羽田空港国際線旅客ターミナル・EDO MARKET PLACEへ、つるとんたん羽田空港店で食事


 福岡に住む妹の家族を羽田空港に送ることにしたが、時間があるので、羽田空港国際線旅客ターミナル(東京都大田区羽田空港2-6-5)のEDO MARKET PLACEに立ち寄った。

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 出発ロビーのフロアから1階上にあがると江戸をイメージした江戸横丁、江戸小路などがあり、飲食店、物販店が江戸風情の店を構える。

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 国際線旅客ターミナルがオープンするときにテレビで紹介されていた「麺匠の心つくし つるとんたん 羽田空港店」(東京都大田区羽田空港2-6-5 東京国際空港線旅客ターミナル4F、03・6428・0326)に入った。

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 つるとんたんは、大阪府と東京都で展開する関西風うどんの外食チェーン。テレビに映った顔の大きさくらいの大きな油揚げの乗ったきつねのおうどん(780円)をぜひとも食べたいと思った。きつねのおうどんを注文した。

 うどんの種類は多い。
 きつねのおうどんのほか、昆布のおうどん(780円)、若布のおうどん(980円)、玉子とじのおうどん(880円)、梅干のおうどん(980円)、明太子のおうどん(1280円)、肉汁のおうどん(1280円)、鴨汁のおうどん(1280円)、カレーのおうどん(980円)、牛すじカレーのおうどん(1280円)、かつカレーのおうどん(1280円)、海老フライカレーのおうどん(1280円)、きつねカレーのおうどん(1280円)、しゃぶ肉カレーのおうどん(1780円)、カレー三昧のおうどん(1880円)、おろしのおうどん(880円)、黒豆納豆のおうどん(880円)、山かけのおうどん(880円)、天おろしのおうどん(1480円)、天やまかけのおうどん(1480円)、釜玉のおうどん(880円)、釜あげのおうどん(880円)、地鶏のおうどん(1280円)、和牛肉のおうどん(1280円)、浪速脂かすのおうどん(1180円)、京しっぽくのおうどん(1180円)、明太あんかけ玉子とじのおうどん(1280円)、天扶良のおうどん(1480円)、天釜のおうどん(1480円)、和牛しゃぶ肉のおうどん(1680円)、つるとん三昧のおうどん(1880円)、ざるのおうどん(880円)、梅ざるのおうどん(980円)、天ざるのおうどん(1480円)、鍋焼きのおうどん(1680円)、味味噌煮込みのおうどん(1680円)、地鶏クリームのおうどん(1280円)、海老クリームのおうどん(1280円)、博多明太子クリームのおうどん(1280円)、貝柱クリームのおうどん(1280円)、クリーム三昧のおうどん(1880円)など、さまざまな創作うどんがある。
 
 3玉まで0.5玉単位でうどんを大盛りにでき、値段は変わらないとのこと。3玉の大盛りにした。

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 これが普通盛り。

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 3玉の大盛り。
 細麵もある。
 讃岐うどん。油揚げが大きいので3玉でちょうどよかった。

 営業時間は8:00~23:00。

 5階展望デッキにも行った。
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 成田空港のような警戒厳重の空港ではないので、気軽に江戸小路に遊びに行くと楽しいのではないか。空港のホームページなどであまりPRしていないが、なかなか楽しい東京新名所だ。

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谷中七福神めぐり番外編~谷根千“せんべい七福神めぐり”

 谷中七福神めぐりの計画を立てる時に参考にした『散歩の達人』2007年10月号「志ん生一家に愛された町 谷中・根津・千駄木」に「せんべい屋ローラー作戦」という記事があった。読むと、ちょうど7軒のせんべい屋が紹介されている。それでは、この7軒も回ってみよう!ということで「谷中七福神めぐり番外編~谷根千“せんべい七福神めぐり”」を敢行した。

 修性院の頼り甲斐のありそうな大きな布袋様を拝観してから天王寺に向かう途中、「谷中せんべい」の看板を見つけた。
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 谷中せんべい 信泉堂(台東区谷中7-18-18、03・3821・6421)だ。

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 『散歩の達人』で薦めていた堅丸(65円)を買った。

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 オーソドックスなおいしいせんべい。堅さも、厚さも、醤油の味も好きだった。次はたくさん買って帰ろう。

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 営業時間は9:30〜18:20、火曜定休。

 2件目は谷中せんべいのすぐ近くだったが――。

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 なんとも味わいのある路地にあった。

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 都せんべい(東京都台東区谷中7丁目18-13、03・3828・4435)。

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 『散歩の達人』で薦めていた堅焼(70円)を買った。

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 醤油の味が谷中せんべいとちょっと違う。こちらの方が個性的。

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 営業時間は9:00~18:30。月曜定休だが、祝日なので営業していた。

 さて、順調に進み始めたと思ったせんべい店めぐり。その後、つまづいた。

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 いせ辰に行った後、加賀屋谷中店(台東区谷中3-13-16)に向かったのだが――。

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 住所の場所ではインフォメーションセンターの工事が進んでいた。電話は通じず。
 工事していた方に聞くと、「ここ、せんべい屋さんだったんだよ」。
 う~ん。“せんべい七福神めぐり”のはずだったのだが、「6」になってしまった。

 気を取り直して、菊見煎餅総本店(文京区千駄木3-37-16、03・3821・1215)に向かったが、この店は月曜日が定休。しかし、都せんべいも営業していた。三連休の最終日。七福神めぐりの客も多いので、当然開いていると思って行ったのだが――。

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 閉まっていました。(゚Д゚)ハァ?

 そして…。次のせんべい屋「八重垣煎餅」がなかなか見つからなかった(表通りだったのに…)。

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 所在地が文京区根津1-23-9-102。102というところで、マンションの1階か…などと思ったのが間違い。分かりやすいところにあった。近くの鯛焼きの店には列ができていた。ちょっと気になったが、八重垣煎餅(03・3828・7228)に入った。

 入るとお茶を出してくれた。サービス満点。
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 ゆっくりできた。

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 店頭でせんべいを焼いていた。楽しい。

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 「江戸の堅焼」(150円)。観光化されているためか、他店よりは値段が高い。

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 「煎餅」という漢字の通り、もちもちの厚いせんべい。焼きたてだから、もちもちなのかもしれない。
 いろいろなせんべいを扱っているのでお土産ならば、この店かもしれない。
 無休。

 次の店は昔せんべい大黒屋(東京都台東区谷中1-3-4、03・3821・7000)。

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 大黒様が飾ってある、まさに七福神せんべい。
 商店街のホームページの中に大黒屋のページもあって、作りにこだわっていることが分かる。
 「いらっしゃいませ、昔せんべい大黒屋でございます。当店の炭火手焼きは厳選されたお米と香り豊かな本醸醤油、炭は紀州備長炭にて一枚一枚丁寧に昔ながらの味と伝統を守り続けております。谷中・根津の散策の折に、慶弔、各種ご進物に。お電話にて発送も承っております。ご来店お待ち申し上げます」。
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 店頭でせんべいを焼いている。名人芸。

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 1枚売りは売り切れていたので、10枚入りを買った。
 「醤油」10枚入り1200円。

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 八重垣煎餅比べて厚くはないが、しっかりした醤油味。こだわりが感じられるせんべいだ。

 営業時間は10:30~18:30。木曜定休。

 最後の店は、嵯峨の家(東京都台東区谷中6-1-27、03・3821・6317)。

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 しゃれたせんべい、あられを売る店。

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 秋の夜(47円)を買った。

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 食べやすい大きさだし、とてもおいしかった。

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 この店は弁天様、という感じか。
 営業時間は9:00~19:00。水曜定休。

 最後の2店を回って七福神とせんべいがオーバーラップした。
 最初の谷中せんべいは布袋様か。
 八重垣は商売熱心なので恵比寿様?
 
