落合恵子著『自分を抱きしめてあげたい日に』(集英社新書)

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 落合恵子著『自分を抱きしめてあげたい日に』(集英社新書、2012年8月22日発行)を読んだ。

 一篇の詩、一冊の絵本がこんなにも力を持っているのか、と思わせる作品を紹介している。「本書が、あなたにとって、再生に向けての小さな『生の球根』になってくれたら……。」と落合さんは言う。

 詩人・長田弘さんの花を持って、会いにゆく」という詩の一節を紹介、「そうだったのだ、『けっしてことばにできない思いが、ここにあると指すのが、ことばだ』ったのだ。何もかも言葉にかえることはないのだ、と詩人の『ことば』が教えてくれた」。

 平凡で非凡なひとたち、というタイトルで絵本を3冊紹介する。

 「石に魅せられた、ひとりの男の一生を淡々と、けれど力強く描いた絵本」。

 そして『雪の写真家 ベントレー』という雪の結晶を取り続けた男の話を紹介した絵本。

 「誰かに評価されることを目的としない日々の、なんと清々しく豊かなことだろう。人生を誰かと比べることの、なんとさびしいことだろう」と落合さんは言う。

 「水底状態にいるとき、わたしが好んで読むのは、古今東西の言葉たちだ。女性の言葉がほとんどだ」「女性たちはどのようにして、自らの『水底』と向かい合ってきたか。そして浮上してきたのか」「内外の女性たちが紡ぐ言葉たち。そこにこめられた思い、記された言葉と言葉の間に隠されたUnspokend words(語られなかった言葉)だち」。そして、処方餞別に20の詩yや評論を紹介する。

 「社会は危険と矛盾を生産し続ける一方、それらへの対処は個人に押しつける。……2001年に翻訳刊行されたジークムント・バウマンの『リキッド・モダニティ――液状化する社会』(森田典正訳、大月書店)のこの一節に出会った時、思い出したのは『自己責任』という、一時、わたしたちのこの社会を席巻したあの言葉である。社会が、バウマンの言葉を借りるなら『生産しつづける』危険や矛盾はすべて、個人に押しつけられ、個人の責任とされる」。

 後半は映画や音楽、記憶のなかの出来事も加わって、縦横無尽に展開。セイ!ヤング時代の落合恵子さんのようだ。

 そして最後に、OTHER  VOICESについて語る。

 「別の声、別の価値観という意味だ。周縁、周辺の声という意味もあるだろう。つまり主流でない声のことでもある」「OTHER  VOICESに耳を傾けられる社会こそが、誰にとっても風通しのいい関係性を築くうえで、かけがえのないポイントになるはずだ。社会の文化的成熟とは、そういうことからはじまるのだとわたしは考える」。

 途中から混沌としてきて、面白かった。

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落合恵子著『おとなの始末』(集英社新書)

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 落合恵子著『おとなの始末』(集英社新書、2015年11月22日発行)を読んだ。

 「70歳になった。」という書き出し。そろそろ人生のまとめに入る年齢ということで「おとなの始末」という本を書かれたのかと思って読み進めると、ちょっと違う。

 「ある年齢になったら自動的に『おとな』になるわけではないし、また、どんなに多くの体験を重ねても、それを自分に引き寄せ、引き受けることができなければ『おとな』とは言えないとも考える」「おとなとは、『引き寄せ・引き受ける』ことのできるひとのことなのかもしれない」「さらに、生きていくことに対する、自分なりの答えの出しかた、を知っていることとも言える」

 「30代から、うっすらと自分の最期を考える機会をいくつか体験した」「自分の最期について思いを巡らす『ある年代』が、このように人生のわりと早い時期に来るひともいるだろうし、定年後やもっと後になってというひともいるのだろう」「自分が死について意識した時が来たら、そのきっかけをしっかりとつかまえたい。同時にそれは、交友関係も含んだ自分の日常、生きかたというか、生きる姿勢を見直すチャンスでもある」

 「人生の『始末』は、本来、年齢にかかわらず意識しないといけないものでもあるだろう。ひとはみな生まれた時から死に向かって歩いていくのだから」「ほとんどの人は、重い病気になったり、事故に遭ったり、高齢者にならないと、『自分がいつかは確実に死ぬ』という意識からは自由だ。それでいいのだと思う」「けれども、たとえ自分が望まなくても30代、40代で自分自身の『始末』をつけなければならない時が来ないとは限らない」

 「『始末』とは、生きていくことに対する自分という個の答えの出しかたである。よりよく生きるために開けなくてはならない扉とは、むしろ未知の死へ向かっていく扉とも言える」

 この本は、自分らしい人生を生きるための、おとな論なのかもしれない。「始末」という言葉にとらわれすぎずに読み進めなければならない。

 「自分がいま、執着しているものがあるとしたら、それは自分が生きていくうえで大事なものなのか、いったん立ち止まって考えてみる」「自分の掌で握ることができる、本当にかけがえのないものだけをしっかりと握りしめて、その他のものをいかに『始末』するかをこそ考えなければならない」

 「わたしが自分の人生の『始末』を考えたきっかけのひとつは、30年ほど前、ほぼ同世代の女友だちが40歳を目前にして亡くなったことだった」

 「老いや死というものは、時に手に余る大きなテーマなので、ついつい後回しにしがちだ。それでも、定年退職をする、家族の介助や介護が始まる、子どもたちが巣立って住まいを見直すという人生の幾つかの節目などに、考えるきっかけはあるはずだ」「遺言はひとつの方法だが、そうした機会に、いろいろな『始末』の仕方を考えておくことは、『これからの日々』を生きるうえでも必要なものだ」

 「100パーセントひとりで立つことは素敵だし、理想ではあるけれど、どんなにすっくと立っているつもりでも、どこかで誰かに支えられている、というのが本当のところだろう。その曖昧な輪郭を認めながらも、可能な限り自分で立つことが、わたしがわたしである基本。思想も、姿勢も、である。自分で立っていないと、他社ともつながれない」

 以上、第一章「おとなの始末とはなにか」から引用したが、この後、第二章「仕事の始末」、第三章「人間関係の始末」、第四章「社会の始末」、第五章「暮らしの始末」、第六章「『わたし』の始末、と展開する。

 この中では、「仕事の始末」がとても参考になった。

 「次のことを考えよう。自分がしたいのは仕事なのか、それともいままで仕事が意味してきた、『専念し、熱中できるなにか」であればいいのか、と」「わたしたちが『仕事』と呼んでいるものは、自分が熱くなれて、達成感があり、自己満足もでき、やっていることを誰かに還元できる、それらすべての『象徴』に過ぎない気もする」。

 定年まで一つの企業にいた人にとって仕事はお金を稼ぐ手段であったと同時に、その多くの部分が「生きがい」でもあったはずだ。定年後の再雇用では、仕事は同じであっても、収入が激減し、がっかりする。しかし、「収入も生きがいも」となんでも一つの仕事に求めるのは難しいのかもしれない。仕事は「自分を教育してくれ、社会デビューさせてくれた場でもあった」と割り切り、生きがいは生きがいとして、仮に無収入でも取り組み、生きがい実現のために収入が必要ならば、アルバイトでもなんでもすればいいのではないか、と気づかせてくれた。

 落合さんは「何十年も働き続けてきたのだ。少しの休み時間があってもいいはずだ。急いで、次の椅子をみつけるより、少し時間をかけてみないか。『わたしはいったい、なにをやりたいのか』に」。

 「ある空間における椅子の数は、たいてい決まっている。だから、その椅子を獲得するためには、誰かと争奪戦を展開しなければならない。しかし、争奪戦は時にひとを疲労困憊させる。得ても、失ってもだ。すでにそこにある椅子を自分のものとするために全精力を注ぎこむより、そこにはない、まったく新しい椅子を作るために、そしてそれを自分のものにするために、エネルギーを集中しようと考えるほうがいいのではないか」

 「他者に切実に必要とされることだけをよりどころにするのではなく、自分が豊かになることをやってみる。その結果として誰かが喜んでくれ、それがまた自分の喜びになって返ってくることもまる。そう考えれば『もう必要とされなくなった』という空疎感からも解放されるのではないか」

 11月末で定年退職し、再雇用となったいま、とても心身に染み入る言葉だ。

 そして、「あとがきにかえて」で、

 「『おとなの始末』とは、つまり……。最期の瞬間から逆算して、残された年月があとどれほどあるかわからないが……。カウントすることのできない残された日々を充分に、存分に『生ききる約束』、自分との約束。そう呼ぶことができるかもしれない」

