻痺した大富豪と、彼を介護するスラムの黒人青年ふたりの奇跡の友情を描いた物語に、「笑いも涙も止まらない」「予測不可能な展開に拍手喝采!」という絶賛の声が、たちまちヨーロッパ中に広がった。ドイツでは7週連続1位となり、『アメリ』を抜いて過去ドイツで公開されたフランス映画の興収No.1を獲得。オーストリアでも6週連続1位、スペインでも記録を更新した。
介護される側とする側の話。涙なしには見られないヒューマンドラマかと思った。
最近は、高齢者の介護や医療の問題にも関心を持っているのでチェックしておかなければいけないと、半ば義務感で観た。
冒頭の乱暴な運転のシーンから引き込まれてしまった。
相手を信じていなければ、「こら、危ないだろう。おい、やめろよ」となる。
ところが助手席の介護をされる男は、それを楽しんでいるふうである。
いよいよ、絶体絶命という状況でも、見事、チームワークで切り抜ける。
愛とか、言葉とか、音楽とか、涙とかではなかった。二人の信頼を表現する冒頭のシーンが圧巻だった。
公式サイトによると、以下のようなストーリーだ。
ひとりは、スラム街出身で無職の黒人青年ドリス。もうひとりは、パリの邸に住む大富豪フィリップ。何もかもが正反対のふたりが、事故で首から下が麻痺したフィリップの介護者選びの面接で出会った。他人の同情にウンザリしていたフィリップは、不採用の証明書でもらえる失業手当が目当てというフザケたドリスを採用する。その日から相入れないふたつの世界の衝突が始まった。クラシックとソウル、高級スーツとスウェット、文学的な会話と下ネタ──だが、ふたりとも偽善を憎み本音で生きる姿勢は同じだった。
互いを受け入れ始めたふたりの毎日は、ワクワクする冒険に変わり、ユーモアに富んだ最強の友情が生まれていく。だが、ふたりが踏み出した新たな人生には、数々の予想もしないハプニングが待っていた──。
人生はこんなにも予測不可能で、こんなにも垣根がなく、こんなにも心が躍り、こんなにも笑えて、涙があふれるー。
楽しくて愉快なシーンが続く。それでいてしっとりとさせてくれる。考えさせられる。作りは軽いが、メッセージは重い。
われわれが社会的弱者と接する場合、言葉や表現に、ものすごく気を使う。はじめはそれが、優しさであり、当然の気遣いだったのだろう。
ところが何事でもそうなのだが、行き過ぎる。
腫れ物に触るような感じなってきて、社会的弱者のことを語ることさえ難しくなってくる。ちょっと表現を間違えると言葉狩りにあう。
そのうちに、だれも社会的弱者のことを真剣に語らなくなる。美辞麗句しか話さなくなる。
介護状態になった人。たとえばこの映画の主人公、大富豪フィリップは、自分では何もできないが、やりたいことは山ほどある。
読書もするが、女性に対する興味だって失われていない。それなのに女性に対する接し方も、「介護」状態に入ると手段は「手紙」だけになってしまう。
「そんなのおかしいだろう」とドリスは言う。
笑わせながら、どんどん現代社会の馬鹿らしさ、矛盾を明らかにする。
そして一番大切なものも。
ドリスはフィリップに最高のプレゼントをする。
今年みた映画ナンバーワンである。
【スタッフ】
監督 エリック・トレダノ オリビエ・ナカシュ 脚本 エリック・トレダノ オリビエ・ナカシュ
【キャスト】
フランソワ・クリュゼフィリップ
オマール・シードリス
【原題】
Intouchables
【製作年】
2011年
【製作国】
フランス
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