リンダ・グラットン著『ワーク・シフト』(プレジデント社)
リンダ・グラットン著『ワーク・シフト』(プレジデント社、2012年8月5日発行)は、ダニエル・ピンク著『フリーエージェント社会の到来』と並ぶ、働き方の未来(本書では2025〜2050年くらいを想定)を指し示してくれる良書だ。
著者は「産業革命の前と後で世界は大きく様変わりしたが、私たちの息子たちの世代が経験する変化もそれに匹敵するくらい劇的なものになる」と言う。そして、「産業革命の原動力が石炭と蒸気機関という新しいエネルギーだったのに対し、これから起きようとしている変化を突き動かすのは、五つの要因の複雑な相乗効果だ」として、①テクノロジーの進化②グローバル化の進展③人口構成の変化と長寿化④社会の変化⑤エネルギー・環境問題の深刻化ーーを挙げる。
もちろん、変化の要因を挙げるだけでは未来を語ることはできない。著者は「五つの要因の悲観的な側面をことさらに強調したシナリオを描くこともできる。それは、人々が孤独にさいなまれ、慌ただしく仕事に追われ、疎外感を味わい、自己中心主義に毒される未来だ。私たちの行動が後手に回り、五つの要因の負の力が猛威を振るう場合に実現するシナリオである」とし、このような未来を「漫然と迎える未来」と呼ぶ。
「対照的に、五つの要因の好ましい側面を味方につけて、主体的に未来を切り開くこともできる。このような未来では、コラボレーションが重要な役割を担い、人々は知恵を働かせて未来を選択し、バランスの取れた働き方を実践する」として著者が提案するのが、「主体的に築く未来」だ。
著者は言う。「まず必要なのは、あなたの頭の中にある固定観念を問い直すことだ。私たちは誰でも、未来についてなんらかのイメージをいだいている。そのイメージに従って、さまざまな決断をくだし、選択をおこなってきたはずだ。しかし、そのイメージが間違っているおそれはないのか。あなたは誤った未来イメージに引きずられて、誤った道を歩んでいないか」。
「未来に押しつぶされない職業生活を築くために、どのような固定観念を問い直すべきなのか。私たちは三つの面で従来の常識を<シフト>させなくてはならない」として、著者は「第一に、ゼネラリスト的な技能を尊ぶ常識を問い直すべきだ」「第二に、職業生活とキャリアを成功させる土台が個人主義と競争原理であるという常識を問い直すべきだ」「第三に、どういう職業人生が幸せかという常識を問い直すべきだ」と語る。
以上の流れで本書はまとめられている。
さらに詳しく見てみよう。まずは五つの要因について。
①テクノロジーの進化:テクノロジーの進化は、いつも時間に追われて孤独を味わう「漫然と迎える未来」の暗い側面を生み出す要因である半面、コ・クリエーション(協創)と「ソーシャルな」参加が拡大する「主体的に築く未来」を招き寄せる要因にもなりうる。
②グローバル化の進展:優秀な人材が世界を舞台に活躍できるようになるという好ましい影響が生まれる半面、競争が激化し、人々がますます慌ただしく時間に追われるようになるという負の影響も生まれる。
③人口構成の変化と長寿化:この要因は、ある面では明るい材料をもたらす。人々が健康で長生きするようになり、80歳代になっても生産的な活動に携わり続ける人が増える。協力関係を重んじる環境で育ったY世代(=1980〜95年頃の生まれ)の影響力が強まれば、仕事の世界でコラボレーションが活発になる。移住が盛んになれば、特定の地域に有能な人材が続々と結集し、イノベーションが加速される。しかし、暗い側面もある。90歳代や100歳代まで生きるのが当たり前になれば、老後の蓄えが十分でなく、生活の糧を得るために働き口を探さなくてはならない人が増える。移住が盛んになれば、家族やコミュニティが引き裂かれて孤独にさいなまれる人が多くなる。