 「生きるなら、『自分を生ききってやろう』という覚悟のようなものが、本書『おとなの始末』の底流に流れる静かな水音と言えるかもしれない」

 とまとめている。

 「人生においてタフなファイターでありたい。同時にデリケートなファイターでありたい、とわたしは考える」

 何を握って人生を生ききるか、を考えたくなる一冊だった。

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萩原栄幸著『「デジタル遺品」が危ない』(ポプラ社)

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『「デジタル遺品」が危ない』

 萩原栄幸著『「デジタル遺品」が危ない』(ポプラ社、2015年10月1日発行)を読んだ。

 パソコンやスマートフォン、デジタルカメラなどに残された故人のデータを「デジタル遺品」という。家族が亡くなったら、どのような手順を踏んで「デジタル遺品」を処理すべきか、自分の死後、家族を困らせないために今すぐに始めるべき生前処理とは何か――の二つが大きな問題だが、だれもがパソコンやスマートフォンを使う時代にも関わらず、この問題の難しさや重要性はほとんど理解されていないのではないか。著者の萩原氏は情報セキュリティーのプロだ。こうしたプロの知識を活用しなければ、「デジタル遺品」問題のスムーズな解決は難しいだろう。

 デジタル遺品、「放置しておけばいいのでは」と思うかもしれないが、放置して問題となりそうなケースとして、まず、「故人が先物取引やFXをインターネットで行っていた場合」がある。「亡くなられた直後に手続きしておけば、『利』が乗って収益のある取引も、気が付かないまま放置することにより、ほんの数日で『損』になるケースがあります」。

 「ブログやホームページには故人の思い出がたくさんつまっていて、その方の人生の足跡といってもいいでしょう」。でも、「いつまでも放っておくとアカウントが乗っ取られて、訪れた方々がウイルスに感染したり、詐欺を行う偽サイトへの誘導路として悪用される恐れがあります」。

 「『企業内の情報は、自宅に持ち帰ってはいけない』というのは常識です。…ただ、現実には企業機密を会社の外に持ち出してしまったことで情報が漏洩した、という事件が起きています。『ひょっとするとこのパソコンの中に、勤め先の情報が入っているかもしれない』と疑いの目を持つことも必要かもしれません」。

 故人のパソコンを、「何の処理もせずにそのまま廃棄したり、中古パソコン店に売却する」ことも危険だ。「安易に手放してしまったパソコンに、もし友人知人の名前、住所、電話番号などの連絡先が入っていたとしたら、その情報をそっくり抜き取られ、名簿として闇ルートとして売買される可能性があります」「最も酷いのは、パソコンに残ったネットバンキングや有料サイトなどのIDとパスワードが盗まれ、多額の被害を被るケースです」。

 こうしたことにならないようにするために、故人が「関わっているデジタル遺品をもれなく探し出すことが何と言っても重要」と萩原氏は言う。最初にやるべきは「パソコンの起動」だが、パスワードがわからない場合は、困難を極める。「相続人全員の合意でパソコンデータの復旧会社に依頼」することも最後の手段としてはあるが、信頼できる復旧会社は少なく、必ずしもうまくいくとは限らないようだ。

 こうした苦労を家族にかけないために、「デジタル機器を起動する際のパスワードやロックナンバー」は「ぜひ遺しておいていただきたい」と萩原氏。

 このほか、遺しておくべきものとして、金銭絡みのデータ(インターネットバンキング、株や先物取引、クレジットカードの利用明細、インターネットオークションや通販サイトの利用状況など)、思い出の写真、住所録ーーなどがあるという。

 遺族がすべきことに戻ると、インターネットバンキングの預金口座の把握は急がなければならない。「故人の財産を合計するとマイナスの財産、つまり借金の方が遺産より大きくなっていた場合は、3カ月以内に相続放棄をしないと、その借金は相続人の借金になってしまう」からだ。

 「銀行預金のほか、株や証券、先物取引、FX(外国為替証拠金取引)などの金融商品の取引」をインターネットで行っていなかったかを、確認しておく必要がある。

 有料サイトについては「遺された方が、これらの自動引き落としに気がつかなければ、クレジットカードの有効期限が切れるまで支払いが続くことになります」。

 このほか、本書には、家族に見せたくない情報は「墓場まで持っていく」、フェイスブックの「追悼アカウント」ーーなどデジタル遺品に関する有用な提言、情報が書かれている。

 死はいつ訪れるかもわからない。デジタル遺品の問題はデジタル機器、コンテンツを利用する万人が関心を持つべき問題だろう。

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企業と労働者が本気で60歳以降の雇用を考えることを訴える今野浩一郎著『高齢社員の人事管理』(中央経済社)

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高齢社員の人事管理

 今野浩一郎著『高齢社員の人事管理』(中央経済社、2014年9月1日発行)を読んだ。

 今野氏は、高齢者の人事管理を構築するにあたって忘れてはならない視点の一つとして「ことの重要性」の視点を挙げている。「高齢社員という特定の社員集団が経営にとってどの程度重要な存在であるのか…を正しく認識する必要がある」というのが「ことの重要性」の視点だ。

 「高齢社員がさらに大きな社員集団として登場する『ことの重要性』が『深刻な段階』になると、個別的対応の延長で作られた制度でも、既存制度を部分的に手直した制度でも対応が難しくなり、高齢社員を活用するために合理的な制度を根本的に作り上げることが必要になろう」。

 労働力人口の年齢別構成比を見ると、60歳以上の比率は2010年でも18%に達しており、「労働市場は…『労働者の5人に1人は高齢者』時代を迎えることになる」「これを企業に置き換えれば『社員5人に1人は高齢社員」ということになり、企業にとって高齢化の『ことの重要性』は深刻ということになる」。

 しかし、現実には「わが国企業は大手企業を中心に、60歳以降の高齢者を雇用することには極めて消極的である」。

 「どうするのか。企業も労働者も変わる、それ以外に答えはないのである」。今野氏は言う。

 「出発点として重要なことは、高齢者を雇用し活用することに企業が『本気になること』である。高齢者の人事管理はどうあるべきかは解決の難しい課題であるが、『本気になること』さえできれば、いろいろな所からいろいろなアイディアが生まれ、解決策は必ず見つかるものである。しかし、『本気になること』がない限り、そうした力は生まれない」。

 「変わらなければならないのは企業だけではない。労働者も変わらねばならない。労働者は60歳を超えても働く『自営業型働き方』を受け入れ、それにむかって働き方とキャリアの作り方をどのように変えていくのか考えることに『本気になること』が必要である」「60歳以降を余生のように働くことも許されない時代である」。

 それでは、企業は具体的にどのような高齢社員の人事管理を考えなければならないのか。今野氏は高齢社員の人事管理を4つのタイプに類型化している。

 横軸に「活用方法」、縦軸に「処遇の決定方法」をとる。

 「活用方法では、定年を契機に仕事や働き方を見直す場合が『再配置型』、現役時代をそのまま継続する場合が『一貫型』に、処遇の決定方法では、現役社員と同じ制度を適用する場合が『一貫型』、異なる制度を適用する場合が『分離型』になる」「なお、ここで『活用方法』の再配置型について注意してほしいことがある。同型では定年を契機に仕事や働き方を見直すが、その結果、仕事や働き方が変わる場合も、変わらない場合(つまり実質的に現職を継続する)場合もある。つまり再配置型で重要なことは、企業と高齢社員が仕事や働き方について再契約することなのである」。

 「活用方法の『一貫型』と処遇の決定方法の『一貫型』を組み合わせたタイプ1は、現役社員と同じ人事管理をとることになるので…『1国1制度型』と呼んでおり、定年制度がないあるいは定年延長をとる人事管理がこれに該当する。それ以外の…3つのタイプは、活用方法と処遇の決定方法のどちらかあるいは両者を現役社員と異なる方法とするので人事管理は『1国2制度型』をとることになる」。

 「定年を契機に仕事配分と働き方を見直したうえで、高齢社員の賃金は定年時の賃金から一律に下げた水準にするというのがいまの主流である」「現役社員はこれまでの賃金制度が維持されるので、…年功的な長期決済型賃金の形態をとる。高齢社員については、仕事や成果にかかわらず、定年時の賃金から一律に下げた賃金になる…こうした仕事や成果とは無関係に賃金を決める人事管理は、…『福祉雇用型』人事管理といえる」「これが…P1型の人事管理であり、現役社員が年功的な長期決済型賃金、高齢社員が福祉雇用型賃金であるので、そのもとでの賃金制度を『年功的長期決済型+福祉雇用型』と表示している」。

