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年末年始を箱根で過ごす(5)ポーラ美術館

 西洋近代絵画を多数収蔵するポーラ美術館(神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285、0460・84・2111)に行った。

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 ポーラ美術館のパンフレットの説明。

 「2002年9月に箱根仙石原に開館したポーラ美術館のコレクションは、ポーラ・オルビスグループのオーナーでありました鈴木常司(1930-2000)が40余年をかけて収集した美術作品、総数約9500点から成っています。収蔵品は、19世紀フランスの印象派を中心とした西洋絵画や日本の洋画、日本画、東洋陶磁、ガラス工芸、化粧道具など、多岐にわたります」

 「西洋絵画 19世紀フランス印象派やエコール・ド・パリの作品、20世紀絵画を中心に約400点を収蔵。モネ、ルノワール、ピカソなど世界的な評価の高い作品をご覧いただけます」

 「日本の洋画・日本画 黒田清輝、岸田劉生、杉山寧など広く知られる画家の代表作を中心としたコレクションから、厳選した作品を常設展示しております」

 「陶磁 中国、日本、韓国の鑑賞古陶磁と日本の近現代陶磁は国内でも有数のコレクションです」

 「ガラス工芸 ガレ、ドーム兄弟など人気の高いアール・ヌーヴォーの作品をはじめ、繊細かつ華やかな工芸品を多数収蔵。透明感と色彩の調和が生み出す独特の美しさが観る人々を魅了します」

 「化粧道具 古今東西を問わず女性を美しく輝かせてきた化粧道具。工芸品として美しさをあわせ持つ貴重なコレクションをご鑑賞いただけます」

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 開かれていたのは、「ルノワール礼讃 ルノワールと20世紀の画家たち」展。

 「アネモネ」「レースの帽子の少女」「髪かざり」「水のなかの裸婦」「休息」「水浴の後」など、多数のルノワール作品を楽しめた。

 ルノワールの影響の受けた東西の画家の作品も展示されていた。

 

 個人的にとても印象的だった作品は、以下の3作品(絵葉書)。

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ピエール・オーギュスト・ルノワール「レース帽子の少女」

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黒田清輝「野辺」

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岡田三郎助「あやめの衣」

 黒田清輝と岡田三郎助は、ともに、「外光派」と言われる ラファエル・コランの指導を受けた。ルノワールの作風をそのまま真似た画家よりも、はるかに魅力的な作品を作り上げている。

 ガラス工芸では、エミール・ガレ、ドーム兄弟、ルイス・C・ティファニーなどの才能に驚嘆した。

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 レストラン アレイ

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ミュージアムショップ

 箱根を訪れたら、ポーラ美術館は必ず訪ねたい。

 開館時間は午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)。
 年中無休(ただし展示替のための臨時休館あり)。

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年末年始を箱根で過ごす(4)成川美術館

 芦ノ湖の湖畔にある日本画を集めた美術館、成川美術館(神奈川県足柄下郡箱根町元箱根570番、0460・83・6828)を訪ねた。丘の上から眺める芦ノ湖と富士山の眺望が美しい。

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 ホームページによると――。

「箱根・芦ノ湖畔に立つ成川美術館は、昭和63年4月(1988年)に開館いたしました。現代日本画を中心にそのコレクションは4000点を超え、いまも増えつづけています」

 「文化勲章受章画家・山本丘人の代表作150点余りを核に、平山郁夫作の作品を40点余(素描を含む)を所蔵」

 「堀文子、岡信孝、牧進、関口雄揮、吉田善彦、毛利武彦、平岩洋彦、岡崎忠雄、小林済、前本利彦、牛尾武、柳沢正人らの作品数は、日本一を誇ります。そのほかにも、日本で1、2を誇るコレクションとして、森田りえ子、石本正、中野嘉之、平松礼二、木村圭吾、内藤五琅、矢谷長治、吉田多最らの作品群があります」

 「現代の作家とともに歩む未来の名品を先取りした個性的な美術館が私たちのモットーです」

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 開催中(平成25年12月12日~平成26年3月13日)の展覧会は、