 楽しいせんべい店めぐりだった。

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谷中七福神めぐり~個性的な七福神が楽しい

 谷中七福神めぐりをした。ご開帳、ご朱印は10日の17時まで。ぎりぎりで旬な七福神めぐりができた。

 昨年、新宿山ノ手七福神めぐり港七福神めぐり日本橋七福神めぐり深川七福神めぐりを行ったが、ご開帳の時期ではなく、街を知るには良かったが、人も少なく盛り上がりに欠けた。

 今年は2日に日本橋七福神めぐりをして、にぎわいに感動。多くの神様を見ることもできて良かった。
 
 そして、およそ250年前に始まったと言われる江戸最古の七福神(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)、谷中七福神めぐりを行った。
 すべてがお寺で構成された七福神で、神様たちを間近で拝めた。
 今までの七福神めぐりの中で最も中身の充実した七福神めぐりだった。

 谷中七福神は、東京都台東・荒川・北の3区・7寺院に祀られている七福神をめぐるもの。東京都交通局の「ふれあいの窓」のバックナンバー、東京WALK1万歩 谷中七福神めぐり編を参考にして回った。

 これまでの七福神めぐりの記事は「詳し過ぎる」との声もあったので、今回は写真を重視、説明は最低限にとどめたい。

 スタートはJR田端駅。
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 北口改札の上にはスターバックス・コーヒーのマークが見える。
 改札を出て右、アトレヴィ田端のエスカレーターを上ると、スターバックス・コーヒー アトレヴィ田端店がある。

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 集合場所に最適。営業時間は月~金が7:00~22:00、土・日・祝が8:00~21:00。

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 田端駅には谷中七福神めぐりのリーフレットがあった(ちょっと端が破けたりしているが、クリックすると大きな画像が見られます)。

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 最初のお寺は東覚寺(とうがくじ、北区田端2-7-3、03・3821・1031、9:00~17:00)。
 リーフレットによると、「福禄寿を祀る寺院。延徳3年(1491)創建で、慶長年間に現在地に移転。江戸時代には徳川歴代将軍の祈願所として栄えました」とのこと。

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 福禄寿。

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 七福神も勢揃い。

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 入り口には、赤紙仁王も。
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 2番目のお寺は青雲寺(荒川区西日暮里3-6-4、9:00~16:00、1月1~10日は~17:00)。

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 リーフレットによると、「恵比寿神を祀る寺院。境内には滝沢馬琴の筆塚碑など、江戸時代を代表する文人の碑が多く残っています」。

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 恵比寿神。

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 滝沢馬琴の筆塚碑。

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 3番目のお寺は修性院(しゅうしょういん、荒川区西日暮里3-7-12、03・3823・0873、9:00~17:00)。
 リーフレットによると、「四季折々に花が咲き、江戸時代から花見寺として名高い寺院。堂内の布袋尊はその地名から『日ぐらしの布袋』と親しまれています」。

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 頼り甲斐のある布袋様。

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 天王寺に行く前、なかなか良い感じの神社があった。

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 諏方神社。

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 4番目のお寺は天王寺(台東区谷中7-14-8、03・3821・4474、6:00~17:00)。
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(クリックすると大きな画像で見られます)

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 リーフレットによると、「江戸時代“富くじ”で賑わった古刹です。毘沙門天を祀る毘沙門堂は、焼失した五重塔の残材で建てられたケヤキ造り」。

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 毘沙門天。

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 谷中霊園。

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 天王寺五重塔跡。
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(クリックすると大きな画像で見られます)

 5番目のお寺は長安寺(台東区谷中5-2-22、03・3828・1094、9:00~17:00)。
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 リーフレットによると、「寛文9年(1669)老山和尚による創建。安置されている寿老人像は徳川家康の寄進と伝わっています」。

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 寿老人。

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 『悲母観音』などで知られる日本画家、狩野芳崖の墓がある。
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(クリックすると大きな画像で見られます)

 「東京WALK1万歩 谷中七福神めぐり編」のコースにあった千代紙の店、いせ辰(台東区谷中2-18-9、03・3823・1453、10:00〜18:00)に向かう。途中の町並みが味わいがあった。

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 築地塀。この景観は「美しい日本の歴史的風土100選」にも選ばれている。

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 創業元治1(1864)年の老舗。木版手摺りという昔ながらの製法で千代紙を作り続けている。千代紙のデザインの布製品も多数あった。

 6番目のお寺は護国院(台東区上野公園10-18、03・3821・3906、8:00~17:00)。
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 リーフレットによると、「東叡山寛永寺釈迦堂の別当寺として開創。徳川家康に贈られたと伝わる大黒天画像が祀られています」。

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(クリックすると大きな画像で見られます)

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 大黒天。

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 右の方には別の神様がいる。

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 お釈迦様。

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 天井の龍の絵。

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 辨財天や

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 毘沙門天も。出身地が同じインドのためか、一緒にいることが多い。

 最後のお寺は弁天堂(台東区上野公園2-1、03・3821・4638、9:00~17:00) P1050135
 リーフレットによると「東叡山寛永寺のお堂のひとつ。不忍池に島を作り、8本の腕をもつ大辨才天を祀っています」。

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 辨才天。

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 大黒天堂も近くに。

 最初の東覚寺に着いたのが9時45分。最後の弁天堂を参拝し終わったのが16時45分。
 各寺の七福神が個性的で、楽しい七福神めぐりができた。

 ずいぶん時間がかかったが、それには訳がある。
 
 谷根千せんべい店めぐりを同時に敢行したのだ。せんべい店が見つからず、時間がかかってしまった。
 七福神めぐりだけならば、こんなに時間はかからない。

 それでは谷根千“せんべい七福神めぐり”もご覧ください。

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日本橋七福神めぐり(2011年1月2日)~神様たちとコミュニケーション

 日本橋七福神めぐりをした。昨年1月30日に一度回ったが、正月元日から7日までの「日本橋七福神詣」に行かないと、七福神のお姿を拝めない。しかも水天宮の宝生辨財天は毎月5日と巳の日にしかご社殿の扉が開かないという。今日がまさに巳の日。今日が日本橋七福神めぐりにはベストの日なのだ。

 今回は真っ先に宝生辨財天を拝みたいと思い、ロイヤルパークホテル(東京都中央区日本橋蛎殻町2丁目1番1号、03・3667・1111)の設定しているコースを回ることにした。
 ロイヤルパークホテル→●水天宮〈弁財天〉→●茶の木神社〈布袋尊〉→●小網神社〈福禄寿・弁財天〉→●寶田恵比寿神社〈恵比寿神〉→●椙森神社〈恵比寿神〉→●笠間稲荷神社〈寿老人〉→●末廣神社〈毘沙門天〉→●松島神社〈大黒神〉の順に回る(「ロイヤルパークホテル散歩ガイド」より)。