 「このP1型がいまの主流を占めるが、これでは高齢者を戦力化することができない」「難しい仕事に挑戦しても、あるいは成果をあげても賃金が変わらないわけであるから、高齢社員の労働意欲が上がらず、高齢社員の活用が進まないのも当然のことである」。

 こうした問題を解決するため、今野氏は人事管理について、いくつかの方法を考える。まずは現状からの変化が小さい現状修正型。

 「高齢社員は『いまの能力をいま活用して、いま処遇する』短期決済型社員であるので…それに適合的な賃金は短期成果に基づいて払う仕事ベースの短期決済型賃金になる。現役社員の賃金は年功型の長期決済型を維持するので、賃金制度の全体像は『年功型長期決済型+仕事ベースの短期決済型』の組み合わせのP2型になる」「P2型の…現役社員の賃金はP1型と同じ長期決済型であるが、高齢社員の賃金は仕事に基づく賃金として2つのケースを示してある。1つは、現役時代と同じ仕事を継続して担当する『プロ型』の場合であり、同じ仕事を継続するので貢献度は現役時代と同じになる。もう一つは、定年を契機に補助的な仕事に変わる『補助職型』の場合であり、仕事の重要度が低下するので貢献度は現役時代に比べて低い水準になる」「P2型は『プロ型』のように現役時代と同じ仕事を継続して同じ貢献度をあげても、賃金は定年を契機に必ず下がるという問題を抱えている。…第一に、年功賃金は定年直前の賃金が貢献度より高めに設定される(この上まわる部分を『後払い部分』と呼ぶ)という特性を持っている。それに対して定年後は貢献度(仕事と成果)で払う短期決済型になるので、賃金は『後払い部分』だけ減少する。第二は、高齢社員は制約社員になり、会社にとって自由に活用できる程度が落ちるので、その分(就業自由度調整減額あるいはリスクプレミアム手当にあたる『制約化部分』)の賃金低下が起こる。さらに第三には、仕事が変わる『補助職型』のような場合には、現役社員時代より重要度の低い仕事になるので、それに対応して賃金が低下する(『仕事変化部分』)」。

 「P2型では、『後払い部分』、『制約化部分』あるいは『仕事変化部分』を合わせた額が定年を契機に低下することになるが、その低下は、2つの異なる合理的な制度を組み合わせることから起こる合理的な低下である。しかし、いかに合理的であっても、定年を契機に賃金が下がることに対する高齢社員の抵抗感は強く、それが高齢社員のモチベーションに悪影響を及ぼす恐れがある」「この問題を解決しようというのがP3型であり、この段階になると現役社員の賃金を再編するという領域に踏み込むことになる。つまり(管理職等が対象になる)『能力発揮期』にあたる中高年の現役社員の賃金を…貢献度(つまり仕事と成果)に基づいて払う成果主義型の賃金に再編するというものである。そうするとP3型の賃金は…定年前の賃金が『後払い部分』のない貢献度に見合った賃金になるので、P2型と比べると、定年を契機とした賃金の低下幅は『制約化部分』あるいはそれに『仕事変化部分』を加えた程度にとどまり小幅になる」「現役社員の『能力発揮期』の賃金も高齢社員の賃金も仕事基準の短期決済型であり、この点からみると現役社員と高齢社員には同じ賃金制度が適用されるということである。したがってP3型は『一貫型』の処遇の決定方式をとることに」なる。

 「こうした努力にもかかわらず、高齢社員の納得が得られず働く意欲に深刻な影響がでるとすれば、人事管理はP3型からP4型(『1国1制度型』)に進まざるをえないということになるだろう。これは現役社員と高齢社員を同等に扱う定年延長あるいは定年制のないことを前提とした人事管理を行うことに等しく、そのためには少なくとも以下のことが課題になろう」「第一には、たとえ定年延長あるいは定年制のないことを前提にした人事管理を構築しようとも、社員が60歳を超えても地位や仕事の責任が上がり続けるキャリアをたどることは一般的には考えられない」「もう一つの課題は…60歳を超えても賃金が上がり続ける年功的な賃金制度を想定することが現実的ではないこと、定年延長あるいは定年廃止によって正社員としての『能力発揮期』が延長されることを考慮すると、P3型以上に成果主義型の特性をもつ賃金制度を構築する必要があろう。正社員として働く期間が長くなるほど、正社員の賃金は年齢や勤続年数とはかかわりの薄い賃金へと変化していくのである」。

 「高齢社員に求められること」についても今野氏は触れている。特に印象的だったのは、「『のぼる』キャリアからの転換」についての一文である。

 「ここまで職業人生が長くなれば、最後まで『のぼる』を続けることは難しく、職業人生のある時点でキャリアの方向を切りかえることが自然である。定年がなく、体力と気力がある限り働き続ける商店主等の個人自営業主は、高齢期になると体力等に合わせて事業を縮小する、働き方を変える等してキャリアの方向を自然に変えている。労働者にも、こうした自営業主に似たキャリアをとることが求められているのである。労働者のキャリアは組織のなかで働くことを前提にしているので、これをキャリア形成の『組織内自営業主化』と呼ぶことにしたい」「重要なことは、…『働くことは稼ぐこと』であり、『何をしたいのか』とともに、『どうすれば会社や職場に貢献できるのか』を考えてキャリア・プランを工夫することである」。

 定年後再雇用の働き方を考える上で大変示唆に富む一冊だった。

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ダニエル・ピンク著『フリーエージェント社会の到来』(新装版、ダイヤモンド社)