  • ・堀文子・森田りえ子を中心とした現代女流画家展
  • ・一般財団法人設立記念展
    ・成川美術館の至宝第4回~無所属作家を中心に~
  • ・日本画の煌めき~富士を中心とした収蔵名作展~
  •  

     堀文子さんは高校の先輩でもある。90歳を超えてもお元気だ。

     堀文子さんの展示作品を絵葉書で紹介する。

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     「春の庭」1975年

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    「こぶし咲く」1984年 アトリエのある軽井沢で5月初めに描いた作品。

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    「トスカーナの花野」1990年 トスカーナに移り住んだ時の作品。

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    「ひまわりの畑」1990年

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    「トスカーナの麦畑」1994年

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    「鳥達の楽園」1999年

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    「ヒマラヤを隠す厚き雲」2001年 堀文子さんが81歳の時に取材旅行して描いた作品。

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    「春の籠」2002年

     堀文子さんの作品を満喫した後、富士を楽しむ。

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     とても気持ちの良い素敵な美術館だった。

     開館時間は、9:00~17:00。
     

     無休。

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    年末年始を箱根で過ごす(3)ペンションリバティハウス

     岡田美術館からバスで強羅駅へ。強羅駅から、ケーブルカーで、宿泊するペンションリバティハウス神奈川県足柄下郡箱根町強羅1320、0460・82・1788)へ。 

     しっかり行き方を調べておかないのが失敗だった。住所をスマホの地図に入力すると、目的地はケーブルカーの上強羅だった。

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     ケーブルカーに乗車。

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     両側の扉が開く。上強羅駅は間違えると反対側に行けないという。

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     上強羅駅に到着。

     宿はすぐだと思った。

     ところが、住所の示すところにあったのは、ハイアット リージェンシー 箱根 リゾート&スパ。このホテルも住所は神奈川県足柄下郡箱根町強羅1320。一帯がこの住所のようなのだ。

     

     ペンションは3駅下の公園下駅の近く。しかし、歩いて10分。なんとかたどり着いた。

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     温泉に。源泉名は「大涌谷温泉 蒸気造成混合泉3号線」。泉質は酸性-カルシウム-硫酸塩・塩化物温泉。加水、加温、循環装置の使用、入浴剤の使用、消毒処理、すべてなし。

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     夕食。

     フレンドリーないいペンションだった。

    追記)31日以降の食事。

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     31日朝食。

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     31日夕食。

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     2014年1月1日朝食。

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     朝風呂。

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    年末年始を箱根で過ごす(2)岡田美術館

     年末年始を過ごす箱根では、美術館めぐりをするつもりだ。

     箱根町到着後、小涌谷駅で下車し、陶磁器や日本の絵画を集めて昨年開館した岡田美術館(神奈川県足柄下郡箱根町小涌谷493-1、0460・87・3931)を、まず訪ねた。岡田美術館は31日、1日は休館。30日に行くしかない。

     開館時間は午前9時〜午後5時(入館は4時30分まで)。 午後3時過ぎに岡田美術館に到着。大急ぎで、展示を見た。

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     岡田美術館は2013年秋の開館。

     ホームページによると――。

     「美術館は、明治時代に存在した欧米人向けのホテル『開化亭』の跡地(約6,300m2)に建設。全5階から成る建物の延べ床面積は約7,700m2で、展示面積は約5,000m2にも及びます。この広い会場に、実業家岡田和生が収集した、日本・中国・韓国を中心とする古代から現代までの美術品が展示されます」。

     「古くから日本で受け継がれてきた美術品を大切に守り、美と出会う楽しさを分かち合い、次代に伝え遺したい、との願いから、美術館が構想されました。そして、日本とアジアの文化を世界に発信し、広く文化の創造に貢献することを使命としています。岡田美術館は、この箱根の地より、皆様に『楽しい!』をお届けしてまいります」。