 前回、各神社の縁起、由緒などはこのブログに詳細に記したので、今回は写真中心に紹介したい。


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 ロイヤルパークホテル。地下鉄水天宮駅4番出口から出て、1階のロビーラウンジ フォンテーヌへ。
 コーヒー、紅茶は840円でお替り自由。レモンティーを頼んだ。お替りもしてじっくり今回のコースを確認した。
 前回の日本橋七福神めぐりの逆回りになるので、迷いそうだが、のんびり回ろう。

 11時半ごろにホテルを出て水天宮(中央区日本橋蛎殻町2-4-1、03・3666・7195)に向かった。
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 日本橋七福神めぐりは1月1~7日に行かなければ、だめだと思った。七福神をご開帳している神社が多く、ありがたみが違う。

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 宝生辨財天へ。社の前には列ができていた。聞いてみると、1~7日は常時ご開帳しているそうだ。今日でなくても大丈夫だった。(^^ゞ
 それ以降は毎月5日と巳の日のみにご開帳する。

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 すぐに参拝の順番がきた。

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 ガラス越しに美しい弁天様のお姿。

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 斜めから。少し表情が変わった気がする。

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 ご朱印色紙、宝船とも全社揃いのものは水天宮で購入できる。

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 宝船と七福神を買った。水天宮で、まとめて買うと3700円(宝船1300円、七福神各300円)。
 京都の老舗人形メーカー「豪勝」作。
 「七福神について」という説明書きが入っていた。
 七福神は日本の土俗信仰・中国の神仙思想・インドの仏教から選ばれて古来より庶民
の信仰を集めてきた七体の福の神です。此の七福神をお祀りしてある社寺を巡拝して其のご利益を頂こうと云う行事(七福神めぐり)は京都を最古として現在では全国で四十を超えて居ります。人々の間に広く信仰され親しまれている開運招福の神々であります。
 恵比寿(日本)商売繁盛・交通安全
 大黒天(印度)五穀豊穣・開運招福
 毘沙門天(印度)学業成就・富貴自在
 弁財天(印度)技芸上達・福徳自在
 福禄寿(中国)長寿幸福・方位守護
 寿老人(中国)不老長寿。知恵の神
 布袋尊(中国)未来予知・金運の神

 "和みと雅び"をメインテーマに皆様に愛される人形を製作致して居ります当社の「七福神」はNHK・TV、各種出版物等い紹介され、"七福神めぐり"にもお使いいただいて居ります。         敬白
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 次は茶ノ木神社(中央区日本橋人形町1-12-10)。

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 次々と参拝客が訪れる。

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 鏡が祀られていた。

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 小網神社(中央区日本橋小網町16-23、03・3668・1080)には長い列ができていた。
 日本橋七福会が配っている「日本橋七福神めぐり」のパンフレットには「出発点は定めておりませんので、ご自由にお巡り下さい」と書いている。しかし、小網神社から反時計回りに回るのが一番効率的に回れることもあり、小網神社から出発する人が多く、この神社に人が集中するようだ。

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 約30分待った。

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 萬福舟乗辨財天「銭洗い水」。

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 昨年1月末のひっそりとした神社が嘘のよう。

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 混んでいる中、場所を譲りながら、必死の撮影。この期間しかご開帳されないとはほとんどの人が知らないようで、写真を撮っている人は見かけなかった。

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 頭が見えないが、そのお姿は福禄寿!

 この右回りルートは小網神社から寳田恵比寿神社(中央区日本橋本町3-10)までが距離がある。初めて通る道なので、目印となるスポットも紹介しておく。

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 北へ向かい、堀留児童公園の中を通る。

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 公園の左側から出て、東横インの横をさらに北へ。

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 チョーギン本館にぶつかったら左へ。あと少し。

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 昨年1月末に来た時は寂しい場所だったが、商売繁盛の神様が祀られている社らしく、参拝客が絶えなかった。

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 今日は神社自体が生き生きしているような気がした。神様がおられるのだろうか。

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 遠くからでも分かる、この存在感!

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 恵比寿様。いよ~大統領!という感じ。

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 椙森神社(中央区日本橋堀留町1-10-2、03・3661・5462)。

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 ここも恵比寿様を祀っている。

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 ご開帳されてはいるが、像は見えない。

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 恵比寿様が見られるのは今年は10月19日と20日。えびす祭(べったら市)の時のみだそうだ。
 残念。

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 笠間稲荷神社(中央区日本橋浜町2-11-6、03・3666・7498)。

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 左に寿老神社があるが――。

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 ガラス越しに稲荷神社の鏡は見えるが、寿老人は見えなかった。寿老神社にはご神体はないそうだ。神社によると、祀られているのは伊勢の猿田彦大神(ものごとの最初に御出現になり万事最も善い方へお導きになる大神)の分身。

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 松島神社(中央区日本橋人形町2-15-2、03・3669・0479)。

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 大黒様が祀られている。

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 立派な大黒様だ。

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 午後2時、水天宮前交差点に戻った。角にある三原堂本店(東京都中央区日本橋人形町1-14-10、03・3666・3333)に入った。

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 店内でどら焼きを作っている。

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 どら焼きを買って帰ることにした。10個入り2250円。

 七福神めぐり、混んでないときにじっくり回って、神社の由緒などを学んでおいて、よかった。
 今回は神様たちとゆっくりコミュニケーションできた。

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有栖川宮記念公園と都立中央図書館

 有栖川宮記念公園(南麻布5丁目7番29号)と都立中央図書館(東京都港区南麻布5-7-13、03・3442・8451)に行った。
 今年、都内の公園に随分、行ったが、有栖川宮記念公園は公園の中に図書館まであり、お金をかけずにのんびり過ごす場所としては最適。シニア世代になると、たまり場にもなるかもしれない。

 広尾駅から徒歩数分。公園の入り口には見かけないスーパーがあった。
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 NATIONAL AZABU SUPERMARKET。店名も商品名も、すべて英語。
 ナショナル麻布スーパーマーケット(東京都港区南麻布4-5-2、03・3442・3181、営業時間:9:00~20:00=年始のみ休業)だ。

追記2011.11.28)建物が老朽化したため、10月末に休業した。再開を待ちたい。

お客様各位
休業のお知らせ
平素は、当店をお引き立ていただき厚くお礼申し上げます。
ナショナル麻布本店は創業以来約五十年の永きにわたり皆様の
ご厚情を頂き今日まで営業を続けて参りました。これもひとえに
皆様の日頃変わらぬご愛顧の賜と改めて御礼申し上げます。
今般当店麻布ビル老朽化のため、来る10月31日を
もちまして一旦閉店休業させて頂くことになりました。
皆様にご迷惑をおかけしますこと、心よりお詫びいたします。
尚、来年は当社の五十周年にあたります。この節目の年に向けて
麻布本店を早期に再開できますよう努めてまいります。
その節は、これまで同様のお引き立てを賜りますようお願い申し
上げます。
2011 年 9 月 26 日
ナショナル物産株式会社 代表取締役社長 瀬崎 巖
ナショナル麻布本店店長 デール鳥海 稔

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 入り口右の野菜売り場には、初めて見るButternut Squash(バターナッツスクワッシュ)があった。メキシコ原産の南瓜だ。日本でふつうに食べられる野菜も英語名で書いてあるのでまるで外国の野菜のようだが、正真正銘の外国の野菜もある。