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フリーエージェント社会の到来

 ダニエル・ピンク著『フリーエージェント社会の到来』(新装版、ダイヤモンド社、2014年8月28日第一刷発行)は、私にとって、定年を前に、これからのライフキャリアを考える際のバイブル的存在になっている。
 昨年はブログは開店休業状態だったが、今年は、これからの人生設計に役立つ本をブログで紹介していこうと思う。すでに読み終わった本を取り上げることが多くなりそうだが、ブログをまとめるにあたって、再読することが、自分にとっても血となり肉となる気がする。
 「フリーエージェント」(free agent, FA)といえば、まず、思い浮かぶのは、プロ野球のFAだろう。ウィキペディアによるとーー。
 いずれの球団とも選手契約を締結できる権利をもつ選手のこと。フリーエージェントとなることができる権利を「フリーエージェント(FA)権」、選手がFA権を行使することを「FA宣言」という。
 FA宣言をして、大リーグで活躍する選手を見ているためか、この言葉には夢を感じる。そして、この本を読むと、特に、定年退職した人の理想の生き方として、フリーエージェントが浮かび上がってくる。
 感動を持って、読み終えたこの本の内容をまとめようと思い、読み返すと、玄田有史氏(東京大学社会科学研究所教授)の序文が、的確にポイントとなる部分を解説してくれているので、この序文をもとに、まず、この本の中身を紹介し、その後で、ぐっと来たフレーズを本文から引用することにしよう。
 ⑴序文より
 「そろそろ、私たちは、組織か、個人か、という不毛な二分法から抜け出さなければならない。大事なのは、組織も、個人も、である」「そんな二者択一を軽々と飛び越えてしまう存在。組織をうまく活用しつつ、同時に個人としての自由や成功を謳歌する。それが本書で示されるフリーエージェントの姿だ」。
 「フリーエージェントとは『インターネットを使って、自宅でひとりで働き、組織の庇護を受けることなく自分の知恵だけを頼りに、独立していると同時に社会とつながっているビジネスを築き上げた』人々のことである」「フリーエージェントに共通するのは、インターネットや地域コミュニティーを活用した、ヨコのネットワークの存在である。ヨコのつながりの存在こそ、フリーエージェントがプロジェクトを成し遂げるための根幹であり、セーフティーネットである」。
 「フリーエージェントの世界では、遊びと仕事の境界がいい意味で曖昧である。むしろその渾然とした状態こそが『クール・フュージョン(かっこいい融合)』という考え方が、フリーエージェントには根を下ろしている」。
 「インターネットが普及し、組織の外部とも格段につながりやすくなり、同時にグローバル化が競争のスピードを加速させるようになると、仕事の前提は『組織』から『プロジェクト(事業)』へ移っていく。仕事はまず組織ありでなく、顧客や取引先から『プロジェクト』がダイレクトに舞い降りてくる。もしくは経営からトップダウンで、リーダーに対し『プロジェクト』のミッションが伝えられ、一定期間内での遂行が求められる」「組織のタテ社会の人間関係に縛られているならば、プロジェクトの期限内での実現は到底不可能である。必要なのは、組織のしがらみにとらわれることなく、適材適所で縦横無尽に活躍できるフリーエージェントの存在だ。重要なプロジェクトの多くは、既存組織のメンバーだけから構成されるのではなく、組織を超えて集まったフリーエージェントたちの手を借りることによってのみ、成し遂げられるのだ」。
 「何から始めればよいのか。まずは、自分はフリーエージェントになると『フリーエージェント(FA)宣言』することだろう。自分のホームページをつくり、そこでFAとなることを宣言する。その上でフリーエージェントとして自分がやりたいこと、やれることの発信をとにかく始めるのだ」「情報であれ、環境であれ、医療・福祉であれ、コミュニティー・ビジネスであれ、今後成長が期待される分野に共通する法則がある。それは『与えられた者こそが与えられる』という法則だ。インターネット上では、情報を発信する人ほど、貴重な情報が集まる」「その上で、日頃思っていたり感じていることについて率直に話し合える仲間を、働いている会社や通っている学校などの外に、せっせとつくることである。それは、SNS、コネクション、同窓会、保護者会、自治会、NPO活動、地域活動など、なんでもかまわない。大事なのは、心をむなしくし、そこで交わされる他人の話や、自分の知らない世界に耳を澄まし、深くうなずき、ときに感動することだ」。
 「フリーエージェントは、けっして夢物語ではない。会社で働いている人なら、オーガにゼーション・マン(組織人)の世界にだけとどまることなく、フリーエージェントとしてもうひとつの別の場所と時間を、今日からつくるはじめるべきだ。大事なのは夢見ることではない。行動することである」。
 1冊を読み終わってしまったような気分になる素晴らしい序文だが(笑)、本文を読み進めていくと、さらにフリーエージェントとして生き、様々なコラボレーションによって、プロジェクトを進めていくことがいかに楽しいか、が分かってくる。
 ⑵本文より
 「大勢のアメリカ人がーーそして次第にほかの国の人々もーー産業革命の最も大きな遺産のひとつである『雇用』という労働形態を捨て、新しい働き方を生み出しはじめている。自宅を拠点に小さなビジネスを立ち上げたり、臨時社員やフリーランスとして働く人が増えているのだ」
 「政治や主流派メディアのレーダーに映らない場所で、数千万人ものアメリカ人がフリーエージェントとして働いている。嫌な上司や非効率な職場、期待はずれの給料に嫌気が差して会社を辞めた人もいる。あるいは、レイオフや企業の合併、勤め先の倒産により、会社を離れざるを得なくなった人もいる。いずれにせよ、彼らの行き着いた場所は同じだった。そして、さらに大勢の人たちがその後に続こうとしている」。
 「いま、力の所在は、組織から個人に移りはじめている。組織ではなく個人が経済の基本単位になった。ひと言で言えば、社会は『ハリウッドの世界』に変わりはじめたのだ」「いまの映画産業は、かつてとはまるで違う仕組みで動いている。特定のプロジェクトごとに、俳優や監督、脚本家、アニメーター、大道具係などの人材や小さな会社が集まる。プロジェクトが完了すると、チームは解散する。その都度、メンバーは新しい技能を身につけ、新しいコネを手に入れ、既存の人脈を強化し、業界での自らの評価を高め、履歴書に書き込む項目をひとつ増やすのだ」。
 「大半のフリーエージェントにとって、必ずしも『大きいことはいいこと』ではない。自分にとっていいことこそ、いいことなのだ。出世や金など『共通サイズの服』の基準で成功を目指す時代はもう終わった。自由、自分らしさ、名誉、やり甲斐など、『自分サイズの服』の基準で成功を目指す時代になったのだ」。
 「資産運用の世界と同じように、仕事の世界でも『分散投資』が生き残りの条件になりつつあるのだ」。
 「弱い絆で結ばれている知り合いは、いつも親しくしている相手ではないからこそ、自分とは縁遠い考え方や情報、チャンスに触れる機会を与えてくれるのだ」。
 「多くの場合、仕事と家庭のバランスを取るという『ゼロ・サム』の世界より、ブレンドするという『ポジティブ・サム』の世界のほうが幸せなのだ。
 「かつて当たり前だった『引退』という制度は、やがて歴史上の一時的な特異な現象として記憶されるようになるのかもしれない」「知識経済の時代には、年輪の刻まれた脳ミソは大きな財産なのだ」。
 「フリーエージェント経済の時代には、人々が生涯を通じて学べるようにするシステムが不可欠だ」。
 「フリーエージェントたちは、職場のコミュニティーを失った代わりに、新しいグループや人的ネットワークを自分たちで築いていく可能性が強い」。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 私自身も近い将来、フリーエージェントとなり、魅力的なプロジェクトをコラボレーションで進めていきたいと思っている。「君ならコラボしてもいいよ」と言ってもらえるように、フリーエージェントとしての力をいかに蓄えていくか、が当面の課題だ。

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高齢社会エキスパートの第一回の交流会、東大で開催

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 「第1回高齢社会エキスパート交流会」が5月23日、東京大学の山上会館で開かれ、82人が参加した(写真はすべて高齢社会検定協会提供)。

 「高齢社会エキスパート」は、一般社団法人の高齢社会検定協会が実施する高齢社会検定試験の合格者が同協会から付与される民間資格(称号)。検定試験は2013年に始まり、2回実施され、718名が高齢社会エキスパートの認定を受けている。

 高齢社会エキスパートが一堂に会する機会を設けてほしいという声が、エキスパートの間で高まっていた。協会側も、今後の運営や協会とエキスパートの協力態勢について意見交換する場を持ちたいという気持ちがあり、交流会が実現した。

 3月末に「高齢者エキスパート企画運営委員会」が発足。協会と協力しながら準備を進めてきた。

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 午後2時から始まった交流会では、まず、検定協会の代表理事である秋山弘子東京大学高齢社会総合研究機構特任教授が、「高齢社会エキスパートの有志の方による企画、運営で第1回の交流会がキックオフできたことを、大変嬉しく思っております」と挨拶。「日本は長寿社会のフロントランナーだが、ジェロントロジーの教育は大変遅れており、2009年から東大で学部横断の教育を始め、昨年、大学院も設けた。しかし、それだけでは超高齢社会の課題解決ニーズを満たせないと考え、現在、社会で活躍されている方にジェロントロジー、超高齢社会の課題を学んでいただこうという趣旨で検定事業を始めた」と高齢社会検定の狙いを語った。

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 東京大学高齢社会総合研究機構客員研究員の前田展弘氏が、高齢社会検定協会の活動報告を行った後、同氏の進行で、秋山代表理事、辻哲夫理事(東京大学高齢社会総合研究機構教授)と、宮谷雅光さん(ニッセイ保険エージェンシー総務部長兼システムプロジェクト推進室長)、小田史子さん(中野区鷺宮すこやか福士センター所長)のエキスパート2人によるパネルディスカッションが行われた。

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 最初のテーマは超高齢社会の課題解決。秋山教授が柏市で取り組んでいるセカンドライフの就労事業について説明した。

 「これから高齢者の人口が増えるのは都市部で、特に都市周辺のベッドタウンで高齢者が増える。彼らはお元気で、知識、技術、ネットワークをお持ちだが、『何をしていいかわからない』『行くところがない』『話す人いない』という人が多いのが現状」「 家でテレビを見てゴロゴロするような生活をしていると、筋肉や脳が弱る。生産年齢人口減少が深刻になっているときに、有能な方が何もしないでいるのはもったいない。彼らは『支える側に回りたい』と願っているので、歩いて、あるいは自転車で行けるようなところで、いろいろな働き場所を作ろうということを考えた。そして、自分で時間を決めて働くという、自由な働き方ができるようにした」「柔軟な就労なスキームを作ろうということで、柏市では、農業、食、子育て、生活支援、福祉サービスなど9つの仕事場を作った」「80歳くらいまでは働くのが普通のまちを作りたい」「常に外に出て人と交わって活動する。生産者であり消費者であり納税者あるというような生涯現役の社会を実現したい」
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 辻教授は、在宅医療と連動した地域包括ケアシステムについて柏市での取り組みを紹介した。