     入館料は一般・大学生は2800円、小中高生は1800円。 

     観光で、ちょっと美術館に行こうという感覚では、入れない高い料金。民間で大規模な美術館を維持しようと思うと、やむを得ない料金なのかもしれないが――。

     果たしてこの料金に見合うだけの作品が揃っているのだろうか。

     ミシュランの三ツ星レストランに入るような感覚で岡田美術館を訪ねた。

     美術館の敷地面積6278㎡、建物は5階建て、延べ床面積は7714㎡。 

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     まずは、外の足湯からも鑑賞できる、日本画家、福井江太郎氏による「風・刻(かぜ・とき)」を見た。多くの日本画家が描いてきた風神雷神図の巨大壁画だ。 

     館内に入ると、入り口に金属探知機があり、スマートフォンなども持ち込めない。あとで感じたが、メモは絶対にしたくなる。紙と鉛筆を用意しておきたい。

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     岡田美術館の展示は大きく分けて3つ。陶磁器、絵画、工芸・彫刻だ。

     最初が、陶磁器の展示だ。「日本の古九谷・鍋島、野々村仁清や尾形乾山の京焼、中国の古代から清朝、韓国の高麗・李朝、日本古代の土偶や埴輪まで、各世代の陶磁器の名品がお楽しみいただけます」(パンフレットより)

     日本の茶人が所持していた名品も多く、益田孝(鈍翁)の持っていた油滴王月茶碗も展示されていた。

     主要な展示品には、液晶タッチパネルによる解説があった。写真による陶磁器の模様の意味、底の銘なども説明があり、陶磁器の鑑賞の手助けになった。

     広い展示室でライトアップされた陶磁器は美しく、料金が高いためか、観覧する人も少なく、気持ちのよい時間を過ごせた。

     

     次が絵画の展示。「桃山・江戸時代から現代までの作品を中心に、鎌倉時代の仏画や、室町時代の水墨画、中国、韓国の絵画など、多岐にわたる作品をご覧いただけます」(パンフレットより)

     尾形光琳「菊図屏風」、伊藤若冲「三十六歌仙図屏風」、葛飾北斎「夏の朝」、横山大観「霊峰一文字」、狩野元信「四季花鳥図屏風」…。息を飲むような作品が数多く展示されていた。

     これならば、2800円の価値は十分あると思った。ただ、映画のように夫婦50割とかシニア割引、レディスデーなどは、あってもいいのではないか。美術品を収集した岡田和生氏はパチンコ、パチスロ、ゲームソフトのメーカー、ユニバーサルエンターテインメントの会長。庶民の娯楽を手がけた人ならば、そのあたりの感覚は分かるのではないか。

     

     最後が工芸、彫刻などの展示。「日本の蒔絵をはじめ、中国、韓国、琉球の漆工、平安時代や鎌倉時代の仏像、中国古代の青銅器など、多彩な作品が揃っています」(パンフレットより)

     液晶タッチパネルによる解説を見ながらゆっくり回り、さらに庭園も散策するならば、半日は必要だろう。

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     外は暗くなり、風神、雷神がくっきりと浮かび上がっていた。

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    年末年始を箱根で過ごす(1)小涌谷まで

     年末年始を箱根のペンションで過ごすことになった。

     一緒に行くのは、実の母、義理の母、二人の子供(年齢は大人)と女房。

     総勢6人になったが、買い換えた自家用車は5人乗り。しかたなく、運転は長男に任せ、公共交通機機関で一人で箱根に向かう。

     午後、ゆっくり家を出て、小田原までの新幹線は隣の席に人がいなかった。のんびりとした旅になった。

     家族サービスの役割は長男に任せ、個人の趣味で動ける心地よさ。結果的には楽しい展開になった。

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     新幹線では雪化粧ををした富士山も見えた。

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     小田原から箱根登山鉄道に乗車。

     「登山鉄道」とは言っても箱根湯元までは普通の電車だった。

     「登山鉄道」の面目躍如は箱根湯本からだった。

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     山の中をどんどん上に上っていく。

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     大平台と宮ノ下の手前は急勾配のため、スキーのキックターンのように、方向を180度切り替える「スイッチバック」で上る。

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     車掌と運転手が場所を交換。逆方向にスタート。さきほど上ってきたレールが右手に見える。

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     宿は強羅駅が近いが、途中、今年開館した岡田美術館に行くため、小涌谷で下車した。