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 魚もおいしそうに陳列してある。

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 チーズの種類が多い。ワインも多かった。日本の通常のスーパーにはあまりない楽しさが充ち溢れている。効率ばかり追求して商品の多様さを犠牲にする日本の大手スーパーも見習うべきではないだろうか。

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 有栖川宮記念公園。
 港区ポータルサイトによると、面積:67,131.11平方メートル。
 麻布台地の変化にとんだ地形を生かし、丘があったり、渓流や池があったりと、自然を大切にした趣きのある日本庭園です。豊かな緑はもちろんのこと、春はウメやサクラ、「区の木」のハナミズキなどがかわいらしい花を咲かせ、初夏にはハナショウブ、夏は「区の花」のアジサイ、秋は紅葉、冬は雪景色など四季折々の美しさを堪能できます。また、野球場、テニスコート、都立中央図書館などの施設も充実しています。

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 釣りも許されているようだ。ゆったりとした時間が流れる。

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 鴨ものんびり。

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 落ち葉で埋め尽くされた広場。ひなたぼっこの人も。

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 階段には、歩きやすい工夫。

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 図書館近くの広場。

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 記念碑(クリックすると大きな画像で見られます)。
 公園の沿革が書いてあるが、読みにくいので、港区ポータルサイトからも引用する。
 この地は、江戸時代、盛岡南部藩の下屋敷として使われていましたが、明治29年、有栖川宮威仁(ありすがわのみやたけひと)親王の栽仁(たねひと)王新邸造成の御用地となりました。大正2年、同宮家が絶え、大正天皇は第三皇子光宮宣仁(てるのみやのぶひと)親王に、有栖川宮の旧称高松宮の称号を賜り、その御祭祀をお継ぎになりました。その後、児童福祉を目的とする遊び場に深いご関心を寄せられていた高松宮殿下は、故有栖川宮威仁親王の20年のご命日にあたる昭和9年1月15日にこの地を東京市に賜与されました。そして、東京市は同年11月に記念公園として開園しました。その後、北東部を編入し、昭和50年には港区に移管されて、多くの人に親しまれています。

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 有栖川宮熾仁(たるひと)親王の銅像。
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 解説はこちら(クリックすると大きな画像で見られます)。

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 花壇を通り過ぎて、図書館に向かう。

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 都立中央図書館。
 
 4階 閲覧室、グループ閲覧室に行った。フロア全体が閲覧席で、ほとんどの席でパソコンが使える。無線LANの受信もできる。

 国会図書館と同様、荷物はロッカーに入れ、持ち込みたい荷物は備え付けの透明のカバンに入れ替えるのが原則。
 
 開館時間は月~金曜日が午前10時~午後9時。
 土・日、祝・休日が午前10時~午後5時30分。

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「歌麿・写楽の仕掛け人 その名は蔦屋重三郎」展

 サントリー美術館(東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウンガーデンサイド、03・3479・8600)で開催されている「歌麿・写楽の仕掛け人 その名は蔦屋重三郎」展(2010年11月3日~12月19日、サントリー美術館、朝日新聞社主催)に行った。開館時間は日、月、祝日は10時~18時だが、水~土は10時~20時。会社が終わってからでも見ることができるのが魅力。テーマも“江戸メディア文化”のためか、会場はビジネスマンが多かった。

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 面白かった。18世紀後半、安永・天明・寛政期の江戸。喜多川歌麿、東洲斎写楽らの浮世絵は誰でも知っているが、それがどのように流通し、人気を博したのか、その仕掛け人は誰なのか、などは、あまり知られていない。その仕掛け人にスポットを当てた企画展だ。
 しっかりと稼ぐところでは稼ぎ、やりたいことをやる。今の放送メディアなどを見ると、まるで稼ぐだけのために番組を作っているようだ。蔦屋重三郎のプロデューサー魂を見習うべきではないか。

 江戸の先進性も体感できた。
 明治維新で「江戸」は前近代的なもののように喧伝されたが、越川禮子著『江戸の繁盛しぐさ―イキな暮らしの智恵袋』 (日経ビジネス人文庫)にもあるように、江戸の文化は、これからの日本にも役立つノウハウがたくさんあるのだ。

 プレスリリースから、そのポイントを紹介すると――。 

 18世紀後半、安永・天明・寛政期の江戸には、浮世絵の喜多川歌麿(1753?-1806)・東洲斎写楽、戯作の山東京伝(1761-1816)、狂歌の大田南畝(なんぽ)(1749-1823)といった江戸文化を彩る花形スターが登場します。このスターたちの作品を巧みに売り出し、江戸文化の最先端を演出・創造したのが、版元の「蔦重」こと蔦屋重三郎(1750-1797)でした。江戸吉原の人気ガイドブック『吉原細見』の独占出版、狂歌と浮世絵を合体させた豪華な狂歌絵本の刊行、当時の情勢を風刺した京伝らによる戯作の出版、歌麿の才能を存分に開花させた美人大首絵の発明、謎の絵師・写楽の“発見”など、次々と流行の最前線を創り出し、リードした人物です。

 展覧会は4章で構成される。
第1章  蔦重とは何者か? ― 江戸文化の名プロデューサー

 歌麿・写楽の名作を次々と世に送り出した蔦重こと蔦屋重三郎。彼は単なる出版人ではなく、企画・製作・流通・販売まで手がける名プロデューサーでした。蔦重の出版物にはしばしば本人の姿が登場し、店の広告塔的な役割を担っていたことを窺わせます。本章では、蔦重の姿が描かれた版本を通じて、江戸文化の仕掛け人・蔦重の人物像に迫ります。

<主な出品作品>

◆山東京伝作『箱入娘面屋人魚(はこいりむすめめんやにんぎょ)』
   江戸時代 寛政3年(1791)正月 たばこと塩の博物館蔵
◆浅草市人撰/葛飾北斎画『画本東都遊(えほんあずまあそび)』蔦屋の店先
   江戸時代 享和2年(1802) たばこと塩の博物館蔵
◆北尾政演(山東京伝)作/画『御存商売物(ごぞんじのしょうばいもの)』
   江戸時代 天明2年(1782) 東京大学総合図書館 霞亭(かてい)文庫蔵

第2章  蔦重を生んだ<吉原> ― 江戸文化の発信地

 蔦重は江戸吉原で生まれ育ち、その地縁を生かした吉原のガイドブック、『吉原細見』の出版から事業を始めます。当時の江戸吉原は、知識人が集う文化サロンでもありましたが、蔦重自身も南畝ら狂歌師たちが開催する狂歌会に参加する文化人でした。本章では、蔦屋の経営を支えた定期刊行物『吉原細見』、狂歌会から生まれた歌麿の狂歌絵本、当時のファッション・リーダーであった江戸吉原の遊女たちを描く浮世絵、当時の情勢を風刺した京伝らによる戯作などを紹介し、最新江戸文化の発信地<吉原>を背景に、蔦重をめぐる文化ネットワークを浮かび上がらせます。