 「東大ではAging in Place(住み慣れた地域で最期まで自分らしく老いることができる社会の実現)を提唱したが、その後、地域包括ケアシステムというほぼ同じ概念を国が推進することになった。『予防』『医療』『介護』『住宅』『生活支援』の5つのサービスを一限定に提供するシステムだ」「日本人は老いて虚弱になって亡くなるというのが一般的になったが、虚弱になって朝から晩まで病院で過ごすのは情けない。家で最期を迎えたい人はそれができるような、住まいで医療や介護のサービスが受けられるシステムに転換していこうというのが国が目指していることだ」「日常生活圏(中学校区)で住まいを中心に医療や介護や生活支援など様々なサービスが提供される。柏ではそういったモデルに取り組んだ」「医者が訪問診療をしてくれるように医師会と組んで研修プログラムを実施した。医師と、他職種との連携も進めた」「豊四季台団地の真ん中にサービス付き高齢者向け住宅を昨年5月に誘致した。1階に24時間対応の訪問看護、介護の事業所や在宅療養支援診療所などが入っており、これらは周辺地域に対してもサービスを提供する」「柏市はこうした施設を日常生活圏単位で計画的に整備していく段階に入った」「生活支援拠点にはコンシェルジェを置いて、高齢者が活動的になるような生活支援をすることもいま、検討している」

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 宮谷さんが秋山教授に質問した。

 「母親が認知症で要介護4。脳梗塞も起こして入院している。70歳を過ぎるころまでは非常に元気だったが、父親が亡くなったあたりから坂道を転げ落ちるように急に何もできなくなった。母が柏のようなところに住んでいたら、いまのようにはなっていなかったのではと思うのだが、柏市での取り組みはどのように全国に広げていこうと思っているのか」「柏市は東大と組んだが、リーダーシップを取るような団体がないような地域では、柏市のような取り組みがどのように展開されていくのだろうか」。

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 秋山教授が回答した。

 「モデル事業として3年間集中的に就労事業に取り組み、最後に、地域にどのように仕事場を作るかということ、および新しい働き方についてマニュアルを作った。これを下敷きにして、ほかのコミュニティでも就労のシステムができるようにした」「人生90年。職業生活70年と言われている。そうすると70年同じ仕事をするとは考えられない。これからの人生は二毛作、三毛作になると思う。長寿社会のニーズに対応した形で雇用制度や、教育制度などの社会のシステムを変えていかなくてはならない」「昨年暮れあたりから生涯現役社会を実現するための委員会が厚労省で立ち上がり、私も委員をしている。最終報告書案もまとまったところだが、人生70年の職業生活を送るためには若いころから自分で職業生活を設計していくという生き方をしていかなければならない。高齢期は柏の事例を具体的に報告書に盛り込み、制度化も検討するというので、柏の事例が全国に広がればいいと思う」。

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 小田さんが辻教授に質問した。

 「在宅医療と介護の連携を進めるためには、何が必要なのか、柏での経験をもとに教えてほしい」。

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 辻教授が答えた。

 「これまで専門医は病院での医療しか知らない人がほとんどで、在宅に人を割くというのは新しいことです。しかし在宅にシフトしないと、日本の病院は患者を受け止めきれなくなる」「柏市の医師会の会長は、在宅医療を医師会としてやることを決めてくれた。これが大きなポイントだった」「在宅を支えるのは看護師であり、介護士であり、ケアマネジャーだ。医師は2週間に1回くらいしかいかないが、そのときの判断とアドバイスが重要になる。医師と他の職種をだれがつなぐのかといえば、それが市町村ということになる。行政が自分がつなぎ役になるということを決意しなければいけない。柏市は市役所と医師会が、連携することに合意してくれた」「成果があったのは医師も看護師も薬剤師も同じテーブルについて議論する多職種連携研修で、これは柏市がコーディネートして実現した」「結果的にはこの仕組みが全国に広がることになり、制度改正されて、全国の市町村が介護保険の地域支援事業として、在宅医療と介護の連携を平成30年4月までに進めなければならなくなった」

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 次のテーマは、高齢者エキスパート。

 宮谷さんは「母の認知症の症状が進んだときに、もう少し知識があれば、接し方も変わっていたかもしれないと思う。超高齢社会に、あまり若い人が関心を持たないのが日本の現状のような気がする。私自身、会社に勧められて受験したが、若い人を含め周りの人に超高齢社会のこと、高齢社会検定にもっと関心を持ってもらえるようにしたい」と超高齢社会の知識の啓発活動の重要性を強調した。

 小田さんは「辻先生の講演を聞き、高齢社会検定があることを知り、受験することにした。そのためにテキストを学び、知らないこともあって、自己啓発になった。私は50代だが、人生二毛作ということで、これから何をしようか、いままでの自分の経験をどのように地域に生かせるのだろうかということを去年から考えるようになった」と、これからの人生への取り組み姿勢が変わったことを明らかにした。

 2人の発言を受け、秋山教授は「自分自身がどう生きるかということと、家族の高齢化にどう対応するかということには役に立つと思うが、もう一つは仕事をしている人や団体で活躍している人にとっても重要な知識なので、次のステップとしては、企業や団体に働きかけていかなければならないと思った」と述べた。

 辻教授は「秋山先生がおっしゃっていたことで非常に感銘を受けたのが価値観の変容ということ。人生肩書きで生きるには長過ぎる。超高齢社会は価値観の変容を伴う非常に大きな変革だと思う。そういうことを論理として学んで、人に話をすると結構重宝がられる。高齢社会のことを皆、知らない。長い人生をどう実りのあるものにするかを知っている人は、これから重宝がられると思う。皆さんもいろいろな場面で高齢社会の生き方などを説いてほしい。高齢社会エキスパートには、ぜひ活躍してもらいたい」。

 午後3時20分からは、参加者がA班からG班までに分かれて、50分のグループワークを行った。高齢社会について関心のあるテーマなどを明らかにしながら各自が自己紹介。その後、今後、検定協会に期待すること、エキスパートのネットワークなどを活用して、それぞれが取り組みたいことなどについて議論した。

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 Aグループ。ファシリテーターは岡本憲之さん。

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 Bグループ。ファシリテーターは、小田史子さん。

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 Cグループ。ファシリテーターは村山眞弓さん。

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 D班。ファシリテーターは櫻井恵子さん。

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 Eグループ。ファシリテーターは宮谷雅光さん。

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 Fグループ。ファシリテーターは村松文子さん。

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 Gグループ。ファシリテーターは有安隆さんと野村歩さん。

 時間はあっという間に過ぎ、午後4時20分から、一人2分の持ち時間でグループワーク結果報告。

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 発表資料を読み込んでスクリーンに映す準備も大忙し。

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 グループワーク結果報告は以下の通り。各グループとも発表者が2分程度で手際よく議論の要点を発表してくれた。

 Aグループ

 ◎高齢社会検定協会に期待すること

 ・若い世代に関心を持ってもらうための教育。
 (学校教育などで教育してもらう、etc...)
 ・検定の知名度を上げるための取り組み
 (マスコミの活用、行政をあげての取り組み、etc...)
 ・合格者に対するフォロー研修
  会報、スキルアップーー会費、人手?
 ◎高齢社会エキスパートとして取り組みたいこと
 ・直接参加型だけでなく、サイトを通じた交流を行う
 ・地域や企業内での広報活動

 Bグループ

 ◎高齢社会検定協会に期待すること
 ・定期的なエキスパート向けの情報発信
 最新情報、会報誌
 ・定期的なエキスパートの交流会
 +セミナー、視察など
 ・エキスパートの社会的な価値を高めてほしい
 ◎高齢社会エキスパートとして取り組みたいこと
 ・知識を同僚や地域の人に広めたい
 ・地域での活動をおこしていきたい
 ・高齢者の起業へのサポート、連携
 ・マスターズ陸上選手による
 「かけっこ出前教室」〜世代間交流〜

 Cグループ

 ◎高齢社会検定協会に期待すること
 ・認知度アップ
 ・発表の場
 ・知識・学び
 ・メリット
 ・仕事のあっせん 
 ・活動したい(分科会、etc...)
 ◎高齢社会エキスパートとして取り組みたいこと
 ・支援活動
 ・就労
 ・社会(行政)へのアプローチ
 ・企業へのアプローチ
 ・知識の習得

 Dグループ

 ◎高齢社会検定協会に期待すること
 ・全国で受験できる国家資格へ
 ・広がりを。特に若い世代へ
 ・ネットワークを作り、分科会活動を活発に
 ◎高齢社会エキスパートとして取り組みたいこと
 ・柏事例を各地域へ広げる
 ・エキスパート資格を周知する
  自己アピールと賛同者の組織化

 Eグループ

 ◎高齢社会検定協会に期待すること
 ・もっとわかりやすく
 ◎高齢社会エキスパートとして取り組みたいこと
 ・みんなと一緒に!!