     路線バスで、小涌園近くの岡田美術館に向かう。

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    金春円満井会 特別公演/観世清和、内田樹著『能はこんなに面白い!』(小学館)

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     高校時代に授業の一環として観劇した以来、2回目となる能を観た。
     国立能楽堂(東京都渋谷区千駄ヶ谷4-18-1、03・3423・1331)での「金春円満井会 特別公演」だ。演目と主な出演者は以下のとおり。

     能「伯母捨・古式」金春安明
     狂言「福の神」大藏彌太郎
     能「石橋」金春穂高・金春飛翔

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     能「伯母捨・古式」

     陸奥信夫(現福島市北部)の某一行(ワキ・ワキツレ)が、都より北陸路を経て長野県善光寺に産経の後、月見の名所、伯母捨山に着く。月の出を待ち焦がれる一行の前に、どこからともなく一人の老女(前シテ)が現れ、言葉を掛ける。そして『古今和歌集』の歌「わが心慰めかねつ更科や伯母捨山に照る月を見て」を口ずさみ、そこにある桂の木の下に遺棄された古人の悲劇と執心の闇を晴らしたいとも述べて姿を消す――。

     2時間以上の大作だった。

     笛の音、太鼓の音、地謡の響き渡る声が、伯母捨山の月明かりの寂しい情景を浮かび上がらせる。白装束の老女の霊(後シテ)が昔を偲ぶ舞を舞うが、夜明けと共に月光も薄れ、月見の客も去って、老女の霊はまたも伯母捨山に一人残される、という物悲しいエンディング。一瞬の静寂に、解決されない永遠の時間を感じた。

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     30分の休憩後、狂言「福の神」と能「石橋・連獅子」という正月を前に、とてもめでたい演目を楽しんだ。

     狂言「福の神」

     年籠もりのため、二人の男(アド)が福天に詣で、豆をまいて「福は内」と囃すと、高らかに笑いながら福の神(シテ)が現れ、神酒を所望した後、乞われて富貴の道を説き、謡い舞う――。

     能「石橋・連獅子」

     渡天の志しを抱いて中国清涼山に至った寂照法師(ワキ)は、文殊の浄土との間にある石橋の彼岸に、親子の獅子(シテ白頭・ツレ赤頭)が舞い戯れるのを見る――。

     

     

     高校時代に初めて能を観に行ったときは、あまりの動きの遅さに辟易。眠りはしなかったが、隣の友人と3桁の数字を当て合うゲームをしながら、退屈を凌いだ記憶がある。

     それ以来、能を観ようなどと思いもしなかったが、シテ方金春流八十世宗家の金春安明氏の奥様が、高校の4年先輩である金春寿美子さん(同期の友人のお姉さま)であることを知り、一度は観劇をしなければと思っていた。

     今回、高校の友人に誘われ、40年ぶりに能を観たのだが、その直前に勉強のために読んだ観世清和、内田樹著『能はこんなに面白い!』(小学館、2013年9月18日発行)が分かりやすく、面白く、今回は能を「感じる」ことができた。

     最近始めた、茶道にも通じる部分があり、「次は『翁』を観てみたい」などと思った。ちょっとはまったかもしれない。

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     『能はこんなに面白い!』は合気道7段で、能も20年にわたり学んでいるという内田樹氏の大胆な「トンデモ解釈」(内田氏あとがき)と心優しい観世清和氏の解説、そして二人の対談が大変面白く、「能楽を観たことのない人、能楽堂に足を運んだことがない人」(同)の一人である私の心に突き刺さった一冊である。

     能とは何かさえ、分かっていなかったのだということを、まず、観世、内田両氏の対談で理解した。

     観世 世阿弥のやさしさみたいなものをいつも感じながら稽古をし、舞台で演じています。世阿弥のやさしさというのは、非業の死を遂げた人たちをもう1回、再生して蘇らせ引き上げるもの、能が扱っているものは、根本はすごく素朴な世界を表していると思う。