<主な出品作品>

◆北尾政演(山東京伝)画『青楼名君自筆集』
   江戸時代 天明4年(1784)正月 神奈川県立歴史博物館蔵
◆宿屋飯盛撰/喜多川歌麿画『画本虫撰(えほんむしえらみ)』
   江戸時代 天明8年(1788)正月 千葉市美術館蔵
◆喜多川歌麿画「青楼十二時 続 午(うま)ノ刻」
   江戸時代 寛政6年(1794)頃 たばこと塩の博物館蔵

第3章  美人画の革命児・歌麿 ― 美人大首絵の誕生

 蔦重は寛政期に、歌麿の<美人大首絵>を売り出します。人物の上半身をクローズアップして描く大首絵は、従来は役者絵に特徴的な手法でしたが、蔦重はこの構図を大胆にも美人画に応用し、一世を風靡しました。本章では、美人大首絵誕生の契機となったとされる歌麿の幻の肉筆画「女達磨図」や「難波屋おきた」など歌麿の美人大首絵の名品を紹介します。

<主な出品作品>

◆喜多川歌麿画「難波屋おきた」
   江戸時代 寛政5年(1793)頃 和泉市久保惣記念美術館蔵
◆喜多川歌麿画「女達磨図」
   江戸時代 寛政2-5年(1790-93)頃 栃木市蔵(東京初公開)
◆喜多川歌麿画「夏姿美人図」
   江戸時代 寛政6-7年(1794-95)頃 遠山記念館蔵

第4章  写楽“発見” ― 江戸歌舞伎の世界

 蔦重は晩年、役者絵の出版に本格的に乗り出し、謎の絵師・写楽をプロデュースします。写楽の作品はすべて蔦重の元から出版されていますが、そのデビューは豪華な黒雲母摺(くろきらずり)の役者大首絵を28枚同時に出すという鮮烈なものでした。本章では、写楽の歌舞伎役者絵や相撲絵の名品を軸に、プロデューサーとしての蔦重の手腕を浮き彫りにします。

<主な出品作品>

◆東洲斎写楽画「二世瀬川富三郎の大岸蔵人妻(おおぎしくらんどつま)やどり木」
   江戸時代 寛政6年(1794) 城西大学水田美術館蔵
◆東洲斎写楽画「二世嵐龍蔵の金貸石部金吉」
   江戸時代 寛政6年(1794) 城西大学水田美術館蔵
◆東洲斎写楽画「四世松本幸四郎の山谷の肴屋五郎兵衛」
   江戸時代 寛政6年(1794) 江戸東京博物館蔵

 ビジネスマン必見!

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COREDO室町オープン! 魚河岸にいるような気分が味わえる居酒屋・日本橋 紀ノ重へ

 「日本橋室町東地区開発」の第1号プロジェクトとなる室町東三井ビルディング(東京都中央区日本橋室町二丁目2番1号)が完成。27店舗が出店する商業ゾーン「COREDO室町」が10月28日、オープンした。

 三井不動産のホームページによると、「三井不動産株式会社は『残しながら、蘇らせながら、創っていく』をコンセプトに、官民地元と一体となって日本橋地域の活性化と新たな魅力を創造する活動『日本橋再生計画』を推進」しており、その中核的存在となるのが「日本橋室町東地区開発」だ。
 「 本開発は、日本橋室町東地区の5つの街区(合計敷地面積:約11,900m2)における街づくり型の大規模再開発で平成26年に全体竣工予定」。
 「『通りの特徴を活かした街の再生』を目指して、『中央通り』に面する低層部のスカイラインの統一や、神社と参道の新設、桜並木や石畳を配した通りの整備、江戸情緒あふれる街並みづくりなど、街区を取り囲む『通り』の景観形成」を行う。「また、オフィス・商業・住宅および芸能文化の情報発信拠点などを設けることにより、江戸時代に活況を呈した日本橋の賑わいを再生していくプロジェクト」だ。

 室町東三井ビルディングは、地上22階、地下4階建てのオフィス・商業・多目的ホールからなる複合施設で、地下1階から4階が飲食店と物販店の商業エリア、5~6階が多目的ホール(名称:日本橋三井ホール)の「COREDO室町」と10階から21階までのオフィスで構成。

 「COREDO室町」については詳しい説明がある。以下に引用する。

 江戸時代、日本橋室町周辺は三井越後屋など江戸を代表する商家が立ち並び、日本橋川北岸から中央通りの沿道にかけては魚河岸をはじめ、鰹節問屋、海苔問屋のほか、幕府御用達の菓子店、芝居小屋や茶店が軒を連ね、五街道の起点として、世界有数の賑わいを見せていました。
また、長崎からオランダの商館長一行が江戸参府をする際の宿泊所であるオランダ宿「長崎屋」があり、海外文化の受発信拠点となっていました。

 「COREDO室町」は「日本を賑わす、日本橋」をコンセプトに、日本橋の歴史を活かしつつ、新しさを取り入れた飲食、物販店舗を集積させた商業ゾーンと、日本橋地域に新たな賑わいを創出する現代の芝居小屋「日本橋三井ホール」で構成しています。周辺のオフィスワーカーや日本橋地域を訪れる来街者の多様なニーズに応えるとともに、女性グループ、カップル、シニアなど幅広い世代のお客様にお越しいただける施設づくりを行い、江戸時代の活況・賑わいを取り戻し、日本橋地域の活性化に貢献してまいります。

 地下1階から地上4階までの商業ゾーンでは「にんべん」「木屋」などの老舗店舗や、東京初出店となる金沢の箔専門店「箔座日本橋」、江戸時代の茶屋や菓子店をイメージしたカフェブラッスリー・パティスリー「エメ・ヴィベール」などの物販店舗を誘致。また、日本橋魚河岸に因んだ江戸前鮨「鰤門(しもん)」や魚料理「日本橋 紀ノ重(きのしげ)」、お米が主役の和食「米祥」の他、中華の人気シェフ陳建一氏の「四川飯店」の新業態店や行列のできるビストロ「BISTRO 石川亭」などの魅力的な飲食店舗を誘致します。

 内装環境デザインは、ラグジュアリーホテルの「パークハイアット ソウル」や「ハイアットリージェンシー 京都」などを手掛けた杉本貴志氏率いる株式会社スーパーポテトを起用。素材に自然石や再利用の鉄材を用いるなど細部にまでこだわり、日本古来の茶室や古い家屋の風合いを表現し、日本の風土や伝統の中に「新しさ」を感じられるようなデザインとしました。

 仕事で遅くなったが、さっそく28日にCOREDO室町に行ってみた。
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 地下鉄の連絡通路から入る。
 地下1階には地元の書店、「タロー書房」(営業は月~金8:00~21:00、土・日・祝10:00~20:00、03・3241・2701)がある。

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 削りたての本枯鰹節だしのスープなどが楽しめる「だし場(バー)」などがある「にんべん 日本橋本店」(営業時間は10:00~20:00、03・3241・0968)は残念ながら、もう閉まっていた。

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 レストランの中では一番日本橋らしい店に行った。エー・ピーカンパニー(本社東京都港区芝浦3-13-16)が出店した居酒屋「日本橋紀ノ重(きのしげ)」(東京都中央区日本橋室町2-2-1 COREDO室町2階、03・3548・9917)だ。
 