 Fグループ

 ◎高齢社会検定協会に期待すること
 ・検定試験やエキスパート(資格)の認知度の向上、ツールも
 ・地域での活躍の場や情報
 ・検定料の見直す(値下げ)
 ・交流の環境(名簿等、会報誌)
 ◎高齢社会エキスパートとして取り組みたいこと
 ・地域での活躍(場のサポート)
 例:市民サポーターとして健康寿命を延ばす手伝い
 ・検定制度の紹介

 Gグループ

 ◎高齢社会検定協会に期待すること
 ・情報の発信と情報交換
 ・啓蒙活動
 ・行政への政策や制度の提言
 ◎高齢社会エキスパートとして取り組みたいこと
 ・社内啓蒙
 ・ビジネスへの広がり
  個々で出来る取り組みから
 ・世代間交流
 ・有識者の講演

 発表を受けて秋山、辻両教授が講評。

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 秋山教授「認知度のアップは初期段階では重要な課題。名刺に書いていただくのは認知度を上げるのに有効と思う」「もっとわかりやすく。今度、教科書を改訂するが、本当は中学校を卒業していれば、わかるというのがどの分野においてもインパクトのある本だと思う」「いまは検定試験の会場は東京だけだが、関西、札幌でも開催することを検討中」「意見交換会、セミナー、講演会のほか、分科会に分かれてプロジェクトを行うようなことがあるといいという意見があった。1つずつ実現していきたい」「情報発信は、まずはオンラインで、次にニューズレターというように段階的に進めればいいのではないか。フェイスブックなどを使えば双方向で情報がやり取りできる」「もっとわかりやすくということだけでなく教科書の中身を充実していきたい。専門分野をもっと掘り下げたいという意見もあった」「行政への提言は、高齢社会研究機構のプロジェクトとしてはやっているが、みなさんの生活者として、あるいは企業や行政で働く立場から意見を伺い、提言に盛り込むような形にできればいいと思う」「同じような理念をもって活動しているところと連携するという意見もあった。協会の活動を豊かにしていくためには重要だ」「ボトムアップの組織にしてほしいという意見もあった。メンバーはいろいろな専門分野をもっており、一緒にやっていきたい」「みんなで意見交換し、経験を共有しながら、みなさんのそれぞれの活動を広げていってほしい」。

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 辻教授「われわれは未知の社会に向かっている。未知への挑戦だ」「エキスパートは職場や地域で発信してもらい、少しでも仲間を増やす活動をしていただけるとありがたい。自分たちはよりよい高齢社会に向けてがんばっているというプライドがそのもとにあると思う」「東大がいかに良質な情報をエキスパートの方々に発信するかが大事だ。発信の方法としてはメーリングリストなどがあると思う。そのようなもので交流ができ、情報が発信できる。雑誌を作っていたら時間やコストがかかるので、そういった方法で広げていったらどうだろうか」「1回目、2回目に資格をとった方は未知への挑戦の決意をした人。今日を機会に、エキスパートにもムーブメントを広げるお手伝いをしてもらいたい」

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 司会進行を務めた有安隆さん。企画運営委員のリーダー。9月12日の第3回の検定試験を紹介。
 分刻みのスケジュールだったが、予定通り進行し、午後5時10分から1階談話室で懇親会。

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 80歳の竹中誉さん(企画運営委員)がエキスパートを代表して懇親会開会の挨拶。

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 乾杯!

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 企画運営委員最年少37歳の野村歩さんが中締め。

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 記念撮影(クリックすると大きな画像で見られます)

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「まずは一歩踏み出す」ことを提案ーー柳川範之著『40歳からの会社に頼らない働き方』 (ちくま新書)

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 柳川範之著「40歳からの会社に頼らない働き方」 (ちくま新書)を読んだ。

 柳川範之氏は東京大学大学院経済研究科教授。「40歳定年制」を提言したことで有名だが、「この本は制度や法律が変化しない世の中を前提にし、それぞれの人たちが、具体的にとるべき方策に主眼が置かれています」という。「たとえ制度が変わらなくても、それぞれの人が本書で想定しているような方向に大きく舵をとれば、世の中はかなり変わるはずです」。

 「今の会社を捨てる必要は必ずしもありません。しかし、会社に頼っていても、100%頼りにして安心して生きていける時代では、もはやないのです。頼らず生きられる体制を作っていく必要があります。そうはいっても、そんな働き方なんでできるのか?という疑問をもつ人も多いことでしょう。その人たちに向けて、具体的にどうすればよいかを示すために書かれたのが本書です」。

 柳川氏は、将来を切り拓いて大きなチャンスをつかむために、まず「将来に備えてシミュレーションする」ことに必要性を強調する。

 「遅くても定年後、多くの場合にはもっと早くに、自分の働き方を決めなければいけない時期がやってきます。ですから、そのときに備えて、シミュレーションをして、自分で自分の人生を選んでいくトレーニングをしておかないといけません」「自分がやりたいと思うことを中心に、多少わくわくとした気持ちをもって、明るく未来をシミュレーションするとよいでしょう」

 「専門的には『コンティンジェンシープラン』(状況対応型計画)というのですが、「状況に応じたプランを立てておく」というのは経済学の基本的な発想で、この発想は、多くの人がライフプランを考えるうえでも重要だと思います」。

 環境が変わったときにどう対応するかを、最初からプランに組み込んでおくといというのがコンティンジェンシープランのそもそもの考え方です。『Aだと思っているけど状況がBになることもありえる』というときに、Bになったときのプランも最初から用意しておくのです。こういう発想はビジネス戦略では、『プランB』などとも言われています」「主要なパターンに関しては、それぞれの場合に応じた対応を考えておくという発想力が問われます。その場合に注意しないといけないのが、『将来どんな変化があるのか』を考える際に願望が入ってしまいがちだということです」。

 第二に必要なのが、目標を立てること。

 「目標はできれば二つ持ったほうがよいと薦めています。この二つとは、『近い目標』と『遠い目標』です、近い目標は、状況に応じてコロコロ変えていくべきものです。遠い目標は、そんなにコロコロ変えないで、長い目で見て、動かして調整していくべきものです」

 第三が、「少しずつ、踏み出してみる」。

 ポイントは、「大きく踏み出さない」「『うまくいかないこともある』のを当然と考え、その場合には『やり直す』」「試行錯誤するブルペンが必要」だ。

 試行錯誤するブルペンとして、柳川氏が薦めるのが「バーチャルカンパニー」を作ることだ。

 「まず大事なのは、とにかく今のメインの仕事をやめずに、サブの仕事を少しずつ進めていくことです。そのためには、とりあえず仲間作りをすることが、具体的な第一のステップになります」「仲間を作って、お互いに自分に欠けているものを指摘しあうことが大事なのです」「仲間、特に社外の人は、毎日会うということができません。ですので、今の時代では、フェイスブックなどのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を積極的に活用するのも大きなポイントになります」。

 グループを作って何をするか。「ポイントは『能力開発』と『事業計画』です」「具体的にターゲットを決めて、どういった組織形態にするかというところまで話をつめて考えるとよいでしょう」「もし可能ならば、実際に組織や会社を作ってしまいましょう」。

 「いま急激に起こっているのは、バーチャルカンパニーやベンチャー企業を作ったり、社会起業をしたりということを、とても容易にする動きです。インターネットの登場などで社会の構造が変わって、会社を立ち上げるためのハードルは非常に低くなりました」。

 「大事なのは、…プランニングをきっちり考えることです。…社会貢献なり自己実現なりを大事にするのであればこそ、必要な資金や収入は得ていかないといけません」「『自己実現・社会貢献』と『収入を得る』という目的を、どのようなバランスでやろうと思っているのかを自分の中でしっかり考える必要があります」「何を実現させたいのかをできるだけ具体的にしたほうがよいでしょう」「」収益を得ながらも、何らかの社会貢献ができるような働き方にはどんなものがあるのかを、もっと考えて工夫する余地はあるのではないでしょうか」。

 農業体験農園などは、申し込んでみたら、大きな体験ができた。会社の仕事に代わるような「プランB」も、一歩踏み出してみないと見えないのかもしれない。

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雇用の基礎と改革の方向性を分かりやすく解説――清家篤著『雇用再生―持続可能な働き方を考える』(NHKブックス)

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雇用再生

 清家篤著「雇用再生―持続可能な働き方を考える」(NHKブックス) を読んだ。

 清家氏は慶應義塾長で、労働経済学の大御所。社会保障制度改革国民会議の議長も務めた。「雇用」がどうなるか、を的確に予想するには、清家氏の著書がいいのでは、と考えた。