     内田 能の根本は「供養だと思います。能が描くのはその社会で最も弱い人間です。殺された者、病んでいる者、深く傷つけられた者、周辺に排除された者たちを選択的に描いています。…『土蜘蛛』(源頼光の病床に現れた土蜘蛛の精の退治を描く)も、土蜘蛛を斬り伏せた頼光の側ではなく、殺された土蜘蛛を主人公にして、その恨みのたけを語らせる。

     時の権力者が愛した能は、どちらかといえば強者の芸術というふうに、まったく勘違いしていた。平成の世、再び、弱者が世に溢れ、大震災で非業の死をとげた人たちの記憶が薄らぐことのないいまこそ、能は見直されるべき芸術ではないか、と思った。

     観世氏の解説で、能の世界の面白さが一つひとつ分かってきた。

     「舞台にはもう二人、『後見』と呼ばれる者が、舞台向かって左奥に控えております。じっと座って、時折シテのそばに進み、装束の乱れを直したり、あるいは舞の中でシテが手から放した小道具を、邪魔にならないように片付けたり…こうした動きを見ていると、後見は黒子であり、“縁の下の力持ち”のような存在に見えます。しかし、決してそのような補佐役ではありません」「実はその日、その舞台で行われることのすべてに責任を持ち、その一曲を無事終わらせることを任務とし、総監督を勤めるのが、この後見なのです」「もしシテが豚以上で倒れるといった万一のことがあれば、後見は即座に立ち上がって、中断したところから後を引き継ぎ、平然とシテの代役を勤めて無事一曲を終わらせることもいたします」「いったん始まった能に、中止があってはならない。その覚悟と備えを持った演劇が能なのです」

     「もともと能は、神を招き、神にみていただく素朴な舞いが、その源流の一つとなっています」「仏教の修正会、修二会の空間に、そして少し遅れて勧進の空間に、猿楽が入りました。それが猿楽を大きく変えることになります」「能は、貴族政権に代わって勃興した武士階級の美学に出会い、そこから、洗練に洗練を重ねた能へと発展していくことになります」

     「複式夢幻能のどれにも解決はありません。ただ、彼らは、無念を語り、生前の姿で舞い、そして回向を頼んで消えてゆくだけです。戻るところは、また、苦しい冥界です」

     「具象的なものを徹底して捨て去ることで、能は、舞台上に純粋な情念の世界を表出することを可能にしました」

     「能では、舞台に向けてシテ方やワキ方、地謡、囃子方などが集まってリハーサルを繰り返し、きれいに揃えていよいよ当日の舞台に臨む、ということをしません」「合わせようという配慮はないのです。それぞれが表現をぶつけ合う、そこから一つの新たな世界が創造されると考えるからです」「微妙にズレながら、それが味となり、表現の豊かな奥行きとなる、それが能という演劇です」

     内田樹氏の「武道家の能楽稽古」も、興味深かった。

     「もっとも適切な身体運用は、脳が四肢になすべき運動を指令した結果達成されるものではなく、『それ以外にありえない』と思われる動きを身体そのものが自発的に遂行することで達成される」

     「稽古を続けていると、いつのまにか『そんなことが自分にできるとは思ってもいなかったこと』ができるようになる」

     「能舞台は『存在するはずのないもの』たちこそが正当な居住者であり、存在するものは(演者たちも見所も含めて)そこに『トランジット』としてしか滞留することが許されない、逆立ちした世界なのである」

     

     今年は観阿弥生誕680年、世阿弥生誕650年という節目の年だという。これだけの時間、続いてきた能という伝統芸能。はかないものたちを思いやる日本人の心を理解するうえでも、能に関心を持っていきたい。

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    映画『利休にたずねよ』

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     映画『利休にたずねよ』を観た。

     公式ホームページのイントロダクションを見ると、大切なことはほとんど言い尽くされていた。

     利休……彼こそは「茶聖」とまで称えられた至高の芸術家。「美」に対する見識や独創性の数々には、かの織田信長や豊臣秀吉でさえ一目を置いたという。もしも、その崇高なまでに研ぎ澄まされた美意識が、若い頃に体験した情熱的な恋に始まっているとしたら……?大胆な仮説のもとに希代の茶人の出発点を取り上げ、第140回直木賞を受賞した山本兼一の歴史小説『利休にたずねよ』(PHP文芸文庫)。それは、まさに美の本質に迫る極上のミステリーにして、心を焦がす究極のラブストーリー。もはや歴史小説の枠を超えた傑作が今、長編映画として新たな生命を宿す。