 同社のホームページによると、こんな店だ。

 日本橋の新スポット「COREDO室町」内に今朝ドレ鮮魚と原始焼きの店「日本橋紀ノ重」が10月28日(木)オープン
 この度、日本橋の地に居酒屋「日本橋紀ノ重(きのしげ)」を、古きよき日本橋の再生をイメージした「COREDO室町」に出店いたします。「紀ノ重」は日本橋の魚河岸で慶長年間に開業した老舗の仲卸。創業の地に「今朝獲れ鮮魚を出す居酒屋」として戻る、記念の店舗となります。

通常、築地市場経由で入る魚は
DAY+1もしくは+2以上経ったもの

 紀ノ重は、日本橋に魚河岸ができた慶長年間に創業し、今でも築地で仲卸業を続けています。冷凍技術や流通の発達で、大手スーパーなどを中心に市場外流通が増えており、築地でも廃業する仲卸が後を絶ちません。時代のニーズが変わる中で、仲卸も新たな存在価値を見出さなければいけない。そんな想いで、通常の築地を介したものよりも1-2日以上鮮度の良い魚が扱える「今朝ドレ」の流通経路を新たに開発しました。

全国の漁港で朝揚がった魚を、
その日のうちに東京で消費

 「東北の漁港で朝揚がった魚を、その日のうちに東京で消費する」ことは、東北水産関係者の長年の念願でした。しかし、流通経路の確保が難しく、従来の市場での競りを通すと丸一日以上のタイムラグが発生します。この度新たに構築した独自の配送システムと、紀ノ重が培ってきた魚の仕入れ・流通ノウハウを用いることで、三陸海岸からの夢の「DAY+0(デイプラスゼロ)便」が実現しました。

「原始焼き」は、炭が主な熱源だった時代の知恵
 焼き魚の調理のコツは「強火の遠火」と言われ、火力の強い炭火が理想です。「原始焼き」は、炭火と焼き物との距離で火加減を調節する昔の生活の知恵であり、最も原始的な焼き方であることがその名の由来になっています。また、炭の回りを囲んで輻射熱を利用して焼くため、きれいな焼き色が付くだけでなく、魚の脂が炭に落ちず煙がたたないため、魚が燻されずに新鮮魚貝そのままの凝縮した旨味を味わうことができます。さらに、2種類の炭を使うことで、表面はパリッと香ばしく、中はふっくらしっとり仕上がります。最高の魚が一番美味しく食べられる、究極の焼き方です。

日本人が誇るべき魚食文化を継承する
 魚は日本人にはとてもなじみ深い食材であり、健康食としてのイメージも強いですが、料理に手間がかかることが敬遠され、近年国内の魚の消費量は減少傾向にあります。スーパーなどの魚売場では、サーモンやブリなど切り身の魚が多く、一匹まるごとの焼き魚を食べる機会は減りました。紀ノ重では、鮮度良い丸の魚の美味しさをお客様に味わっていただき、まずは大人が魚の美味しさを再認識することで、古くより育まれてきた日本の豊かな魚食文化を、次の時代へつなげていけると信じています。

おいしい魚には、おいしいお酒を
 「日本橋紀ノ重」のオープンに際し、天狗舞の醸造元である老舗の酒蔵「車多酒造」の協力の下に、「せっかく美味しい魚を食べるのだったら、美味しい日本酒を飲んでほしい」という想いでメニュー作りを進めてまいりました。日本酒の消費量が落ち、日本酒を飲む機会が減る中で、美味しい魚と美味しい日本酒で、日本酒文化を再度広められれば。とも考えています。

全国でも2店舗でしか飲めない生酒を、
氷温蔵出し直送

 金沢の料理店1軒以外では、当店でしか飲めない天狗舞の限定酒「純米酒+純米吟醸酒」のブレンド生酒をはじめ、月替わりで1種ずつ蔵元から氷温輸送した生酒を用意します。生酒とは製造からお店に並ぶまで一切火入れ(加熱処理)を施していないお酒のことで、出来たてそのままのフルーティな味わいを楽しむことができます。ただし、殺菌処理をしていないため、味の変化が起こりやすく、蔵元からの輸送時だけでなく、店舗でも最高の保存状態で管理しています。

 店頭にもあるこの説明。なんかとても奥の深そうな店だ。

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 水産仲卸棟を再現した店。

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 水がまったくないのに、水をまいたように見える床。面白い。

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 突き出し。パブリカ、豆腐の粕漬け。

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 サワラの天狗舞粕漬け。天狗舞の酒粕を100%使用した粕漬け。
 
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 魚だけでなく、普通のつまみもある。燻製ポテトサラダ(580円)。
 燻製したじゃがいもに、燻製のローストポークを和えた特製ポテトサラダ。

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 この店の売り「原始焼」を頼む。
 「本日の原始焼」のメニューを見ると、きんき(4500円)のように高いものもあるが、さんま(780円)、にしん(1200円)、かます(1000円)、いわし(600円)、大海老(980円)などは手ごろだ。ところが全部売り切れ。
 
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 しかたなく、ハーモニカ(1200円)を頼んだ。
 かじきまぐろの背びれのつけ根。魚のステーキのようだった。ソースをつけて食べる。これだけでいいくらい量が多かった。

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 〆では紀ノ重名物の鯛茶漬け(980円)が食べたかったが、売り切れで、代わりにサバの棒寿司(750円)を頼んだ。

 江戸の気分を味わうにはなかなか良い店。今回は売り切れが多かったので、また来たい。

 営業時間は月-金が11:00-23:30(LO 22:30)、土・日・祝が11:00-23:00(LO 22:00)。

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チェコ(プラハ)旅行準備①お土産

 いよいよ、プラハへ明日出発。
 プラハではM君宅にお世話になる。
 今日はお土産を買いに行った。
 M君のご希望は――。
・味噌(麹味噌、赤味噌など、うまそうなもの。物産店で売っている
ような手作りっぽいのがベター)。
 群馬県神流町の「伝田郷味噌」(高橋みそ店、0274・58・2238)を用意した。この味噌、国産大豆100%の味噌でとてもおいしく、いつも取り寄せている。

・トラベルニン、キンカン
 買った。

・インスタントラーメン
 日清のラーメン屋さん3種。明星中華三昧3種。

・海苔、ふりかけ
 伊勢丹でおいしそうなのを買う。

 ご家族の要望はと聞くと――。
・娘は「かりんとう」「八戸せんべい」「キョロちゃんのチョコボール」
 こだわりがあるなあ。かりんとうは豆源と中村屋のを買った。
 八戸せんべい=南部せんべいということで、岩手県のアンテナショップ「いわて銀河プラザ」(東京都中央区銀座5丁目15-1 南海東京ビル1F、03・3524・8282)に行った。
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 歌舞伎座の斜め向かいにある。

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 南部せんべいや漬け物などを、広い売り場で売っており、たいへん賑わっていた。ぐんまちゃん家は目と鼻の先。このくらいの売り場があれば・・・と思うがしかたがない。

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 南部せんべいは袋売りのものだと、割れて粉々になりそうなので、盛岡市、白沢せんべい店(019・622・7224)の箱入り、6種類入りの「白沢の南部せんべい」を買った。

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 歌舞伎座は4月いっぱいで休館。撮影をする人が大勢いた。

 ぐんまちゃん家にも寄り、館林うどん=花山うどん(0276・74・0718)を買った。

 「キョロちゃんのチョコボール」は平和台駅前のスーパーのライフにはなかったが、コンビニのファミリーマートには4種類もあった。スーパーには人気商品は並ばないのかもしれない。
 キョロちゃんのチョコボールはキャラメル、ピーナッツ、いちごに、刑事姿の「でか」を買った。奥が深そうなキョロちゃんだ。

