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NARUTO -ナルト- 疾風伝+THE LAST -NARUTO THE MOVIE-

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 Netflixで「NARUTO -ナルト- 疾風伝」(風影奪還編〜外伝編、221話〜720話)を全て見た。大人気アニメを何年も遅れて見ての感想。ピント外れではないの?とも言われそうだが、現代忍者漫画の不朽の名作だけに、どうしても感想を書きたくなった。

 「NARUTO -ナルト- 疾風伝」、忍界大戦編⑺の「和解の印」が事実上の最終回と言える内容だったが、その後の外伝編で、ナルトとヒナタの結婚式があり、和気あいあいのストーリー。登場人物たちのキャラも熟知した後だったので、楽しめたものの、「戦争の後、いきなり結婚?」という違和感はあった。

 しかし、シネマカフェ(cinemacafe.net) での原作者・岸本斉史氏のインタビューを読んで、納得した。

 劇場版『THE LAST -NARUTO THE MOVIE-では、原作の「699話」(忍界大戦の終結、ナルトとサスケの和解)と最終「700話」(その十数年後)の間の空白の時間が描かれるというのだ。

「この映画は、あの戦争から2年後の世界を描いてて、言ってしまえばナルトとヒナタがどうやってくっつくに至るかを描いてはいるんですが、別の言い方をすると、初期の頃からずっとサクラのことを『好き』と言い続けてきたナルトとサクラの“訣別の物語”でもある。最終回を読んだ読者の方が抱いた疑問やモヤモヤをここでキッチリと解消し、すっきりしてもらえると思います!」。

 早速、『THE LAST -NARUTO THE MOVIE-』を見て、感動。この作品こそが、ジグソーパズルの最後の、そして最も重要なピースであることがわかった。

 戦争に明け暮れ、「強者の論理」が支配するなかで、ナルトは仲間を大事にし、敵とも話をし、最後は通じ合ってしまう。イソップ寓話の『北風と太陽』の太陽がナルトだ。

 でも。

 そんなナルトに、「偉くなりすぎ」と、疾風伝を見終わった後、どうしても感じてしまっていた。

 ところが。

 サクラでなく、なぜヒナタなのか。仲間より、世界より大事にしたいものがあるのではないか、それが普通の人間ではないか、と思う我々(私と多少の違和感を感じていた人たちを指す)を納得させてくれるのが、『THE LAST -NARUTO THE MOVIE-』だった。

 『THE LAST -NARUTO THE MOVIE-』だけを見ても何一つわからないが、『THE LAST -NARUTO THE MOVIE-』を見なければ、ナルトは語れない。そんな作品だった。

 そしてBORUTO -ボルト-が生まれる。

 NARUTO -ナルト-は、息子や娘が熱狂していた漫画だが、木曜日の放送だったこともあり、一緒に見たことがない。こうした作品を追体験しないと、結局息子や娘の「ある部分」は理解できていないことになる。「BORUTO -ボルト-」はいま、テレビで放映中だ。ようやくナルト好きの人たちと話ができるようになりそうだ。

 会社勤め時代には、いろいろなものを犠牲にしてきた。テレビ番組などはNetflixなどで取り返せる。定額見放題のサービスに感謝。

 最後に、たぶん、あまり書かれていない感想を一つ。マダラが発動した「無限月読」。これからブームになりそうな「メタバース」の別名ではないかと思った。仮想の世界とはいえ、個人個人が幸せな思いに浸れる世界。けれど、ナルトは辛くても「現実」を選ぶ。辛いからこそ、幸せもあるし、失敗するからこそ成功に向け燃える。無条件に良いことは、やはり、物足りなくはないだろうか。「いや、メタバースがいい」と多くの人が思わないような世の中であり続けてほしい。

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