     あとは役者の演技を楽しむだけ、という感じである。

     利休の茶の師匠役を故・市川團十郎が演じたことも含め、市川海老蔵でなければ、この原作の千利休役は務まらなかったのではないかと思った。

     利休切腹の際、利休が肌身離さず持ち歩く「美しいもの=香合」を差し出せば許すという秀吉の言葉に対し、「美に対してしか屈服しない」と語る利休。美しいお点前を見せ、美を追求すると言い切る利休の姿は、華がある海老蔵だからこそ演じられる。「千宗易」以降の利休は、父親が亡くなってから一心に歌舞伎に打ち込む海老蔵とオーバーラップしていた。

     しかし、この映画が海老蔵でなければできないと思ったのは、利休が完璧に近い芸術家、プロデューサーの境地に至る前の、若いエネルギッシュな時代が、親に心配をかけた海老蔵とダブったからである。

     美を体現する海老蔵も、はち切れんばかりの海老蔵も、どちらも海老蔵なのだろう。利休の二つの側面をどちらも完璧に演じてくれた。

     「本当に美しいもの」が、陶器ではなく、わび、さびでもなく、一人の女性だということが事実だったとすれば、日本の「おもてなし」の骨格を形作った原点も「恋」だったということになる。それは、とても素晴らしいことではないかと思うのである。 

     利休の美の原点となる高麗から人身売買されて日本に来た女性を演じたのはクララという韓国の女優。失った彼女を追い求めることが利休の美の追求になったと言われて、ナットクできるだけの、本当に美しい女性だった。この映画では、海老蔵に次ぐ大事な役だった。

     山本兼一の原作は読んでいないが、おそらく、原作者も満足のいく、芸のレベルの高い映画だったのではないかと思う。

     海老蔵がますます好きになった。

     監督 田中光敏

     キャスト
     千利休:市川海老蔵
     宗恩:中谷美紀
     武野紹鷗:市川團十郎
     織田信長:伊勢谷友介
     豊臣秀吉:大森南朋

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    すしざんまい本店(東京・築地、寿司)

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     浜離宮恩賜公園に行った帰り、築地を歩いていたら、列ができている寿司店があった。222キロのクロマグロを1億5540万円で競り落としたことで有名になったつきじ喜代村が運営するすしざんまい本店(東京都築地4-11-9、03・3541・1117)だった。それほど待たなくても入れそうなので、入ってみることにした。

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     全体に手ごろな値段だが、やはり、まぐろがおいしく、コストパフォーマンスがよかった。

     年中無休、24時間営業。

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    両国~浜離宮恩賜公園その2)浜離宮恩賜公園

     浜離宮恩賜公園に船から上陸した。

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    (クリックすると、大きな画像で見られます)

     浜離宮恩賜公園について、さらに詳しい説明は、東京都公園協会のホームページ「公園へ行こう!!」にある。

     それによると――。
     潮入の池と二つの鴨場をもつ江戸時代の代表的な大名庭園。潮入の池とは、海水を導き潮の満ち干によって池の趣を変えるもので、海辺の庭園で通常用いられていた様式です。
    旧芝離宮恩賜庭園、清澄庭園、旧安田庭園なども昔は潮入の池でした。しかし現在、実際に海水が出入りしているのは、ここだけです。浜離宮は、この潮入りの池や池や鴨場を中心にした南庭と、明治時代以降に造られた北庭とに大別されます。
     この地は、寛永年間(1624~1644年)までは、将軍家の鷹狩場で、一面の芦原でした。ここに初めて屋敷を建てたのは、四代将軍家綱の弟で甲府宰相 の松平綱重。承応3年(1654年)、綱重は将軍から海を埋め立てて甲府浜屋敷と呼ばれる別邸を建てる許しを得ました。その後、綱重の子供の綱豊(家宣) が六代将軍になったのを契機に、この屋敷は将軍家の別邸となり、名称も浜御殿と改められました。
     以来、歴代将軍によって幾度かの造園、改修工事が行なわれ、十一代将軍家斉のときにほぼ現在の姿の庭園が完成しました。
     明治維新ののちは皇室の離宮となり、名前も浜離宮となりました。その後、関東大震災や戦災によって、御茶屋など貴重な建造物が焼失したり樹木が損傷し、往 時の面影はなくなりましたが、昭和20年11月3日、東京都に下賜され、整備のうえ昭和21年4月有料公開されるに至りました。なお、国の文化財保護法に 基づき、昭和23年12月には国の名勝及び史跡に、同27年11月には周囲の水面を含め、国の特別名勝及び特別史跡に指定されました。