 娘さんにはかなり尽くした。

・息子は「インスタント焼きそば
 ライフではマルちゃん「焼そば名人」、日清「ソース焼そば」を買ったが、もっと有名な商品があったはずだ・・・。 
 ファミマに行くと、日清焼そば「U.F.O」、明星「一平ちゃん」、ペヤング「やきそば」が並んでいる。スーパーの品ぞろえは変だ、と思った。お土産を通じて、いろいろ学べた。

・女房は「のりせんべい」
 伊勢丹でおいしいのを買いましたヨ。

・ぼくは「大間のマグロ」と「蒸しアワビ」
 無視。(-_-メ)

 そうそう、M君希望の本。
 ヴァーツラフ・クラウス著『「環境主義」は本当に正しいか? チェコ大統領が温暖化論争に警告する』(日経BP社)。

 お土産だけでもう一つのバッグはいっぱい。

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清澄庭園(きよすみていえん、東京・清澄)~名石と動植物が来園者を歓迎

 岩崎彌太郎ゆかりの都立公園として、旧岩崎邸庭園(東京・池之端)六義園(東京・本駒込)に続き、清澄庭園(江東区清澄3-3-9、03・3641・5892、入園料150円、開園時間午前9時~午後5時)に行った。岩崎家が集めたという様々な形をした名石をはじめとする「石」が印象的な庭園。庭園の鯉やカメと戯れるのも楽しい。

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 チケット裏の説明。
 本園は、初め江戸の豪商紀ノ国屋文左衛門の別邸であったといわれ、その後、諸大名等の下屋敷として用いられてきましたが、明治十一年にいたって岩崎家の所有とするところとなり、同二十四年和洋両館を含む大庭園となりました。
 池泉には、隅田川から水を導き、潮の干満により庭趣に変化をもたせた(パンフレットによると、現在は雨水でまかなわれているという)潮入りの回遊式築山泉水庭で、大小の島や磯渡りを造り、池辺には岩崎家が全国各地より蒐集した奇岩珍石が巧みに配置してあります。
 大正十二年の関東大震災後、現在の庭園部分を東京市が寄附を受けて修復し、昭和七年一般に公開しました。また、この間には皇室より下賜された大正天皇葬場殿を現在地に移設修築し、大正記念館と命名、集会場として一般に公開しています。
 昭和二十年三月、本園は全域にわたり戦火を受けましたが、戦後は記念館の再建と併せて、奇跡的に焼失を免がれた涼亭や池辺の庭石等をもとに逐次園景も修復され、今なお明治時代の代表的庭園として知られています。
 開園年月日 昭和7年7月24日
 面積(庭園部分) 38,967㎡
 休園日 年末年始(12月29日から翌年1月1日)

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 岩崎家は自社の汽船で全国の名石を各地から集め、園内に配置したという。写真は「伊豆磯石」のひとつ。

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 生駒石。

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 アケビがきれいだった。

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 伊豆式根島石。

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 現在は採取が禁止されている幻の石、佐渡赤玉石。

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 相州真鶴石。

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 これも生駒石。

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 加茂真黒石。

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 讃岐御影石。

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 これまた、生駒石。生駒石が好きなのかもしれない。(^^ゞ

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 若々しい松。

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 京都保津川石。

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 磯渡り。池の端に石を飛び飛びに置いて歩けるようにしたもの。広々とした池の眺めが楽しめる。

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 甲羅干しをするカメ。体を温め、血の循環をよくしているそうだ。

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 中の島へ。

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 秩父青石。

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 鮮やかなツツジ。

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 桜はわずかに花を残すのみだった。

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 鯉の餌(麩、1袋150円)を持ち歩いていると楽しい。カメも好きなようで必死に餌まで泳いでパクリ。競争相手が来ると、水中にもぐるのだが、一口では食べられず、食べ残しが水面に浮く。それに気づいて鯉も集まり、最後は鯉が大きな口で一のみ。

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 石仏群。

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 その説明。写真をクリックしてください。

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 表情のよいお地蔵様。

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 南から見た庭園。

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 世間話をする?カメ。

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 伊予青石。

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 紀州青石。

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 根府川石。

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 自由広場は八重桜(サトザクラ)が満開だった。

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 女の子も撮影。

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 牡丹のような花の形。

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 フキ。

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 シャガが一面に咲いていた。

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 近くでみたシャガ。

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 花菖蒲田。

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 芭蕉の句碑。
 説明があった、
 当庭園より北北西400m程の所に深川芭蕉庵跡(江東区常盤1丁目3番・都指定旧跡)があります。
 松尾芭蕉は、延宝8年(1680)から元禄7年(1694)まで、門人の杉山杉風の生簀の番屋を改築して、芭蕉庵として住んでいました。
 かの有名な「古池の句」は、この芭蕉庵で貞享3年(1685)の春、詠まれています。
 この碑は、昭和9年に其角堂九代目の晋永湖という神田生まれの俳人が建てたものですが、芭蕉庵の改修の際、その敷地が狭いので、特に東京市長にお願いをしてこの地に移したものです。従って、この場所が芭蕉庵と直接ゆかりがあると言うことではありません。
 なお、当庭園の南東側、海辺橋緑地に採茶庵跡がありますが、芭蕉は元禄2年(1689)に「奥の細道」の旅をここから出発しました。

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 涼亭。 明治42年に国賓として来日した英国のキッチナー元帥を迎えるために、岩崎家が建てたもの。和60年度に全面改築工事を行った。集会場として利用できる。

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 伊豆川名磯石。

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 南から見た石橋。

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 讃岐御影石。

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 サギが1羽いた。

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 魚を狙っている様子。

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 飛び立とうとするサギ。

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 飛んでいるサギ。

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 石橋は鯉に餌をやりやすい場で大勢の人が立ち止まる。

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 鯉のぼりのような大きな口の鯉。

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 伊豆網代磯石。

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 隣にある清澄公園に行くと、「深川親睦園」当時の建物の写真がある(クリックすると拡大した画像で見られます)。この公園の場所に西洋館があったらしい。
●西洋館 Western-style house
英国人建築技師ジョサイア・コンドルの設計監理によるもので、明治19年(1886)に着工して明治22年(1889)に竣工しました。鹿鳴館時代の建築技術が生かされた建坪782坪(約2581㎡)で、鋳鉄製テラス、イスラム風ドーム、オランダ風の装飾破風などのデザインを有していました。しかし、大正12年(1923)の関東大震災の際に焼失してしまいました。

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●深川親睦園当時 Hukagawashinbokuen(The 1880's)
庭園の主な施設として河田小三郎が設計監理した日本館、英国人建築技師ジョサイア・コンドルの設計監理による西洋館がみられました。これらの建造物は鹿鳴館時代の明治文化を反映した豪華さにおいて、岩崎家の権勢を天下に誇示したものでした(クリックすると拡大した画像で見られます)。

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●現在(The present)
対象12年(1923)の関東大震災により、西半分を中心として壊滅的被害を受け、岩崎家が翌13年に破損の少なかった東半分を公園用地として当時の東京市に寄付しました。昭和7年(1932年)より清澄庭園として一般公開されました(クリックすると拡大した画像で見られます)。