 雇用改革の方向性の全体像を知るのにいい本だった。

 「雇用の状況を示す代表的な指標である失業率は、…1990年代半ばまでずっと2%台を維持していた。しかし、1998年に4%を越えた後、2000年代には4%台が当たり前となり、不況期には5%を越える場合も出てきた」「ただし、…国際的にみると、…現在でもまだ欧米諸国の半分程度の低い水準に止まっている」。

 なぜか。

 「新規学卒一括採用は、日本の若者の失業率を先進国の中でも際立って低く抑えることに貢献している」「ヨーロッパ等の若者の失業率の高い国では、若者は学校を卒業してから就職活動を開始するのが普通だ。仕事が見つかるまでの期間は、学生でも雇用者でもなく、仕事がなくて職を探している状態であるから、定義的に『失業者』として統計にカウントされる」「労働市場のパフォーマンスという観点からいうと、若者が失業を経ずに就職に至ることができるということは高く評価すべきこと」。

 「新規学卒一括採用にはたしかに問題点もある。そのためその採用方式はやめるべきだという極論さえある。しかし、もしもこの採用慣行がなくなると、…間違いなく起きるのは、若者の失業者の急増である。また、企業は経験者を優先的に採用するようになり、若い未経験者の人が仕事能力を新たに身につける機会が減少する」

 「きちんと政策的に考えるのであれば、むしろ学校卒業後直ちに就職をして、若いときに職業能力を身につける機会を与えられている大多数の若者と同じように、現在はフリーターやニートになっている人も含めて、新規学卒一括採用の対象になる人の範囲を少しでも拡大していくべきなのである」。

 清家氏は、「これまでの日本の雇用制度や働き方の強みを残しつつ、必要な改革を進める」ことが大切と言い、本書で、「どこを改めればいいのか」を提示する。

 「定年延長」の問題はどう考えればいいのだろうか。

 「起業が定年延長、雇用延長をしにくい背景には年功賃金がある。これまでは60歳定年を前提に、労働者の企業への貢献の総量と労働者が企業から受け取る報酬の総量がそこでバランスしていた。そのままで定年延長、雇用延長を行うと、両者がバランスしたポイントを超えて労働者が企業に居続けることになり、延長した期間の賃金と貢献度の差額分だけ企業の負担増となる。定年を60歳から65歳に延長すれば、賃金と貢献度の差額を、それから5年間、企業が払い続けることになる。さらに、勤続の長い者は管理職、監督職にするという年功的な処遇体系がそのままであると、企業内に管理職や監督職などが不必要に数多く滞留してしまう」。

 「もともと年功賃金は企業にとってもコストをかけて訓練した労働者が簡単にやめることがない、そして従業員の企業に対する帰属意識を高めることができる、などのメリットの多い制度であるからこそ、長年にわたって継続されてきたものだ。したがって、右肩上がりに給与が伸びる年功賃金をやめて、完全に水平にするということは企業の経済合理性にも反する」「望ましいのは、そうした年功賃金の本来的な機能は維持しつつも、従来よりも年齢や勤続に応じて高くなる賃金カーブの勾配を緩やかにしていくという方法である」。

 清家氏はあとがきで「先の戦争に突き進む過程で、このままではジリ貧になるだけだから乾坤一擲の日米戦争に打って出るべしという論に対して、開戦直前に参内した米内光政海軍大将は『ジリ貧を避けようとしてドカ貧に陥らぬよう』(阿川弘之『米内光政』)といったと言われている。雇用をめぐる最近の改革論議にも、少しそうした危惧を覚える」と語っている。

 IT化など、過去の経験を不要にする技術が進んできた事実がある一方で、やはり過去の経緯を理解したうえで、変えるべきことも多々ある。「雇用」はまさに、そうしたジャンルなのだろう。

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超高齢社会を前向きに捉える――阪本節郎著『50歳を超えたらもう年をとらない46の法則』 (講談社+α新書)

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50歳を超えたらもう年をとらない46の法則

 博報堂 新しい大人文化研究所所長である阪本節郎が著した「50歳を超えたらもう年をとらない46の法則」 (講談社+α新書)を読んだ。

 この本のタイトルの意味は、博報堂  新しい大人文化研究所の2012年1月19日のリポート「絶滅する中高年!? 新しい大人世代の登場」を読むと、なるほど、と理解できる。リポートを引用しよう。

 「いま中高年の意識が従来の常識から大きく変わろうとしています。 『博報堂エルダーナレッジ開発 新しい大人文化研究所』では、人生を前向きにとらえ、若々しくありたいとする新たな40~60代を総称して「新しい大人世代」と名づけ、彼らの志向や生活を探る様々な調査を実施しています。このたび、全国の40~60代の男女3708名に向けた調査から、40~60代の人生観に関する結果をまとめました」。

 「調査結果からは、従来の中高年意識であった『老い』『余生』といった“下り坂”の人生観は“絶滅”しかかっていることが見えてきました。従来の中高年は、40代が働き盛り、50代で下り坂がはじまり、60代になると余生になって長生きが目標になる、と見られてきました。しかしながら、現在の中高年は、そうした従来型の人生カーブとは180度異なるといってもいい人生観を持っています。年を重ねることを『加齢』と捉えない、エイジレスな感覚を持った新しい40~60代が登場しています」。

 「現在の40代~60代の大きな特徴は、そもそも人生観が従来の『下り坂』から、“人生の花を開かせる”といった『上り坂』へと大きく転換していることです。

 「40~60代男女に『自分が理想とする生き方』について尋ねたところ、『50代を過ぎたら、もう年をとらないという自分でありたい(61.4%)』と、6割を超える男女が50代以降の加齢を意識せず、あたかも50代で年齢が止まったかのように捉える新たな動きが生まれています。また、『何歳になっても若々しく前向きでありたい」と回答した人は、全体の82.7%に上ります。もはや40~60代の大多数が「若々しく前向きでありたい』と考えていることが分かりました」。

 そんな新しい大人の特徴を紹介しているのが本書だ。

 共感できる部分が多々あった。

 最も共感したのが44.社会に「支えられる側」から社会を「支える側」になる③クロスジェネレーションだ。

 阪本氏は言う。「人口の少ない『若い世代』が人口の多い『高齢世代』を支えるというのが年金賦課方式の問題であり、これに対して『自助』ということを述べました。その上で、さらに望ましいのは、具体的に『新しい大人世代が若い世代を支えるクロスジェネレーション』です」「世代間交流を『クロスジェネレーション』と言っていますが、このように『クロスジェネレーション』で若い世代を支えることができれば、若い世代の生産性も向上し、また支えられれば年金を支払ってもいいかという気持ちにもなるでしょう」。

 越川禮子著『江戸の繁盛しぐさ―イキな暮らしの智恵袋』 (日経ビジネス人文庫)によると、江戸では年代に応じたしぐさが尊ばれ、たとえば「耳順(還暦)代の『江戸しぐさ』は『畳の上で死にたいと思ってはならぬ』『己は気息奄々、息絶え絶えのありさまでも他人を勇気づけよ』『若衆(若者、ヤング)を笑わせるよう心がけよ』だった」という。クロスジェネレーションは日本のよき伝統なのかもしれない。

 「超高齢社会」を実感したのが、46.過去と現在とこれからに感謝し、若い精神を持ち続ける、だ。

 「2020年は東京オリンピックの年です。その年に成人人口すなわち20歳以上人口が約1億人であるのに対して、40歳以上人口が約7800万人、つまり、『大人(成人)の10人に8人は40代以上』となります」というのだ。「人口構造の変化によって、大人世代が圧倒的多数の世の中になります。この圧倒的多数が『人生下り坂』感を持って後ろ向きになり、社会全体が沈滞ムードになると大変です。そうあってはならないのです」。

 30.新3世代は”教えてほしい”が秘密の扉、には世代間交流を後押ししてくれるデータがあった。「肝心の孫のほうは祖父母に何を求めているのでしょうか。そもそもお互いにコミュニケーションを増やしたいかどうか、を調査したことがあります。常識的には、祖父は孫との関係をもっと強くしたいが、孫のほうは敬遠気味、と思いがちです。ところが結果は全く逆でした。たしかに『祖父から孫』は84%と高かったのですが、『孫から祖父』は95%とそれをかなり上回ったのです」「実は求めていることの1位は『自分にない技能や自分の知らない事を教えてもらいたい』でした。

 19.オジサン・オバサンと呼ばれても自分のことだと思わない、にあった、次のくだりが、なるほどと思った。

 「50代以上になると、子供が独立するために、好むと好まざるとにかかわらず誰でもひとりの男性・ひとりの女性に返ります。しかしながら、その手前の40代にも異変が起きています。40代は今までの女性であれば『主婦と母親』、男性であれば『サラリーマンと父親』という二つの顔を持っていました。しかし、その40代が三つ目の顔を持ち始めています。…男性では『ひとりの男性』であり続ける、女性では『ひとりの女性』であり続ける、という顔になります」「男女問わずにSNSはまさにひとりの男性・女性が語り合う場だと言えるでしょう」。