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     水門。

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     鴨場。鴨場の池には幾筋かの引堀(細い堀)を設け、小さなのぞき窓から、鴨の様子をうかがいながら、ヒエやアワなどのエサとおとりのアヒルで引堀におびきよせ、機をみて土手の陰から鷹や網で捕らえるという猟を行っていた。板をたたく音が響き渡ると、エサが引堀にまかれる。エサが食べられるとアヒルが引堀に入ってくるが、野の鴨はアヒルの後についてくる習性があり、鴨も集まってくる。

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     松のお茶屋。11代将軍家斉の時代に建てられた茶屋群のひとつ。戦災で焼失したが、残された礎石などの遺構を調査し、平成22年に復元された。

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     燕の茶屋跡。

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     現代の茶店もある。

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     潮入りの池。海水を引き入れ潮の干満によって池の趣を変える様式。都内にある江戸の庭園では唯一現存する海水の池。池にはボラをはじめ、セイゴ、ハゼ、ウナギなどの海水魚が棲息している。

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     中島の御茶屋。宝永4(1707)年に造られて以来、将軍をはじめ奥方様、公家たちがここで庭園の見飽きぬ眺望を堪能した休憩所。現在の建物は、昭和58(1983)年に復元したもの。ここで、抹茶、和菓子セットが楽しめる。

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     新橋方面の出口へと向かうと、紅葉の美しいエリアに出た。

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     三百年の松。六代将軍家宣が庭園を大改修したとき、その偉業をたたえて植えられた松。太い枝が低く張り出し、堂々たる姿を誇っている。

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     開園時間は、午前9時~午後5時(入園は午後4時30分まで)。

     年末・年始(12月29日~翌年1月1日まで)休園。

     入園料は、一般300円、65歳以上150円。

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    両国~浜離宮恩賜公園その1)両国から水上バスに乗る

     両国から水上バスで浜離宮恩賜公園へ。

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     12時半発の定期便に乗る。

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     まずは、浅草の方へ。

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     蔵前橋をくぐる。

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     厩橋。

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     スカイツリーやアサヒビール本社が見える。

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     駒形橋へ。

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     吾妻橋。

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     浅草(二天門)に立ち寄った後、Uターン。

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     アサヒビール本社の側面にスカイツリーが映る。

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     再び、吾妻橋。

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     橋を下から眺められる。頭が当たりそうな低い橋もあるので要注意。

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     再び、駒形橋。

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     右手にバンダイ本社。

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     再び、厩橋。

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     蔵前橋。

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     JR総武線。

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     両国橋へ。

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     首都高速6号向島線。

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     新大橋。

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     清洲橋。

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     振り返ると、正面に、スカイツリーがよく見える。

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     隅田川大橋。

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     永代橋へ。

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     宇宙船のような船も。

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     永代橋。

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     中央大橋。

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     パリ市長から送られた彫刻家オシップ・ザッキン作の「メッセンジャー」と呼ばれる守護神の像。帆船を抱いている。

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     佃大橋。

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     佃島。

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     聖路加ガーデン。
     寄港地になっている。

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     勝鬨橋へ。

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     勝鬨橋。

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     築地市場。

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     間もなく浜離宮恩賜公園。かもめが出迎えてくれる。

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     浜離宮恩賜公園。

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     到着。

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