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六義園(東京・本駒込)~山あり、川あり、海あり。一国を再現したような広大さを感じる庭園

 六義園(りくぎえん、東京都文京区本駒込6-16-3、03・3941・2222、入園料300円、開園時間午前9時~午後5時)に行った。
 山あり、川あり、海あり。1国がそのまま庭園になったような広大さと、和歌の名勝を再現した美しさを楽しめる名園だった。
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 チケットの裏の説明。
 この庭園は、元禄15年(1702年)川越藩主柳沢吉保が自ら設計指揮して完成した回遊式築山泉水(つきやませんすい)庭園であります。園は吉保の文学的教養により作庭され、園名は古今和歌集の序文に見える六義にちなみ命名され、園内八十八箇所の名勝と共に元禄時代を代表する和歌趣味豊かな大名庭であります。宝永3年(1706年)には霊元上皇は園内名勝の中から12境8景の20ヶ所を選んで吉保に賜わりました。
 園地は現在残された数少ない大名庭の一つであり、国の特別名勝として文化財保護法により指定されております。(昭和28年3月31日)
 開園 昭和13年10月16日
 面積 87,809㎡
 案内 みごろ
     2月・・・・・・・・・・梅
     3~4月・・・・・・・桜
     4~5月・・・・・・・つつじ、さつき
     11月・・・・・・・・・紅葉(もみじ、かえで等)
 休園日 年末年始(12月29日から翌年1月1日)

 東京都公園協会のホームページ「公園へ行こう!」によると――。
 六義園は吉保の文学的造詣の深さを反映した繊細で温和な日本庭園です。庭園の名称は、中国の古い漢詩集である「毛詩」の「詩の六義」、すなわち風・賦・比・興・雅・頌という分類法を、紀貫之が転用した和歌の「六体」に由来します。
 庭園は中之島を有する大泉水を樹林が取り囲み、紀州(現在の和歌山県)和歌の浦の景勝や和歌に詠まれた名勝の景観が八十八境として映し出されています。
 明治時代に入り、岩崎弥太郎氏(三菱創設者)の所有となった当園は、昭和13年に東京市に寄付されて一般公開されることになりました。昭和28年3月31日に国の特別名勝に指定されました。

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 園内に入ると、ヤマブキがまず、出迎えてくれる。

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 園内数カ所でヤマブキは見られるが、日が良く当たるのか、入り口付近のヤマブキがもっとも元気がよかった。

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 内庭大門。庭園の中心に入るための門で広場にはシダレザクラの大木が植えられている。

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 ソメイヨシノ。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、江戸末期から明治初期に、江戸の染井村(現在の東京都豊島区駒込)に集落を作っていた造園師や植木職人達によって育成され「吉野桜(ヤマザクラの意)」として売り出していた。藤野寄命の調査によってヤマザクラとは異なる種の桜であることが分かり1900年、「日本園芸雑誌」において「染井吉野」と命名された。名称は初めサクラの名所として古来名高く西行法師の和歌にもたびたび詠まれた大和の吉野山(奈良県山岳部)にちなんで「吉野」とされたが「吉野(桜)」の名称では吉野山に多いヤマザクラと混同される恐れがあるため、上野公園のサクラを調査した藤野寄命博士が「日本園芸雑誌」において「染井吉野」と命名したという。

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 花は散ってしまったが、見事なシダレザクラ。高さ約15m、幅約20m。開花は3月下旬頃。

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 大泉水の池畔の「出汐の湊」あたりから見た風景。正面に見える橋は「田鶴橋」。

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 妹山・背山(いもやませやま)。中の島にある築山。古くは女性のことを妹(いも)、男性のことを背(せ)と呼び、この、中の島は男女の間柄を表現している。イザナギ、イザナミの故事にちなむ「せきれい石」もある。妹背山は、和歌山県の紀ノ川を挟む場所にあり、和歌の名所。

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 休憩所兼売店。お土産と食べ物、飲み物を販売。マイルドココア300円、こんぶ茶250円、アイスコーヒー300円・・・。

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 すだ椎の巨木。

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 左の小さな島は蓬莱島(ほうらいじま)。神仙思想を主題とした石組みの一種で、典型的な洞窟石組(アーチ形)ノ島。

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 滝見の茶屋。あずまやの横を渓流が走り、岩の間から落ちて水しぶきをあげている。

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 あずまやからは、滝や石組などの景観や水音が楽しめる。

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 奥が三尊石。手前の洞のある枕のような石が「枕流洞(まくらながしのどう)」、水を三つに分けている石が「水分石」。

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 尋芳径(はなとうこみち)。吟花亭跡に向かう小路。山に来たような気分になる。

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 石柱。庭内の88ヵ所の景勝地(六義園八十八境)には、それぞれに石柱が建てられていたが、現在は32ヵ所のみが残っている。

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 吟花亭跡の周辺は様々な種類のツツジが咲いている。

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 普通のツツジとはちょっと違う。

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 ミツバツツジというらしい。

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 吹上茶屋に向かっていくと大きな松がある。吹上の松。

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 ソメイヨシノが咲き乱れるところに集団が。11時と14時にスタートする無料のガイドツアーに参加する人たちだ。

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 吹上茶屋で休みたかったが、まずつつじ茶屋に行った。明治年間、岩崎氏の代に、つつじの古木材を用いて建てられたもの。戦災を免れ、現代にその希少な姿を伝えている。11月下旬には、紅葉したモミジに囲まれ、見事な景観になる。

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 柱につつじの古木材を使用。

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 天井にも。

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 花筏 (ハナイカダ)を発見。

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 吹上茶屋に戻って一休み。

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 和菓子付きの抹茶(500円)。和菓子は大きく、抹茶はおいしかった。

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 池の外側を歩く。正面に見えるのは山陰橋。

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 白く見えるのがドウダンツツジ。これだけ立派なドウダンツツジはあまりない。

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 近くで見るとかわいい花。

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 藤浪橋を渡り、蛛道(ささかにのみち、小道がクモの糸のように細かいことからこう名付けられた)を通って藤代峠へ。

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 藤代峠(ふじしろとうげ)は園内で一番高い築山で、標高は35m。紀州にある同名の峠から名付けられた。

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 いただきは「富士見山」と呼ばれ、素晴らしい展望が開ける。

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 庭園全体が良く見える。

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 藤代峠を大泉水側から見る。

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 白と黒の鴨。

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 渡月橋。「和歌のうら 芦辺の田鶴の鳴声に 夜わたる月の 影そさひしき」の歌から名付けられた石の橋。2枚の大岩の重量感が、あたりの雰囲気を引き締めている。

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 モミジ。

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 モミジの花。

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 芦辺茶屋跡の方からみた渡月橋。

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 ハナカイドウ。

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 鳥居跡。和歌三神の一人、衣通姫(ソトオリヒメ)を祀っていたらしい。

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 見事なモクレン。

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 アケビ。

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 アケビの花。

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 入り口付近に戻り、心泉亭(しんせんてい、集会場)、宜春亭(ぎしゅんてい、茶室)に行く途中、馬酔木(アセビ)を見つける。ほとんど咲いていなかったが、かろうじて咲いていたのが写真のアセビ。

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 シャガも一面に咲いていた。

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