 「アメリカでは、『シニア』という呼び名の代わりに、『50+(フィフティプラス』という言い方が抵抗感なくポピュラーになりつつあります」とのことだ。

 テレビの個人視聴率の区分でM3と言えば、男性50歳以上を指す。50も65も75も85も、同じM3。なんと大雑把な分類か、と、これまでは、思っていたが、なるほど、「50歳を超えたらもう年をとらない」から、これでいいのだ。

 17.会社はリタイアしても社会はリタイアしない、はいい言葉だ。「ピーター・ドラッカー教授が、天寿を全うする前に遺言のように言ったことがあります。それは『日本はもう一度世界をリードできる』ということです。なぜなら日本に定年制があるからだという面白いことを言いました」「日本は世界に先駆けて高齢化が進展し、そして定年制があります。そうすると、今まで会社の仕事に従事していた人たちが定年を機に社会的なことに携わる可能性があるだろう、ということです。…そういう人たちがたくさんいる社会ができれば、世界中が高齢化するなかで日本がそのモデルになると言われたのです」。

 超高齢社会を前向きに捉える本が増えてきたのがうれしい。

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少子高齢化問題にしっかりと向き合った好著―-広井良典著『人口減少社会という希望~コミュニティ経済の生成と地球倫理』(朝日選書)

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人口減少社会という希望

 広井良典著「人口減少社会という希望~コミュニティ経済の生成と地球倫理」(朝日選書) を読んだ。

 広井氏は言う。「『人口減少社会という希望』という表現は、かなり奇妙というべきか、あるいは奇をてらった表題と感じる人が多いかもしれない」「しかし私自身は、…人口減少社会は日本にとって様々なプラスの恩恵をもたらしうるものであり、私たちの対応によっては、むしろ現在よりもはるかに大きな『豊かさ』や幸福が実現されていく社会の姿であると考えている」。

 5ページにあるこの図を見せられると、その論拠に、なるほど、とうなずいてしまう。

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(クリックすると大きな画像になります)

 「この図を見ると、それはまるでジェットコースターのようであり、それが一気に落下する、ちょうどその”縁”に私たちは現在立っているように見える。それが多くの『大変な問題』を私たちに突きつけることは、確かなことである」「しかしこの図を少し角度を変えてみると、やや違った様相が見えてこないだろうか」。

「まずそれは、明治以降の私たち日本人が、いかに相当な”無理”をしてきたかという点である」「江戸末期に黒船が訪れ、かつその背後にある欧米列強の軍事力を目の当たりにし、あたかも頭を後ろからハンマーで殴られたような衝撃を受けた。そうしたショックから、体に鞭打ってすべてを総動員し、文字通り”拡大・成長”の坂道を登り続けてきた」「当初は『富国強兵』のスローガンを掲げ、その行き着いたところが敗戦であった後も、あたかも”戦争勝利”が”経済成長”という目標に代わっただけで、基本的な心のもちようは同じまま、上昇の急な坂道を登り続けたのである」「この10年ないし20年は、そうした方向が根本的な限界に達し、あるいは無理に無理を重ねてきたその矛盾や”疲労”が、様々な形の社会問題となって現れていると見るべきではないか」。

 「むしろ人口減少社会への転換は、そうした矛盾の積み重ねから方向転換し、あるいは”上昇への強迫観念”から脱し、本当に豊かで幸せを感じられる社会をつくっていく格好のチャンスあるいは入り口と考えられるのではないか」

 そして、広井氏は、「たとえばイギリス、フランス、イタリアの人口はいずれもほぼ6000万人で、日本の概ね半分に過ぎない」とも言う。「少なくとも現在の日本の人口が、絶対に維持されるべき水準であると考える理由はどこにもない」。

 広井氏は「私は”人口がずっと減少を続ける”という状況が好ましいとは考えていない」という。しかし、「”少子化が進むと経済がダメになるからもっと出生率を上げるべきだ”とか”人口が減ると国力が下がるから出生率は上昇させなければならない”といった発想では、おそらく事態は悪化していくばかりだろう」「そうではなく、全く逆に、そうした『拡大・成長』思考そのものを根本から見直し、もっと人々がゆとりをもって生活を送れるようにする、その結果として出生率の改善は現れてくるものだろう」と語る。

 ここまで読んで、この本は、少子高齢化と言われる社会に初めて正面から向き合った本だ、と感じた。

 高齢者が多くなり病院のベッドや介護施設が不足する。社会保障の負担で若者世代が押しつぶされる。高齢化で経済の活力が失われていくーー。当面の問題を危惧するのはいいが、現在の少子高齢化に絡む議論は、ほとんどが、社会保障費を削るとか、年金の支給開始年齢を引き上げるとか、シニアに保有資産をなんとか使わせるとか、「目先の対応」とまでは言わないが、なぜ、こうした社会になってしまったのか、どうすれば、少子高齢化社会を、生きるに値するいい社会にできるのか、という視点がほとんど欠落しており、「大変だ、大変だ」と騒ぎ立てるばかりだった。

 「『拡大・成長』の強いベクトルとその圧力の中で、”一本道”の坂道をひたすら登り続けてきた(明治維新以来の)日本社会のありようが終焉し、成熟あるいは定常化の時代を迎えつつあるという構造変化」が起きているのだから、そろそろ、そこに向き合わなければ未来はないのだろう。

 その意味で、この本は、少子高齢化が行き着いた先の社会を見通しており、非常に示唆に富む。

 それでは、これから定常化の時代に、何が課題になるのだろうか。

 「第一は、言うまでもなく社会保障などの『分配』をめぐる問題である。高度成長期は、経済のパイが拡大を続け、要は”みんなが得をする”時代であり、『分配』の問題など考える必要がなかった。この結果、高度成長期の”成功体験”にしがみついている人たちは、今もなお『経済成長がすべての問題を解決してくれる』と考えている。しかしそうした時代では全くないのが現在であ」る。

 広井氏が描いているのは「現在よりも高福祉・高負担型の、豊かで安心できる成熟社会のビジョン」「大きくはヨーロッパ(特にドイツ・フランス以北)に近い社会のモデル」である。

 第二が「人と人の関係性」だ。日本社会、あるいは日本人は「集団の内部では過剰なほど気をつかったり同調的な行動をとる一方で、自分の属する集団の『ソト』に対しては無関心であったり潜在的な敵対性をもつ」「そこでは『カイシャ』と『核家族』がそうした閉鎖的な単位となったのだった」と広井氏は指摘する。したがって「日本社会の基本的な課題として、個人をベースとする、”集団を超えた(ゆるい)つながり”や関係をいかに築いていくのか」という課題があるというのだ。

 第三は、日本人は「深いレベルでの、精神的なよりどころあるいは『土台』とも言うべきものが失われている」。戦後は「『経済成長』ということが全ての目標あるいは『価値』となり、今度はひたすらにそれに向かって突き進んでいった」「何をよりどころにすればよいかが見えぬまま、途方にくれているというのが現在の日本社会あるには日本人ではないだろうか」。

 以上は、「はじめに」と「あとがき」からの引用である。

 この後、次のような2部によって議論が深められる。「第一部(人口減少社会とコミュニティ経済)は、人口減少ないし『ポスト成長』の時代において浮上する様々な課題や方向性を、コミュニティ、ローカル化、まちづくり、都市・地域、政治、社会保障、資本主義等々といった多様な話題にそくして論じるもので、いわば本書の中での”社会・現実”編とも呼べる内容である」「続く第二部(地球倫理のために)は、そうしたこれからの時代において問われてくる理念や価値、あるいは世界観のありようを『科学』のゆくえという関心を重視しつつ、『地球倫理』というコンセプトを軸に展開するもので、いわば”理念・哲学編”とも呼べる部分である」。 

 この後の議論で、面白かったものをキーワード的に拾っていくと以下のようになる。

 「なつかしい未来」「非貨幣的な価値」「経済の地域内循環」「『生産のコミュニティ』と『生活のコミュニティ』の再融合」「福祉商店街」「福祉都市」「多極集中」「資本主義・社会主義・エコロジーのクロスオーバー」「スロー&オープン」「エコ&ソーシャル」

 言葉だけを並べても、なんとなく、これからの目指すべき社会の方向が見えてくる。

 面白い一冊だった。 

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