④社会の変化:具体的に例示されているのは次の七つ。①家族のあり方が変わる②自分を見つめ直す人が増える③女性の力が強くなる④バランス重視の生き方を選ぶ男性が増える⑤大企業や政府に対する不信感が強まる⑥幸福感が弱まる⑦余暇時間が増えるーー社会の変化の要因は、五つの要因のなかで好ましい結果をもたらす可能性が最も高い。一人ひとりの行動と選択で結果が変わる余地が最も大きいからだ。
⑤エネルギー・環境問題の深刻化:「持続性を重んじる文化が形成されはじめる」という側面は、私たちの働き方に大きな影響を及ぼすだろう。つまり「エネルギー効率の高いライフスタイルが広まって、贅沢な消費に歯止めがかかる」といった変化が予想される。
三つのシフトについては詳細な記載があるが、ポイントをまとめると以下のようになる。
第一のシフト〜ゼネラリストから「連続スペシャリスト」へ:ゼネラリストと会社の間には、社員がその会社でしか通用しない技能や知識に磨きをかけるのと引き換えに、会社が終身雇用を保障するという「契約」があった。・・・問題は、そうした旧来の終身雇用の「契約」が崩れはじめたことだ。ゼネラリストがキャリアの途中で労働市場に放り出されるケースが増えている。そうなると、一社限定の知識や人脈と広く浅い技能をもっていても、大した役に立たない。
第一のシフトに関しては次の二つの資質が重要と著者は語る。(1)専門技能の連続的習得ーー未来の世界でニーズが高まりそうなジャンルと職種を選び、浅い知識や技能ではなく、高度な専門知識と技能を身につける。その後も必要に応じて、ほかの分野の専門知識と技能の習得を続ける。(2)セルフマーケティングーー自分の能力を取引相手に納得させる材料を確立する。グローバルな人材市場の一員となり、そこから脱落しないために、そういう努力が欠かせない。
第二のシフト〜孤独な競争から「協力して起こすイノベーション」:関心テーマごとに、世界規模のコミュニティが形成される。そうした巨大なオンラインコミュニティは、未来の世界で重要性を増す「ビッグアイデア・クラウド(大きなアイデアの源となる群衆)」の土台になる。ビッグアイデア・クラウドは、自分の人的ネットワークの外縁部にいる人たちで構成されなくてはならない。友達の友達がそれに該当する場合が多い。しかし、ビッグアイデア・クラウドだけでは不十分だ。・・・アドバイスと支援を与えてくれる比較的少人数のブレーン集団が不可欠だ。それが・・・「ボッセ(同じ志をもつ仲間)」である。ボッセは・・・声をかければすぐに力になってくれる面々の集まりでなくてはならない。また、メンバーの専門性や知識がある程度重なり合っている必要がある。専門分野が近ければ、お互いの能力を十分に評価できるし、仲間の能力を生かしやすい。ボッセのメンバーは以前一緒に活動したことがあり、あなたのことを信頼している人たちでなくてはならない。
第三のシフト〜大量消費から「情熱を傾けられる経験」へ:<第三のシフト>を実践すれば、仕事が大量消費のための金を稼ぐ手段ではなく、充実した経験をする機会に変容するのである。・・・古い仕事観のもとでは、仕事とは単にお金を稼ぐことを意味していたが、未来の世界では次第に、自分のニーズと願望に沿った複雑な経験をすることを意味するようになるのかもしれない。・・・<シフト>を行うことは、覚悟を決めて選択することだ。たとえば、ボランティア活動やリフレッシュをする際に長期休暇を取るのと引き換えに、高給を諦めるという選択をしたり、さまざまなリスクを承知の上でミニ起業家への道を選択したり、家族や友人と過ごす時間を確保するために柔軟な勤務形態やジョブシェアリング(一人分の仕事を複数の人間で分担する勤務形態)を選択したりする。
自ら動かなければ、思うような未来は築けない。仕事の未来は、自ら作っていくという、強いメッセージを感じる本だった。
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